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お話197  出会いと別れ

「やっと横並びから縦にしたんだな」


 大学生になって雰囲気ハンサムに変貌した元音楽同好会部長、行永利くんと川沿いの焙煎工房というおしゃれなカフェで涼をとっている。

そんな相手は二年後しの決断か、と呟いて人事ではないようだった。


「僕や一慎くんが望んでも得られなかったあの子でさえ……一番じゃなかったか」


 ふうと息をついた相手にそうですねと苦笑いで返す。

 三すくみから抜け出した時点で、利くんには報告する義務があった。

 この眼鏡先輩がいなければ悪友とゴリさんが始まることはなかったし、そもそも俺と彼女が一期一会の関係で終わっていた可能性が高い。


「明春さんなんだってね。正直多聞さんを選ぶと思っていたから意外だった」

「周りもそう思っていたようです」


 アイスコーヒーをすすってから答えた。

 うーこちゃんからもそんな台詞を投げかけられたような気がする。


「つまり僕の大好きな真昼くんと大学随一の美人さんは妾か」


 彼が腕をぶん回してきたので、とりあえずしゃがんでかわした。

 空を切る音が威力を語っている。


「何はともあれ一歩すすんだわけだ。八方美人の本領はこれからかな」

「これでもかなり悩んだ、と言っても」

「ふざけろ天然たらしめ」


 処置なしといった態で仰け反られた。空の彼方を見る利くんは遠い目をしていた。


「彼女が妾になるために一慎くんほどの男を切り捨てたか、と思うと泣けてくる」

「代償はけっこうな衝撃でして」

「ん?」

「イヤイヤ」


 純朴なこの人に話せる内容ではない。

 男っ気のなかった愛しいあの子が破廉恥水着で混浴、浴衣で同衾などという荒業をこなしたと聞けば、泡を吹いて倒れるであろうことは明白だ。


「余所見をした女としなかった女の差かな」

「うるうたんもゴリさんもそう言っていました」

「……それが決定打ではない?」

「ない、といえば嘘になりますけど。それでも決め手は普通のデートでしたよ」


 健全なデートで漠然と覚えた感覚。それが今の気持ちの着火点になっている。

 だからといって二人を手放す、といった考えには至らない。

 本来一緒にいるべき相手を遠ざけた彼女たちの覚悟をみた。

 もう俺からは絶対に捨てられない。


「懊悩だな。でも君はそうやって生きていけ。でないと周りの男が救われない」

「いつでも雨はつらいですよ」

「どしゃぶりなのは僕らだよ! あめふらしめ」


 利くんの笑顔が眩しかった。そんな彼の同級生がやってきた。

 うるうたんに一瞥されて誰だ、と一刀両断された背の高いたらし野郎だったのは覚えている。


「よう変人小僧。多聞は元気か?」

「元気すぎてあちこち動き回ってますね」


 学業はともかく、彼女はメイド業務や恋敵とのお遊びなどで忙しい。

 そんな間をぬって作った時間の全てを俺とのいちゃいちゃに費やしたいらしいが、妾の立場ではそうもいかないと嘆いていた。


「いつまでたってもあいつに名前を覚えてもらえねえ。とっかかりがねえから近寄るのも難しい。手詰まりだ」

「言ったろ。お前でも無理な話だって」


 利くんが呆れるも、ツーブロックで無精ひげの男は未だ諦めきれないらしく、美人さんに言い寄っては肘鉄を食らって退散の繰り返しているとか。

 

「大学の女どもはあいつを純情系ビッチだとほざいているが」

「ああ、そういえば僕もそんな陰口を聞いた気がする」

「規格外の美少年とかこの変人しか相手にしねえっていうのに、ビッチだの尻軽だのは見当違いってなもんだぜ」


 手ひどく扱われても黒髪の美人さんを敵視しない。

 前にも思った通り、この男は骨のある心意気のよい狩人なのだろう。

 やはりうるうたん程のいい女になると、それに見合う異性を無意識に引き寄せるものらしい。


「ワイルドな奴よりこいつを選んだお前の真昼ちゃんもおんなじか」

「多聞さんの複雑な内面は普通の男では抱えきれない。くすぶっていた真昼くんを見つけ出したのも八方くんだ。彼女たちはもう執念の領域でこの変人に拘っている。どんなハンサムでも敵いはしないよ」


 利くんの淡々とした台詞に、ヒゲ野郎はにやりと笑った。

 それは承知のうえだと言いたげだ。

 俺もにへらと笑う。入道雲が高く空に聳え立つのを見上げて、グラスのなかのコーヒーを飲み干した。





 大学生たちと別れて川沿いを進み、巨大ショッピングモールへと向かう。

 なんとなしに往年のデートコースをソロで巡っている気がした。

 外出するなら一階で開催されている物産展の和菓子を買ってこい、との長老命令を受けたのが来訪の理由であり、同所にいたつんつんともっさりと会ったのは偶然というものだ。

 奴らは一慎やコーメー君との繋がりを絶ちたくない心情を利用する、というこすからい手で、女子大生の友達を獲得している。

 そんな獲物が登場するまでの暇を持て余しているのか、俺を茶飲み話に誘ってきた。

 夏休みに入って久しぶりに会う男友達ということで、どうにせよ断る理由はない。

 フードコートでたこ焼きをつまむ。


「相変わらずお前の可愛い生き物たちは浮気相手といちゃいちゃデートだろうからよ」

「……おう」

「寝取られたら今度は俺らが慰めてやるぜ」

「ありがとうよ」


 何人かの仲間は事実を知る。しかし大多数はいつもの関係だと思っている。

 それでもいつかは変化を感じるだろう。言葉にするのはその時でいい。


「あー、八方くんじゃん!」

「ねえねえ、ちょっと高明くんや一慎くんたちのさあ」

「いかん。おい変人野郎、お前はもう帰れ!」


 不意に姿をあらわした女子大生のお知り合いが俺を見咎めて、よりハンサムと親しい当方へ飛びつくようにやってきた。

 つんつんともっさりに両腕を抱えられる。

 はよ消えろという意味らしい。


「暇つぶしの終了か」

「彼女らが来た以上、お前がいると俺らの価値が最安値に下落する」


 理不尽な理由で逃亡の憂き目にあった。

 しかしながら友達の女漁りを邪魔するものではない。


 今日も今日とて(せわ)しないのは相変わらず。

 次に会ったのは地方の大学から帰郷してきた太い首にでかい体の持ち主、元演劇部部長の肩書きを持つ、二つ年上の先輩だった。


「いよう天然たらしクン」

「どうも……蘭条先輩」


 同部員であるショートボブの小さい子を巡って火花を散らしたことのある関係上、最後のお別れ会にて聞いた蘭条正(らんじょうただし)という格好のいい名前を覚えている。


「俺の名乗りを忘れていなかったのは驚きだ。それでもここは通さんぞ」

「うーこちゃんから聞きましたか」

「ああ。だがたらしクンは演劇部員ではないからな」


 新旧の部員が一堂に会する久々の会合に、目下本命たるうーこちゃんからつい先程召還されたばかりだった。

 それを察した元恋敵の部長は、カラオケ会場の席から抜け出し、一階で門番がてら乱入しようとする俺を通せんぼしたというわけだ。

 こうした部活の同窓会もどきは夜まで続く予定であり、解散するまで俺と小さい子を会わせるつもりがないと宣言された。

 ラグビー部のようないかつい体格のこの男の嫌がらせは、二年越しでも健在だとみえる。


「まあしかし……卯子くんを一番に据えたその見る目だけは評価してやろう」

「そいつはどうも」


 どこでそれを知ったのか、後輩部員からの情報なのか判別しがたい。

 当事者の恋人からえっへんなどうだ顔で画像が送られてきたことを考えると、うーこちゃん自身から聞いたのかもしれない。

 それから押し問答は続いたが、睨み合いの会話も久しいなと彼が渋く笑ったところで、店員さんから迷惑ですと叱られた。

 蘭条先輩が縮こまって真っ赤になるも、怒りのぶつけどころをこちらに向けてきた時点で再度の逃走開始だ。

 卯子くんからは俺から断っておいてやると自薦された。

 部外者の推参は承知の上なので、強硬になるつもりはない。

 諦めよくさっさと退散した。


 出会いと別れを繰り返す本日は人生の縮図だ、と無茶苦茶すぎる論理で悦に入りながら幹線道路沿いを進む。

 この通りといえばケーキバイキングで有名なお店があり、女子高生らのたまり場になっていたりするのだが、お人形が設置されている施設の出入り口を横切ろうとしたところで、二人組の女の子に捕捉された。


「やあ八方くん奇遇だね!」

「暇そうじゃん、一緒にお茶しようよ」


 貧乏学生にそんな余裕はと断るも、奢ってあげるという台詞にデジャブを感じて憮然とした。

 二年前の文化祭にて、ゴリさんのクラスの喫茶模擬店にお邪魔したことがある。

 営業後の後片付けとして残っていたこの二人の子たちが対応し、眼鏡っ子からのお手製シュークリームを頂いたことを思い出した。

 そのときもコーヒーをご馳走になった気がする。

 以前も今も甲斐性がないのは相変わらずだ。そうこうしている間に店内に引きずりこまれ、テーブルに着席させられた。

 チーズケーキと紅茶をすするヒモ男として、提供してくれた女の子の話し相手をすることになった。


「ゴリさんここにいたの?」

「そうだよー。でも平良とクラスの男どもが合流しようとしてきてたから、真昼はそいつらを連れて裏手に行ったんだ」

「ナニを経験したせいか知らないけどさあ、あの子夏休みに入って色気倍増しになってるじゃん? 最近男を引き寄せすぎて対処に困ってるみたいなんだよね」 

「はあ」


 誰のせいかなーといたずらっぽい視線を向けてくるも、ポニーテールの色白娘を開花させたのは俺ではない。

 彼女の親父さんからも似たような猜疑の目を向けられている。

 同じようにしらばっくれておこう。


「面白いよね! 八方くんと深く関わると自然に感化されていく。真昼とか平良くんだけじゃなくて、すかして捻くれものだった関西弁の羽場って子も、何かと男から嫌われてた一年の巻き髪な男の子も、君の仲間になってからいいように変わってきたみたいだし」

「ふぉうなんれすか」


 ケーキを口にしていたのでふざけた返事になった。他人事ってやつだ。


「真昼も明春さんも多聞先輩も……みんな染められて変人になっちゃった。命がけだからしょうがないかー」

「それについてはすいませんとしか言いようがない」

「違うよねえ。少なくともうちらの真昼は明るくて可愛くて色っぽくて、自分の意見をちゃんと言えるしっかりした女に変化したんだ。すばらしいことじゃんか」

「そうさ!」


 ゴリさんのお友達二人はにやりと男前な笑みを浮かべている。

 褒めているんだぜと念を押されたので、いつものしまらない顔で頷いておいた。


「八方くんに認められたらいい女になれるんだよなあ。ねえあたしはどう?」

「ムリムリ。判定は出会ってすぐに決まるんだよ。何の反応もないじゃんうちら」

「ええー、もう選別されてたのか!」


 自問自答で言い争いはじめる女の子たちにご馳走様を告げ、ヒモ男は先に店を出た。

 往年の行動範囲を巡る足取りで、近場のショッピングモールに立ち寄るころには夕方になっていた。

 見切り価格の食品を中心に見回る。獲物を求めカゴを持ってあちこち見回るなか、不意に後ろ手の指へ誰かの指が絡まった。

 こんないたずらをするのは男ではあるまいと振り向く。


「……」


 該当者は見下ろした先にあった。

 手を伸ばして俺の指をしっかりとつかんだ幼女がいて、見覚えのある可愛らしい笑顔でお兄しゃんこんにちはと一礼している。


「こんにちは」

「お久しゅうごじゃいます」

「おひさしゅう」


 時代がかった物言いはお年寄りの影響というやつだろう。

 近場の神社において二年連続で元旦の出会いを果たしたお爺ちゃんがいたが、この子はそのときに一緒にいたりんごほっぺのお孫さんだ。

 しゃがんで彼女と目線を同じくし、ご両親の存在を確認した。


「おかさんもおとさんもいる」

「ほうほう。ママとパパはどこにいるの?」

「あっち!」

「じゃあお兄ちゃんと一緒にいこう」

「うん」


 お菓子売り場から手をつないで歩き出した。

 食品フロアの通路を覗き見しながら、お子様の指差す方向に移動する。


「あ、おとさん!」


 ぱっと手を離した幼女が飛びつくように向かった先には、去年と今年に見た頭つるつるの意気軒昂なハゲ……もといお爺ちゃんの姿があった。

 相変わらず背筋を伸ばしたいい姿勢で、頭髪が寂しいことを除けば随分と若く見える出で立ちだ。


「おう若いのじゃねえか!」


 お孫さんを抱きながらやってきたお年寄りは、近くにいたお母さんらしき娘さんを連れてこちらにやってきた。

 比較的空いている売り場の通りまで一時避難する。

 そこであらためて偶然に会ったことを告げた。


「そいつぁ悪かったな。娘は動きたい盛りですぐにどこかに行っちまうもんで」

「でしょうねえ。って」


 お爺ちゃんが娘のような成年女性に孫を抱き渡すのを見て、違和感に気付いた。


「……娘?」

「おう。これはわしの娘、これはわしの嫁」


 幼女を撫でて娘と説明し、若くて優しそうな娘さんを指差して嫁とほざくジジイに眉をひそめた。


「孫と娘じゃねえぞ」

「……夫婦!?」

「かっかっか」


 相手の説明を理解して固まる俺の反応を窺って、ジジイが大笑いしている。

 してやったりと小鼻を膨らませていた。幼女がそれの真似をしている。


「どいいつもこいつも大体同じ反応見せやがる。見た目がジジイでもまだわしゃ六十ちょうどじゃい!」

「ええええ」


 推測で古希をすぎたかと思われたが、どうやら頭髪が寂しいだけの老けたおっさんのようだ。

 失礼な言葉を言いかけて、なんとか別の感慨を口にした。


「お嫁さん……若すぎませんか」


 お子様をあやす若いお母さんを見てついジト目になる。

 どう見ても三十代にしか思えない。


「甲斐性ってやつよ若いの。そういうあんたも美人で可愛い彼女が何人もいるじゃねえか」

「よく覚えてますね」


 経済力のある大人と貧乏暇なしの小僧では比較にならない。


「世間体なんてもんはそこそこでいいんじゃい。細けえこたぁ知らねえよ!」

「はあ」

「女自身が幸せだって思っていることなら(はばか)らねえこった。わしゃこの年で子持ちになったが、ちゃーんと責任を取ったぞ」

「……」


 ハゲじじいならぬハゲ親父は臆面もなくそう語り、年齢差のある嫁と孫のような娘ににっこり微笑みかけている。

 何かを察したのか、こちらの環境に対して男を論じるような様相になっていた。


「何人も女のいるお前さんこそ踏ん反り返って開き直れや。全員に振られても自分が泣けばいいだけ、とかの心意気は持っているようだしな」


 熱い言葉でサムズアップを連発し、見た目がジジイ実年齢おっさんとその家族がレジに向かって去っていった。

 それにしても現実に若い娘をたぶらかしてモノにしている男の言葉は重みが違う。

 月日を重ねればああいう豪快なる悟りを開けるようになるのだろうか。

 勝手に啓蒙された気になった。単細胞たる所以だ。


 近場のふらりぶらりはこうして終了したが、豪邸に帰還してメイドの広に出迎えられたところで、ようやく今回外出した目的を思い出した。


「お婆ちゃんの好きな和菓子を買いにいったんだよね?」


 玄関で立ち竦む。ショッピングモールの物産展で買って来いとおつかいを頼まれていたのだ。


「まさか」

「鳥頭だ」

「バーカ」


 冷たいお言葉を放って妹が婆ちゃんに注進しにいく。

 扉の取っ手に手を添えて逃亡の準備は完了だ。

 食い物の恨みは恐ろしい。言い訳を考える暇もなく、すぐに心胆寒からしめるようなうなり声とともにどすどすという足音が聞こえてきた。


「小僧おぉぉぉ」

「早速手に入れてまいります!」


 物産展がある大型ショッピングモールまで一時間弱、それまで人気の和菓子が売り切れていないことを祈りつつ、一目散に駆け抜けた。

 駅までの道すがら、うるうたん、うーこちゃん、ゴリさんと時間差で出会ったものの、スルーせざるを得なかったのはこのためだ。


「逃がさんぞ!」

「待ちなさいっ!」

「どこ行くん?」


 婆ちゃんが、時間が、との言い訳を口にして振り切りつつ、追ってくる彼女たちのサドな面持ちは楽しそうだ。

 俺は生き死にの問題になっていたのでそれどころではない。 

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