第11話 冬至の祭り
王都からの命令書が届いたのは、冬至の十日前でした。
届けに来たのは、街道の見張りをしている役人です。役人は玄関で封筒を差し出すと、中を読み終えるまで帰らずに私の顔を見ていました。
――ミルフィールド領主は、年の明けるまでに、この冬の品物の半分を、王国の定める買い上げの値にて差し出すこと。
――従わぬ場合は、禁令を破り品物を他所へ流したものとみなす。
「半分、ですか」
「査察の結果、この領地には品物を出す力が十分にあると判断されたそうです。売らずに腐らせてしまうくらいなら、国に納めよ、とのことです」
役人は、決まり文句を読み上げるような声で言いました。
査察官は、帳簿の中の「売らずにおいた」という言葉を、そのまま逆手に取ってきたのです。売る相手がいないのなら、国が買ってやる。それも、あの王都の商会よりさらに安い値で。
「確かに受け取りました」
私がそう答えると、役人は小さくうなずいて帰っていきました。
*
その夜、私は書斎の隠し空洞から、帳簿の写しの鞄を出しました。
確かめておきたいことがあったのです。
去年、王国がクロフォード伯爵家を通して、ミルフィールドから買い上げた品物は、どこへ運ばれたのか。
飢えに苦しんでいる王国の地方へ届いたのなら、今度の命令にも、少しは意味があるのかもしれません。
写しをめくっていくと、答えはすぐに見つかりました。
買い上げた品物の送り先は、ほとんどが王都の備蓄庫でした。残りは、クロフォード伯爵家の倉に「一時預かり」と書かれたまま、その先の送り先がどこにも書かれていません。
飢えている地方の名前は、一つも出てこないのです。
私は写しを閉じて、しばらく燭台の火を見つめていました。
伯爵家にいたころ、この書類を何度も手にしていたはずでした。それなのに、毎日届く紙の山に追われて、どこへ運ばれたのかまでは考えたことがありませんでした。
王国は、飢饉を理由に帝国への販売を禁じ、この土地の品物を安く買い上げた。けれど、その品物は飢えた人の口には入らず、王都の倉とクロフォード家の倉に積まれていただけなのです。
そして今度は、その同じ王国が、この冬の品物の半分を差し出せと言っている。
「……差し出したところで、誰の口に入るのでしょうね」
独り言に答える人は、誰もいませんでした。
*
冬至の日は、朝から空がよく晴れていました。
日が落ちるころには、村の広場の真ん中に、大人の背丈の倍ほどもある薪の山が組まれていました。ハンスさんが松明で火をつけると、乾いた薪がぱちぱちと音を立てて燃え上がり、広場じゅうから歓声が上がります。
焼いた肉の匂いと、温めた葡萄酒の甘い匂いと、焼きたてのパンの匂いが広場に満ちていきます。
誰かが笛を吹き始めると、若い人たちが手をつないで、火のまわりを回り始めました。
私は広場の端で、それを眺めているつもりでした。
「ご領主様! そんな所に立ってないで、こっちへいらっしゃいな」
マーサさんに腕を引っぱられて、あっという間に踊りの輪の中へ入れられてしまいました。
「ま、待ってください、私は踊り方を」
「そんなもの、誰も知りゃしませんよ。回ってりゃいいんです、回ってりゃ!」
言われるままに回っているうちに、足がもつれて転びそうになり、隣の娘さんに笑いながら支えられました。
こんなふうに声を出して笑ったのは、いつ以来だったでしょう。伯爵家にいた三年間には、一度もなかった気がします。
輪から抜けて息を整えていると、目の前に木の杯が差し出されました。差し出してくれたのは、トマスでした。
「……温めた葡萄酒だ。飲めるか」
「ありがとうございます。いただきます」
杯を受け取ると、トマスは火の方を向いたまま、ぼそりと言いました。
「今年は、あんたのおかげだ」
それだけ言うと、トマスは照れくさそうに頭をかいて、若い連中の方へ戻っていきました。
杯の中の葡萄酒は、甘くて、少しだけ熱すぎました。
「何年ぶりかねえ、こうしてみんなで火を囲むのは」
いつの間にか隣に来ていたハンスさんが、目を細めて火を見ています。
「倉を焼かれた年は、とてもそんな気になれなかった。その前の年も、買い上げで何もかも持っていかれてね。……いい冬至だ。本当に、いい冬至ですよ、ご領主様」
私は、うまく答えられずに、ただうなずきました。
*
夜が更けて、火の勢いが少し落ち着いてきたころ、広場の外れの暗がりに誰かが立っているのに気づきました。
外套の襟を立て、帽子を深くかぶっていて、顔はよく見えません。けれど、あの背の高さと、火の方を見ている立ち姿には見覚えがありました。
私は杯を置いて、そっと広場を抜け出しました。
「……殿下」
外套の男が、帽子のつばを少しだけ上げました。
焚き火の明かりに照らされたのは、やはり殿下の顔でした。ただ、ひと月前より頬がこけて、目の下にうっすらと影ができていました。
「やあ、セレス。にぎやかだね」
「どうして、ここに。しばらく来られないと、手紙には」
「うん。だから、こっそり来た。長くはいられない」
殿下は、いつもの軽い調子で笑おうとしました。けれど、その笑顔は、どこかうまくいっていないように見えます。
聞きたいことは、たくさんありました。
どうして来られなかったのか、帝都で何が起きているのか、どうしてそんなに疲れた顔をしているのか。
けれど、殿下の顔を見ていたら、どれも口から出てきませんでした。
聞けば、この方は笑ってごまかすでしょう。ごまかすために、また無理をして笑うのでしょう。
代わりに私は、外套の隠しから小さな包みを取り出しました。
今朝、広場へ出てくる前に、なんとなく持ってきてしまったものです。
「これを」
「……チーズ?」
「マーサさんのです。殿下の分を取っておいたのは、これで四つ目です。前の三つは、固くなって私が片づけました」
殿下は包みを開くと、しばらく黙ってそれを見ていました。
それから、ひと切れを口に入れました。
いつものように、ひと切れ目で、殿下は何も言わなくなりました。
焚き火の向こうで、笛の音と笑い声が続いています。
「……北の町では、まだ子どもが死んでる」
ずいぶんたってから、殿下が小さな声で言いました。
私に聞かせるつもりだったのか、独り言だったのかは、分かりません。
「君のおかげで、ずいぶん減った。でも、まだ足りないんだ」
殿下はそれだけ言うと、残りのチーズを大事そうに包み直して、外套の内側にしまいました。
「ありがとう、セレス。……いい祭りだね。君の領地は、いい所だ」
そう言い残して、殿下は暗い森の道へ歩いていきました。
呼び止めようとしたときには、もう姿は見えなくなっていました。
*
祭りの翌朝、私は書斎にゴードンを呼びました。
机の上には、王都からの命令書と、帳簿の写しが並んでいます。
「ゴードン。命令された供出の分も、すべて帝国へ送ります」
ゴードンは、すぐには答えませんでした。
命令書と写しを順に見てから、静かに口を開きます。
「……それは、王国の命令に真っ向から背くことになります。これまでのように、盗まれた品だとは申し開きができません」
「分かっています」
「王都は、必ず動きます」
「それも、分かっています」
王国へ差し出した品物は、王都の倉とクロフォード家の懐に消えるだけです。飢えた人の口には、一口も入りません。
それなら、本当に飢えている人たちのところへ届けたい。
北の町では、まだ子どもが死んでいる。
殿下の声が、耳から離れませんでした。
気がつけば私は、この領地のことと同じくらい、国境の向こうのことを心配していました。いつの間に、こんなふうになってしまったのでしょう。
「命令された量は、この冬の品物の半分です。今夜から、傭兵の皆さんに運んでもらう量を倍にします。年が明けるまでに運び終えられるよう、段取りをお願いします」
ゴードンは、ほんの少しだけ私の顔を見つめてから、深く頭を下げました。
「……かしこまりました」
これでもう、言い逃れはできません。
私は、自分の手で王国に背を向けたのです。
*
年が明けて、供出の期限の日になっても、王都の備蓄庫にもクロフォード家の倉にも、ミルフィールドの品物は一つも届きませんでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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