第四話 答
永禄十二年の夏、阿波を包む空気はどこまでも青く、生命の熱気に満ちていたが、勝瑞城の一室に横たわる若き将軍の命の灯火は、いよいよ燃え尽きようとしていた。
足利義栄の視界は、すでに白く霞み始めていた。
肺腑を蝕む病の痛みはとうに通り過ぎ、いまや自らの身体が泥のように重く、境界を失って世界のなかに溶け出していくような、奇妙な浮遊感だけが彼を包んでいる。
「上様……、上様……!」
枕元で涙を流し、何度も彼の名を呼ぶのは、阿波の草庵時代から変わらず付き従ってきた、数少ない近習たちであった。彼らの呼ぶ声が、まるで深い水の底から聞こえてくるかのように遠い。
意識の混濁のなかで、義栄は果てなき旅路を振り返っていた。
この狂える戦国という時代に「足利義栄」として生を受け、孤独の闇に怯えながら、人との繋がりを病的に渇望し続けた日々 ——。
彼の脳裏を、かつて出会った異形の大物たちの幻影が、走馬灯のように駆け抜けていく。
三好長逸、政康、友通。あの一枚岩に見えた三人衆は、利害の配分を前にして「強欲」「嫉妬」「暴食」の醜い業を剥き出しにし、仮初めの絆を自ら引き裂いた。
松永久秀。歴史にその名を刻みつけるという「虚栄」の果てに、人を信じることを辞め、孤独な修羅として生きる道を選んだ男。
織田信長。古い甘えをすべて焼き尽くし、冷徹な更地の上に新たな秩序を建てんとする、天を突く「傲慢」と「憤怒」の焔。
彼らは皆、何かを強烈に「持ち」、あるいは「持とう」として、その業の炎に身を焦がしていた。そして、飯盛山城の暗がりで寂しく死んでいった老天下人・三好長慶の呪いのような遺言が、ふたたび義栄の耳裏で鮮烈に鳴り響く。
『持つとは、時を留めようとして失うことだ』
(筑前守殿。お主の言う通り、私は将軍という器を持ち、人を留めようとして、すべてを失った……)
京の御所を追われ、誰もいなくなった広間に冷たい風が吹き抜けたあの落日の瞬間、義栄の魂は確かに一度、完全に死んだのだ。
しかし、すべてを奪われ、空っぽになって阿波の地へと這い戻ってからの日々は、どうであったか。
義栄の青白い唇が、微かに、本当に微かに弧を描いた。
彼は毎日、病の身体を引きずりながら、阿波の泥道を歩き回った。
炭焼きの老人、飢えに震える浮浪の民、傷ついた老兵。
将軍の権威も、天下の権益も何も持たず、ただ一人の人間として、彼らの冷え切った手を握り、その温もりに触れ続けた。
確かに、彼らの瞳の奥には拭えない怯えがあり、身分の断絶という名の「遠さ」は、最期まで超えることはできなかったかもしれない。明日になれば彼らはまた自らの生活へと戻り、義栄の差し出した手を離していっただろう。
だが、それでも——。
(持とうとするから、失うのだ。留めようとするから、絶望するのだ……)
義栄は、ついに自らの全人生をかけた問いに対する、究極の「答」にたどり着いた。
信じるべきは、繋ぎ止めた結果ではない。
どれほど裏切られようとも、どれほど他者との間に超えられない距離があろうとも、何度空振りに終わろうとも、なお「人と繋がりたい」と願い、届かぬかもしれない手を伸ばし続けた、その歩みと出会いにこそ、自らの生のすべてがあったのだ。
結果として何も残らなくとも、他者を求め、その温もりに触れようとした一瞬の記憶は、信長の放つ苛烈な焔であっても、決して焼き尽くすことはできない。
「持つ者」はいつか必ずすべてを失い、諦念のなかで死んでいく。
しかし、何も持たず、ただ他者を求め続ける「求める者」は、手を伸ばし続けているその瞬間において、すでに世界と、人間と、深く繋がり合っている。求める歩みを止めない限り、人間は決して、本当の意味で孤独に陥ることはないのだ。
自らの内にあった「色欲」という名の歪んだ業は、孤独への恐怖が生んだ呪いなどではなかった。それこそが、この冷酷な乱世において、人を人たらしめる真実の「和」を希求する、最も純粋な命の叫びであったのだと、彼は深い満ち足りた静けさのなかで悟っていた。
「上様……! お顔が……微笑んでおられる……?」
近習のすすり泣く声が、遠く、遠くへ遠ざかっていく。
勝瑞城の窓の向こう、鳴門の激しい渦潮の地鳴りが、まるで祝福の木霊のように低く響いていた。
世界は回り続ける。時代は自分を置き去りにし、信長や義昭の創る新たな戦国へと進んでいくだろう。だが、義栄の胸を満たしているのは、かつて京の都の門をくぐった時の悲壮感ではなかった。
自らの魂が紡いだ「答」を抱きしめながら、影の将軍・足利義栄は、静かにその瞳を閉じた。
その精神は、歴史の勝者たちの記録には決して残らない。
しかし、彼が泥の中で触れ合った名もなき人々の手の温もりのなかに、そして果てなき生と死の「輪廻」の底流のなかに、誰にも奪えぬ確かな光として、静かに、深く、溶け込んでいくのであった。




