第二話 遠
京の都から鳴門の海を隔てた阿波の地に届く報せは、どれも驚くほどに「遠い」響きを帯びていた。
永禄十一年、冬。
かつて義栄からすべてを奪い去った織田信長の「焔」は、京の都を完全に焼き直していた。
前将軍の弟・足利義昭が第十五代征夷大将軍の宣下を受け、絢爛たる拝賀の儀式が執り行われたという。信長はその圧倒的な武力を背景に、新たな時代の覇者として天下に号令し、義昭という新たな神輿の背後で、冷徹に古い因習を解体し続けている。
かつて義栄を担ぎ、そして利害の果てに離散していった三好三人衆の面々は、京を追われてなお各地で必死の抵抗を試みているというが、その足掻きも、新しい時代の巨流の前には蟷螂の斧に過ぎない。
松永久秀は、信長に名物「蜘蛛釜」を差し出すことでいち早くその軍門に降り、大和の支配権を安堵されて歴史の表舞台にしっかりと楔を打ち込んでいるという。
勝瑞城の片隅、冷たい風が格子を揺らす部屋でそれらの風聞を聞く義栄の胸に、かつてのような逆巻く 抗戦 の狂気や、身を焦がすような嫉妬が湧き起こることは、もうなかった。
(皆、遠いところへ行ってしまったな……)
かつて飯盛山城で三好長慶と交わした言葉も、富田の陣での熱狂も、将軍宣下の夜に見た絢爛たる光景も、いまや遠い前世の記憶のように霞んでいる。権力の頂点で繰り広げられる華やかな狂騒も、男たちの醜い執着も、この阿波の静寂の中にいる義栄にとっては、まるで分厚い霧の向こうで繰り広げられている他人の営みのようにしか感じられなかった。
しかし、歴史の中心からどれほど「遠く」離されようとも、
義栄の魂に刻まれた歪んだ業 ——人との繋がりを狂おしいほどに求める「色欲」は、衰えるどころか、いっそうその純度を増していた。
今日も義栄は、胸を突く激しい咳を何度も白い布に吐き出しながら、歩を進めていた。
訪れたのは、城下から遠く離れた山あいの、貧しい炭焼きの集落であった。
「……上様、このような泥深い場所まで、何故」
粗末な小屋の前に座り込み、煤に汚れた手を震わせながら、老いた炭焼きの男が地面に額を擦りつける。かつて「天下の主」であった男が、一介の賤民の生活の場に現れたのだ。男の身体は恐怖と困惑で硬直していた。
義栄は、男と同じ泥の地面に、躊躇うことなくその膝を突いた。
「頭を上げてくれ。私はもう将軍でも何でもない、ただの男だ。お前の焼く炭の煙が、遠くからでも実に見事でな。少し、暖を分かち合いにきただけなのだ」
義栄はそう言って不器用に微笑み、炭焼きの男の、ひび割れて煤塗れの堅い手を、自らの両手でそっと包み込んだ。
その瞬間、義栄の胸を、言い知れぬ寂しさと切なさが刺し貫いた。
確かに、男の手は温かかった。
そこには生身の人間が生きている確かな熱があった。
だが、手を取り合っているにもかかわらず、男の瞳の奥に宿る怯えと、身分の違いがもたらす絶対的な「断絶」の壁は、どうしても消し去ることができない。
義栄がどれほど純粋に「ただの人」として温もりを求めようとも、彼がかつて足利の将軍であったという事実、そして彼の纏う高貴な影が、相手との間に拭えない「遠さ」を作り出してしまうのだ。
さらに、時折義栄の喉を詰まらせる病の気配
——指先から伝わってしまうであろう、死の影が。
それもまた、この健康に生きる人々との距離を、残酷なまでに遠ざけていく。
どれほど手を伸ばしても、どれほど泥に塗れて近づこうとしても、人は他者と完全に一つになることはできない。人が個として生きる以上、そこには必ず、超えられない「遠さ」が存在する。
(それでも……私は、諦められぬのだ)
取り払うことのできない「距離」を突きつけられながらも、義栄は男の手を握る力を緩めなかった。
かつてのように「将軍という器」で人を縛り、留めようとした傲慢な日々は終わった。
今の彼は知っている。人は繋ぎ止めるものではなく、遠く離れていくものだということを。
ならば、その「遠さ」を知りながらも、届かぬかもしれない手を伸ばし続けること。
その一歩の歩みの中にしか、自らの生の証はないのだと、彼は静かにその絶望を受け入れていた。
「……良い炭だな。心が温まる」
義栄が優しく声をかけると、炭焼きの男の顔から、ようやく少しだけ強張りが消えた。
それはほんの一瞬の、微かな心の触れ合いに過ぎなかったが、義栄にとっては、信長が築くどのような新世界よりも尊き一瞥であった。
帰り道、夕闇が阿波の山々を深い群青に染めていく。
遠く鳴門の海の向こう、遥かなる京の空を見上げながら、義栄は小さく息を吐いた。
あちらの世界は、もう私の知る場所ではない。
歴史の激流から最も「遠い」この辺境の地で、病に侵された身体を引きずりながらも、若き将軍は、己の魂が求める真の救いへと向かって、さらに深く、静かに歩みを進めていくのであった。




