第一話 京
応仁の乱以降、戦国の爪痕が生々しく残る京の都は、将軍・足利義輝の討ち死にという未曾有の大変怪を経て、奇妙な静寂の中にあった。
かつて花の御所と謳われた地には雑草が茂り、公家衆は日々の生活にも窮する有様であったが、そこに三好三人衆の放った莫大な金銀と、数万の軍勢の足音が流れ込んだことで、都は俄かに血の通った熱気を取り戻しつつあった。
京の近郊、摂津富田の仮御所に陣を敷いた足利義栄のもとには、連日のように京からの迎えの使者や、拝謁を乞う公家たちの行列が押し寄せていた。
「京の都こそ、足利の正統たる上様がおわすべき地にございます。帝も、上様のご入洛を今か今かとお待ちにございます」
きらびやかな装束に身を包んだ公家たちが、畳に額を擦りつけ、甘言を弄する。
彼らが求めているのは、足利の新たな主の徳ではなく、三好がもたらす富と、それによって得られる自らの領地の安堵であった。
義栄は、眼前に広がる華やかな光景に、息を呑むような感動を覚えていた。
阿波の田舎で、誰からも必要とされずに生きてきた青年が、いまや天下の中心である「京」を目の前にし、王朝の権威そのものから求められているのだ。
(筑前守殿、弾正……やはりお主たちの言葉は間違っていた。将軍という器があれば、人はこうして集まる。京の都こそ、私の孤独を完全に埋めてくれる場所に違いない)
義栄の胸中を満たすのは、己の「色欲」――人との繋がりへの盲目的な渇望であった。
しかし、その歓喜の裏で、三好三人衆の思惑はすでに京の都そのものを喰い破らんとしていた。
長逸は京の五山や有力公家との結びつきを強め、都の権益を余すところなく我が物とせんとする「強欲」の計略を巡らせ、政康は、自らの軍勢が都の治安維持の主導権を握るべく、同僚たちへの「嫉妬」の炎を燃やして先陣を争う。そして友通は、京の地子銭や諸関の税収をすべて己の帳簿に一元化し、他者に一文の隙も与えぬという「暴食」的な執着で筆を走らせていた。
彼らにとって、京の都も、そこに据えるべき義栄という将軍も、己の欲望を満たすための壮大な舞台装置に過ぎなかったのである。
義栄は、公家たちのへつらいの奥にある冷淡な利害と、宿老たちの底なしの欲望に気づかぬまま、眼前の華やぎに酔いしれていた。
求め続けた「京」という至高の聖地が、実は己を縛り付けるための絢爛たる檻であったという歴史の皮肉は、すでにこの入洛の直前に完成していたのであろう。
「上様、いざ、京へ」
長逸の先導のもと、義栄の乗った網代車は、あまたの欲望を乗せて天下の中心へと動き出した。




