第五話 道
仮御所から京の都へと続く街道は、三好の軍勢によって完全に掌握され、若き将軍候補のための「道」は劇的に切り拓かれつつあった。
朝廷からの使者がもたらしたのは、足利義栄の官位をさらに進めるための、格別の差配を匂わせる内勅の打診である。三人衆が京の公家衆へばら撒いた莫大な金銀と、畿内を圧する圧倒的な武威が、朝廷をも動かし、義栄の歩むべき路を黄金と鉄とで舗装していく。
「左馬頭様、これで京への道は完全に開けました。尾張の織田も、近江の六角も、我が三好が敷いたこの王道を阻むことは万に一つも出来ませぬ」
長逸が、自信に満ちた笑みを浮かべて地図を指し示す。その指先が描く奇麗な軌跡には、新将軍を京へ送り込み、畿内の権力を完全に我が物とせんとする「強欲」が冷たく光っていた。
政康は、その長逸の手柄顔が気に入らぬとばかりに、軍勢の先陣を誰が切るかで不満を鳴らし、友通は、行軍に要する兵糧や人足の徴発数を冷徹な算盤で弾き出していく。三人の宿老たちの欲は、この期に及んでもなお、互いを牽制し合いながら肥大化を続けていた。
だが、義栄はそれらの不協和音を、すべて自らを天下の主へと押し上げんとする忠義の熱気として、心地よく聞き流していた。
先だって松永久秀が残していった「枯れ木」という不気味な言葉の余韻は、朝廷の権威と三好の武威という華やかな光にかき消され、もはや彼の心には届かない。
(私は、間違っていない。この道の先で、私は真の将軍となり、多くの人々と結ばれるのだ)
義栄は、眼前にまっすぐに伸びるその平坦な大道を見つめ、自らの選択にこれ以上ない確信を抱いていた。阿波の草庵で独り、誰からも顧みられなかった日々は終わり、いまや己が進む道こそが天下の正道なのだと、彼は強く己に言い聞かせる。
彼が歓喜して踏み出したその平坦な道が、実は三好の強欲という泥濘の上に急造された、崩落寸前の危道であったことに、この若き将軍が気づく術はなかった。己が正しいと信じた道こそが、破滅への最短の隘路であったという歴史の皮肉は、すでにこの確信のなかに極まっていた。
「出陣の触れを出せ」
三人衆の号令とともに、数万の兵の足音が大地を揺るがし始める。
己の孤独を埋めるための幻影を追い求め、若き将軍は、引き返すことの出来ぬ血塗られた道へと、誇らしげに足を踏み出していった。
『第二部 擁立』完結にあたって
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
阿波の片田舎での孤独から一変、数多の将兵に囲まれ「将軍」という立場を得た義栄。
「立場さえあれば孤独は埋まる」と信じ込む彼は、周囲に群がる剥き出しの「欲」や久秀の冷徹な言葉から目を背け、三好の威光が敷いた崩落寸前の道へと突き進んでいきます。
長慶の遺した重い問いかけとすれ違ったまま、幻影を追い求める彼の歩みはいかがでしたでしょうか。
次回からは、いよいよ『第三部 布石』が始まります! 舞台はついに京の都へ――。
さらなる欲望と謀略が交錯する中、義栄たちはどのような「布石」を打つのか。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




