第150話 国王との謁見、それは緊張と混乱と困惑と
ミゲール王国王城謁見の間、ミゲール王国の象徴でありこの国の中心でもある絶対的な権力者ダストフ・グラン・ミゲール国王との謁見は、自らを最底辺と位置付けるシャベルにとって想像を超えるプレッシャーを与えていた。
「ふむ、其の方の話は分かった。ではもう一つ、ライド伯爵家より此度の謁見に於いて其の方がカッセルのダンジョンより持ち帰った品を王家に買い取って欲しいと要望していると聞いているがそれに相違はないか?」
落ち着いた口調で問い掛けるダストフ国王、だがその一言一言がまるでミノタウロスの一撃のようにシャベルの精神を容赦なく削っていく。
「はい、恐れながら不敬にもライド伯爵閣下に王家への買取を願い出ましたことは事実でございます。その事で国王陛下のお心を煩わせてしまったと致しましたらそれは偏に私の不明の致すところ、その責は何卒私に向けていただけますようお願い申し上げます」
緊張し、混乱し、自分でも何を言っているのかよく分からないまま、シャベルは自身の行いによって大恩あるライド伯爵に迷惑が掛かってしまう事だけを恐れていた。
「よい、我が聞きたいのはそうした事ではない、其の方がダンジョンより持ち帰り王家に買い取りを望んだ品についてである。“ワイバーンの巣”、何故この品を持ち帰る気になったのかは正直分からないが、それが最高級の香木の塊であることは確認されている。王都商業ギルドに持ち込めば破格の金額で取引されるであろうし、冒険者ギルド主催のオークションにてバラにして売りに出してもよい。
わざわざ王家に買い取りを願い出た其の方の真意を知りたい。余が許可する、有体に申せ」
「はい、それでは失礼を承知で申し上げます。それはこの品を処分するのに他に選択肢がなかったからでございます」
“ザワザワザワザワ”
走る緊張、周囲が剣呑な空気に包まれる、ダストフ国王がサッと手を上げざわつきを制する。
「ふむ、それはどういう意味であるのか、嘘偽りなく申せ」
「はい、この“ワイバーンの巣”は最高級の香木の塊、その価値は多くの人々を惑わせる程のものであると伺っております。私の周りには少しでもその恩恵を受けようと様々な人々が寄ってくることでしょう。笑顔を向ける者、恫喝する者、剣を向ける者、泣き落としをする者、私の周囲の者たちを巻き込み危害を加える者。
そしてそれは私ばかりでなくライド伯爵家にも及ぶであろうことは、エリクサーを薬師ギルド経由で売りに出した際の騒動からも明らかです」
シャベルの話、それは貴重な財宝を手に入れたが故に不幸に見舞われた多くの冒険者の辿った道。
「ですが話はそこに止まりません、香木は高貴なる身分の方々が楽しまれる希少な品であるとか。物の価値とはただその品が素晴らしい事だけでなく、希少であること、入手の難しさからも決まってまいります。ミスリルやアダマンタイトがその性能はもとより入手の難しさから高い価値を示していることからもそれは明らかです。
そのような物が大量に世に出た場合どうなるでしょうか? これまで香木を扱っていた者は価値の下落に悩むでしょう、希少な香木を有することが家の力を示していたとしたら多くの貴族家からの恨みを買うでしょう。
そして何も考えずオークションに出品してしまった際の混乱は、私のような無学無才な者の想像を大きく超えるものとなってしまうかもしれません」
シャベルの話にその場の者たちは皆口を噤む、何故ならそれはこの世の真実であり、貴族社会の現状を的確に理解した者の言葉であったからである。
「起こりうる混乱を治めるだけの力を持ち、尚且つ誰もが納得する権威を持つ御方は王家をおいてほかにないのでございます。
私には力がありません、権威もありません、私のせいで多くの者を不幸にしてしまう事は何としてでも避けなければならない。力なき者にとって宝の発見が必ずしも幸運に繋がるとは限らない、宝を所持するにはそれを持つにふさわしい背景が必要である。
香木を純粋に楽しむだけの財力と権力と武力を持ち、誰もが納得する権威を持たれる王家こそが“ワイバーンの巣”を手にするにふさわしく、誰にとっても幸福な事であると考えます」
シャベルはそれだけを述べると、静かに頭を垂れる。“力なき者にとって宝の発見が必ずしも幸運に繋がるとは限らない”、その言葉は大きな波紋となって、謁見の間にいる人々の間に広がっていく。
「ふむ、なるほどの。其の方の言わんとすること、分からんでもない。古来より過ぎたる力は身を亡ぼすという言葉もある、国に混乱を起こさずに大量の最高級香木を処分するとなればその売り先に苦慮するのも当然、ライド伯爵家では受け止めきれぬことは無論王都のオークションであってもどれ程の騒ぎになった事か。最終的に騒ぎを治めるために王家で買い取ることとなるのであれば、初めから王家に買い取りを打診する方が余計な混乱を起こさずに済むと。
其の方が処分先と申す事も頷けよう、ニコラスも大変であるな」
ニヤリと笑いライド伯爵に話を向けるダストフ国王、ライド伯爵は冷や汗を流し目を伏せ頭を垂れる。
「シャベルよ、其の方に問う、報酬として何を望む? 此度其の方の齎した功績はミゲール王国にとって大きな意味を持つものであった。それは無論“ワイバーンの巣”を含めてである。
国として、ミゲール王国国王ダストフ・グラン・ミゲールとして、其の方の望みに出来る限り応えるものとしよう」
“ザワザワザワザワ”
再び謁見の間にざわつきが起こる。ダストフ国王の出した破格の報酬、白紙の小切手に対し目の前の冒険者が何と答えるのか、人々の注目が集まる。
「・・・畏れ多くも国王陛下に申し上げます。私の望みは家族である従魔たちと静かにのんびり暮らす事でございます。今の世はテイマーに厳しく、従魔と共に穏やかに暮らす事は非常に難しい、どこかそうした場所をご紹介いただけるのでしたらそれに勝る喜びはありません」
それはシャベルの本心、一貫した心からの願い。その大胆でありながら漠然とした望みに、ダストフ国王がどう答えるのか。静まり返った謁見の間にダストフ国王の言葉が響く。
「シャベルよ、本当にそれでよいのか? 其の方には本来得ることの出来たはずの未来があったはずであろう。今であれば全てを取り戻す事も出来るのだぞ?」
それは問い掛け、シャベルとダストフ国王にしか分からないこの場の駆け引き。
「いえ、私にはそうしたものはございません。母は私が幼少の頃女神様の下に旅立ちました。以来私は多くのモノに支えられ生きてきました、その中でも私を無条件で受け入れてくれたモノたちが私の家族である従魔たちなのです。私の家族は亡き母と従魔たちだけなのです」
それは明確な決別の言葉、初めてシャベルの口から語られた独立の宣言。“家族は亡き母と従魔たちだけである、自分は家族と共に生きていく”、シャベルの強い意志は、スコッピー男爵家とのかかわりを一切望んでいないというメッセージと共にダストフ国王へと伝わっていく。
「ふむ、そうであるか。ニコラスよ、そちはフェルトマ宰相にこの者のことを“鏡のような人物”と評したそうであるな。まさにそちの言う通りこちらの見方次第でどうとでも見えてしまう、それはこの者を通して自身の姿が見えているのやもしれんな。
金級冒険者シャベルよ、此度其の方が齎した功績は非常に大きい、それはミゲール王国の価値を高めミゲール王国の外交における大きな力ともなるものである。
まず癒し草栽培技術の献上の功績を以って其の方を名誉騎士とする、これは国に対し大きな功績を与えた者に対する措置である。次に王家に対し“ワイバーンの巣”の買取を打診した件であるが、その支払いを土地の所有権としたいのだがどうであろうか?
場所は王国北部旧アーデル子爵領、現在王家の管理地となっているそこの所有権及び管理権を譲渡し、“ワイバーンの巣”を王家に譲渡した功績を以って名誉騎士を名誉男爵に引き上げるものとする」
「もったいなきお言葉、金級冒険者シャベル、国王陛下の寛大なお心に感謝申し上げます」
“パチパチパチパチパチパチパチパチ”
謁見の間に響く割れんばかりの拍手、だが拍手をする者たちの表情に嫉妬の感情はなく、どちらかと言えば嘲りにも似た薄ら笑いを浮かべる者すらいるほどであった。
「うむ、後の手続き並びに“ワイバーンの巣”の引き渡しはフェルトマ宰相の下で行うがよい。ニコラス・ライド伯爵、シャベル名誉男爵、大儀であった」
「「ハッ、ミゲール王国に栄光あれ」」
謁見は終わった。ライド伯爵とシャベルはその場に立ち上がると、一礼をし謁見の間を後にする。廊下には既にフェルトマ宰相の執務補佐官が待機しており、謁見を終えたライド伯爵たちを迎えに来ているのだった。
「失礼いたします、ライド伯爵閣下、シャベル名誉男爵様をお連れいたしました」
「ご苦労、入ってもらってくれ」
案内された先は城内の一室、フェルトマ宰相の執務室。フェルトマ宰相は二人をテーブル席に案内すると早速とばかりに話を始める。
「ライド伯爵、国王陛下との謁見は無事に終わったようでよかったよ。陛下は悪戯が好きなところがあるのでね、今回の件では周囲の反感を逸らすために少々迂遠な措置を取らせてもらった。
その前にシャベル名誉男爵のことについてだが・・・シャベル名誉男爵?」
「ハッ、フェルトマ宰相閣下・・・フェルトマ宰相閣下? あの、こちら一体どこなのでしょうか? ライド伯爵閣下、国王陛下との謁見はよろしいのでしょうか?
謁見までそれ程お時間があるとは・・・」
周囲をキョロキョロと見回し、案内された控えの間とは別の部屋にいる事を訝しむシャベル。その様子に目を見開き驚愕するライド伯爵。
「シャベルよ、謁見であれば既に終わったのだが、お主、覚えておらんのか?」
「「・・・・」」
互いに目を合わせ無言となるライド伯爵とシャベル。そのあまりに滑稽な様子に堪らず噴き出すフェルトマ宰相。
「アッハッハッハッハッ、すまんすまん、そうかそうか、そうであるよな。シャベルは平民、いくら金級冒険者とは言ってもいきなり国王陛下の前に立たされて緊張するなと言われても無理がある、ましてやその方の境遇を考えれば意識を飛ばしてしまっても致し方あるまい。
ではシャベルよ、改めて聞くが、其の方はどこまで覚えておるのだ?」
フェルトマ宰相の言葉に動揺を隠せないまま、シャベルは怯えたような表情で言葉を返す。
「あっ、はっ、はい。王城に到着し執事様に控えの間へと案内していただきました。控えの間では謁見に際し従魔の指輪を預けるように言われ、そのように。その後はメイド様に出していただいたお茶をいただいておりました。とても品のよい香りで心の緊張が和らいだ心地がいたしました」
「ふむ、王城に来ているという自覚はあったのだな? ではその後は・・・その顔からすると謁見の記憶がすっかり抜けているということかな?」
フェルトマ宰相の言葉に顔色を青ざめさせライド伯爵の方を向くと、シャベルは恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの、ライド伯爵閣下、フェルトマ宰相閣下のお言葉は本当のことなのでしょうか? 私は何か取り返しの付かぬようなことをしてしまったのでは・・・」
「あぁ、うん、まぁ、かなり刺激的ではあったな。途中何度胃を押さえたか、あのような緊迫した場面はそうそう経験できるものではなかったぞ? しかしダストフ国王陛下はシャベルのことを一体どう思っていたのか。“ワイバーンの巣”の支払いに土地の所有権と管理権という話はまだ分かるが、その場所が選りに選って旧アーデル子爵領であるとは」
ライド伯爵の言葉にどこかで聞いたことのある地名であると首を捻るシャベル、その上で土地の所有権と管理権とはいったいどういう事であるのかと疑問だけが膨らんでいく。
「うむ、その事であるが幾つか説明が必要であるな、だがその前にシャベルには謁見の間で何があったのかを説明せねばなるまい。このようすでは話が全く見えぬであろうからな」
その後ライド伯爵の口から語られた謁見の間での自身の行動と言動に顔面蒼白となり、シャベルがその場で気を失いそうになったのは致し方のない事なのであった。
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