第149話 王城、そこはミゲール王国の頂点
夜が明ける、白み始めた空が一日の始まりを知らせる。
窓の外に広がるよく手入れの行き届いた庭園、薄闇から徐々に変わっていく王都の景色を眺めていたシャベルは、大きく息を吸い込むと両の頬を叩き自らに気合いを入れる。
「駄目だな、昨夜は緊張し過ぎて碌に眠れなかったよ。今日は少しの粗相も許されないっていうのに、確りしないと」
ライド伯爵家王都屋敷に与えられた客室で過ごすこと六日、王都という大都会での日々はシャベルにとってこれまでにない刺激を与えるものであった。
王都地下下水道での隠し部屋の発見やフェルトマ・ドウトニウス宰相との面会などは、シャベルの人生において体験するはずのないようなものばかりであった。ライド伯爵家王都屋敷での“大切な客人”という扱いは、シャベルの中に根付く貴族家の使用人というものの認識をひっくり返すほどのものであり、シャベルの心を蝕んでいた貴族に対する恐怖という名の鎖を取り除いていくには十分なもてなしであった。
「おはようボクシー、昨夜の見張りご苦労様。今、朝ご飯を注いであげるね」
シャベルは机の上に置かれた小さな宝箱の蓋を開けると、手を翳し魔力水を注いでいく。ボクシーはシャベルの注ぐ濃厚な魔力水を味わいながら、カタカタと身を震わせ喜びを伝える。
「はい、お終い。それと暫くこれを預かってもらえるかな?」
シャベルはそう言うと左手に嵌めていた指輪を外し、ボクシーの中にしまい込む。ボクシーは“任せて!!”とでも言わんばかりにカタカタと身を震わせてから、パタンと勢いよく蓋を閉じるのだった。
「闇、ボクシーと天多と雫をお願い。何かあったらその時は呼び出すから」
シャベルの声に足下の影がスッと広がり、シャベルの手から滑り落ちた宝箱が影の中に沈んでいく。
「ローポーション五十本、ハイポーション五十本、ポーションEX二十本、各種生活薬が十本ずつ。これだけ入っていれば腰巻マジックポーチの装備として疑われることはないかな?」
シャベルは腰に時間停止機能付きマジックポーチを装着し、状態を確かめる。
シャベルはこの六日間、暇な時間を使いマジックポーチやマジックバッグにしまっていたポーションやアイテムの整理を行っていた。見られたら不味そうなものは背負いカバン型の時間停止機能付きマジックバッグに詰め込み天多に預かってもらい、外見上の装備を最悪奪われてもダメージの少ない状態に変更していたのである。
窓辺から眩しい日の光が差し込む、使用人たちが忙しなく動き始め、屋敷内が朝の気配に包まれる。
「さて、それじゃスライムたちの水替えでもしてこようかな。乾燥スライムはいくらあっても使い道があるしね」
シャベルは王都に来てから始めた朝の日課をこなす為、部屋の扉に手を掛ける。片付けられた室内、皺一つなく整えられたベッド、スコッピー男爵家屋敷で魂にまで刻み付けられた整理整頓の生活習慣は無意識のうちに屋敷使用人たちが驚くほどの家事スキルとして発揮されていたのだが、その事にシャベルが気が付くことはないのであった。
「シャベル殿、準備はよろしいですかな?」
屋敷玄関前に止められた馬車の前、王城での謁見を控え緊張するシャベルにライド伯爵が声を掛ける。
「はい、ライド伯爵閣下のご助言のお陰もありつつがなく」
シャベルは努めてゆっくりと言葉を返すと、“フゥー”と小さく息を吐く。
「ハッハッハッ、シャベル殿、そこまで緊張せずとも、何も取って食われることもないのだ。確かに一冒険者が王城で謁見の機会を得るなど一生を掛けてもまずありえない珍事、だがシャベル殿がこの栄誉を得る事が出来たのは偏にシャベル殿の私欲に囚われず物事を探究する姿勢にある。その振る舞いはフェルトマ宰相閣下も高く評価なさっておられた。
シャベル殿はシャベル殿らしく、虚勢など張らずにできる限りの礼儀を尽くせばそれで十分であろう。なに、いざとなれば我もおる、このニコラス・ライド伯爵に任されよ」
そう言い背中をバンと叩くライド伯爵に苦笑いで応えるシャベル。
「ところでシャベル殿、その木桶にいれられたスライムは何であるのかな?」
それはシャベルの足元に置かれた木桶、中にはシャベルが屋敷の庭で飼っているスライムが一体。
「ハハハ、まぁ、これは念の為といいますか。ライド伯爵閣下が仰られていた他貴族の嫌がらせに対する対策でございます。本日の謁見に於いて金級冒険者シャベルが同席を許されたという事は既に広く知られているものかと、であれば私がテイマーであることやスライムとビッグワームを使役し“スライム使い”、“蛇使い”と呼ばれていることは調べられていることでしょう。
であれば私が一体の魔物も傍に置かず登城する方が違和感を持たれてしまうのではないかと愚考いたしました。ですがあらかじめ城内に魔物は持ち込まぬよう申し付かっておりますので、このスライムを馬車に乗せておくことで従魔の代わりとしようと思い立ったのでございます」
そう言い左手に嵌めた従魔の指輪を見せるシャベル。ライド伯爵はやや呆れの表情になるも、「ハハハ、そこまでせずともよいとは思うが、確かに一体の魔物も連れ置かねばやたらな憶測を生みかねんか」と納得を示す。
「では参るとしよう」
馬車に乗り込む両者、御者の掛け声と共に走り出す馬車、シャベルの緊張をよそに馬車は貴族街を抜け、一路王城へと進んでいくのであった。
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「止まられよ、お名前とご用件をお聞かせ願いたい」
「お役目ご苦労、我が名はニコラス・ライド伯爵、本日もったいなくも国王陛下との謁見の機会をいただき登城した次第。車内の確認と身分の照会をお願いしたい」
王城門前、登城の為多くの馬車の集うそこでは貴族たちが率先して車内を開き、王家に対する忠誠と自らの恥ずべきところのない姿勢を主張する。
ライド伯爵は自ら馬車の扉を開き、門兵に車内の確認を促す。車内にはライド伯爵と王都屋敷執事、それと金級冒険者のシャベルの三人が乗り門兵に軽く会釈をする。
「失礼ながらライド伯爵閣下にお聞きしたい、そちらの木桶に入っている物は一体何でありましょうか?」
「うむ、これはそこな冒険者の持ち物でな、こ奴はスライムとビッグワームしか使役出来ぬとされるハズレスキル<魔物の友>に目覚めておるのよ」
<魔物の友>というスキル名に驚きの表情を浮かべる門兵たち。だが王城の安全を守り王家の盾として命を懸ける彼らにとって、王城内に魔物を引き込むなどあってはならないこと。
「ライド伯爵閣下に申し上げます。たとえスライムであろうと王城内に故意に魔物を持ち込むことは禁止されております。一度お戻りになられて再度登城されるか、我々にその魔物を預けられるかお選びいただければと存じます」
「うむ、そうであるか、ではすまぬが預かってはいただけないだろうか。シャベルもそれでよいな?」
ライド伯爵の言葉にシャベルは一瞬戸惑いを見せるも、「畏まりました、ライド伯爵閣下の仰せの通りに」との返答を行い、門兵に木桶ごとスライムを預けるのであった。
「ライド伯爵様、お待ち申し上げておりました。では早速ではございますが、控えの間へとご案内させていただきます」
王城では所定の場所に馬車を止め、車外へ降りると出迎えてくれた執事に従い城内へと歩を進める。シャベルは緊張から無言となるも、ライド伯爵に付き従う事だけを考え必死に己を取り繕う。
「ライド伯爵様、申し訳ございませんが謁見に当たり武器等の謁見の間への持ち込みは禁止されております。それは無論テイマーの使役する従魔も例外ではございません、ご協力のほどよろしくお願いいたします」
そう言いシャベルに対して簡単なボディーチェックを行った後、指輪ケースを差し出す執事。シャベルは左手から従魔の指輪を抜くと指輪ケースに収め、「これでよろしいだろうか」と声を掛ける。
「はい、ありがとうございます。お時間になりましたらお声掛けいたしますので、それまではこちらのお部屋でお待ちいただきますようお願い申し上げます」
執事はそう言葉を残し、一礼の後部屋を下がっていく。執事と入れ違いのように部屋に入って来たメイドはお茶と軽食の準備をすると、「御用がございましたらお声掛けください」と言って扉脇に待機する。
流れる沈黙、時折ティーカップを受け皿に戻す音だけが響く室内。
“コンコンコン”
「失礼いたします。謁見の間へご案内いたします、どうぞこちらへ」
どれくらい時間が過ぎた事か、永遠とも思える沈黙から解放されたシャベルは、椅子から立ち上がった自身の身体がガチガチに固まってしまっていた事に苦笑する。
“これから謁見だというのに緊張して疲れ切っちゃった。こんなこと後で家族に話したら呆れられちゃうかな?”
シャベルは預けていたリュック型の大型マジックバッグをライド伯爵の執事から受け取ると、礼の言葉を添えてからライド伯爵の後に従い謁見の間へと向かう。
歴史を感じさせる重厚な造りの廊下、所々に置かれた調度品のどれもが建物との調和を示し、王城の洗練された美意識を感じさせる。
“サッ”
廊下の先、両脇を兵士に守られた威厳ある大きな扉。先導していた執事が足を止め、一礼の後脇に逸れる。兵士の一人が扉内に合図を送る、するとまるで世界が開かれるかのようにゆっくりと両開きの扉が内側に開かれていく。
そこはミゲール王国の威厳と権威の象徴、まっすぐ伸びる赤い絨毯の先にはこの国の頂点にして揺るぎない絶対者が玉座に座る。
「ライド伯爵家当主ニコラス・ライド、前へ!!」
室内に響く騎士の呼び掛け、ライド伯爵とシャベルは部屋の中央まで歩を進めると、片膝を突き頭を垂れる。
「面を上げよ。して、この度の登城はいかなる用件であるか。直答を許す」
その声は重く室内に響く。ミゲール王国国王ダストフ・グラン・ミゲールの視線が、玉座よりライド伯爵とシャベルに向け注がれる。
「ハッ、国王陛下に置かれましてはご機嫌麗しく。この度はこのような素晴らしい機会をいただけましたこと心より感謝申し上げます。
現在ライド伯爵領では癒し草栽培技術の確立を推し進め、安定的な癒し草栽培に成功いたしました。ライド伯爵家といたしましてはこの素晴らしい技術を正しい形で普及させることこそがミゲール王国の更なる発展に繋がるものと考えております。
その為には一地方領主であるライド伯爵家で独占するのではなく、技術の全てを王家所有としていただき王家指導の下許可を与える形での普及が最も安全かつ効率的であると愚考いたしました。
ライド伯爵家の忠誠の証として、領内ダンジョンよりドロップいたしましたエリクサーと共に癒し草栽培技術の権利とこれまでの研究資料を献上させていただきたく存じます」
ライド伯爵はそう言うと、やや後方に控えるシャベルに合図を送る。シャベルはリュック型マジックバッグから献上用の豪華な装丁の箱を取り出すと、傍に寄って来た王城の使用人が差し出す赤い布地の敷かれたトレーの上にその箱をそっと置く。
使用人はそのトレーを持ち鑑定士の下へ向かい、鑑定士が罠及び中身の鑑定を行ったのち蓋を開けた状態でダストフ国王の前に届ける。
「ふむ、ニコラス・ライド、その方の国を思う心、ミゲール王国を統べる者として嬉しく思う。またこれまで多くの国や機関が多額の資金を注ぎ研究を行ってきた癒し草栽培という技術を、王家の援助を受けることなく確立したその功績を高く評価する。
我はミゲール王国国王ダストフ・グラン・ミゲールの名において、癒し草栽培技術の正しい形での普及と啓蒙を行うことをここに宣言しよう。ライド伯爵家にはこれまでの功績に応え、王家として癒し草の栽培及び販売の許可を与えるものとする」
「ハッ、ありがたきお言葉、謹んでお受けいたします」
ダストフ国王の宣言に、深く頭を下げ感謝の意を示すライド伯爵。これによりこれまでライド伯爵家を悩ませていた高位貴族家からの癒し草栽培技術提供の要求は王家に一本化され、晴れて自領の発展に取り組めることとなったのである。
「さて、表立っての話はこの辺でよいであろう。ニコラスよ、その方の後ろに控える者が此度の癒し草栽培を確立した真の功労者であるな?」
「ハッ、この者はライド伯爵領城塞都市ゲルバスを拠点とします金級冒険者パーティー“魔物の友”のリーダー、金級冒険者シャベルと申します。初めに癒し草の栽培を研究し城塞都市における新たな産業として確立、癒し草栽培技術の完成を主導した人物となります」
ライド伯爵に紹介されたシャベルは下げた頭をさらに深く沈め、ダストフ国王に敬意を示す。
「ふむ、両者とも頭を上げよ、それでは顔が見えんでな。して冒険者シャベルに問う、其の方は何故此度の癒し草栽培技術の王家献上に応じたのであるか。聞けばこの技術の根幹はその方が独力で作り上げたもの、其の方は権利の主張を行う事も出来たはずであるが? 直答を許すゆえ本心を述べよ」
ダストフ国王の言葉に顔を上げたシャベルは、暫しの沈黙の後口を開く。
「国王陛下に申し上げます、下賤の身ゆえ言葉遣い礼儀作法等がなっておらず不快な思いをさせてしまうかも知れぬ事、先ずはお詫び申し上げます。
その上で先程のお言葉に答えさせていただきます。正直申し上げて私はこの癒し草栽培技術の真価を国王陛下やライド伯爵閣下程理解してはおりません。私が行った事は城塞都市ゲルバスの周辺で思った疑問、何故この街の周辺には偽癒し草がないのかという謎の追求でございました。
城塞都市の産業として癒し草栽培の提案を行った事も、世話になっている街に少しでも恩返しが出来ればという思いから、何か野心的な思いや強い理想があっての行動ではありません。
私は自身の小ささを知っています。私の手は短く出来ることは少ない、であれば出来ることから着実に、正確に。もし私の行いが人々のお役に立てたのであればそれに勝る喜びはありません。
ですがこの発見が誤って広まり多くの人々に不孝を与えてしまっては本末転倒というもの、そうならない為であれば私の名声や利益など些細な問題でございます。既に城塞都市ゲルバスでは癒し草栽培が本格的に進み、多くの冒険者を支える力となっている、これ以上を望む事は欲が深いと考えます」
シャベルはゆっくりと、だが自分の言葉で己の思いを口にする。ダストフ国王はそんなシャベルの目を真っ直ぐに見つめ、満足気な笑みを浮かべるのであった。
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