第147話 王城からの使者、謁見前の顔合わせ
「シャベル殿、王都の下水道施設はどうであったかな? 我がライド伯爵領でも領都セルロイドの商業地区においては地下配管による排水路設備を導入しているが、王都のようにすべての汚水が地下排水路によって集められるようなものではない。
こうした施設は建設や整備維持費に多額の費用を必要とするので、そう易々と建設できるものではないのだよ」
王都地下下水道の見学から帰った翌日、シャベルはライド伯爵の呼び出しにより、ライド伯爵家王都屋敷の来賓室で王城からの使者を待つべく待機することとなった。これは王城側からの要望であり、登城することになる金級冒険者を直に見定めたいという至極当然の理由であった。
「そうですね、実際に地下下水道に入って感じたことはその規模の大きさとそれだけの設備を必要とする王都の人口の多さ、そしてあのスライムの数でも処理しきれない王都の汚水の凄まじさでしょうか。
先程ライド伯爵閣下は領都セルロイドにも地下排水路設備があると仰っておられましたが、領都ではスライム退治の依頼を必要とされた事はありますか? もしくは地下排水路から流れ出た汚水の臭いが酷いといった訴えが領都の住民から上がったりといったことなんですが」
シャベルからの問い掛けに暫し考えを巡らせてから、王都屋敷の執事に顔を向けるライド伯爵。
「ヨーゼフ、これまでそうした話を聞いた事はあるか?」
「そうでございますね。冒険者ギルドに地下排水路の清掃依頼を出す事は度々ありますが、王都のようにスライムによって地下排水路が詰まるといった報告はこれまで聞いた事がありません。地下排水路から地上に出る出口周辺で特別悪臭がするといった話は聞いた事がありませんが、他の排水路に比べスライムの数が多いという報告は受けております」
ヨーゼフ執事長の話になるほどと納得顔になるシャベルと、それが一体どういう事なのかと首を傾げるライド伯爵。シャベルは王都地下下水道での体験も踏まえ話を始めるのだった。
「先ず王都の下水道のスライムですが、驚くべき数が生息していることをご報告いたします。一体どれ程の数かと言いますと、排水路の水面がほぼスライムで埋まっており層状になっている程とでも言いましょうか、排水の代わりにスライムが流れているといった印象を受ける程の状態でありました。
このような状態では例えば豪雨により大量の雨水が流れ込んだ時など、各所でスライムによって地下構内が塞がれ、地上に汚水が溢れ出す事も起きかねません。そうなれば汚染により病気の発生の危険が高まります、実際管理の行き届かない排水路を持つ地域で病気が発生し易いことは、薬師ギルドでは広く知られています。
下水道における点検とスライム除去は、王都にとっての大問題でありました」
実際にその目で見てきたシャベルの話は臨場感にとみ、問題の指摘も的確であった。ライド伯爵はまるで冒険譚を聞くかのように身を乗りだし、続きを求める。
「ではなぜ王都下水道においてこれほどまでにスライムが発生するのかといえば、スライムの餌となる汚水の量と地下下水道という閉塞空間が関係しているものと思われます。
スライムはその性質として、増殖した場合徐々に生息域を拡大していく傾向があります。スライムが多く見られる場所というものはありますが、排水路が詰まるほど密集する事はまずありえません。
ですが地下下水道には増殖した際の移動先がない、移動しても天井に張り付くくらいです。
更に言えば地下下水道であれば乾燥する事なく、スライムにとって非常に生息しやすい環境となっています。そうした条件が揃う事で王都地下下水道はスライムが大繁殖する結果に繋がっているものと考えられます。
ですがこのスライムが全くの無駄という事はなく、王都の衛生管理にとって非常に重要な役割を担っていました。それが汚水の浄化処理です。
先程領都セルロイドの地下排水路から地上に出た汚水が異臭を放っているのかと聞いた件はこの話に繋がります。スライムは地下排水路の中に多く生息し、流入してくる汚水を日々処理し続けているのです。
その為地下下水道内は然程臭いが気になることもなく、王都下水道管理局職員に確認したところ、地下下水道の出口に設置されている管理施設でも臭いを気にした事はないとの話でありました。つまり王都で汚水を原因とした病が発生しないのは、この異常なまでに増殖したスライムのお陰であるという事が分かったんです」
そう言い目を輝かせるシャベルの様子に、“こうしたシャベルの子供のような好奇心が癒し草栽培の確立やボーションEXのレシピへと繋がったのだな”と感心するライド伯爵。
その後下水道の汚水の中から発見した硬貨や武器、装飾品といった拾得物の話や、隠し部屋の話など、本当に冒険譚と呼んでよい発見の連続に大いに喜ぶライド伯爵なのであった。
“コンコンコン”
「失礼いたします。旦那様、王城より謁見の使者としてフェルトマ・ドウトニウス宰相閣下がご到着いたします」
「おぉ、参られたか。シャベル殿、フェルトマ宰相閣下は貴族の中では理知的で階級意識に凝り固まったところのない御方だが、決して失礼のないように頼む。これより出迎えに向かうのでな」
ライド伯爵の口から語られたフェルトマ宰相という名前に、途端緊張に襲われるシャベル。何がどうなれば国の中枢の者と直接言葉を交わすような場所に臨席する事となるのか、改めて自身が途轍もなく不敬な提案を行ってしまったのではないかと、キリキリと痛む胃を強く押さえる。
「どうしたのだシャベル殿、顔色が優れないようだが」
「いえ、フェルトマ宰相閣下のお名前をお聞きし緊張してしまったようでして。ご心配をおかけし申し訳ございません」
弱々しい表情で謝罪の言葉を述べるシャベルに、先程の冒険譚とのギャップから吹き出しそうになるライド伯爵。
“この者は本当に真っ直ぐで誠実なのだな”
ライド伯爵の中で金級冒険者シャベルに対する興味が益々強くなる。
「ハハハハ、それは致し方のない事、失礼な行いをしようと思わなければ多少の失態を責めるような御方ではない故安心せよ。これも王城での謁見の予行練習とでも思っていただきたい」
「ハハ、そうですね。王城では国王陛下に拝謁させていただけるとか、このような機会など今後一生あり得ないほどの名誉、ライド伯爵閣下には感謝してもし足りません」
シャベルは心からの感謝の気持ちを込め、深く頭を下げる。ライド伯爵はそんなシャベルに笑みを向け、「急ぎ出迎えにまいるぞ」と声を掛けるのであった。
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「ライド伯爵も此度のことは災難であったな。領内で確立した癒し草栽培技術を王家に明け渡す事は、苦渋の決断であったであろう」
屋敷玄関前にてフェルトマ宰相を出迎えたライド伯爵は、親しげな挨拶を交わした後ライド伯爵の案内の下来賓室へと移動する事となった。その間シャベルは大勢の使用人と共に深く頭を下げ、無言で二人の後に従っているのであった。
「ハハハ、こればかりは致し方ありません。我がライド伯爵家は幸いなことにダンジョン資源に恵まれ、ダンジョン都市の運営により安定した領地経営を行う事が出来ております。また、魔の森内に築きました城塞都市による安定した魔物素材の供給は、領都セルロイドばかりか王都においても高い評判を得るに至っております。
そうした中での癒し草栽培確立の知らせは、他の貴族家からすればあまり気分の良い物ではなかった事でしょう。ライド伯爵家にできて何故自領では思うように栽培を行う事ができないのか、不満を持たれるお気持ちも理解できます。
それゆえに王家による正しい癒し草栽培法の啓蒙をお願いいたしたいのです。素晴らしい技術もそれを正しく運用しなければ大惨事を引き起こす、これは過去の歴史が証明しておりますからな」
ライド伯爵の言葉に然もあらんと頷きで同意を示すフェルトマ宰相。その視線は部屋の壁際に他の使用人と共に立ち並ぶ一人の冒険者に向けられる。
「してライド伯爵、あの者が話にあった癒し草栽培を確立した金級冒険者のシャベルであるか?」
「はい、シャベルよ、こちらに参りフェルトマ宰相閣下にご挨拶せよ」
シャベルはライド伯爵の言葉に一礼しライド伯爵の斜め後ろに移動すると、再び礼をしてから口を開く。
「只今ライド伯爵閣下よりご紹介賜りました金級冒険者のシャベルと申します。本日はフェルトマ宰相閣下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
「うむ、其の方の話はライド伯爵からの書状にて知っておる。城塞都市ゲルバスで発生したスタンピードに於いて、テイマー冒険者でありながら目を見張る活躍をし金級冒険者となったとか。他にも城塞都市のゴミ処理問題の解決や癒し草栽培技術の確立に貢献し、城塞都市ゲルバスより特別市民勲章を与えられていると聞く。
またダンジョン都市カッセルにおいては罠により単身ダンジョン深層部に落とされながらも、無事に生還したばかりでなく多くの成果を持ち帰ったとか。その中に此度王家に献上することとなったエリクサーも含まれているとの話であったか。
まさに金級冒険者の英雄譚にふさわしい活躍ではないか」
シャベルのこれまでの活躍を手放しで褒めるフェルトマ宰相に恐縮しながらも、「私の今日があるのは全て家族のお陰でございます」と答えるシャベル。その言葉を聞いたフェルトマ宰相は、「ほう、家族とな」と言い話を続ける。
「戦闘職の中では下に見られがちの<テイマー>、その中でもハズレスキルと言われる<魔物の友>を授かりながら冒険者として大成し、尚且つ都市の問題解決や調薬に関しても一角の成果を見せている。
これほど優秀な人物に育った背景には、素晴らしいご家族に恵まれたということがあるのであろうな」
「そうですね、私の母は私が六歳の自分に亡くなってしまいましたが、私のことを心から愛してくれたすばらしい母でありました。以来私は様々な人の縁に支えられ生きてまいりました。ですがその中でも一番強く影響を与えてくれた者たちは、私の最愛の家族である従魔たちであるかと。
今日の私があるのは間違いなく母と従魔たちのお陰であると断言する事が出来ます、それ程に私は従魔に支えられているのです」
そう言いニコリと微笑むシャベルの表情には一切の見栄や誇張もなく、純粋に従魔に対する想いだけが宿っていた。
「うっ、うむ。だが其の方は<魔物の友>を授かっておるのであろう? 聞けばそのスキルを持つ者はスライムとビッグワームしかテイムできないと言われておらなんだかな?」
「はい、確かに私はスライムとビッグワームしかテイムできませんでした。しかしそれは<魔物の友>という素晴らしいスキルの本質を理解していなかったからにすぎません。
フェルトマ宰相閣下はこの世の中にテイマーに<テイム>されなくても人と共にある魔獣が多く存在しているという事をご存じでしょうか?」
シャベルの突然の返しに、驚きの表情を浮かべるフェルトマ宰相。テイムに寄らず人と共にある魔獣、そのような物が多く存在しているとは一体どういうことなのか。
「そうですね、あまりに身近である為意識されることは少ないのですが、貴族などで家で飼われている魔馬などがそれにあたります。無論貴族家で飼われている魔馬は誇り高く気性が荒いものが多い為テイマーを雇うことが一般的ですが、開拓村などで使用される農耕用の魔馬はわざわざテイマーを雇いません。
同様に畜産用として飼われている魔牛・シープなどは、元々草原の魔物であったと聞いています。養蜂に使われるフォレストビーは完全な魔物ですし、貴族の間ではグラスウルフを飼育することが流行っているとか。
このように魔物の中には<テイム>せずとも飼育可能な魔物がいるのです。そうした魔物の中には、<テイム>スキルがなくとも<テイム>出来ることがあります。「初めてのテイム、ウルフ種をテイムしよう」という本にはそのための手順や事例が詳細に書かれています。
<魔物の友>とは<テイム>スキルによる強制的な使役に依らない、魔物との信頼関係に基づく<テイム>を手助けする為のスキルなのです」
そう言い満面の笑みを浮かべるシャベルに呆気にとられるフェルトマ宰相。“それでは一体何のためのテイムスキルなのか、一切利点など見えないではないか”、フェルトマ宰相の中で益々シャベルという人物が分からなくなる。
「ハハハハ、フェルトマ宰相閣下、あまり深く考え込まれない方が賢明ですぞ? シャベルという男はまるで鏡なのです、醜い心で接すれば己の醜さが見えてくる。あるがまま、裏も表もないそのままの人物がシャベルなのです。
ゴミ問題の解決もただ困っている者に自身の考えを述べただけ、癒し草栽培も自身の疑問を検証している中で生まれたもの。何か野心や信念があって生まれたものではないのです。
その純粋さが却って予測不能な事態や結果を引き寄せてしまっているともいえるのですが、本当に困った男ですよ」
そう言い肩を竦めるライド伯爵に何とも言えない表情を向けるフェルトマ宰相。
その後シャベルから癒し草栽培の説明やそこに至るまでの経緯、癒し草栽培における問題点や起こり得る危険性についての説明を受け、更にシャベルのことが分からなくなるフェルトマ宰相なのであった。
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