第145話 王都の下水道トンネル、そこはスライムの繁殖地 (3)
「<範囲指定:周囲三十メート:テイム>」
“ボタボタボタボタ”
天井に張り付いたスライムが音を立てて落ちてくる。
「天多、通路のスライムを取り込んでくれ。排水路のスライムは汚泥の中から金属や堅いゴミなんかを集めて俺の下に持って来てくれ」
排水路の水面がモゾモゾと動き、硬貨や木片、装飾品やナイフといった汚泥内で分解される事のないゴミがスライムたちにより次々と引き上げられていく。
シャベルはスライムたちからそれらの品を受け取ると麻袋にしまい、背中に背負ったリュック型マジックバッグに収納する。
“ポヨンポヨンポヨンポヨン”
「終わったのか、ご苦労さん。それじゃ排水路のスライムたちを頼む。排水路のスライムたちは俺の前に集合しろ」
シャベルの号令に排水路のスライムが一斉に集まってくる。天多はそのスライムたちに向かい触手を伸ばすと、<統合>のスキルにより次々と自身の一部として取り込んでいく。
その場に残されたのはスライムの消えた排水路、シャベルはゆっくりと流れる排水路に目を向けてから下水道管理局職員に声を掛ける。
「合流地点周辺のスライム除去作業が終わった、次の作業地点への案内を頼む」
シャベルの呼び掛けに無言で頷いた下水道管理局職員は、次の問題箇所に向け歩き出すのだった。
シャベルとエステバンが王都の下水道に潜り始めてから暫く、シャベルによるスライム除去作業は王都下水道管理局職員の想像を遥かに超える規模と早さを以って進められていった。元々シャベルの受注したスライム退治の依頼は一箇所、王都地下下水道出入口から一キロメートほど進んだ排水路の交差箇所周辺と、右奥に五百メート進んだ地点までであった。
そこは排水路の水面いっぱいにスライムが浮かび、排水の流れが阻害されているであろうことが一目瞭然といった状態であった。
シャベルはカッセルのダンジョン第一層で行ったように範囲を指定し<テイム>する事でその場のスライムたちを管理下に置き、天多に<統合>させ回収するというシャベルにしか出来ない荒業で、白金級冒険者エステバンと王都下水道管理局職員の度肝を抜き依頼を完遂させたのであった。
だがシャベルの行動はそれだけに止まらなかった。<テイム>したスライムに排水路を堰き止めさせ、生活魔法<ウォーター>の応用で排水路に溜まった汚泥を確認、ビッグワームの進化体である土と闇を従魔の指輪から呼び出し全ての汚泥を取り除かせる事で排水路の状態と堆積物の確認を行った。すると汚泥の中から硬貨や宝飾品、ナイフのような武器が多数発見され、エステバンと下水道管理局職員を驚かせることになったのであった。
下水道管理局職員はこうしたシャベルの仕事を高く評価し、追加のスライム除去作業を依頼、王都地下下水道に強い興味を示していたシャベルが快諾する事で、下水道でのスライム退治が続行される事となったのである。
「しかし結構な量の硬貨や宝飾品が排水路に流れ込んでるもんなんだな。銅貨や銀貨はまだ分かるが、さっきなんか金貨も紛れ込んでただろう? 用水路に落として排水と一緒に下水道に流れ込んできたんだろうが、持ち主は涙目だっただろうな。
ナイフやショートソードは後ろ暗い連中の落とし物か? 王都も結構物騒だな」
「そうだな、下水道にはこれだけスライムがいるんだ、そういった連中にとっちゃ死体処理にはもってこいの場所なんだろうさ。
スライムとビッグワームは何でも食う、布や革製の物は無論、死体なんかは骨も残さない。俺は街の雑用依頼で食肉を扱う商会の廃棄ゴミを魔の森に捨てに行く仕事をしていたからよく知ってるが、こいつらは本当に何でもきれいさっぱり食べきっちまうぞ?
そのスライムがこれだけの数繁殖していて尚汚泥が残るって、王都って場所は本当に凄まじいんだな」
シャベルは感心したような呆れたような口調でそう言うと、エステバンに肩を竦めてみせる。下水道は王都の別の面を如実に表す裏の顔、この大量のスライムたちはそうした王都の問題を只管処理し続けているのだろうと、どこか神妙な心持になる。
「ところでシャベル、お前のその範囲指定の<テイム>を使えば、下水道のスライムをきれいさっぱり回収する事が出来るんじゃないのか?」
エステバンの言葉は合理的な意見であった。事実シャベルの<テイム>は大した手間も魔力も使うことなく、指定範囲のスライムを一瞬にして支配下に置くことができる。
通路の上のスライムは動きが遅く天多による回収が必要ではあるが、排水路内のスライムは機敏でシャベルの言葉に従い汚泥の中に埋もれた貴金属類を回収するという器用さを見せることができる。つまりシャベルの<テイム>と従魔の天多の力を使えば、効率的にスライムを取り除くことが可能という事になる。
「まぁ出来るだろうな、だがそれはやらない方がいいだろう。さっきも言ったが、王都下水道はこれだけスライムが繁殖しているにもかかわらず汚泥が発生するような環境だ、こんな事は普通考えられないんだ。
エステバンはトイレにスライムを入れるという話を聞いた事があるか? 王都や領都にあるような下水道設備が整っていない地方都市や村などでは、トイレの回収槽にスライムを放り込んで糞尿を処理させることが一般的だ。利点は各家庭で個別に糞尿処理を行う事で、排出される汚水が生活水だけとなる。
それでも夏場になれば排水路の臭いがかなりのものになるんだが、糞尿が流れ込む事を考えれば格段に抑えられていると言える。
そうした場所は時に病気発生の原因になると、以前薬師ギルドで聞いた事がある。悪くなった食べ物を口にすると腹を壊すように、物の腐敗は人体に悪影響を与える。生ゴミ処分場に住み着くスラムの住民に<悪食>や<感染病耐性>といったスキルに目覚める者が多いのも、そうした事が原因の一つだろうと言っていたな。
でだ、王都中の糞尿や生活排水が流れ込んでいるにもかかわらず、下水道の構内で臭いが気にならないのはどうしてだと思う? あれだけ色々な物が見つかるほど多くの排水が流れ込んでいるのに汚泥の量はそこまででもない。
答えは明白、スライムが処理しているからだ。
王都下水道は王都で生じた排水を流す水路でありながら、巨大な汚水処理施設の役割も担っているのさ。その汚水処理を行うスライムを完全に消し去ってしまえばどんな結果が引き起こされるのかは言うまでもないだろう? 俺は王都に疫病を引き起こした張本人として首を切り落とされるのはごめんだからな」
そう言いプラプラと手を振るシャベルに、顔を引き攣らせるエステバンと下水道管理局職員。考えなしに自分たちがとんでもない厄災を引き起こそうとしていた事もそうだが、シャベルの言葉は王都に疫病を蔓延させる事が出来ると言っているも同義。シャベルの力は手早く排水路の詰まりを引き起こすスライムを処分できるだけでなく、王都の生活基盤そのものを破壊し得る可能性があることを示唆していたからであった。
“モゾモゾモゾモゾ、トントントン”
エステバンと下水道管理局職員がシャベルの言葉に何とも言えない気持ちに包まれていた時であった。
エステバンの後ろから護衛のように付き従っていたアーマードクラフトビッグワームリーダーの土がその場で動きを止め、通路をトントンと叩きシャベルに合図を送ったのである。
「ん? どうした土。“トントントン”この壁がおかしいのか?」
そこはまっすぐに伸びた通路の壁、魔法レンガ作りのその場所に周囲との違いがあるようには見えない。
シャベルは暫くその壁の前に佇むと、腰から短杖ほどの長さの丸棒を引き抜き、壁の周りをトントンと叩き出すのだった。
「シャベルさん、そこがどうかなさいましたか? 特に亀裂が入っているようには見えないのですが」
下水道管理局職員は、突然シャベルが始めた奇行に訝しみの視線を送る。
シャベルはその声が聞こえていないかのように暫く周囲の壁を叩き続けると、下水道管理局職員に顔を向け声を掛ける。
「職員さんに聞きたいんだが、この場所は下水道管理局が管理する管理室か何かなのか? だったら余計なことをしたようなんだが」
「はぁ? 何を言っているんですか? そこは普通に壁ですが」
困惑する下水道管理局職員に対し、シャベルは「それじゃ開けてもいいんだな」と言って何やら壁の一部のレンガをいじり出す。
“ガコンッ”
するとレンガの一部が奥に引っ込み、シャベルがその中に手を入れ何かを捻ると壁がガチャリと音を立て、押し扉のように奥へと下がっていくのであった。
「はぁ!? 何だこれは。おいシャベル、これはどうなってるんだ!?」
驚きの声を上げ迫るエステバンに、「まぁ落ち着け」と声を掛け宥めるシャベル。カンテラにより照らされた先は短い通路になっており、その先に木製の扉が見える。
「おそらくだが誰かが造った隠し部屋って奴だろう。周囲に完全に溶け込んでたからな、エステバンや職員さんが気が付かないのも無理はない。俺だって土が教えてくれなければ見逃していたしな。
ダンジョンには極稀にこうした感じの隠し部屋があるんだよ、まさか王都の下水道に隠し部屋があるとは思わなかったがな」
そう言い中をよく観察するシャベルに、「進まないのか」と声を掛けるエステバン。
「焦るな、一度見つかった隠し部屋はそうそう逃げたりはしないぞ? ダンジョンの隠し部屋には大概罠が設置されている、ここは王都だから一概に同じとは言えないが、こんな所に隠し部屋を作るくらいだ、罠ぐらい作って当然だろう?」
シャベルの言葉に「なるほど、その通りだな」と納得を示すエステバン。
「闇、天多、頼めるか?」
“モゾモゾモゾモゾ♪”
“ポヨンポヨンポヨン♪”
シャベルの声にズルズルと扉の中に入っていくアーマードシャドービッグワームリーダーの闇、天多はその頭に乗り、木製扉のドアノブを捻る。
“ズバズバズバズバズバズバ”
突然通路の天井と床と壁から鋭い槍のような物が飛び出し、中にいる闇と天多に襲い掛かる。
“ガチャッ、スーーーー”
木製扉が静かに開かれる、すると飛び出していた槍のような何かはゆっくりと壁の中に戻っていき、そこには何もない通路が開かれる。
“ズルズルズル、モゾモゾモゾ”
「扉の向こうは部屋になっているのか、罠は特に無さそうなんだな、ありがとう」
シャベルは通路から戻った闇の身体をポンポンと叩くと、エステバンに向かい「大丈夫そうだ」と声を掛けるのだった。
「・・・イヤイヤイヤ、大丈夫じゃないだろう。っていうかあの状況でそいつケガしてないのかよ、頑丈過ぎるだろう。罠解除の仕方が力技過ぎるだろうが!!」
下水道の壁の一部と化した隠し扉を発見し、ギミックを解いて開けてみせた者とは思えない程の力業に、思わずツッコミを入れるエステバン。
その横では下水道管理局職員が、あんぐりと口を開けたまま顔を青ざめさせる。
「ダンジョンでは一々罠を解除していられない事なんかしょっちゅうだからな。隠し扉を開けた時は下水道施設を傷付けてはいけないという制約があったからそれを守っただけだ、これがダンジョンだったら壁を破壊している。
先ずは中に入ってみよう、天多から隠し部屋の中にはこれといった罠がないといった感情が伝わってきているから、問題ないだろう」
シャベルはそう言うと、カンテラで中を照らしながら隠し部屋に入っていくのだった。
「こいつは何と言ったらいいんだ? 地下室か?」
そこはある意味生活感の漂う場所であった。入って直ぐの部屋は数名の者たちが集まる広間になっており、その隣に部屋が二つ用意されていた。一つが調理場であり、もう一つがベッド付きの執務室のような場所であった。
「おそらくこの骨がこの場所の主なんだろうな。死因は分からんが、随分と時間は経っているようだ。部屋の調度品や身なりからすると盗賊の隠れ家というより秘密組織の地下施設か。あまり公にしない方がよさそうな場所ではあるな」
王都の闇に潜む触れてはいけない秘密、エステバンは長い冒険者生活の中でそうした危険を嗅ぎ取る嗅覚を鋭くしていた。白金級冒険者として王都で生き残るという事は、ただ腕っぷしが強いだけでは難しい。
冒険者として必要な素養は危険を嗅ぎ取る嗅覚と強かさ、エステバンの中で息づく信念にも似た思いが、この隠し部屋の様相に最大限の警鐘を鳴らす。
「そうか、まぁエステバンが言うのならそうなんだろうな。職員さんもこの場で見たことは内密に頼む」
シャベルの言葉にコクコクと頷きを返す下水道管理局職員。
「それでシャベル、ここのことはどうするんだ?」
「そうだな、見つけてしまった以上下水道管理局に報告しない訳にはいかないだろう。この隠し部屋が原因で下水道の崩壊事故なんかが起きても困るしな。冒険者ギルドとしてもこうした危険な施設は把握する必要があるんだろう?」
シャベルの言葉に苦笑いを浮かべながら「そうなんだよな~」と答えるエステバン。
「でも俺たちはこの場所を見つけてしまった、そしてこの場所のことを知られると困る人間がいるかもしれない。死人に口なしは昔からよくあることだからな」
「面倒だ」と肩を竦めるシャベルに「まったくだ」と同調するエステバンと、顔色を悪くする下水道管理局職員。シャベルの言葉は“秘密を知ってしまった以上、命の保証はない”と言うも同然であった。
「そういえばエステバンには俺が何で“スライム使い”と呼ばれているのか見せたことがなかったな。丁度いい、今から見せてやるよ。俺のスライムは特殊な個体でな、本当に何でも吸収できるんだ。
俺たちは何も見ていない、この場所には何もなかった、そういう事にしてしまえばいい。天多、後を頼む」
シャベルはそう言うと、エステバンと下水道管理局職員を連れ下水道通路に戻るのだった。
「なぁシャベル、戻ってきたのはいいがこれからどうなるって言うんだ?」
首を捻るエステバンに「すぐに分かる」と答えるシャベル。次の瞬間、それは起きた。
“ガバガバガバガバガバガバガバガバガバガバ”
隠し部屋から溢れ出る大量のスライム、排水路にまで零れ落ちたスライムは、暫くの後まるで逆戻しのように隠し部屋の中へと戻っていくのだった。
「おいシャベル、今のは一体何だったんだよ!!」
興奮し詰め寄るエステバンに、シャベルは落ち着いた口調で答えを返す。
「今のが天多のスキル<分裂>だ。俺は天多のあのスキルを使い、盗賊冒険者をスライムで溺れさせることで退治してきたんだよ。
<分裂>した天多は凄いぞ? 本当に根こそぎ吸収するからな、俺たちが見つけた隠し部屋は残念ながらもぬけの殻だった、そういう事だ」
シャベルの言葉に急ぎ隠し部屋に戻るエステバン、するとそこにはベッドや執務机は疎か部屋の扉すらない伽藍堂の空間が広がり、その床を一体のスライムがころころと転がっているだけなのであった。




