会社のど真ん中で愛を叫ぶ
「怜子、本当にどうしたの? 今日はため息ばかりだし、顔色も悪いみたい。疲れてる?」
「ええ、ちょっと土日に事件があってね。半分以上は夏美のせいなんだけど」
「……で、どうして体調が悪いの? 怜子……やっぱり男?」
なんで、そこに戻ってくる! びっくりして口を開いたままでいた。
「怜子はいつも体調管理を気にしているでしょう? それができていないのは何か普段とは違うことがあったとしか思えないなぁ」
夏美にしては鋭い突っ込みだ。確かに私は病気で有給休暇を使うことなど殆ど無い。
仕事で他人に迷惑をかけるのが嫌いなのと、休むのなら自分で計画を立てて休みたかったからだ。体調が悪くなりそうな場合は早めに仕事にケリをつけて、前日には上司に有給を願い出る。
有給は私の意思で目的を持って使いたい、普段からそう思っているので、体調の管理は心がけている。それなのに……土曜日の宴会で祐介の酒席へ乱入後、夏美の世話、そして迂闊にも男に引っかかり、焼き肉屋で本音を暴露してしまった。
とどめはやけ食いやけ酒だ。
「私としたことが……なんて迂闊な」
土日の恥ずかしい思い出がトラウマになっている私は、不注意に頭を抱えて意味深な発言をしてしまった。夏美は不思議そうな顔で私を見つめてる。
「急にどうした怜子。なんで顔が赤くなっているの。大丈夫? 熱があるんじゃないぃ?」
夏美は私のおでこに手を当てた。慌ててその手を払いのける。
「だ、大丈夫よ、夏美。心配ないから」
夏美を送ってから男とホテル泊まり。翌日の日曜日はズブズブの恋人同士のように焼き肉屋へ行き、私は興奮して立ち上がり、店中の注目を浴びながら恋心を暴露してしまった。そのあげく、今日は食べ過ぎて気持ちが悪い。会社でもSNSでもクールなキャラを通している私らしくない。
「まったく、格好悪すぎる……はぁぁ」
「また、ため息をついた!」
いつもと違う私を見て、まん丸な瞳が悪戯っ子の様相を提す。
良くも悪くも女子らしい性格の夏美。
社内の噂の半分は夏美がソースだと言われている。
このままでは私の男疑惑が新しい噂の火種として、お昼までには社内中に流れる可能性が高い。
「夏美、えっとね、そうだ! ちょっと外出しない? 私、コーヒーが飲みたいな」
かなり強引な話の持っていき方、いつもとは別人のような知的な顔をして夏美が突っ込んでくる。
「コーヒーなら、机の上にあるよぅ、さっきから飲んでいたじゃない」
「え、あ、そうか。そうだね。じゃあ、日本茶でも買いに行こうよ」
「やっぱり男だ。怜子、新しい男が出来たんでしょう? 日曜日はお泊りかなぁ?」
うわぁ、会社でなんてことを言っているの!
「そんなことあるわけないでしょう! ナイナイ、絶対にない~~信じて夏美」
思わず立ち上がり、全身で否定。頑張ったが私の行動は、夏美は益々疑惑のまなざしを向けてくる。
「ち、違うって。これは食べ過ぎ飲みすぎで調子が悪いだけだよ!」
「食べ過ぎ? 何を食べたの? 誰と?」
「上タン塩。骨付きカルビ、シマチョウ、シロホルモン、上ロース、キムチの盛り合わせ、あとハツは塩で、レバーはタレで。スープはコムタンとご飯も忘れずに……二人前」
何を言ってるの、私! 誘導された!? 夏美は私のミスを見逃さない。
「そう……、焼き肉を食べに行ったのね。それは随分と美味しかったのでしょうね。怜子一人で二人前も食べたんだからさぁ」
丸顔に大きな円を描く、満月のように大きな夏美の瞳。それが夏美の顔を年齢より幼く見せているのだが、今は私への最大級の疑惑から、満月の前の十四番目の月のように徐々に欠け楕円形の猫目になってきている。
「た、たまには、や、焼き肉くらい、一人で食べに行くわ。絶対みんなそうよ」
また少し欠けた夏美の瞳は昼間の猫の目に変わった。
このままだと三日月になるのも時間の問題だ。
ほぼ三日月の瞳で疑う夏美に堪りかねて、私は思わず椅子から立ち上がった。
「だ、だから、その……仕方なかったのよ! 朝起きたら一緒だったし、お腹も空いていたし、それに何故か祐介に心惹かれたの……あ、あ、ええ!?」
気がつくと同じフロアの全員が私に注目していた。
「みなさん。玲子に新しい男できました! はい、拍手」
夏美がハッキリと周りに結論を述べた、直後、それまで行く末を見守っていた人々が一斉にヒソヒソと話しを始める。
「なになに? 怜子嬢に男? けっこうとっかえ、ひっかえだな」
「お~、朝帰りで男と焼き肉か。すげーな!」
「社内で男と寝た宣言するなんて大胆ね! いつまでもつのかな今度は」
周囲が騒がしくなり、私は力無く椅子に座り込む。
またやっちゃった。なんであの男、大田祐介に関わると、私はらしくない行動をしてしまうのかな。
数日後。
ピーンポーン。
今頃誰かな? 眠い目をこすると、テーブルにはジンの瓶とビール缶、食べかけのおつまみが散乱していた。するめイカとビーフジャーキーの匂いに酒の匂いが混ざり、今朝の私の部屋は良い環境とは言えなかった。
ピーンポーン。
日曜日の早朝に怠惰をむさぼる私に、容赦ないチャイムの音が続く。
「昨日も飲み過ぎた……。それにしても日曜日の朝からまったく。
ポリポリと首筋を爪でかきながら、インターフォンに向う。
昨夜はシャワーを浴びずに寝てしまったので、身体のあちこちが痒い気がする。
「はーい。どなたですか?」
「俺です」
「はぁ? 俺じゃわからない」
「大田祐介です」
「えーと……、え? 祐介!? あんた、なんで私の家を知ってるの?」
二日酔だし、シャワーも浴びていない。
注意力は散漫であり、インターフォンの画面をしっかりと確認せずに応答していたが急に目が覚めた。
「祐介、とりあえず中入って。……いや、待って! ヤバイ。めちゃくちゃヤバイ!」
パジャマに化粧を落とし、くつろぐ態勢を万全にとってから、ガッツリと飲んだおかげで睡眠不足に二日酔い。頭からつま先までボロボロ、今の私はとても人様にお見せできる状態にはない。部屋はさらに酷い状態。
「これから大作戦を決行するのでお待ちあれ!」
インターフォン越しに高らかと宣言する私の声に、祐介が首を傾げる。
「どうした? ゴキブリでも出たか?」
「ちょっと待ってて。5分頂戴!」
祐介とは流れでホテルに泊った仲だが、その時はそれで終わりだと思っていた。一夜限り、二度は会わない男は今までにも何人かいたし。
だが祐介は特別でまた会いたいと思っていた。
彼と一緒に居ると、いつもと違う自分が引き出される気がする、本来の私のキャラとは違うもの、真っ赤になって大きな声で話したり、今までにはなかった自分の行動が新鮮だった。内なる私を呼び起こす祐介に、ドキドキし動揺する。自分でも意識しない内に、いや意識し過ぎてなのか、私の全てを見せてしまいそうになる。
会えたのは嬉しいしサプライズだ。ただ携帯やメールアドレスはまだ教えていないはず。祐介の会社を訪ねてみようかとも思ったが、押しかけ女房はと躊躇していた。




