焼肉屋の中心で愛を叫ぶ
「ち、違う、茶化してなんかない。素直に外見は若いし、華奢でさモデルみたいに綺麗だなと思ったんだ」
祐介の言葉で迂闊にも赤くなる。
「うーんと、これ焼けたぞ」
「え、あ、まだ赤いじゃない?」
「牛タンはこれくらいの方が美味しいのだ」
「そうなの、じゃあ頂く」
もぐもぐと赤みの残る牛タンを口にする。
「ほんとだ、柔らかい! とっても柔らかくて美味しい!」
「タンは焼き過ぎ厳禁なんだ、あと骨付きカルビは、こうやってハサミで切ってだな」
ほんとうに美味しい……ハッとした。私は箸を揃えると目の前に置く。
「あやうく美味しい焼き肉で誤魔化されそうになった。祐介、まだあんたの彼女になったわけじゃないわよ!」
祐介は焼き上がったレバーを小皿のタレにつけて口に入れた。
「これも旨いぞ。このくらいの焼き加減がいい。完全に火が通る直前くらい。怜子、食べてみろよ」
なんだかすっかり乗せられている。
食いしんぼうの私だが、主導権を握らなければ。
席を立ちハッキリと祐介に向かった。
「まだ自分の女扱いしないでよ! もっとゆっくり進めたいの。あんたには惹かれるものがある。でもこの歳になると本気の恋とか重いのよ。もう夢見る歳でも無い。恋愛で傷ついたり、気持ちが滅入ったりするのは辛くて、回復するのに時間が掛かる。どんなに相手の印象が良くても、ダメになってしまうのだったら、止めておいた方がいい。そうしたらいつもの私の日常が続く。得る喜びよりも失うものの方が断然多いんだもの……でも、今回はそれも嫌なの。このまま別れたくない。私はまた本音を喋っている。なんであんたが相手だとこうなっちゃうのか、分からない」
祐介は私の長い話に箸を止めた。
「怜子の気持ちを要約すると、俺と付き合いたいってことだよな。いろいろ複雑な気持ちもあるみたいだけど、それならまったく問題なしだろ?」
私は大きなアクション、大きな声で否定する。
「そうかもしれないけど、ニュアンスが違うの! 私はそんなにシンプルに考えられない。色んな葛藤がある! 見栄もね。出来るクールな女でいたいの。泣くのは嫌! こら! シマチョウなんかひっくり返してないでちゃんと聞いて!」
「聞いているって。それに俺だけじゃない、この店のお客さんと店員、全員に聞こえてるみたいだけどな」
立ち上がって自分の恋心を力説する私を、ポカンした顔でみんなが見ていた。
全身が熱くなるのを感じる。
ドスンと乱暴に席に座って、骨付きカルビをがっつりと、銀色の菜箸でつかんだ。
「おいおい、それはハサミで切らないと食べられないやつだぞ」
祐介がカルビを切ろうとハサミを出してくれる。
「貸しなさい! 貸せ!」
祐介からハサミを奪い取ると、無言でジョキジョキと骨付きカルビを切り始める。
「もう少し小さく切らないと……それに怜子、目が怖いんだけど」
焼けたそばから肉を口に詰め込み続ける、牛タン、ホルモン、しま腸……エトセトラ。
「なんか言った? こうなったらテーブルの上の物を全部食ってやる! いや、この店のものは全部食べる。店員さん、追加をお願い! あとお酒! 何でももってきて!」
「おいおい、何をむきになっているんだよ」
「祐介の財布が空っぽになるまで食べてやる! 今決心した!」
私の行動と気迫に、祐介がつぶやいた。
「マジですか? お手やわらかに……怜子さん」
週初め、月曜日の仕事は忙しい。何よりやる気がでない。だが今日は特別にきつい。目頭を押さえて頭を左右に振る。集中力を高めようとコーヒーを飲んでみたりもする。
背後から接近してくる人物がいることにも気がつかないくらい、私は疲れていた。
「なに、なに? さも、わたくしは仕事でお疲れ、な感じを月曜日から醸し出しているのよ!」
夏美だった。こういう日は、夏美の明るくて大きな声が体調の悪さに追い打ちをかける。
「あんたはいつも元気よね。ちょっとだけ小さな声だと嬉しいんだけどな」
「そうよ。いい女は活きが良くないと。まな板の上の鯉のようにピチピチとね」
「絶体絶命の状態じゃないの。殺される前に活きが良くても、食べるお客さんが喜ぶだけで……いや、だから、もうちょっと小さな声でお願い」
ささやかなお願いは素通りでドンっと、夏美は弱っている私の背中を手加減なしに叩いてくる。
「いやだぁ怜子、朝からそんなエッチなこと言わないでぇ。あたしは食べられちゃってもいいけどねぇ」
「なんですぐにそこへ思考を持っていく? あと、今日はすごく体調が悪いんだ」
少しは手加減して欲しいと、暗に主張してみたが、そんなことは夏美には通じない。
「怜子にしては珍しいわね。ちゃんと体調管理しないと駄目だよぅ」
「おまえが言うな!」
週明けはよく休むし、遅刻もする夏美。今日も堂々の十一時出社だった。
「そんなことより怜子さぁ、土曜日もあたしって、どうしたんだっけ? 起きたらお昼でね、出かけた服のままでベッドに寝てたんだけどぉ」
渾身のため息をついてから、椅子を反転させ、能天気な女を振り返る。
「夏美は記憶ないの? お持ち帰りされて男と一緒にベッドインだよ」
「いやだぁ、そんなこと……あったらいいなぁ。もう、玲子ったら!」
夏美の馬鹿力で肩が強襲された、マジでクラッとした、体調が悪い時にこれは効く。
「夏美、あのね、私、今日は食べ過ぎと飲み過ぎでさ……あ!」
昨日の焼き肉のやけ食い、大酒のみという無謀な行為の後遺症が体調不良の原因だが、あらぬ疑いは受けたくないので余計なことは言うのはまずい。
幸い夏美は気が付いてないようだ。
「あなたらしいね、夏美。私が部長なら、あんたの席はとっくに無くなっているけど」
「その時は怜子の家に転がり込んで居候するぅ。マンションの自宅警備員やるよぉ。最近は物騒だからねぇ。怜子はこの角度から見るとスタイルもいいし、皺だって光の反射で見えないから、かなり美人な気がするの。不届き者に襲われないようにあたしが守ってあげるよぅ」
夏美と一緒に住んだら、不届き者と暮らすよりも危険だ。
土曜日の事は覚えてないのか。夏美の面倒を見るのが大変だったんだけど。
あと、祐介との事は? 顔色を見てみるが 両手を腰に当て、えっへん状態の夏美。
「夏美、昨日の事覚えてないの?」
「ぜんぜ~ん。なんかあったかなぁ。あ、そういえば、ちょっとだけ覚えている……」
「ドッキ。なにを? 宴会で私を襲った事かしら? それとも特製もんじゃのことかな?」
「お・と・こ」
今日は顔色が悪くて良かった。表情の変化に夏美は気づかなかったようだ。
「男が居たような気がするのよ……その男と怜子一緒に……たこ焼き食べたぁ?」
「うわぁ~、夏美は何を言っているのかな! 夢よ! それは妄想!」
夏美は大田祐介の事を覚えている? 会社で言われたら困る、仕事が出来るクールな人物というキャラを会社では貫き通していきたい。
「ハッキリしないのぉ。でもね、月が綺麗だったのは覚えているかなぁ」
月の話。土曜日の宴会の後に夏美が見上げていた満月。
青い光が彼女を冷たく麗しく映していたの、私も思い出した。
「そうね、満月だったわね。それで……昨日は目覚めてからどうしたの?」
夏美の話が祐介の話題に戻らないように、日曜日の夏美の行動を聞く。
「日曜日? 目が覚めたら自宅だし、横に男がおるわけでもなく、結局、そのまま寝ちゃったぁ。40時間くらい寝たかもねぇ。えへへ」




