運命の人との攻防
「ところで怜子。今日はどうしようか?」
ホテルで一夜を過ごした二人。
目を覚ました祐介が発した言葉に反発から始まった一日だった。
「一夜にして、私のことは呼び捨てなの? 寝たから?」
「うん? その辺は……だな」
「一回寝たら、もう彼女呼ばわりなの?」
「え、だって俺たち一緒のベッドに寝て……今まで一緒だったんだよ」
あの後、スマホを使ってシティホテルを探し、そこまでタクシーで乗り付け、色っぽい流れに移行した。
かなり遅い時間だったので、気がついた時には既に午後になっていた。
はっと、驚いてスマホの日付を見たが今日は日曜日だった、ひと安心する。
「じゃあ分かった。怜子さん。今日はご一緒に過ごしたいのですが」
「なにその言い方。嫌がらせ? まあ、わたしも、あんた呼ばわりだから仕方ないか」
「あのさ、確認だけど、怜子は俺の彼女になった……そういうことでいいのか」
私は祐介に「ふん!」と不快な顔を見せた。
「バカ言わないで。そんなに簡単な女じゃないわ」
怒りは、恥ずしさが作り出したものだ。素直じゃない私の性格のせい。
「ちゃんと彼女になると確認したいのなら……もう一度抱いて腕の中で確認すれば!」
祐介に彼女と呼ばれたことはまんざらでもなかった。
ただ、簡単な女と思われたら、そんなの沽券に関わる問題だ。
ホテルから出ると、もう日射しは強くなかった。9月も半ばを過ぎ、本格的な秋とその先に待っている冬を感じさせる。あんなに暑さに苦しめられたというのに、夏が終わってしまうかと思うと、暑さが懐かしい。
「秋の気配。オレはこの時期が一番好きだ。日射しが気持ちいい。風が心地良い」
前を行く私に後ろから聞こえる、のんきな祐介の声。
秋は確かに良い季節だけど、私は違う視点から今の状況を解説した。
「秋は過ごしやすい良い季節だと思うわ。私も春より秋の方が好き。でも恋を始めるには、この季節は向いていないわね」
前を見たまま歩く私の言葉に祐介が首を傾げる。
「それは何故? 恋をするなら秋はいい季節なんじゃないか?」
「何がいいの? 湿度が低いからセンチメンタルな気持ちにでもなるのかしら?」
「そうそう、なんか感傷的な感じ。芸術の秋はそんな感じだろ?」
「単純な構造ね。例えば、私とあんたが今日から恋に落ちたと仮定すると」
「おお、観念してくれたか? 怜子……さん」
「観念って……。なんで恋をするのに自分を捨てて、我慢しなきゃいけないのよ。いい? 仮定の話よ。あくまでもね。もう若くもない平凡なサラリーマン同士が、さほど新鮮でもない恋愛を始めた。すぐに寒い冬がやってくる。付き合ってうまくいかなかったら、寒い季節に一人で震える日々が、やってくることになるわけ」
「それは大丈夫。俺は絶対に別れないから」
「ふぅ、まったく楽観的な考えが出来て幸せね」
まだ知り合って一日しか経ってない。今までそれなりに恋愛はしてきた。
少なくとも私はそう思っている。でも今は恋愛というものを何も知らない少女時代、ときめく気持ちに戸惑う自分がいる。
「迂闊だ」自分の気持ちが理解出来ない。
こうも簡単に心を許そうとする自分を戒める。
祐介の前を急ぎ足で進んでいた私はピタリと足を止めた。
「あんた、どこまでついてくる気?」
振り向いて、後ろにいる祐介に視線を廻らす。
「あんたね、マジで恋人気取り? 昨日はタコになった夏美の面倒をみるのに疲れ切って、あんたと一緒に過ごしたけど、大いに迂闊だったわ」
なんとかクールな女を装う私に、祐介は無邪気な顔で提案してきた。
「旨い焼き肉屋があるんだけどな」
「焼き肉だって? それこそズブズブの恋人が行く所だわ」
「骨付きカルビが旨いんだけど」
「だから……そういうのは……あーもうっ、お腹が減ってきちゃったじゃない。昨日の宴会では、あんたと夏美のせいで、あんまり食べられなかったんだからね!」
「それって俺のせいだっけ? でも俺も同じだ。あんまり食べられなかったから、今とっても腹が減っている。どうも会社の人間同士でする食事だと気を遣うっていうか、なんか食べた気がしない」
やはり昨晩、祐介は会社の大勢の人たちと宴会をやっていたみたいだ。私もそうだったがお互いに見えたのは二人だけ。あ、あと夏美か。
「そうかあなたもね、あと会社の人間と一緒だと食べた気がしないのもわかるわ」
「昨日の宴会は十時で終わるはずだった。その後、仲の良い奴ら数人だけで、これから行く焼き肉屋に行って食いなおしをするはずだったんだ」
「へぇ、そうなの。あんたには心を許せる会社の仲間が居ていいわね」
「焼き肉を食いに行くくらいの、そんな仲間ならいるさ」
「じゃあ、今日もそいつと一緒に行けばいいじゃない」
「俺は怜子と行きたいんだ」
私はビックリして祐介を見た。
「ストレートね。私なんかと行ってどうするの? 心なんか許してないわよ」
「それでもこのまま怜子と別れたくないんだ」
「それで焼き肉?……というか、さっきから名前で呼び捨てしてる!」
「いいじゃないか、名前で呼ぼうぜ。お互いにさ」
どうしてだろう。目の前の男には軽い女と思われたくない。
ちゃんと段階を踏んで関係を作っていきたいと思っている。
だからデートも焼き肉屋じゃなくて……でも、このまま別れたくないのは私も同じだし、どうしよう。
「分かった祐介。焼き肉屋、付き合ってあげてもいい」
「そうか! 良かった。じゃあ行こうか。ここから近いんだけど混むから……」
祐介は自分の腕時計を覗いた。
「今、四時くらいだから丁度いい。混む前に急いで行こう」
焼き肉屋に向かいそうな祐介を制止して、少し声を大きくした。
「焼き肉屋には行ってもいい。ただし! 条件がある!」
「ただし? なんの条件?」
「当然、祐介の奢り」
「誘ったのは俺だから、それはもちろんいいよ」
「当然。あと、やり直しを要求する! 責任とってもらうからね!」
「やりなおし? 責任って……どうするんだよ?」
「ちゃんとデートに誘い直してちょうだい」
行くならちゃんとした場所に、ちゃんとした服装で行きたい。
初めてのデートはちょっとだけ高級なレストランにして。
できれば夜景が綺麗な、海が見える店がいい。
帰りには風にあたって海を見たい。酔いが覚めない程度に。
「分かった。その条件はのむ。これで双方の同意を得たな、目一杯食おうぜ!」
祐介が手を挙げてタクシーを止めた。
「上タン塩と骨付きカルビ、シマチョウとホルモン、上ロースとキムチの盛り合わせ、ハツは塩で、レバーはタレで。スープはコムタン、と、忘れないでご飯だな。あと……怜子は何が食いたい?」
祐介の注文の仕方に、呆れながら答える。
「それだけあれば十分じゃないの?」
「そう? じゃあ、今言ったのを二人前と、前菜でセンマイサシ、イカゲソサシ、ビールでいいかな。食後に腹の加減で冷麺もいっておこう」
注文した数々、すごい量のお皿がズラリと目の前に並べられた。
「私も食べる方だけど、この量はいったい……どうなった?」
テーブルに乗りきらない皿の数々。
床に置かれたものの方が多い状況にびっくり。
「そうか? 男二人なら普通、こんなもんだろう?」
「あのね、私は女なの。これでも食べ過ぎて、太り過ぎないように気にしてんの」
「気にしなくてもまだ大丈夫だよ」
「まだ……。そんな風に言われると茶化されているように聞こえるわ」




