誰も居なかった
「カラーの名刺、何の会社? カタカナの社名とロゴだけだと想像つかないな」
「ECサイト。ネットの販売システムの企画と構築及び運用。その方面では、うちは大手なのよ。ネットで買い物をした事があるなら、一度くらいはうちのシステムを使ったことがあるんじゃないかな。有名どころのサイトをかなり手がけているから。テレビではやってないけどSNSでは宣伝しているから見たことない?」
(くだらない)初対面だと誰でも自分をよく見せようとする。
名刺は便利なツールだが何も自分の事は述べてはいない。
分かるのは目の前に居るこの男は上場企業、ご立派な会社に勤めている……かもしれないって事だけ。
「SNSか。俺はあんまりネットとか見ないからな。企画部、月岡怜子……つきおか・れいこ」
私はテーブルに肩肘をつき、呆れた顔。
「こんなのつまんないね。ところであんたは私になんの用?」
「あんたじゃなくて、名前で呼んで欲しいな」
「ふ~ん、じゃあ、祐介……これでいい?」
「いきなり呼び捨てかよ!」
「だって大田って名字はよくあるし、つまんないわ。大田さん」
「……祐介でいいぞ。確かに君に用があった。聞きたいことがある。玲子さん、宴会での乱入騒ぎの後だけど、俺の方を不思議そうに見ていたよね?」
「へぇえ……意外ね。気がついたんだ? あの状況で私の視線に気がついたわけ?」
「怜子さんはあの時、何度か俺と自分の宴会のテーブルを交互に見ていた気がする。それはなぜなんだ?」
「私、記憶力いいの。宴会が始まった時、私の席の後ろには祐介は居なかった」
「宴会じゃ席を移動する事なんかよくあるから、ただの記憶違いじゃ無いかな?」
「そうね。でもあなたは移動すらしていないの」
「どうしてそう思うんだ?」
深夜三時近くのファミレス隅のテーブルで、男は少し興奮気味に身を乗り出した。記憶をたどるように目を閉じた私は両腕を組み、祐介の質問に答える。
「宴会が始まった時に私の後ろには誰も居なかったから……。それどころかテーブルも椅子も無かった。空きスペースだったわ」
「それも気のせいじゃないか? 宴会中、後ろの席なんか気にしないだろ、普通は?」
「そうね。普通ならその方が説明をつけやすい」
自分の意見があっさりと認められて、祐介は拍子抜けしたように見えた。
「随分と簡単に認めるんだな……やっぱり俺の気のせいか」
残念そうな表情の祐介に、言おうか迷っていたことを、そのまま話すことにした。
「何も無い場所に、突然あんたが現れたの。お酒とか料理が乗ったテーブルもね。奇妙な話だから言おうか迷ったけど、私が見たのはそんな光景ね」
それが待っていた答えだったのだろう、祐介はさらにテーブルに身を乗り出した。
「俺が突然現れた? そんな事あるわけない! やっぱり思い違いをしているのでは!」
(やれやれ)私は組んでいた腕をテーブルの上に乗せ、コツコツと名刺入れで机を叩く。
「あんたがそう思うなら、それでいいんじゃない? 私の話を信じる必要も無い」
冷静な態度を見て、逆に確信したように祐介は口を開く。
「怜子さんが納得してないように聞こえるんだ。でもそんな事があるわけ……」
「ないわ……。でもね祐介、あんたも見たのでしょう?」
私の言葉に祐介は少なからず驚いていた。
「図星なのね……。あの時、私の視線に気がついて振り向いたでしょ? あんたは驚いた顔をした。見たんじゃない? 私と同じものを」
祐介は一度首を振り、否定しようとした。
「確かに……見えたのは怜子さんだけだった。それ以外は何も無かった。テーブル、一緒に飲んでいる筈の君の会社の人達がいたのに……全部消えていた。最後に俺に見えたのは君だけだった」
私一人が体験したのならば不可思議なことで済まそうと思っていた。
だが……この男も見たと言う……。
(一体何が起ったのか?)考え始めた私に祐介がせかすように質問してきた。
「気のせいだと思っていたよ、一体どういう事なんだ?」
テーブルに手をついて、もう私にくっつきそうな程に身を乗り出した祐介に右手でストップをかける。
「落ち着きなさいよ。それに見たんじゃなくて、正確には見えなかったんだけどね。あんたと私以外のものが」
「アハハ」
深刻な顔をしていた祐介がいきなり笑い出した。
「どうしたの? いきなり……なにが可笑しいの?」
「これってさ、まるで愛し合っている恋人同士みたいだなって、そう思った」
「どういう意味よ?」
「ほら、愛し合う者同士はお互いに「相手以外が視界に入らない」って言うだろう?」
「なるほどね。好きな人以外は目に入らない。そんな言い方があるわね」
祐介の顔に、自分の顔を近づけた。
「それって私のこと……誘っているの? 残念ね。あなたを見た時に何か感じた。正直に言えばね。他の男には感じない何かを。でもつまんない。そんな誘い方はNGね」
私は席を立ちかけた。
「なら、こういうのはどうかな? 二人でさっき発生した不可思議な話についての論争及びその解明をするっていうのは?」
「今から? 朝になっちゃうわ」
「鉄は熱いうちに打て!」
「記憶が定かなうちに検証をするって言ってるの? でもその例えは意味がちょっと違うわ」
「袖振り合うも多生の縁って言うし」
「わたしノースリーブだから袖は無い。無い袖は振れないね」
「俺は茶化してるつもりはなくて……。うまい言葉が見つからないんだ」
「そう、あんた物好きね。そこは面白いわ」
「玲子さん。今、付き合っている人は?」
「また、つまんなくなってきた。そんな誘い方なら帰るわ」
「じゃあ、どうしたらいい? こんなに好きになった女はいないから、このまま別れたくない。こんな気持ちは初めてなんだ。気が利いた台詞なんか知らないし」
立ち上がった私を見上げる祐介に少しイラつききっかけを与えてしまう。
「好きな女が今までいなかった? フフ、簡単に言っちゃうのね。別に気の利いた言葉なんて求めていない」
本当は、既に目の前の男に惹かれていた。理由はまったく分からない。
でも、さっき道端で会った時、いや、宴会の席で手が触れた時、今までに感じたことが無い気持ちが起こった。恋に落ちた? 私が? 小娘でもあるまいし。
「残念……。じゃあね」
店のレジへと歩き出す私を、後ろから祐介の言葉が追いかけてきた。
「怜子さんのことが気になるんだ。運命の出会い。一目惚れ。どんな言葉でも言い表せない。言葉にすると君への気持ちがくすんでしまう。一緒にいてくれ一晩でも構わない」
レジで支払いを済ませてから、店の出口で気の利いたことが言えない男に目をやった。気持ちが通じなかったと、祐介は下をむいたまま座っていた。私は自分の心が祐介に伝わっていないことに完全にイラついた。
「で!? 一緒に行くの? 行かないの? どっち?」
顔を上げた大田祐介は立ち上がり、私の横に駆け寄ってきた。




