再会は運命と策略で
どうしてここが分かったのか分からないけれど、ちゃんと正式に会いに来てくれた。祐介の今日の出で立ちは私の希望に沿った、少し固めの服装だった。ちゃんと上着を着ている。カッチリとしたブレザーは仕立てが良さそうに見える。
「怜子、部屋は片づけなくてもいいよ、外へ行こうぜ」
祐介の目の前にある自動ドアが開いた。
私がインターフォンの解錠キーを押したからだ。
「うん? 中に入れってことか?」
祐介が尋ねてきた。
「そこにボケッと立たれても、近所迷惑だから上がってきて。着替えならすぐ済むし、今更、私の素顔を見ても驚かないでしょう?」
「フフ。目撃者として言わせてもらえば怜子の素顔は悪くない」
「うっさい」
「アハハ! それじゃあ、部屋に上げてくれるんだな」
「まあね。お茶くらいは出すわ」
インターフォンが切れた。
「さあ、ここからは急ぐぞ!」
気合いを入れた私はテーブルの上から片付け始める。
とにかく、この部屋だけでも人並みの状態にするのだ。
目にとまる物は全て寝室へ運び込み、急いで着替えを始める。
ジーンズと襟の丸いシャツ。普段着だがまずはこれでいい。
祐介とデートの場所を決めたら、それに合わせて着替え直そう。化粧や髪もその時に一緒に。
玄関のインターフォンが鳴った。時間を見るとエントランスのドアを解錠してから20分。祐介はちゃんと時間に合わせてくれたようだ。
これは本当に運命の出会いかも。今までそんなにのめり込めなかった、でも今回は本当の恋ができるかもしれない。俄然やる気が出てきた私は急いで玄関に向う。
「あれ? なにかを踏んだ。 これって……ええ!」
「こんにちは」
玄関を開けると、目の前に祐介の和やかな笑顔があった。
「……帰って」
「はぁあ?」
驚いた祐介の目を見ないようにして、私は再び言い放つ。
「帰って。さっさと、早く。直ちに帰れ。はい、お帰りはそちら!」
エレベーターを指差す私を見て祐介が慌てた。
「ちょ、ちょっと待って! なんで急に? この20分で何があった?」
「……3秒前までは大丈夫だったの」
「3秒前?」
「3秒前までは……忘れていたの……とにかく今日は帰って!」
何か言いかけた祐介の顔前でガチャンと扉を閉めた。
玄関の扉に背中をつけて寄りかかると、私は外の様子をうかがった。
数分の静寂の後、廊下を去っていく靴音、エレベーターの開く音が聞こえた。
「やっぱり運命の人じゃないのかなあ」
うまくいかなかったことを嘆く私の視線の先、冷凍マグロのような姿で廊下に寝ている夏美がいた。
「あれれ、随分と部屋が片付いているねぇ……あたしはまた記憶が無いよぉ」
寝室に物を投げ込んだだけだが、知らない夏美は、綺麗に片付いた居間のダイニング椅子に座り大あくびをする。
仏頂面でお茶を淹れている私を見てテーブルに肩肘をつく。
「ふぁぁ、ねえねえ、なんかあったのぅ?」
「ええ、色々とね」
まあ、確かに私が夏美と酒を飲んだのを忘れたのが悪かったけど、それくらい運命の人ならなんとかしてよ。と思っていたらまた夏美の欠伸。
「ふぁああ。眠いよぉ」
自分で話を切り出してきたくせに、続きにはまったくもって関心がない。
緑茶の入った二つの湯飲みをテーブルに置くと、私は夏美の正面に座った。
左手で湯飲みの底を支え、右手は縁に添えながら、姿勢を正してお茶飲む。
私の異様な雰囲気を夏美がやっと察知した。
「どうしたの? そんなにお淑やかにお茶飲んでさ。そういえば服装も普段着だけど綺麗めだし、化粧も普段より濃いね」
「来たの」
私は怒り混じりだが静かに答える。
「ああ、そっかぁ。やっぱり彼、来たのかぁ」
まん丸の瞳、夏美は悪戯っ子のような顔。
「犯人は夏美か……あんた、なんで祐介を知っているの?」
「向こうがあたしを知ってたの。会社でね。電話を取ったら「月岡怜子さんお願いします」って。最初は仕事相手だと思ったけど、話を聞いてみたら、あたしのことも知っていて、土曜日の飲み会。すぐにピンと来た。怜子の新しい男だってね!」
「なんで彼がここに来たのか教えなさい!」
あくまでお淑やかに、私は膝を正しお茶を飲む私。夏美は下を向いている私の顔色を覗き込むように見た。
「もしかして怜子……怒ってるかなぁ?」
私の顔色を伺う夏美に澄まし顔で答える。
「そんなことない。すっごく怒ってるだけ!」
「うぁ~、マジで? なんでそんなに怒るかなぁ? あのね、電話の相手が怜子の新しい男だと分かったから、ほら、やっぱり興味沸くじゃん? だからここの住所を教えたの。でも、それだけだとねぇ……あたしも男を見てみたいしね」
私は飲んでいたお茶をテーブルに置いてキッと夏美を睨み付けた。
「こういうこと? 住所を教えただけだと怜子の新しい男の品定めが出来ない。だから、彼には日曜日の十時にここに来るように言って、自分は怜子を誘って朝まで飲むことにした。それで飲み過ぎて来訪を忘れた……そんな感じ?」
「そ。そんな感じよ。すご~い! さすが怜子! で、うまくいったぁ? あたし、なぜか廊下で寝ていたぁ。彼氏の品定め間に合うかなぁ」
「ええ、夏美の立派なマグロぶりに、大間産のシールを貼って部長の家まで遅いお中元として宅配しようかと思ったくらいだったわ……祐介は追い返した」
「彼氏を追い返した? それで何であたしとお茶を飲んでるの?」
迂闊な私は夏美の存在を忘れていた。玄関の扉を開ける寸前まで。
嬉しかった気持ちが心配に変わった。このまま扉を開けたら、祐介を品定めした夏美がソースとなって、月曜日には月岡怜子の新しい彼氏の話が会社中で評判になっていると。
「ついに月岡も観念したかぁ? いいね。そんな感じのフレーズでいこうよぉ!」
アホか! いくらでも脳天気溢れる夏美に切れる。でも、夏美が彼を知っているなら、一緒にデートに行けば良かった……どうせ会社の噂になるなら、ちゃんとやることやってから噂になった方がよかった。
なんだか夏美と祐介。この二人を相手にすると冷静でいることが難しい。困惑する私を見て夏美は嬉しそう。
「あたし応援するよぉ。ちゃんと怜子がやりまくれるようにね」
下品な応援を受けて、黙ったまま私は夏美にお茶勧める。
「ありがとう~~怜子の淹れてくれたお茶美味しいもんねぇ。アチチ、やだ怜子これ、煮たってるよぉ!」
お茶碗を鍋で煮てから沸騰したお湯でお茶を淹れた。おまけに夏美に出す直前にレンジで湯飲みごと「チンしておいた」
「さっきのチン、電子レンジ? ひ、ひどいよ。まさに冷酷な子と書いて怜子だわ~」
お茶碗にふれてはキャーキャー騒ぐ夏美に少しだけ愚痴がでた。
「少しくらい嫌がらせさせなさいな。ちょっとだけ落ち込んでいるのだから」
アチチと言いながら、懸命にお茶を飲む夏美を見ていて、無意識につぶやいてしまう。
「また会いに来てくれるかな……」
「え、彼でしょ? 会いに行っちゃえばいいのよぉ。名刺もらったでしょう? 無くしたならあたし聞いてあるよ、彼の勤め先」




