出会いは運命
(もう少し静かに飲めないかなぁ)
私の気持ちを察知したかのように夏美が急に私の方を見た。
「ねえ、怜子もそう思うでしょう?」
テーブルに頬杖をつき、ため息交じりに吟米清酒をロックで飲んでいる私は、当然、夏美と部長の話なんか聞いていたわけもなく、逆に質問してしまう。
「ええ? で、何だっけ?」
こいつ、空気読めん! とでも言いたげに私を見る夏美。
「でたでた、でたよ! あのさぁ、今はみんなで楽しく飲んでいるのよぉ? こんな時でもなんであんたは完璧な冷め顔なの!」
(夏美の奴、既に酔っ払いモード全開だな)
私は引き気味。みんなでお酒を飲むのは嫌いじゃない。でもね、会社の面白くもない奴らと飲んでもテンションが上がるわけがないじゃない。
しかも、夏美は酔うととても面倒な性格なのだから。
「まだ冷めた顔をするかぁ! 冷たい女と書いて怜子と読む! 今夜こそ、その仮面を剥がしてやるぅう!」
夏美は私を完全にターゲットと捉えていた。
酒乱で絡み上戸の夏美は、酔うとランダムに相手を選び攻撃する癖がある。
そしてもう一つ。酔うと私を襲うというのもある。
ガバッと、いきなり私に覆い被さってきた夏美は肉感的な身体を押しつけてくる。背は小さいが胸とかお尻とか、夏美の身体は立派なものだ。
私が男だったら、喜ぶのかもしれない。けれど、同僚たちの前で襲われても困るだけだ。私はなんとか夏美を止めようと努力する。
「お、重い。これ、夏美! 止めなさい!」
上下お揃いの赤いスーツでミニスカート姿、グラマーな女に抱きつかれるのは、男にとってはさぞ刺激的なことだろうが、私にはただ出っ張った所が邪魔なプヨプヨと重い生き物が襲って来たとしか思えない。
「ちょっと、夏美、マジ重い! それにその短いスカート。みんなにパンツ見えるよ」
「好き……怜子、愛してる!」
凄い力で私の首筋にしがみついた夏美。耳元に真っ赤な唇を寄せ夏美が囁く。夏美が付けている香水が強く香る。一瞬総毛立った私を、夏美はさらに強く押してきた。
「ま、待て! 場所をわきまえろ……わ、わあ!」
なんとか逃げようと立ち上がったが、夏美の圧倒的なパワーにバランスを崩し、私は後ろの大きなテーブルで一人で居る何の咎もない一般人、全くの他人にもんどり打った。
どっかーん、がっちゃーん!
私と夏美と男がテーブルに倒れ込んだ。
「あの~、大丈夫ですか?」私を覗き込む男。
「見て分からない? 普通じゃないことは確かね」
私から謝罪の言葉は出なかった。
「私も被害者だからね」
現状説明を言い添えた私に、男はフッと笑って言った。
「そうか。ちょっとしたサプライズってわけだ。美女二人が急に現れ、宴会に参加した。少々手荒くだけどね」
(へぇ)場を壊さない大人な反応、私は男の顔を見た。
(悪くないな。いや、私の好みだな)
男を見つめる私の身体は、まだ宴会のテーブルに寝転んだまま、いつの間にか夏美にブラウスのボタンを三個もはずされている。大きく開いた襟からは下着がのぞき、ブラウスはおろかブラもスカートも、こぼれた生ビールが染みこんでくる。
「私……濡れちゃった」
テーブルの真横の男は、つぶやきに、一瞬どきりとしたようだ。
「この服、まだローンが残っているの」
自分勝手な言葉に、男はまた、フッと笑った。何かを感じる、今度は私も笑った。
「あなた結構いいね。だから弁償はいらないわ」
私が上半身を起こすと、狙いすましたかのように夏美が襲ってきた。
「怜子ぉ! 愛してる!」
さっきよりパワーアップして突進してくる夏美に、今回は躊躇無く右足で思い切り蹴飛ばした。その思い切りの良い蹴りを見て、男は飛んでいく夏美を追うように振り返った。そこで一瞬表情が固まった。
ドン、ガシャララン。本来私たちが居た宴会の席、夏美が机に激突する。
「大丈夫かな?」
男が心配したので、私は首を振る。
「私の貞操は守れたみたい」
「ふふ、それは良かった。立てるかい?」
男は手を差し出してくれた。手を取った時に感じた感触はとても心地よいものでで、男の手など触り慣れているのに。トクンと胸が打った。
(なんだろう、この感触)
初めての経験に私は迂闊にも顔を赤らめてしまったようだ。
それが世界の終わりと、私の恋を導く運命の人、大田祐介との出会いだった。
やっと終わった宴会。今夜はカリブの海賊の気持ちが分かるような気がする。
海賊同士で酒盛りをした後、寄港地へ向けての航海中、大ダコに船を襲われたらこんな感じか。
自分のマンションに帰りたい私と、私に絡みつく大ダコの夏美。絡みつく酔っ払い女を抱えながら、なんとか前進を試みていた。
「え? 海賊って!? 大ダコってだぁれ? でも、たこ焼きは食べるぅ~」
意識はありそうだが、いっそ寝ていてくれた方が楽かもしれないな。
「はいはい、自分の部屋で好きなだけ食べてね。たこ焼きでも、もんじゃでもさ」
軽く受け流すと、大ダゴはさらに強く私の身体に絡んでくる。
「ちょっと怜子、冷たいじゃない。たこ焼きよ? たこ焼き、一緒に食べようよぅ」
夏美はどんどん絡み具合も強めてくる。
「ちょ、ちょっと、夏美絡むのは、私の身体か言葉のどっちかにしなさい。ぜんぜん前に進まないじゃない!」
「えへへぇ。酔っ払いはね~、こんなもんですよ~だ」
やっとつまらない時間が終わったのに早く帰りたいのに。このタコが邪魔をする。
夏美が酒乱なことは、会社の誰もが知っている。気がつけばいつものように、みんなは逃げだし、私だけが絡まれる。
「はぁ、なんでこうなるかな? 私はこんなキャラじゃないのにな」
最近担いだ物の中ではダントツに重い、グニャグニャするタコ……じゃなくて夏美に、疲労困ぱい。九月に入って急に夜は寒くなった。薄い上着では着ても風は冷たい。それなのに汗をかき、電車もなくなった深夜に重労働をしているって。
「理不尽だ」いっても、歩行困難な親友タコを捨ててはおけない。
「大通りでタクシーを捉まえよう」
ゆっくりとした歩みで、私とタコは深夜の小路を進んでいる。
「早く部屋に帰ってビール臭い服を脱ぎたい……これ高かったのになぁ。ローンもまだ残っているし。あの男にクリーニング代くらい貰っても良かったかな」
勝手に隣の席に乱入して服が汚れた、しごく勝手な話だが、懐事情を考えると、その手もあったと思ってしまう。大体、全て夏美が悪いので私には落ち度はないぞ。
あとあの時「トクン」と感じたあの感触。
「あのまま別れるのは少しもったいなかったな」
私が初対面の男の手を握り顔を赤らめる。珍しいことだし、なぜそんな現象が起ったのか確かめたい。
「なによぅ。怜子は早く私と別れて部屋に帰りたいのぉ?」
さっきの男を思い出していても夏美が邪魔をする。まあ男は諦めるとしても、家には帰りたい。お昼に自動録画で撮った時代劇を見ながら、心の安息を得たい。
そういえば幻月病はどうなったのかな。デマだったのか……また重くなった。
「あーもう、少しは歩くのに協力しなさい! 夏美!」
冷たい風が吹いているというのに、夏美の酔いは醒めるどころか、どんどん悪化しているような気がする。私の背におぶさった夏美が、首筋に手をまわし、耳元に口を近づけてきた。




