見知らぬ世界と女
「なんで? なんでなの? 私は夏美の事好きだったのに。少しずぼらで、会社でも、宴会でも迷惑をかける、あんたが好きだったのに。あなたは誰なの? なぜこんな事をしたの……え!?」
私の右手の中でリングが動いた。驚いた。
「これも手品? それともあなたが言う、世界を繋ぐ神のような力のせい?」
私の右手の中で二つのリングは重なり合う少しずつ。
違和感。でも夏美が裏切って私を陥れて、……すべて負の感情から生まれた……だだ、それだけの事だと思いたかった。でも消えない違和感。
「だって、それならばこの世界では良くあることで、友達に裏切られた馬鹿な女は、そんなことがあっても今まで通りに祐介と一緒に居られる。例え周りからどんな風に思われても、大事な親友である夏美を無くしても、私は祐介と一緒だ。それ以外に幸福な事なんて無い。
だから、思いたかった、よくある女友達の裏切りだと。でも、さっきから私を見つめている夏美の瞳は悲しみに溢れている。そんなことじゃないと言わんばかりに」
「あなたが祐介に会った日……新月に、見えない月が見えると言った時。それまでは怜子には月は見えなかったはず。あたしだけがこの世界で一人きり、もう一つの世界を見る事が出来たの」
空には数多くの星が瞬き夏美は夜空を指さした。
「見て星の数が多いでしょう。世界は重なり合う直前なの」
星空の中かなり近づいた青い真円を描く二つの月。
女友達の裏切りなどではない事を確信させた。
「夏美、あなたは何者なの?」
「やっと冷静になったねぇ。前にもこの世界は、他のリングと重なったことがあるの。その時、今のあなたと同じように、あたしにも他の世界が見えたの」
「じゃあ夏美はこの世界の人間ではないの?」
「ソックリなようで全く違う、見知らぬこの世界のリングに引き寄せられた。そしてあなたに、別の世界の住人である祐介を紹介され、見えない月が再び現れた。またあの事件が起ると分かったわぁ。このままでは世界は終わってしまうと」
「夏美、あなたの世界と私の世界、前に二つの世界が結合したのを経験しているあなたなら、どうすれば回避出来るかも分かるでしょう?」
夏美は内なる自分に言い聞かせているよう。
「怜子、あたしはこの世界、ましてあなたの事を、こうしなさい……そんな風に言える立場じゃない。そんなの自分が一番わかってるの。決めたのはあたしだから」
「決めた? 何を言ってるの夏美」
「これからあたしの世界で何が起こったか、見せてあげるねぇ。きっと理解できないことだと思うけど……起こった事実だけは感じてもらえると思う。目をつぶって玲子」
手を伸ばし私の両手を掴んだ夏美。
感じることができた。夏美の経験を直接ビジョンとして。
私の視覚や聴覚が経験した夏美の世界で起こった事実を。
目を閉じた私に夏美の世界が流れ込んでくる。
テレビニュースでは新しい戦争が始まったと、連日のように報道されていた。
内戦、同じ民族同士の戦い。そんな事が日常的に沢山の国で行われていた。
確かに人の歴史において、世界中で戦いが止む事は無かったけれど、この近年は平和な国の方が珍しいくらい、ひどい状況だった。幻月病。世界中の夜空で幻月現象が見られるようになってから蔓延したと言われる集団ヒステリー。
その原因は不明だ。戦いを望まないはずの日本でもテロや暴動が横行している今の状態はまさに病的だ。政府は戒厳令を敷き武器の携帯も許された。
「いつまで続くのかなぁ。あたし戦争なんて外国の出来事で遠いものだと思っていたのに」
横に座る男がウィスキーをびんごと飲みながら答えた。
「分からないな。でも、今の状態は人間の持つ表と裏を全て呼び出したようだ。ある意味、嘘や偽りを消し去った新世界に思える」
「何を言ってるの? こんな世界があるべき姿だと言うの?」
男は冷たい目でこちらを見る。
「これでもまだ我慢しているんだ。人の本質は平和ではなく、競争、つまり戦いだ。今は会社で幹部になれるかどうか大事な時だ。そう、どうやって敵を引きずり下ろすか考えないと、出来るだけインパクトが欲しい。犯罪者にでもしたてるか……まったく毎晩寝る暇がないくらい考える事が多すぎる」
悲しむと寂しさ。夏美の心が感じられる。でも目の前の男には伝わっていない。
「俺が重役になれば、夏美にはもっといい生活をさせてやれるんだ。その為に頑張っているんだ! 何だその顔は何が不満なんだ!? おい!」
「そんなの分からないよ!」
夏美を通してすぐに触れられそうなくらい近くにいる男に、自分の気持ちを伝えようとした瞬間ビジョンが切り替わった。
真っ赤だった。
全てが燃えていた。
夏美自分がいるべき場所。
生まれた家、通った学校、勤めていた会社、そして愛する男と一緒に住んでいたマンション、すべてが燃えている。
首都である東京に新型爆弾が投下され、他国が空と海の両方から侵略を開始した。急速に軍事化された日本は、百万人を超える軍隊で応戦するも、同時に内戦と暴動が勃発していた。燃え上がる世界を呆然と歩く夏美。その手を強引に引くのは、前のビジョンで一緒にテレビを見ていた彼氏だった。
大きな銃声が響くたびに夏美の心が壊れていくのが感じられる。
それは愛する人が誰かを撃つ音だったから。
男は生き延びるためには仕方のないことだと言った。
二人は炎を避け破壊されたビルの間を歩く。




