世界の終わり語る者
「仕事に集中している時はいいけど、ふっと気が緩むと祐介の事を考えていて……困ったものね。祐介に会いたくなっちゃってそのまま帰りたくなる。仕事が終わればこうしてちゃんと会えるのにね。今日なんか、涙が出て困っちゃったよ。隣の新人が見ちゃいけないものを見たって、そんな顔してたわ」
「仕事中に、彼氏を想って涙を流すなんて、可愛いじゃないか?」
「もう少し若いならね。二十歳くらいだったら、そのまま早退しちゃったかもよ」
「今は会社と、世間への責任があるのかな」
「まあね。それにちゃんと働かないと祐介と一緒の生活が出来ないわ。世の中は愛にもお金が必要なの」
話しに夢中になり過ぎてご飯が冷めかけていた。祐介がお茶碗を指さす。
「とりあえず食おう」
再び箸を取って食べ始めようとした時、急に、流しっぱなしにしていたテレビの画面が切り替わった。
「ここでニュースが入りました。不安定な状態だった……で、内戦が起った模様です。そして、首謀者の一人が日本人であるとの声明がテログループから出ています」
銃を持ち戦う人々の表情を見ていると、病院で見た看護師を思い出してしまう。
達観したような表情、自分を取り戻したかのような顔つき。
「……繰り返します。声明によると、テログループの首謀者は日本人であるとの事です」
持っていたお茶碗机に落としてしまった。
大きな音がたち、驚いた祐介が私を見た。
テレビでアナウンサーが反乱軍の首謀者の名前を読み上げていた。
「首謀者は、日本人、月岡啓示と名乗っている模様です」
翌日、会社でも気が重かった。
同姓同名かもしれない、だがあの後は弟と連絡とれていなかった。
夏美が心配を打ち消すように声をかけてくれた。
「昨日のニュース、本当に怜子の弟の啓示くんかなあ。何回も会っているけど、革命とか戦うとか、全然似合わないよぉ」
「うん。私もそう思う……でも……あの時」
最後に弟と会った時、ビルから二つの月を見たあの晩、私は啓示の何かが変わっていくのを感じた。私と祐介を特異点と言った。強烈な電波を発する、クエーサーという星のように、強力な力を出しているとも。
感じた弟の変化は白いシャツが絵の具を吸って、白から別の色に一気に変化していくような感じで、自分の本来の色を出現させたのでは……そんな感じがした。温和な人間が急に起こす凶悪な犯罪。ネットで伝染病と噂される幻月病。
「原因は私と祐介なのかな」
意味が分からない夏美が言葉を返した。
「怜子と祐介が原因?……啓示くんの事を言ってるの? 放送は何かの間違いだよぉ。それに、もし啓示くんが革命家になってもそれは本人の問題で……怜子には関係ないよぉ」
でも……やっぱり……どこかでつながっている。
二つの世界と私たちは。
家に帰る電車でDMを受けた。
@フェイト「真実が知りたければ来るといい。前と同じようにしておく。ただし一人で」
フェイトからダイレクトメッセージが届いた。
仕事を終えると急ぎ私は弟と祐介と一緒に上ったビルの屋上へ向かった。
「いつも一緒」祐介との約束は破る事になるが、今回は一人で行くべきとなぜか心が決めていた。
今日は一段と星がよく見える。
フェイトが書いていたように、このビルのセキュリティは部分的に解除され、前と同じように一つエレベーターが動いていた。
フェイト@「来てくれたんだ。やっと全てを知る事を望んだね」
右手に持ったままのスマホ、フェンスの前に人のシルエット。
振り返ったその人物を見て、感じたのは驚きと、大いなる納得だった。
「やっぱり。あなたがフェイトだったのね」
空には青く真円を描いた大きな月。
凜とした美しさと寂しさを併せ持った彼女。
会社の同僚で親友の夏美が立っていた。
「なんかの冗談なの? 夏美……ねぇ」
きっと、夏美がこの事件の真の中心人物だと思うことを避けていた。
弟はちゃんと私に言っていたのに、おっとりとした夏美の普段の姿、夏美は私の友達、自分に言い聞かせていた。
フェイトから聞いた幻月病の情報。その後に起こった事件の数々。
全てを知っているフェイトが、私の古くからの友人である夏美だと思いたくなかった。
「思ったより時間が掛かったわねぇ……怜子」
「ええ、そうね。もっと早くあんたを疑っていれば、色々避けられたかもね……教えてくれたんだよね、この世界で特異点である私と祐介の力を影響力を」
「怜子、この世界はもうすぐ終わるのよぉ」
フェイト、いや夏美の言葉に、感情を押さえられなくなった。
近づいて彼女の両肩を強く掴んだ。
「なによそれ! 世界の終わり? ここは映画や小説の世界じゃ無い! 現実なのよ!」
夏美は普段とは違い、トーンを落した静かな声。
「世界はここだけではない。目に見えない世界が存在する。それもたくさん」
ここではない……祐介が住む世界の事。興奮した私の目の前に、夏美は握った右手を差し出した。夏美のいつもと違う雰囲気に怒りの感情は一時収まり、代わりに大きな好奇心がうずいた。夏美の肩から手を放すと一歩後ろに下がり夏美の手に注目する。
「これを見て怜子」
夏美は握っていた右手を開いて見せた。
「それは……指輪?」
夏美の右手には白色の、飾りのまったくない指輪二個があった。
その二つのリングは重なり合ってピッタリとくっついていた。
「二つのリングは時折、接近する事がある。前に私がいた世界は、このあなたがいる世界と接近し、そして結合してしまった」
夏美の左手にくっつくようにして並ぶ二つのリング。それを見ても私には夏美が何の事を言おうとしているのか分からなかった。
私は思わず大きな声を出してしまう。
「だから? それがどうしたの? そんな手品が世界中に幻月病が蔓延している話の説明なの?」
夏美は悲しそうな表情をする。
「二つの世界はこうして、お互いが引きつけられ、そのまま二つの世界は固定される。この接点、点と点が……怜子と祐介なの」
「いい加減にして! 二つの世界? パラレルワールドなんて映画や小説だけのもの。そんなもの信じられるわけがないでしょう!? それに世界を繋いでいるのが、私と祐介だって? じゃあ私と祐介は神のような力を持っているのね。それなら、この世界は救えずとも、私の回りに起こる事件を解決して、私と祐介はずっと一緒に居られる筈ね!」
何故に私はこんなにも苛立っているのだろう。
こんな冗談、夏美の話なんかいつもは笑って聞き流すか、突っ込みを入れる。
それが月岡怜子じゃなかったの? もしかして、夏美の言っている事は真実。
いえ、証拠がないわ。何も立証するものがないじゃない。
そうだ! 夏美はもとから私をバカにしていたのだ……全ては夏美の仕業。
SNSで私に情報を流し祐介をコントロールして……夏美なら出来る。
そうだ、そうなんだ。
夏美の手からリングを奪い、夏美を睨みつけた。
「こんな回りくどい説明なんかしないで、ハッキリ言いなさい。私が見ていた夏美は情にもろくて、酒が好きで男が大好き……だけどそれは夏美の仮の姿で本当は私が及びもつかない程の知性と行動力を持っている。同じ歳の生き方が下手な私を見て、この女はバカだな、そう思っていたと、そう言いなさい!」
私が大好きな社会人失格の夏美はこの世界にはいない。
いるのは他人の感情さえコントロールしようとする知らない人間。




