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幻月蝶  作者: こうえつ
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知りたくない好奇心

私のマンションを急いで出た三人。啓示が行きたい場所までは歩いて二十分ほど。

歩いている間に、祐介とは短い会話をしたけれど、啓示とは一言も話さなかった。

あたしも、祐介も。

「あのさ啓示、少しは教えてくれてもいいんじゃ……」

 たまりかねて声をかけた時、前を歩く弟は立ち止まった。

「ついた。ここだよ……姉さん」

 そこはオフィスビルのようだが、とても大きくて古い建物だった。

「これ、三十階以上はありそうね。それにしても灯一つ点いてないけれど……」

 私の疑問には答えず、軽い忠告を与える啓示。

「取り壊される事に決まった。この場所は絶対に覚えておいたほうがいい。今、一緒にいるとおもわあれる彼とね」

「え? なんで? またここに来るって事? それに一緒にいると思われる?」

「間に合わなくても困るから」

 また質問と答えがずれている気がした。

「何が間に合わないの? ねえ何が起るの? 教えて啓示!」

 答えずに弟は黙って空を見上げた。

 高いビルに囲まれたこの路地からは、空は殆ど見ることが出来ない。

 だが、ビルに灯が点っていないせいもあり、見上げた空は思ったより星が見えた。弟の奇妙な行動は、なぜか知りたくない先を示唆してい気がした。


「姉さん……上るよ」

 弟が短く、覚悟したように言った。

「えっ、なんでこんな廃墟に? それにエレベーターは動いてないんじゃないの?」

「なら歩いて上るだけだ」

 弟の言葉に首を振る。初めて弟の行動を信じられなくなった。

「私は行かないからね」

 進むのを嫌がり立ち止まった私を啓示が見つめ言葉を強める。

「なんでだ? とっても大事なことなんだ! いつも姉さんは僕を信じてくれた。いつも味方だったじゃないか!」

 始めて見る弟が狼狽する姿。そしてその姿は私に怯えにも似た感情を抱かせた。

「ええ、今も信じようとしているわ。でも、あんたは何かを隠している。そしていつものあんたらしくない、感情に突き動かされているみたい」

 常識では考えられないもの、それがこの先に有る。そんな直観に身がまえる私に弟は困った顔をした。まだ幼い日の啓示を思い起こす顔。

「僕は、姉さんが思っているような冷静な人間ではないんだ」

 子供の頃の表情で語られた、まさかの弟の言葉だった。

「啓示にも裏の心が有るっていうの? それが蘇ってきている……」

 空気を読まずどんな相手にでも自分の意志を貫く弟が、幼い表情のままで懇願する。幻月病……いやな病名を思い出す。


「まだ大丈夫だよ姉さん。このビルの屋上へ行けば全て説明出来る。だから頼む、ついて来てくれ」

 大丈夫と言った……逆を返せば発病しているの? 大きな心配と弟の感情の出現と幼い顔に心を動かされた。

「わかったでも、祐介まで付き合わせる事は出来ない」

「俺ならいいよ。怜子一人で行かせる方が心配だからさ」

 祐介の言葉に、私は逆に強く否定する。

「祐介はそう言うしかないでしょ? 私の弟の頼みなんだから……もう帰るわ啓示」

 祐介が汗ばんでいる。

「こんな異常な状態で玲子を一人には出来ない。俺もいく絶対」

 異常? 確かシチュエーションはそうだけど、弟もいるし……え、もしかして?

 思いついた考えを声煮出すと、これ以上進めないので押し黙った。

 しばらく沈黙の後、弟が自分のスマホを取り出した。

「姉さん、スマホ持ってきている?」

 啓示の意外な質問に静寂が途切れる。

「スマホ?…ええ、持ってきているけど。それが何?」

「見てみて。ダイレクトメッセージが入っている筈だ」 

 急いで小さな鞄からスマホを取り出し、SNSのダイレクトメッセージを確認した。

「これは……このメッセージは……なんで!?」

 メッセージの内容を知っているような弟は、エレベーターに乗る事が弟の意志ではなく、天命であるかのような口調に変わる。

「分かっただろう。早く昇ろう。まだ少しだけど観察者の時間は残っている」

「観察者の時間って何? このメッセージは何を示しているの?」


 啓示は無言で大きなビルの裏口に回る。

 普段は課外がかかっている鉄の扉は開いていた。

 時々スマホを見る弟。どうやら送られてきたメッセージどおりに行動しいているようだ。それは多分私のスマホにも同じメッセージが入ってる。弟の啓示を先頭にメッセージの指示通りに進むと、一機だけ動いているエレベーターがあった。

 弟がエレベーターのスイッチを押すと厚いドアは空いた。


 祐介、そして啓示の三人は無言でエレベーターに乗り込んだ。

その時に増すます、大きな違和感を得る。

 啓示が最上階のボタンを押すとエレベーターは動き出した。

 整備はされていそうだがエレベーターは古い型の機種らしく上昇速度がゆっくりだった。


「怜子さっきから黙っているけど、スマホに届いたメッセージには何が書かれていたんだ?」

 祐介が沈黙とよそよそしい雰囲気に耐えきれずに口を開いた。

 弟も祐介もお互いの言葉に反応しなかった。

 本当は啓示の口からの説明が欲しかったが、仕方なく祐介に向かって、分かっている事実だけを話すことにした。

「ダイレクトメッセージには、このビルを上れと書いてあったわ。ご丁寧に屋上までの道順まで沿えてね」

「そうか……じゃあ、このビルの屋上に上るっていうのは、怜子のえーと弟さん? の意思じゃないのかな?」

「啓示の事? 変な言い方ね。分からない。でもこのメッセージの送り主は私の事をよく知っている。弟が送ったものかもしれない」

「なんでそんな面倒な事をする必要があるんだ? 弟さんならここで直接言えばいいだろう? なぜ面向けって言わないだ?」

「さっき直接言ったわ。このビルに一緒に上れと弟はね。でも私が拒否したから……」

「……よくわからないが、玲子が受けたメッセージは実の弟の言葉より信じられるものだったのか?」

「いいえ、信じられない。あなたや弟、それに夏美以外に信じられる人はいない」

「ならなぜ怜子はその……信じられる弟? の言葉には躊躇したのに、メッセージには納得したんだ? 送り主が弟と考えたからか?」

「なぜ弟の事にクエッションをつけるの? あのねメッセージの内容が興味深い……でもそれより差出人が問題なの」

「誰からなんだ? 信じられる人じゃないと言っていたけど」

「ええ、信じられない、まったく知らない人。この世界に本当に存在するかも分からない。でもね、弟の言葉を信じきれない私に重要なヒントを与た」

「それはなんだ? それにさっきからずっと俺の手を握って……怖いのか怜子?」

「ええ、怖い……ごめん、祐介を巻き込んで。でも、自分の好奇心は止めることができない」

 祐介がなにか言いかけた時、軽いショックがあってエレベーターは止まった。

階数表示は「R」屋上を示していた。


「降りるよ。姉さん」

 弟は短く言い、開き始めた扉から急かされるように出て行く。

 私は祐介は手をつないだまま慌ててついていく。

 このビルに入った時から握られた啓介の掌は汗ばんでいた。

 普通の女よりは度胸は有るとそう自分では思っていた。

 でも今日は……弟の見たことの無い深刻な表情と信じられない行動。

さっき届いたSNSのメッセージ。そして弟に関する祐介の見たことのない態度。

 まるでこの世界に存在しないような。何も見えていないような。

「……私には二人とも存在する大事な人たち」


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