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幻月蝶  作者: こうえつ
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幻月に誘われて

宿の人から懐中電灯を借りると、私たちは光を目指した。雑木林が続いていて目的の光どころか、数メートル先さえ見えない状況が続いた。

 普段の私ならこんな林の中を進むようなことはしない、さっさと宿に帰るはずなのだが、今夜は不思議と細い道を進んむ。祐介もここまでして進んでいく理由が、自分でも分かっていないように見えた。

 三十分ほど、私たちは口も利かずに歩く。林を抜け、そして、とうとう光の前に立った。岬の遥か先、天空に、幻のように漂う光。その大きさはかなりのもの。

「あれは月? でも周りを霞のように薄く大きく囲む光。その端に光る小さな二つの光は?」

 私の疑問に祐介が答えた。

「あれは転々幻月現象。月を真ん中に霞がかかったように光っている大きな光。月の光が大気の氷などに反射しておこる、その端に小さな二つの光の玉を作り出す」

 青く輝く満月を中心に霧の様に白く広がる光。その円の両端に、小さいが強く輝く二つの光の玉。

 気象現象だと説明されても魔法を見せられているかのよう。

「クライマックスね。今日二度目の」

 私のつぶやきに祐介が頷いた。

「ああ、とくにこいつは……幻想的で圧倒されるな」

 二人が空を見上げている間に、幻月の二つの小さな光が瞬いた。

「瞬いた不思議な事だ。幻月が瞬くなんて聞いたことがない」

「あなたと一緒だと不思議な事がよく起こる。幻月はどこかで見たことがるの?」

「それは……前にあったような。そう、こんな時があった気がする」

 幻月を指差す私。

「ほら、また瞬いた。私には月に向かってあの光が、少しずつ近づいているように見える……まるで生きているみたい。蝶……明るい光の元誘われるように飛ぶ二頭の蝶のように」


 次の日、寝坊気味で目を覚ました私が朝の挨拶をする。

「ふぁああ、おはよう、祐介。早いわね」

 窓越しに外を見ている祐介に近づく。

「うん、心地良くて目覚めた。久しぶりだなこんな感じは。ここに座ると色々な音が聞こえる」

 耳をすます私にも、鳥の声や木々のざわめき川の流れる自然の音、そして人間が発する言葉や庭を掃除する音が聞こえた。

「本当に聞こえるわね。普段は聞こえない音がここではよく聞こえる」

 窓から小さな漁港が見える、小さな旅館の一室でのシーン。

「お腹が空いたわ。朝ご飯を食べに行きましょう」

 

 早起きした私たちは、この街で採れた山菜や漬け物など、素朴で美味しい朝食を食べながら、次の行く先を話し合っていた。

「あ、弟からだわ」

 スマホが振動して着信を伝えた。

 この旅が始まる時、弟の啓示から電話があった。弟の要件は、私のスマホに謎のアプリをインストールする事と、祐介の名刺の写真を送る事。

 その後、なんの連絡もなかったから忘れていた。

 それほど祐介と一緒の旅は楽しかったのだ。


 今までこんな事は無かった。

 一人の人間にここまで引っ張られる、好きな男が出来て、自分の生き方を変える。そんな事はダメな女のすることだとさえ思っていたのに。

 恋人には自分で会いたい時にだけ会えばいい。初めての彼氏が出来てから、私の恋愛観はずっとそんなものだった。だから、男に抱かれている時でさえどこか冷めた自分が居た。夏美には「本当に好きになった人がいないからよぉ」と言われたが、まったくピンとこなかった。

 自分と相手、どちらかに犠牲を強いるような恋愛なら一人の方がいい。

 本当にそう思っていたのに、今は祐介になにかを強いられる事が嬉しい。


「お、おい……怜子、電話出なくていいのか?」

 緊急じゃないのか? と祐介が心配してくれる。

「ごめん、ちょっと出るね」

 スマホをとり、立ち上がり、食事をとっていた部屋を出ながら、着信画面にタッチ、スマホを耳元に持って行く。

「おはよう啓示……うん? 電話に出るのが遅いって? バカ言ってるわ。あのね、こっちはロマンス旅行中なの。ラブラブなの! 邪魔しないで……姉さん寝ぼけているのかですって?」

 弟は優秀でその研究も認められている。だからとすべてに優秀なわけではない。

 上司を上とも思わない態度、大学で研究発表が有った時に一度だけ見に行ったが、しわくちゃのシャツにノーネクタイ、整えないボサボサの髪、とどめは上司の教授達の研究にケチをつけ、研究所の体制についても文句を言う。

 その後は海外へ出ると、粒子力学研究者の若手の注目株として世界中に認められている。私にはまったくわからない弟の仕事。でも分かる事もある。弟が空気を読めればもっと出世しているだろうという事は。

「まったく少しは空気を読みなさい。まあ、私も普段言われてる事だけど。それで要件は? あんたが言っていた調査の結果出たの? 私にこんな監視アプリまでインストールさせてさ!……え? なんで知ってるかって? マジなの? そんなアプリじゃないって言ってたわよね!……はぁあ? リアルの姉の甘え声なんか聞きたくないって!?……いつ出したそんなの!……まさか、本当に盗聴しているんじゃないでしょうね!」


 自分のスマホの謎のアプリ。それは頼み事が大嫌いな弟が珍しく私に頼んできた事だった。だから言われるままにアプリを入れたが、どうやら私を監視するものらしい。

 入れる前に弟には確認した、その類ではないと。

 嘘をつくことは啓示は嫌いなはず。

「約束と違うわ! もう消すからね、このアプリ……ええ、消せないようにしてあるって?……啓示、どういうつもりなの? ちゃんと説明しなさい……後で説明するって?……ここの場所? ええ、あなたの言うとおりだけど……やっぱりこれで私を監視ているの!? こら! 啓示……あ! 切りやがった!」

 弟の啓示に詰め寄るも、電話を切られ興奮気味に食堂へ戻ると、祐介はもとより他の二組の泊まり客も私を凝視していた。自分の席に座ったら祐介が嬉しそう。

「ほんと、退屈しないな。怜子には。あはは」

「笑い事じゃないわよ。どうやら弟はマジで監視しているみたい。まあ、最初から怪しいと思っていたけど」

「そうなのか。それにしてはスマホはずっと持ったままだな。そう思っていたなら身から離しておけばいいだろう」

「もしかしてあなたも一緒に監視されているかも。あなたの名刺の写真を送らせたのも不自然だしね」

「そうかな。自分の姉さんがどんな男と付き合っているか、心配なだっけだったのでは?」

「あいつがそんなこと心配するなんて、それこそ世界の終わりだわ」

「ふふ。玲子の様子が違うと思ったんじゃないのか?」

「そうかもね。こんな私は見たことないかもね……父親が亡くなって以来、こんなに強く感情が出る私を……」

「それで、それ、どうするんだ?」

 私がテーブルに置いたスマホを祐介が指差した。

「これ? 別にいいわ。必要だっていうならこのままにしとく。弟が私の為にならない事は絶対にしないから」

 笑みを浮かべた祐介に少しムスとする私。

「なに分かったような顔しているのよ?」

「クールで冷静だと思えば、少女趣味で寂しがり屋。弟と喧嘩しているように見えて、ちゃんと信用している」

「世界に文句はいっぱいあるわよ。祐介あなたにもね。でも信頼できるかって聞かれれば、頷ける人間が私には三人もいる、それだけで十分なの。もし裏切られたとしてもかまわない」

「俺と夏美さんと弟の啓示君かな。そんなに信じてもらえて嬉しいよ」

「ううん。嘘でもいいの。私はあなた達のことは信じたいと思っているだけよ」


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