やきもちの答え
久しぶりにの弟かららの電話は、今、私が遭遇している事件、
「うん、実は私も身近であって……」
私の答えに聞き返す啓示。
「なんかあった?」
「実はちょっと前に私、入院していたの。あ、ちょっと疲れただけだから、今はもう大丈夫なんだけどね。その時に優しくしてくれた看護師さんが、不倫相手の医師を刺したの」
「なるほど。で、それだけかい?」
「それだけ? 人が刺されたのよ? もしかして啓示、あんた何か知っているの?」
「まだ推測の域を出ないけどね。だから教えてよ。他にはなにが起った?」
弟が心当たりがあると言うならば聞いておきたい。
「……彼氏が出来た」
「その男の名前と身分が分かる情報はある?」
部屋で待っている祐介を見て弟に答えた。
「五分待って。こちらからかけ直すから」
電話を切り、スマホを持ったまま廊下を歩き、祐介のいる居間に移動した。
「祐介、ビールでいいかな? というかビールしかないんだけど」
夏美にはめられて朝まで飲んだ時に残った、ビールとコンビニのつまみ類をテーブルに出し、フタを開けて祐介のグラスに注ぐ。
「さっきの電話は誰から? 随分親しげだったけど?」
祐介の真面目な顔。ちょっとからかってみたくなった。
「早くも束縛かな? やきもちでも妬いた?」
冗談めかした私の言葉に、祐介は首を振る。
「束縛はしない。怜子には怜子の世界がある。それは俺には入り込むことが出来ない」
「それを言うなら、私も同じよ。お互いの世界は自分だけのもの。不用意な干渉は、なんの特にもならない」
「そうだな……。実は今日、怜子の会社に行ったんだが、偶然、夏美さんに会って、彼女に誘われて居酒屋で飲んでいたんだ」
「えっ……ああ、そう」
いきなりの話に胸がドクンと鼓動した。
夏美と祐介が会って仲良くお酒を飲んだって?
「結構、話が盛り上がってね。彼女は楽しくて明るいし、可愛いからモテそうだ」
なんで? 夏美は祐介に興味ないって言ってたのに。
「そう……。夏美は男好きのするタイプだからね。丸顔で幼く見える肌も綺麗だし、話も面白いし、良く笑うし」
うんうんと頷く祐介に一気に怒りが込み上げてくる。
「ぬう~~祐介! あんたね! 夏美がいいならそう言いなさいよ。どうせ私は可愛くない女でムスッとしているし、話も面白くない。笑わないしね!」
「それ! だから、さっきの話だ。確かに二人は別の世界を各々で持っている」
「だから何!?」
怒りが収まらない私に、祐介はちょっと嬉しそうに言った。
「そんなふうに真っ赤な顔で、感情を表に出す素直な心。俺を睨みつけるその切れ長の目。強い意志と知性を感じさせるグレーの瞳に惹かれているんだ」
「え? だって今、夏美がいいって言ったでしょう?」
「二人の生き方も各々世界も違うのは分かる。でも出来るだけ共用したいんだ。怜子が見る世界を教えて欲しいし、俺も怜子に何が見えているかを教えたい」
「それと夏美の話に何の関係があるの?」
私がクールダウンしたのを見て。祐介は続きを話す。
「今の俺たちはお互いの事を殆ど知らない。怜子が電話で親しげに話しているのを見ると、見知らぬ様子に急に遠い存在に感じられて、俺は心が穏やかじゃなくなった。こんな気持ちは初めてだ。怜子にだけ持った気持ち。これが、やきもちなんだろうな」
「……ええ、たぶん、やきもちね。私も同じように、あなたが嬉しそうに夏美の事を話している時、私の知らない祐介が夏美と仲良くしているって一人にされたような気がした。そして心がざわめいた。私も初めての気持ち。本当に好きな人に持つ気持ち。やきもちね」
私はさっき、電話の相手は弟の啓示だから、親しげに話すのは当然だと思ったし、祐介に後ろめたい気持ちなど微塵も感じていなかった。
でも、事情を知らない祐介には、それが不安、疎外感をもたらし、祐介の心を乱すようなことになってしまった。
そんな祐介の変化に気が付いてはいたものの、私は逆に面白がってしまった。
一言「弟から」と伝えれば、それだけで祐介の気持ちは乱れることは無かったのだろうに。
「夏美との事は嘘でしょう? 夏美は普段は男関係が乱れているけど」
「そうだよ。実際に怜子の会社には行ったし、夏美さんにも会ったけど、怜子なら帰宅したから薔薇でも持って急いで追いかけたらって、そう言われたよ」
私は改めて祐介に謝った。
「ホントごめん、さっきの電話の相手は弟の啓示。科学者で変わり者で、でも私の大事なたった一人の血の繋がった弟。私、祐介の表情が変わったから悪戯してみたいと思っちゃった……ごめんね」
「俺は怜子を大事な人だと思っている。だから知らない人と親しげに話しているだけでも、心がおかしくなって、おまえの大事な人である、夏美さんをダシにして意地悪なことを言ってしまった。すまん」
「分かるわ。でもこれはお互いに相手を傷つけ合う負の行為。これからは気をつける。なんでも祐介に話すようにするから、今回はごめんね」
「もう謝る必要は無いよ。それは俺も同じだ。だからと言って何でも共有するのは、ある意味、束縛と同じことになる。ずっと一緒に居るためには、表と裏はやはり必要なんだと思っている。やきもちだけはもう勘弁だけどな」
「うふふ、わたしもこりごり。でも、やきもちなんて感情は、私には無縁だと思っていた。好きな人を思って他の人間に負の感情を持つなんてね。初めてだったから自分に何が起こったか、最初は理解出来なかったわ」
立ち上がり祐介に近づき、見上げる顔を、両手で胸に抱き寄せた。
「ごめん、本当に好きなのよ。今でも心が落ち着かない。あなたが別の女と仲良くすることを考えただけで気持ちが抑えられないの」
祐介は私の胸でしばらく目をつぶったままでいた。
「この香り、温かさ、柔らかさ、そして愛しさ。俺も複雑で理不尽な異質な心を持ってしまうほどに、怜子に惹かれているんだぜ」
私を自分の膝に座らせると、祐介は肩に手をまわしてきた。
「ごめん、面倒くさい女で……でも好きよ」
祐介は私の髪に手をやると顔を近づけてきた。嫌じゃない……。お互いにゆっくりと唇を合わせた。祐介とならなんでも出来そう……。
キスは濃厚な大人のキスではなく、サラリとでも時間をかけたキスだった。
「これが初恋かも。そしてこれがファーストキス。この年齢だから、それなりに男とは付き合ったけど、こんなに短期間で心惹かれて、祐介のことを考える時間がドンドンと増えていく。私はこれからどうなっちゃうんだろうってちょっと心配になるくらい」
胸元に祐介が口づけをした。恥ずかしさと祐介への思いが、私の中で一気に大きくなる。
「祐介……来て」
胸の鼓動が早くなる。振るえる私の胸……ブルブル……。さっき、胸元に入れたスマホが振動していた。スマホを抜き取りテーブルへ置く私に祐介が再びキスをする。今度は濃厚な大人のキスだった。無意識にびくっと動いた私の手が、テーブルに置いたスマホの画面に触れてしまった。
「おーい、姉さん、何やっているの? 聞こえてる? 11分32秒経ったよ! 息が荒いけどなんかあった?」
祐介の身体に触れる手が止まり、私は自分の額に手を置いた。
「もぉ~、スマホの電話って触れただけで繋がるから……。スピーカーもオンになっちゃった」
一気に盛り下がった状況に、私は八つ当たり気味で弟に返事をした。
「聞こえているわよ! 洗い物していたから息が乱れているの! ちょっと待って!」




