唯一の肉親
私も祐介をフォローしてダイレクトメッセージで、自分の連絡先と、会いたいという言葉を書き込む。
さっきまでの心配が解決したので、安心してリラックスした。
仕事のトラブルもなくて、祐介との連絡も取れるようになった。
続けてメッセージを開く。
テーブルの上に置かれたグラスを手にとり口元に持って行ったところで、思わず固まった。
SNSのダイレクトメッセージに「フェイト」という名前が現れたからだ。
幻月病のことを一番始めに言い出した人物。
私は直接フェイトとメッセージのやり取りはしたことはなかった。
何かを感じる、なぜか震える手で持つグラスが揺れ、コーヒーとミルクが混ざり合い、一つの色になっていく。
幻月病をSNSで語った、フェイトからのダイレクトメッセージは、混ざり合ったコーヒーの色が暗示していたかのような内容だった。
@フェイト「既に影響を及ぼしている」
@フェイト「幻月病が蔓延して世界は終わる」
フェイトはなにを知っているの?
世界は終わる? 最後の文はもっとも謎だった。
@フェイト「二人の接近がそれを近づけている」
「二人? 祐介の事を言っている?……どういう意味なの」
翌日病欠明けで出社した。
昼過ぎに私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、はい。何でしょう部長?」
席を立ち、私の机が並んでいるの窓に一番近い、大きな部長の机の前に立った。
「怜子、まだ調子が良くないのか?」
「いえ、そんな事はありません。少し疲れてはいますが」
「そうか。さっきから何度か呼んでいたのに、聞こえなかったはそのせいか?」
「あ、はい、すみません……そうですね、やはり本調子じゃないようです」
私の言葉に頷く部長。
「もう少し休んだらどうだ。おまえを見ていると、いつも緊張して仕事に向っているように見える。仕事に対する良い姿勢だが、怜子の場合はそれが強すぎる。仕事も大切だが自分の身体と生活が一番だ」
ボスは女子を呼び捨てるし、おまえ呼ばわりする。
でも部下の事はよく気にかけてくれる、良い上司だと私は思っている。
「まあ、あんまり緊張感が無いのもどうかと思うがな。先日の部の会議で、社長が出て話をしているのに、グースカ寝ている奴がいてオレは内心ヒヤヒヤもんだった」
「フフ、夏美の事ですね。ある意味で夏美の大物ぶりは会社で一番ですよね」
「まあな。もう少し緊張感と仕事だということを意識して働いてくれればいいんだが。夏美にはむらっ気が多過ぎる」
「たしかに。やる気がある時の夏美は、もの凄いパワーを出しますね」
「それも分かっている。夏美がやる気を出せば、怜子といい勝負が出来るとオレも思っているよ」
久しぶりに部長と話したが、口元が緩む。夏美の認識は正しく伝わっているようだ。
「夏美も理解のあるボスを持って良かったですね……それでは部長、お願いがあります」
「うん? なんだ」
「休みが欲しいんです。出来れば二週間ほど」
「旅行でも行くのか?」
「はい、そうしようかと思います」
頷いた部長は私の初めての長期の休みを承認してくれた。
会社から帰宅の道すがら、祐介とはまだ連絡すら取れていないのに勝手に休みをとって、二人で旅行に行く計画を立てるなんて無計画。
最近の私はまるで夏美の真似をしているようだった。
「私らしくない」
私は試したかったのかもしれない。
祐介が見せる愛情が本物なのか。無理を言って困らせどう対応するか。
いかにも女らしい嫌なやり方。でも、祐介の気持ちが知りたくて仕方なかった。
とにかく部屋に着いたら祐介にメールをしてみよう。全てはそれからだ。
電車を乗り継ぎ、最寄り駅に着くと、急ぎ足で自分のマンションへと向った。
20分程でマンションのエントランスが見えてきた。
今夜は雲が多く、月も朧気、少し内に入ったマンション。
明るくはなかったが、特別な人のシルエットを見逃してしまう程ではなかった。
「あ、祐介! 来てくれたんだ!」
駆け寄ると祐介は両手を開いて受け止めてくれた。
「祐介、会いたかった!」
人前で男に飛びつくなんて、私にはあり得ない行動だった。
心のままに動くことがとっても気持ち良かった。
二人でエレベーターに乗り私の部屋の鍵を開けた。
「ちょっと散らかっているけど……」
扉を開けながらそう言った私を祐介は少し笑った。
「かまわないよ。でも、怜子の部屋って片付いている時はあるの?」
「あーー、なんてこと言っているのよ。いつもはキチンとしているわ。夏美と祐介が来る時だけよ、片付いていないのは」
玄関を上がりスリッパを祐介の前に置く。
ちょうどその時、スマホが振動した。
「ちょっと、ごめん」
普段持ち歩く小さな鞄からスマホを取り出す。
サイレントモードのため、振動だけ続けるスマホを手に取り画面を確認する。
「啓示からだ。珍しいな」
啓示というのは月岡啓示。
幼い頃に両親を亡くし世界で唯一の血が繋がった私の弟。
「啓示、珍しいわね。あんたから電話してくるなんて。オリンピック近かったけ?」
先に祐介を部屋に上げてから電話を続ける。
啓示との姉弟関係は大変良好とは言わないけれど、悪いわけでは無い。
啓示が大学を卒業させることで、姉としての責任は果たしたと自分では思っていたし。
「姉さん、久しぶり。オレ、今フランスに来ているんだ」
啓示は世界的に有名な粒子理論の研究者だ。
啓示がしてくれた話の中で興味を持ったのは、世界はたくさん存在するかもしれないという話だった。
パラレルワールドが科学的に実証されているという話。
弟が研究しているごく微粒の小さな世界では、多重世界が存在すると言われているそうだ。これは夢物語でもSFでもなく、測定結果から導かれた事実。
最新の科学でも理由も分からないし、多重世界がどのくらい大きなものに適応されるのかもわからないらしいけど、存在することがわかっている。
「それで? 用件は何? あんたがフランスからわざわざ電話してくるなんて」
弟は学者にありがちな(世間一般的な思い込かもしれないが)少々無愛想かつ無精な所がある。
私から連絡をしなければ、半年くらい音信が不通になることも多かった。
弟は父が亡くなっても、母が家に閉じこもりがちになり子供に興味を示さなくなっても、変わること無く自分が正しいと思う行動をしてきた。
子供の頃からの夢である学者になるために勉強は当然のごとく、バイト、私と家事の分担もした。それでも、自分の置かれた環境について不満を述べることは一度も無かった。
自分らしい行動をとる弟を見て、私は誇らしい気持ちと同時に劣等感を感じていたくらい。
「強く生きる」と、いつも自分に言い聞かさないと不満や甘えが噴出しそうになる弱い私から見たらら弟は強い人間。
「あんたからの連絡は一年に一回あるかどうかね。三年くらいなかった時もあったね」
電話口で弟の笑い声が聞こえた。
「そうだった。あの時も姉さんにオリンピックかよ、そんなことを言われたな」
何かあるという感がする場合には、まず啓示に本来の要件を確認しておく。
「啓示、今日は一人じゃないの。出来れば手短に頼むわ。緊急な用件でないのなら明日こっちから電話するから」
「ふ~~ん、姉さんも忙しいんだね。じゃあ、さっそく要件。最近ネットで噂になっている伝染病の事知っている?」




