再会希望
時間が経って私は不安だった。
病院であった事件が私に、私と祐介との間にどう影響するのか。
事件の後すぐに、私は強制的に退院した。
それを怪しむ人間が居ても不思議ではない。
「とりあえず、私のところに連絡も来ないし、大丈夫なんじゃないかなぁ?」
「ん? なんで夏美に連絡が来るの?」
「怜子の入院の保証人はあたしなの。病院に見舞い行った時に書類を書かされたよ」
「そっか、夏美が身元保証人を引き受けてくれたんだ」
少しガッカリした表情を見逃さずに夏美が不満を言う。
「なになに、その残念そうな顔は? 私じゃ駄目なの?」
「いや、そうじゃないんだけど……。ありがとう、夏美……一応」
なんだ、なんだ、と夏美は首を傾げる。
「なんか変だなぁ……あ、もしかして。そうか、そういうことか! 最近の怜子は分かりやす過ぎねぇ。身元は彼氏に保証してもらいたかったんだ? まあ運命の相手だからしょうがないかなぁ。ちょっと乙女チックだけどねぇ」
「なによ、その目……、ああ、そうですよ。少女趣味で悪かったわね。いいじゃない、もう!」
「でも玲子の彼氏、一緒に病院に行ったんだよね?」
「ええ、一晩中側にいてくれた……よ」
「また、赤くなってるよぉ! 彼氏の事で毎回、赤くなってたら疲れちゃうよぉ。でもまてよ……そういえば病院の受付では、怜子が一人で搬送されたって言ってたなぁ」
「私一人で?」
「うん。だから怜子の鞄を開けて会社の名刺を見つけて電話したって言ってたよぉ。実際、朝一番で会社に電話があって、あたしが呼ばれたの」
そんな事は無い。私は祐介と一緒だったんだ。
看護師も一緒に話しをしたし。でも……病院では一人だったと思われていた?
事件を起こした看護師にはちゃんと祐介が見えていた。
ますます分からない。病院が間違えている。そう思うとした。
「それか……彼氏が隠したとかね」
「え! どういう事? なんで祐介が私と一緒に居る事を隠さなければいけないの?」
「そうねぇ……自分の身分を明かせない……例えば既婚者だとか?」
それは有りか……いい男だもの祐介。
「怜子、また顔赤いよぉ。惚れた弱み、あばたもえくぼって、この事かなぁ?」
悪戯っぽい表情になってきた夏美。
「怜子はあたしにも、いい男で惚れちゃいそうです、とか言って欲しいの?」
「うん……でも、本当に言っちゃダメ」
「はあ~~こりゃ重傷だねぇ。玲子には裏の感情を出してみなさい、とは思ったけど……そんなに抑圧されていたものがあったんだ。本当は人恋しくてとっても寂しがり屋。誰かに頼っていたいし、不安な時は抱きしめて欲しい……そんな願望かな? 勿論、怜子は冷静で優秀な美人系女でもあるけど、他人から見られる事を意識して、全てにやせ我慢しているよぉ。でもそれこそが強さだからねぇ」
やせ我慢か……そうかもしれない。でも本当に強かったらそんな事はいらない。
自分と他人を騙しているなんてちょっと格好悪い。
「ガッカリした? 今の私はかっこ悪い?」
夏美の丸い大きな瞳は好意的な表情。
「可愛いと思ったよぉ。うん、とっても可愛い。それに本当の自分を取り戻しているようにも見える。良きかな、良きかな」
こんな時の夏美の言葉は不思議に胸に響く説得力が有る。
表裏一体になった時に、大きな欲望や不満が現れたとしたら……。
誰でも意識的に、あるいは無意識に強い欲望を持っている。
世界中の人が表裏なくして一つになったら、凶悪な事件は増える……弦月病はそのことを言っているのかも。
今まで信じてなかった、突如人間の表裏を一体化する「幻月病」そしてに「世界の終わり」
「ふぅ。いつも夏美とは話し込んじゃうな。少し疲れた。それにしても……」
夏美が帰った後、私は祐介の事を考えていた。
祐介の連絡先を聞いてなかった。それどころじゃなかったんだけど……
次に会った時には聞かないと。でもいつ会えるんだろう? このまま終わっちゃってもおかしくない。騒ぎに巻き込まれたくないだろうし……身元保証人にもなってくれなかったし……。私のせいで事件が起こったわけじゃないんだけど。
「でも看護師は私のおかげで本当の自分に戻れたって。なにかが引っかかる……。キーマンは祐介? 幻月病と祐介の関係か……あっそうだ」
慌てて周りを見渡し、捜し物の探索を開始した。
「どこ? ああ、こういう時に夏美の行動力と、いい加減さに腹が立つ!」
病院から一気に脱出をした時の手際の良さと行動力。
これはさすが夏美だと思えた。
普段はちゃんと考えて行動しているのか、心配になる夏美。
いざというときの働きには感心する。
そんな力を男がらみ以外で発揮するのは非常に稀なのが心から惜しいと思う。
加えてもう一つ惜しいのが、行動力はあるものの、後のことを全く考えていない点だ。
夏美の怒濤のごとき行動には幾つもの逸話がある。
会社の宴会の最中なのに隣で飲んでいた他人と仲良くし始め、中締めで部長が話をと立ちあがった時にはもう、男と消えていたり、打ち合わせに行ったクライアント先で、商品の確認で社員の一人と一緒に倉庫へ行き一時間くらい帰ってこないとか。
やっと帰ってきた夏美を見て私は慌てて会議室から夏美を連れ出し乱れた髪や服装を整えさせたり。
自発的に行動を起こすのはいいが、その後の事はまったく考えていないのだ。
今回も、確かに夏美のおかげで家には帰れたけれど、私の日常品はどこかへ行ってしまった。夏美が適当にまとめ病院から持って帰った荷物はバラバラに部屋に置かれ、必要に迫られた今、探しているが一向に見つからない。
「あ~、もう。サイレントモードだから鳴らしても音もしないし……どこだろ?」
昔は無かったものなのに、今は手元から離すと一気に心配になるもの。
「仕事の連絡も入っているかもしれないのに……。もう、夏美め!」
こんな事なら夏美を帰さずに、探索に付き合わせれば良かったと少し後悔したが、結局どこに何を置いたかなんて、夏美が覚えているわけもない。この手の地味な作業にはすぐに飽きてしまうので邪魔になるだけと気がつき、私は小さなため息をついた。やはり一人捜索を続けねばなるまい。
「お! これアヤシイ」
手提げ鞄の内側のファスナーを開けると捜し物に出会えた。
「ふぅ、見つかって良かった。結構メール来てる」
やっと見つけたスマホを取り出してメールのチェック。
仕事関係のメールが多かったが、SNSのお知らせも二通届いていた。
まずは仕事関係のメールに目を通し、緊急性が無い事を確認、ホッとして台所へ向った。
入院しようがなんだろうが、仕事では関係なくトラブルは起こる。
今回は何事もなくてよかった。
私は冷蔵庫から無糖のアイスコーヒーを出してグラスに注ぎ、ちょっとだけミルクをたらした。戻ってグラスを置くと次はSNSのお知らせをタップ。
テーブルに置いたグラスの中で、真っ黒いコーヒーに浮かんでいた白いミルクが徐々に沈み落ちていく。
黒と白が混ざり合う光景が好きな私はコーヒーはかき混ぜない。
SNSのお知らせメールを見る私は自分の顔が熱くなるのを感じる。画面には@yusukeの文字が。
「そのまんまだね祐介。うふふ、ありがとう」




