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幻月蝶  作者: こうえつ
15/31

ヒーローは嫌い

「何かが違っていた、昨日の彼女とは……」

 旅行鞄を引きずりながら、夏美が私の独り言に答えた。

「何が? 誰が?」

 夏美はベッドの横にある、個人の荷物を入れる棚を開け、中身を旅行鞄に詰め込み始めた。

「今日の看護師は昨日とは別人みたいだった」

 普段の行動からは想像出来ない早さで、夏美は荷物をしまい込んでいく。

「人を殺すくらいだからね、違ってもおかしくないよぉ。怜子が見た昨日の看護師は仮面を被っていたのかもぉ」

「仮面……それもあり得るね。でも私が感じた看護師の感じは少し違うの。今回の事件、今日の彼女の方が穏やかに見えた……さっきから夏美は急いで何をしているの?」

「何をしているのって?……はぁ、こんな時は怜子の動じない性格に呆れるわ」

 夏美は鞄と荷物から手を離し振り返った。

「ここから逃げるのよぉ。これ以上騒ぎに巻き込まれたら困るでしょう?」

「でも先生は退院は明後日って……今日は精密検査があって……」

「ふぅ、そうだよね。怜子は人に迷惑をかけたり、計画を変えたりするの、嫌がるわよねぇ。じゃあ、こうしよう。このままこの病院に残って検査を受ける。それで明日、医者に結果を聞く。明後日、退院されてもいいですよと医者が言うの。スッキリ退院……なんて出来ないよ。続きがあるの。医者に退院を言い渡されて怜子は喜ぶ。なぜならば彼に会えるからねぇ?」

「うんうん。え! 違う。会社……えーと、あんたにも迷惑かけたくないから」

「まったく……男の事については単純で無防備ねぇ。怜子は祐介には会えないよ。さっきの事件は殺人事件になるかもしれない。当然、警察がすぐにでもやってくる。どちらかが生きていても重傷。だから先に調書を取られるのは、玲子ということになるのよぉ」

「え? 私? だって不倫が原因でしょう? 騒ぎを聞いて廊下に出ただけだし。昨日ここに運ばれたばかりなのよ?」

「まったくこれだから……。どうも祐介絡みになると怜子は頭が働かないみたいね。あなたは最後に話しているのよ。しかも二人とね」

「二人? 私、刺された医者とは話してないけど?」

「違うよぉ。一人は昨日の看護師。あなたと祐介が話した。そして今日、自分にメスを当て凶行を犯した二人目の看護師」

 なるほど、そういえるかも。夏美に納得した表情を見せた。

「確かにまるで別の人間のようだった。今日の彼女は凶暴というより、まるで全てを知っているように冷静に見えた。欠落した部分を取り戻したというか、完成したパズルのよう」

 夏美が分かってないなあ、と両手を上げて首を振る。

「まあ、玲子の主観は今はどうでも良くて、最後の接触者である人間に警察は目をつけるっていうことよぉ。そうしたら、あなたはしばらく軟禁状態になるわねぇ。参考人ならまだいいけど、容疑者にされたら、二人とも長い期間会うことなんて出来ないよぉ。証拠隠滅の可能性があるからねぇ。口裏を合わせないように軟禁状態。さて怜子も納得した所で……逃げるかぁ」


「ふぅ、脱出成功ねぇ」

 病院から出て私のマンションへ。

 タクシーから夏美が私の荷物を降ろして一心地つく。

「でも大丈夫かな……急にいなくなったりしたらかえって怪しまれない?」

「まあ大丈夫だと思うよ。一応、断っておいたからね。看護師の一番偉そうな人に、錯乱した看護師が”おまえも殺してやるって!”大声で叫んだから、恐怖でここにはいられないって……言っただけだけどぉね」

「えー!? 私、そんなの知らないから、ちょっと外出してきますって、言っちゃったよ。それで看護師長さんが不可思議な顔で挨拶を聞いていたのか……無理矢理過ぎだよ、夏美」

「無理矢理でなかったら、こうして美味しいお茶も飲めていないわねぇ。感心するわ。冷静で賢くある意味鈍感で、少女趣味でロマンチストな怜子の暢気さに」

 まさかの夏美の暢気だね~~発言にちょっとムッとする。

「な、なんで私が少女趣味でロマンチストなのよ!」

「知らないのは本人のみなのねぇ。ここ数日のご自分の行動をお忘れでしょうかぁ?」

「……それは反省しております」

 私はベッドに座った姿勢で深々と頭を下げる。

「夏美も事件に巻き込んじゃったし」

「あのねえ、あたしは怜子の事が好きなの。仕事が出来るところ、考え始めると時間や場所を選ばない知的な部分とか、あとね、いつまでたっても少女趣味で、運命の恋に憧れる所なんかも。その全部を合わせたあなたがね、大好きなのよぉ……でも今回はねぇ」

 いまいち、面白くないと夏美の表情が言っていた。

 その理由を問うと、普通すぎると回答が返ってきた。

「今回は男が出来て普通なった、ありきたりだなあ~~って。怜子もただの女なのかって思ったよぉ」

 当たり前かあ、言われた事がない事に、思わずおかしな例えをする。

「私が世界を救う勇者で、魔王から影響を受けるとでもいうのならご期待に沿えたのかな?」

 夏美は少し考えていたが、「うん」と首を縦に振ったが、私は否定する。

「ファンタジーの勇者とか嫌いよ。世界の破滅を救うとか、目的が大きすぎる。その方法と使命感も嫌。安易過ぎる理由だけで世界を救う設定。考えろよ、おまえ!……って感じかな。それに世界の破滅を救うのが、おまえの使命だとか運命だとか言われたら、夏美はどう思う?」

「え~~と、あたしは……勇者の血筋じゃ無いから分からないなぁ」

「当然だね。私も知り合いに勇者はいない。でも予想は出来る。運命によって自分が望まぬ道を進む事って実は身の回りでもたくさんある。老舗の家業を継ぐとかね。自分が望まぬ道を運命だからと他人から課せられる。それは同時に責任を課せられるということ。世界の為だ、世界が滅んだらどうするんだってそんな時は……」

 夏美が素早く返答した。

「あたしは自分が大事です……そう答えるな」

 即答が夏美らしくて、私は納得する。

「夏美が勇者でなくて良かった……な」

 当然でしょうという顔で私を見る夏美。

「でも、怜子なら世界を守るかもよ?」

「なんで? そんなに私をヒーローにしたいわけ? 私も世界より自分と身内をとるよ」

 頑固に”ヒーロー”を否定する私に夏美が結論を出す。

「勇者が嫌いなのは、生き方を決められるのが嫌なのねぇ。玲子自身がそうだったから。でも、弟の啓司くんも大学院を卒業したし、玲子は頑張っていると思うよぉ。啓示くん今は教授でしょう? 二十代の若さでさぁ。誇ってもいいと思うよぉ自分の頑張り」

「ふふ、そうここにも手がかかる身内がいるわね」

「へ? あたしが怜子の身内?……本気にするよぉ。そんな事を言ったらずっとつきまとうぞぉ」

「まるでストーカーみたいな台詞だけど、それでいいよ。覚悟してる。こんな言葉を使いたくないけど、夏美とは縁がある。それも強くて太いのがね」


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