乙女は愛を語る
「もう、いいかしら?」
入口から声、病室のカーテンが開く。少し前に点滴を入れてくれた看護師。
点滴の取り換えで、祐介の剛速球……迫られた判断は一旦中断することが出来た。
「とっても仲がいいのね。羨ましいわ」
明るい表情の看護師に祐介がいらないことを言う。
「ええ、退院したら一緒に住むつもりです。まったく、こんな感じで心配ですから」
大いに慌てて大きな声で祐介に注意する。
「あんた、勝手になんてことを! 私はしっかりしてます!」
うんうん、と笑顔で頷く看護師。
「二人を見ていると楽しそう。とにかく時間が足りないって感じね。一緒にいても退屈なんてしないと思う。いいね。好きな人と一緒に歳を重ねる。そんな当たり前の事が今は難しくなってきている」
看護師は点滴を変えながら何か思い出しているようだ。
「……あなた達きっと大変だわ。でも負けないでね」
私と祐介は目を見合わせた。これから苦労するって宣言された。
まあ、今の様子を見たらそう思うか。
「看護師さん、お幾つですか?」
「祐介、女性に年齢を聞くのは失礼よ」
祐介が唐突に発した看護師への問いをたしなめる。
「えーと、今年34歳かな。30を越えてからは、あんまり年は教えたくないわね……フフ」
祐介はさらに質問を重ねる。
「看護師さん、好きな人からは好きだと言ってもらいたいですか?」
少し視線を落としてから大きく頷いた。
「ええ、言って欲しいわ。もし相手が自分の好きな人ならね。だから気持ちは良く分かるんだけど、もう遅い時間だから。病院ではもう少し静かにしてねお二人さん!」
看護士の言葉に私は耳まで赤くなった。祐介はニッコリと笑って、看護士にお礼とお詫びを言った。
「答えてくれてありがとう。それと騒がしくてすみません。そろそろ僕は帰るとします」
看護士は自分の腕時計を見た。
「面会時間はオーバーしているけど、重病患者だから……もう少しならかまわないでしょう?」
悪戯っぽく片目を閉じた看護師に今度は私が言った。
「重病患者ではありません! それに私は一人で大丈夫です!」
私の見栄は祐介と看護士には通用しなかった。
「分かりました。怜子が寝たら帰ります。もう少しだけ側に居させてください」
「面会の時間を延ばして、他の看護士にも言っておくわね。でもくれぐれも……」
「はい、静かにします。すみません。ありがとうございます」
「だから……一人で大丈夫だって言っているのに……私の意見は無視なの……でも」
握られた祐介の手のひら。伝わってくる温かさが心地良かった。
「うん、いいね。とっても。二人はこのままで」
私達の様子を看護士は優しい微笑で応援してくれた。
看護士が去って祐介に話しかけることができずにいた。
祐介も私の手を握ったまま黙ってベッドの脇の椅子に座っている。
看護師との会話で興奮が冷めた、さっきのプロポーズが二人に緊張をもたらす。
「……そんなに顔を見ないでよ恥ずかしいよ。髪乱れているし、化粧も落ちてるし」
やっと口を開いたのは私で、それもプロポーズの返事とは関係ない自分の外見の事。
「仕方がないさ。ここは病院だ、嫌なら早く良くなれ」
祐介は私の手を握った顔を近づけると、そっと私の額に口づけした。
「バ、バカ……」
また大きな声を出しそうになる私の髪に触れる祐介が首を振る。
「静かにしないと一緒に居られる時間が減ってしまうだろ?」
「う……でも、私はあなたのプロポーズを受けたわけじゃないからね!」
「怜子が元気になったら、また言うよ。何度でも」
「だから……、私の気持ちはどうなるの?」
「それも、後でいくらでも聞くよ。だから今は」
祐介から暖かさが伝わり、眠気を覚えた、薬も効いてきたのだろう。
「今はおやすみ、怜子」
翌朝、目が覚めた時にはすでに祐介の姿は無かった。
看護士さんが会社にも連絡をしてくれたらしい。おかげで朝からうるさい。
夏美が私の病室を訪ねて来たからだ。
「怜子! ホントにビックリしたよぅ。倒れるなんてさぁ。きっと鬼の錯乱ねぇ」
「夏美、少しトーンを落して話してよ。昨日も注意された……いや、それよりお見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、会社はどうしたの?」
「怜子が入院したのに、会社なんかどうでもいいのようぉ」
「いいのって……まさか夏美……あんたもしかして、私の入院を会社を休む口実にしてない?」
「うっ、バレたぁ? でも大丈夫。だって部長もね、あたしが偵察に行きますって敬礼したら、よし二等兵、様子を見てこい……って敬礼して許してくれたよぉ」
学校を休もうとする小学生を疑う母親の目をすると、夏美はえへへと笑った。
「確かに面倒な会議の予定があった……でも、部長がオッケーしてくれたのは本当だよ。助かっちゃったわ! あたしもう有給が無いからねぇ」
「部長にその面倒な会議の事は言ってないんでしょ? それに有給が無いから助かっちゃった? これ、公休扱いなの? まったく、あんたは……すごいわ」
怒ろうにも怒れない、さすが夏美だ。それに朝一番で来てくれた事は嬉しかった。
会社ではクールで仕事ができるキャラを造り、決して本音を見せないようにしている私、でも夏美が相手なら。内緒にしてきた本心を口にしてしまう。
「ねえ、夏美……一目惚れした事ある?」
「え? うーーん、あたしは普段いつも一目惚れだから」
「いや、あんたのいつものは、男なら誰でもって、そんな感じだけど。それじゃなくって」
「なによ。じゃあ、どんなのが一目惚れなのよ?」
「ほら、出会った瞬間に雷に打たれたような衝撃が、とかって言うじゃない?」
私の一目惚れについての説明に夏美は首を傾げる。
「雷に打たれたら、死んじゃうんじゃないの?」
「……そうじゃなくて、運命の人のことは、相手の学歴や家柄なんかを知る前に、直感的に分かるって言う例えとしての話でしょ?」
夏美がやれやれと両手を挙げた。
「そんなの幻想だねぇ。世間知らずの引きこもりの人。ちゃんと働いていても怜子のように心の引きこもりも一緒。いい? 現代は情報社会。出身大学、勤め先、親が金持ちで長男以外、気楽な嫁生活が送れる次男か三男、これ大事。まずは相手の情報ありきなのよ。直感だとか、ましてや運命なんてあり得ないわよぉ」
実に「世間一般的にまともな」夏美の答え。私もそう思う、それでも聞きたかった。
「じゃあ、夏美は何のために恋をするの? 生活のためだけの好きな人?」
夏美は「どうしたの夏美らしくない」と私の顔を見る。
「今より良い生活が出来て、セレブな生活を送れるようにするため……条件で男を選んでいる。きゃ~一目惚れ! なんて言っても、その前にその男の情報を仕入れてから抱きつくから。でもそれが普通なんじゃない? ほら、初恋の男や本当に好きになった人とは一緒になれないと言うじゃない?」
「でも……それっておかしくない? 学歴やお金と結婚するわけでしょう?」
「戦国時代とか、政略結婚って良くあったみたいじゃない? 十二歳で嫁に行くとか。今でもそういうの、少ないけどあるのよぉ。政治家とか大手の会社の息子や娘なんか親の利益の為に結婚させられてるわねぇ」
「そんなの……当人にとっては不幸なこと」
世間様への偏見に意見をすると夏美が反論。
「そうかしら? 大きな会社の御曹司との結婚なんて、あたしには憧れだし、いつでもオッケーなんだけどなぁ。それに付き合ってみてから愛情を感じることだってあるでしょう?」




