頷けない愛の告白
私が小学生の時、父親が急に事故で亡くなった。
母は一ヶ月泣き続け、その後も心は元には戻らず家の中は荒れ、残された私達はボロボロになって私は母親に言った。
「お父さんはいなくなってしまった、でも私は泣かない。私は生きているんだから」
それからは母親に頼ることを止め、弟の面倒を見ながら大学に入り、今の会社に就職した。幸い父親は貯蓄もしてくれていたし、事故の賠償金もあったのでお金に困ることは無かった。
でも……本当の私はとっても弱いままだった。
祐介が私を弱くする、私の手を大切なものを扱うかのように優しく両方の手で包み込んでくれた。
「温かくなったな。さっきまでは氷みたいに冷たい手をしてたぞ」
気遣う言葉に思わず本当の自分が表に出そうになる。
まだ父親が生きていた頃、私はとても泣き虫で甘えん坊だった。
祐介の手の温かさに冷静な人で、頼らない大人になる、そんな大事な決意を忘れそうになる。母と同じ誰かに頼ってしまう人生になってしまうのが怖かった。
私の本当の姿は誰にも見せないと決めている、だから泣いてはいけない。
ちゃんと冷静に確かめよう真実を。
「祐介なんであなたは会社にいないの?」
質問の意味が祐介には良く分からないようだった。
「会社にいない? 営業だからいつも会社にいる訳じゃないぞ」
「受付で聞いたの。あなたのことを。大田祐介は居ない、会社には存在しないと、そう言われた」
「存在しない……そうか、存在しないか」
「人ごとみたいに言わないでよ。あなたは私に嘘をついた……いや、でも会社のビルから出てきた……不思議な事だけど」
「そうだな……俺は先週逢いに行った怜子の会社へ」
「私の会社を訪ねた? よくそんな恥ずかしいこと……」
「逢いたかったんだ」
「そっか、同じ気持ちだったんだ。私も逢いたかった」
頷いた祐介はさっきの私と同じ言葉を言った。
「でも逢えなかったんだ」
「それは、私は企画が仕事だから半分以上は外でクライアントと打ち合わせ……え? もしかして!?」
大きく、祐介は頷いた。
「月岡怜子は会社には存在しない。君の会社の受付でそう言われたよ」
病院に一泊することになった。
いつも身体には気をつけているのに感情に振り回されて、こんなことになるなんて本当に迂闊だ。でも今回の入院はそんなに悪い気はしていなかった。雨にあたりつづけて冷え切った身体を、祐介はが温めてくれた。
祐介は私の手を握り安心させる為なのか、自分の事を色々話をしてくれた。
会社のことや、同僚のこと、祐介自身のこと。趣味や休日の過ごし方。たわいもない話が疲れた私にはとても心地良くって、時には笑い、時には怒ったりしていた。
「祐介、これでも一応、私は病人だぞ!」
久しぶりにたくさん笑った。
落ち着きを取り戻し、祐介の私のいない会社について話を始めた。
祐介はベッドの側の椅子から私の顔を覗き込んだ。
「元気になってきたみたいだな。凄く心配したんだぞ」
祐介の落ち着き払った様子に少し苛ついて、またちょっと声が大きくなる。
「不可思議なことが連発しているのに。なんで祐介は平然としていられるの?」
「俺から見れば普通のことだったからさ。一日の仕事が終わったから、普通に退社しただけだ」
私は寝かされているベッドの上で首を左右に動かす。
「世の中で存在しないと言われた祐介がちゃんと存在していて、こうして私の手を握っている。どうして? どういうことなの? あなた誰なの」
男性が自分を良く見せようとして、大学や勤務する会社、年収の詐称。それは宴会の席では良くあることだった。全て真実の身の上話など、ほぼあり得なかった。
今回の話もそういったことなのだと、最初は思った。
受付嬢の言葉を聞いた時にいつもなら「ああ、やっぱりそうか、嘘なのか」そう思って終わる筈だった。
会社の同僚や夏美はすぐに好きになった男のことを話してくる。
彼らがどんなに素晴らしいかを説明しようとする。
子どもの頃の私も大人になった今の私も、頬杖をつきながら彼女たちの、自慢の彼氏の話を聞き、ただ頷く。
良い大学、大手の会社、役職付きの肩書き、多大な年収。皆が一様にする男たちの自慢。
いくら聞いても頭に浮かばない顔の無い人物像、顔は一万円札。
今のこの世界は世襲とお金が世界を支配している。
女は男に付随する条件で好きになり、恋人になり、結婚する。
でも私は、お金と地位を持っているだけの、つまらない男とは恋はしたくない。
今の私を見て他人は過去の私のように頬杖をついて言うかもしれない。
「素性さえわからない男を好きになる? バカみたい」
会社も肩書きも本当であっても嘘であってもかまわない。それでも離れたくない。色々と考えていたら顔が赤くなってきたらしく、額に祐介は手を置いた。
「熱でも出たのかと思ったけど、興奮した時の怜子の表情かな?」
「興奮って、闘牛じゃないんだからね! そんなに付き合ってないでしょう? 数日で私の何が分かるのよ?」
「分かるよ。数日の付き合いでも怜子のことは」
「そんなことない! 三十年連れ添った夫婦だって、親子だって本当の姿なんか分かなかったもの」
自分の家族、父を亡くした時の母の姿を思い浮かべていた。
母があんなにも弱かったなんて、そしてあんなにも強く父を愛していたなんて。
子供である私や弟よりも悲しむ自分を優先して生きる人生。
父を思って泣いて生きる人生を選択した母。
親子だってお互いのことが分からないのだ。そんなに簡単に誰かのことが分かるはずはない。
「最初に出会った時、怜子を見た時、俺には分かったんだ。一緒にいるべき人だって。結婚してくれ」
「馬鹿言わない!」
いきなりの告白に真っ赤になって、病院中に響き渡るくらいの大きな声を出してしまった。
「私が動けないのをいいことに病院で告白する!? ベッドから動けない、逃げられないのに、そんなのアンフェアでしょ? 恥ずかしいことを公の場で堂々と言う……慣れているんでしょ? 祐介は女に簡単にそういうことを言うのよ」
祐介は首を傾げた。
「さっき怜子が言った、数日で人のことが分かる筈はないとな。怜子には俺のことが分かるんだ? 数日しか付き合ってないのに」
「やっぱり意地悪ね、祐介」
「まとめると、俺は嘘つきで女の扱いに慣れていて、おまけに意地が悪い」
祐介が苦笑いした姿に、私はの顔はまた真っ赤になった。
「な、なによ。自分で認めるわけ? そう感じるって言っているだけよ。そこまで悪くは思っていない……かも」
自分で駄目出しをしておいてフォローを入れる。途中から何を言いたいのか、自分でも分からなくなっていた。そんな私を見て、祐介は嬉しそう。
「フフ、怜子らしいな。クールな外見と強い言葉。でもそれはほんの表面上の姿であるだけ。裏には別の面もある」
「あ、あんたね、まだ良く知らない。さっきからそう言っているでしょう? 結婚ですって? いきなりそう来る? 普通はお付き合いしませんかとか、そんな感じでしょうが! ……で、はい、でいいのかな……分からなくなってきた」
「俺のことは嫌いじゃないようだな。なら結婚は延ばすけど、これからはずっと一緒にいよう。この世界の終わりまで」
「バ、バカじゃないの! 嫌いじゃないなら、世界が終わるまで一緒って……ど、どうしよう」




