494 僕のデータ⑤
まったく、たった数日でこうも状況がガラッと変わるとは、驚いたね。
青蛇の決定に従い部隊の編成をしながら、《絶氷》のヒムロ・デリラはため息をついた。
蛇が壊滅したのがおよそ二年前の事。
そこから青蛇と赤蛇は監獄島に搬送され、それ以来ずっと戦力を蓄え、監獄島脱出の機会を見計らってきた。
狐が収監された事で計画にずれが発生し行動を起こすのはまだ先のはずだったが、元レベル8とはいえ、たった一人が入れられただけでここまで状況が動くとは。
突然発生した戦争――二年前、食事会の最中、いきなり襲撃を受けた時の事を思い出す。
だが、今回は攻守は逆だ。元々ヒムロを含む蛇のメンバーは守りよりも攻めに向いていた。
二年間、蛇はこの監獄島で、移送されてくる高レベルハンタークラスの犯罪者達を掌握するために動いてきた。
狐が来てからはそちらに取られた者も多かったが、両組織が手を組んだ現在、この監獄島の腕利きは全員が仲間になったと言っても過言ではない。
盗賊、剣士、魔導師、神官、錬金術師、なんだっている。
青蛇が速やかに集められた精鋭達を前に言う。
「アカと剣尾はなるべく避ける。仲間同士でやり合うなんて堪ったもんじゃねえからな」
赤蛇と剣尾、そして《千剣》は、未だ移動しながら切り結び続け、決着がついていなかった。
三つ巴なのもそうだが、その全員が戦闘を楽しむタイプだったのも戦闘が長引いている理由の一つだろう。
ヒムロも戦うのは嫌いではないが、組織の目的に反してまでそれを求める事はない。
「こんな事は言うまでもないだろうが――戦いで活躍した者には表に出た時に相応の地位を約束しよう。相手は精霊を失った魔導師だが、油断するなよ」
青蛇が念押しするが、もとより油断している者などいなかった。
高レベルハンタークラスの賊というのはつまり、それだけの力を得るまで生き延びたという事。
ましてや、この中には《嘆きの亡霊》に捕まった連中もそれなりの数含まれている。
もちろん、空尾や剣尾と一緒にコードで捕らえられ、まとめてやってきたような、質の悪い連中もいるが――。
「へへ……姐さん。俺達ドンタンファミリーにお任せください。俺達はあの《千変万化》と正面から戦った事もある。これだけ戦力があれば、奴も間違いなくお陀仏です」
「あぁ、わかったよ。頑張りな」
雑に答えるヒムロに、ドンタンファミリーとやらが大人しく下がる。
狐の突貫で集めた戦力は蛇と比べれば平均レベルで大きく劣る。剣尾と空尾さえいなかったら、監獄内の支配は揺るがなかっただろう。
まぁ、肉壁くらいにはなる。協力関係を結んだ以上は狐の兵力を無駄に損耗させるのは許されないが、目にかける点のない下っ端の役割はいつだってそんなもんだ。
「くくく……ジェフ。随分やる気みたいだね」
「当たり前だ。奴にはなんとしてでも、吐かせる」
集団の中でひときわ戦意を燃やす元盗賊団トップに声をかける。
ジェフロワ・カートン。部下のほぼ全員をカエルにされた男は、単身臨んだ交渉で色々馬鹿にされたようで、完全にヒートアップしていた。
ジェフロワは吐かせると言っているが、それは難しいだろう。多少拷問したところで情報を吐くような男がレベル8になるとは思えない。
というか、青蛇は確実に《千変万化》を仕留めるつもりだ。捕らえて尋問なんて悠長な事は言っていられないようだが、それを馬鹿正直に話してしまえば蛇に敵対しかねない。
ヒムロは慰めるような声で言った。
「落ち着きなよ、ジェフ。《千変万化》が吐くとは思えないが――なに、外に出れば方法を調べる術もあるさ。グラディスの兵を捕らえて聞き出せばいい。《千変万化》が答えずとも、そいつらは元に戻す方法を知っているんだろう?」
「ッ……そうだな。奴らは……取り調べのためにカエルを数匹、連れていったからな。元に戻されたのに、何されたかわかんねえ奴もいるが……」
「ッ……しょうがないでしょう。俺も、混乱していたんだ」
バレルの手下の中では数少ない人間に戻ったメンバー。灰色の髪をした男がびくびくしながら答える。
どうやら、この男もまた、《千変万化》の被害者らしかった。
バレル大盗賊団は強い。是非外に出た後も傘下に置きたい集団だ。
できればカエルから人間に戻すために恩を売っておきたいくらいだ。
「気張っていきなよ。外に出て組織を再建したらすぐに戻す方法を探してやるからね。《千剣》にリベンジもしないといけないんだろう?」
「ああ……そうだな」
後は目立った連中は何人もいるが……誰もがこの圧倒的に有利な状況と復讐の機会に、目が剣呑に輝いている。
監獄の中では娯楽が少ないのもあるだろう。敵を血祭りにあげるのは、この監獄島でも許された数少ない娯楽だった。
床が、壁が、天井が震える。甲高い音が連続して反響する。
しかし本当に、よくもまあこんなに長い時間戦えるものだね。
ヒムロはため息をつくと、他の仲間に声をかけるために周囲を見回した。
§
昨晩《千変万化》に仕掛けた消耗戦とは異なる、組織の被害を気にせぬ総力戦。
編成した部隊で監獄内の通路を闊歩する。
二年余りで少しずつ収監されてきた高レベルハンタークラスの囚人、数十人を含んだ兵隊達。
凪の領域の特性により万全からは程遠いものの、外の世界でも、これほどの戦力を一箇所に集める事はなかっただろう。まさしく、この規模は戦争と呼ぶに相応しい。
その先頭に立つのは監獄島の王、青蛇である。
戦士としての能力は赤蛇に遠く及ばないその男が前面に出ているのは覚悟の表れと言えるだろう。
誰がこの光景を見てターゲットがたった一人だなど信じられるだろうか?
勝てる。間違いなく。これだけいれば、あの精霊が使えたとしても撃退しきれまい。
仮に三人の戦いに巻き込まれたとしても、間違いなく《千変万化》まで牙が届く。ヒムロにはその確信があった。
静かな戦意。熱。高揚。戦いの前の空気。戦力、意志ともに万全。
流れだ。この流れはもう、止められない。
せいぜい、この空気に水を差さないよう、足掻いておくれよ。
恐らく、数日後にはヒムロ達は全員外に解き放たれ、この監獄島を生み出した連中の顔は真っ青になっている事だろう。
最初のターゲットはリーダーと《千剣》を失った《嘆きの亡霊》だ。
思考を焦がす心地の良い戦意に笑みを浮かべるヒムロに、その時、青蛇が声を出した。
「ッ……止まれ」
突然の命令に、全員がぴたりと足を止める。
どうしたのだろうか、《千変万化》のいるはずの部屋までは後少しなのに――。
目を瞬かせるヒムロの隣で、青蛇は険しい表情で言った。
「……おいおい、なんでてめえらが、この監獄の中にいるんだよ?」
ボスの後ろについていた仲間達が動揺する。蔓延していた熱が一瞬和らぐ。
声がした。聞き覚えのある声が。
「仕事に決まってるだろ。仕事じゃなきゃ、誰がクズ共の相手をするものか」
ありえない。
「………………おやおや、不思議だねえ。あんたら、あたい達に怯えていたんじゃないのかい」
ヒムロ達が向かう先から歩いてきたのは、この監獄島の管理者――刑務官達だった。
護送されてきた罪人を監獄内に叩きこむ事だけを職務とし、これまで監獄内の力関係には全く関係してこなかった者達。
その先頭に立っている刑務官は――ジン・ベインだ。
蛇も警戒していた百戦錬磨の賞金稼ぎ。ゼブルディアがこの監獄の管理のために大金を積んで雇った男。刑務官の顔ぶれは定期的に変わるが、その中でも上位に入る凄腕である。
数は十数人しかいないが、後ろについている連中も腕利きばかり。
だが、この監獄内の戦力の粋を集めた軍勢を見て逃げ出さない事に感心してしまう。
いくら完全武装していても、マナ・マテリアルを残していても、この人数差は絶望的だとわかっているはずなのに。
ジンは身の丈程の黒い棒を振り回し、青蛇に向ける。
ただの棒じゃない。数々の高額な賞金首を殺さずに制圧したジン・ベインの武器だ。
「くそったれな命令があったんでな。手を引け、青蛇。大人しく帰れば許してやる。俺達の手を、煩わせるな」
「…………チッ。うまくいかねえな。まったく、何もかもうまくいかねえ」
青蛇が舌打ちをして、皆の言葉を代弁する。ヒムロも同意だ。
「なんで、よりにもよってこのタイミングで刑務官達が出てくる? これまで一度も監獄内に入ってこなかった刑務官が!」
この監獄島において、刑務官の仕事はほぼ最初の案内だけ。一度とて監獄の内部まで立ち入った事はない。掃除も料理も管理でさえも、囚人達に任せられている。
それは、危険だからだ。
腕利きの刑務官でもここに収監された重犯罪者達を相手にすれば危険だから、たとえ囚人が内部抗争で死んでも彼らは中に入ったりはしない。
この監獄内では、墓すら囚人が掘ってる。
計画は乱れに乱れていた。
だが、彼らが中に入ってくるのは予想外にも程があるが、全く悪い話ではない。
ヒムロは心の底から笑みを浮かべ、ジンに言った。
「あんたら、生きて帰れると思っているの? それでほぼ全員だろう? 皆殺しにすりゃ、あたい達は外に出られる」
鍵はジン・ベインが持っているのだろう。殺して奪い取ればいい。
他にも、刑務官達が各々持っている武器を奪えば、脱獄ももはや成ったようなもの。
無策で中に入ってくるというのは考えられないので増援も呼んでいるのだろうが、その前に自由を手にすればヒムロ達の勝ちだ。
一触即発の空気。ヒムロは傍らの青蛇を見て問いかける。
「アオ、どうする?」
「確認するまでもないだろう。ここで動かない馬鹿がどこにいる――殺れ」
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