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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第十一部

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493 僕のデータ④

 罠ではない。数ヶ月ぶりに紅蓮桜姫を手に取る。

 この手の平に張り付くような感触、血に濡れたような紅蓮の刃。闘争心がかき立てられる。



 間違いなく――本物だ。



「貴方、わかってるの? この紅蓮桜姫があるならこんな監獄の壁――紙切れみたいなものよ?」



 硬度も厚さも魔法耐性も関係ない。マナ・マテリアルを集める必要すらない。

 だが、柄にもない剣尾の言葉にも、《千剣》は眉一つ動かさなかった。鞘から今度は二振りの剣を取り出し、赤蛇の足元に投げる。


 剣尾の紅蓮桜姫とは相反する、刃渡り数十センチの奇妙な刃文の小刀が二振り。



「これはッ…………俺の『斬牙』!?」



 トレジャーハンターが賊を倒した場合、基本的に武器などの戦利品は倒した者の物になる。


 あの鞘にはきっと、《嘆きの亡霊》がこれまで下してきた多種多様な剣士の武器が大量に蓄積されているのだろう。


《千剣》は木剣を構えると、自然体で笑った。



「これで万全だな? 存分に――斬り合おう。俺はお前達を斬ってさらなる高みへ行く! 最後まで立っていた奴が、最強の剣士だ」


「…………くくく…………呆れた。馬鹿な男ね」


 組織の柵もなければ、人間社会の常識もない。

 間違いなく、これまで出会ってきたどの剣士よりも馬鹿だ。何故《千剣》が未だ捕まっていないのか理解できない。


 今頃、空尾も青蛇も、刑務官達も大混乱だろう。いや、剣尾とてまだ多少の混乱はある。


 赤蛇が両手に小太刀を持ち、軽く空中に振るう。



「ッ……面白え。いいだろう。あの時は、まともに戦う前に終わった。刻んでやるよ、この俺の力を」


「……完全に目的がどうでも良くなってない?」


「ったりめえだろ、こんな馬鹿な剣士と戦うんだ、こっちも馬鹿にならなくて、どうする」



 それもそうか。


 無造作に紅蓮桜姫を振るう。手に跳ね返ってくる懐かしい感触。


 壁に一本の線が入る。やはり、この武器に罠はない。最高だ。

 高揚を感じた。沈んでいた戦意が呼び起こされる。


「いいわ。剣士として相手をしてあげる。空尾の借りより大きいし」


「アオ、邪魔したら殺すぞ。クソくだらねえ作戦は終わりだ。俺は最強の剣士決定戦に忙しい」


 赤蛇が叫ぶ。卓越した剣士を見たら斬りたくなるのは剣士の性だ。

 赤蛇が両手に『斬牙』を逆手に握り、構える。


 剣士に取って剣は魂のようなものだ、赤蛇が武器を構えるのは久々のはずだが、その所作からはブランクは感じられなかった。



「真剣を構えな、《千剣》。それでようやく全力だ」


「ッ……クライ!!」


「……ああ、せっかくだし、お言葉に甘えて使ってみたら?」



 《千剣》は《千変万化》の許可がなければ戦えない縛りでもしているのだろうか?

 まぁ、このめちゃくちゃ具合を見るに手綱は必要だとは思うが――。




「そうだなッ! この大一番――俺はこの剣を選ぶッ!」




 《千剣》が木剣を捨て、一振りの剣を取り出す。



 それは――とても戦いに使うようなものには見えない。美術品のような美しい剣だった。



 だが、ただの剣ではない。それは――宝具だ。



 赤蛇が舌をちらりと出し、嗤う。

 天井があるはずなのに、天上から光が差し込み、剣を構える《千剣》を照らす。




「あ、『天上の星(フィールド・スター)』じゃん」



 ただの剣ではない。宝具の剣だ。

 一体あの剣にどんな能力があるというのだろうか?



「行くぜ、剣尾、赤蛇ッ! その力を見せてみろッ!」


 《千剣》が躊躇いなく踏み込んでくる。

 一対二の状況でもその戦意には一切の曇りがない。


 強くなってから、剣尾の敵はほぼ格下だった。ここまでストレートに挑まれるのは久々だ。



 いや――今回は挑戦者も王者もいない、か。


 破壊を求め脈動する紅蓮桜姫を軽く振り抜く。



 その刃は――真横から放たれた光の一撃とぶつかった。



「やるじゃあねえか、狐。そのデカブツで俺の一撃を受け止めるとは」



 剣尾に斬撃を放ってきたのは――味方のはずの赤蛇だった。


 だが、驚きはない。



 剣尾は赤蛇に向かって、大太刀を振り下ろした。


「当たり前でしょ。最強の剣士決定戦なんだから」


 一対二なんてつまらない真似はしない。

 ここにいるのは三人の剣士、最後に立っているのは一人だけだ。


 来るのがわかっていたから受けられた。そして赤蛇は、受けられるのがわかって挨拶の連撃を放ったのだ。

 剣尾の大ぶりの一撃を、赤蛇が空中に跳びアクロバティックな動きで回避する。


 ずがんという轟音。避けられた一撃が監獄の柱かなんかを切断したのだろう。興味はない。



「貴方を殺して《千剣》と戦うわ。ふふ……悪く思わないでね」


「くく……それは、こっちの台詞だ。威力が全てじゃないと教えてやるよ」


「ずるいぞ、俺も混ぜろ! クライ!!」



 赤蛇と剣尾の間に、《千剣》が割り込んでくる。


 そして、《千変万化》が腕を持ち上げると、声を上げると同時に振り下ろした。






「……オーケー。最強剣士決定戦、ファイッ!!」





§ § §






 最悪な状況に、監視室に集まった刑務官全員が呆然としていた。


 この監獄島には世界各国から大金が投じられ、可能な限りの脱獄対策が施されている。肝となるのはマナ・マテリアルを自動的に消耗させるという地形特性だが、大前提として、監獄全体にはマナ・マテリアルがほとんど抜けていない罪人でも破れない建材が使用されていた。


 頑丈で魔術にもある程度の耐性のあるそれは本来、要塞に用いられるものであり、素手で鋼鉄を引きちぎれるような高レベルハンターでもそう簡単に破れるものではない。

 実際にこれまで収監された賊達は誰一人としてその壁を突破する事ができなかった。




 ――その壁が、天井が、今、紙切れのように切り飛ばされていた。



「クソッ…………最悪だ。転移魔術だと!?」




 その原因となったのは、絶体絶命のぎりぎりで《千変万化》の前に転移してきた一人の男だった。


 《千剣》のルーク・サイコル。


 《嘆きの亡霊》の悪名高い剣士。賞金首狩りの間でも頭のネジが数本吹っ飛んでいるという評判のあったあの男が武器ごと転移してきて、しかも、あろう事か監獄島でもトップクラスに危険な二人に剣を与えてしまったのだ。


 今はまだ、出入り口のゲートは破られていない。三人とも殺し合いに集中しているからである。

 だが、勝負の決着がついたらゲートの破壊に動くのは明らかだ。


 増援が来るまでにはまだ時間がかかる。そして、増援が来たとしても剣を手にした剣尾や赤蛇に勝てるかどうか……こうなってしまえば、《千剣》がその二人を倒すのを祈るしかない。



「クソッ……まさかこんな手を使うとは……何なんだ、あの男はッ」



 この地では魔術はうまく働かない。魔法陣も効果が薄いし、結界だって張られていない。仮に《千変万化》が転移魔法を一人で使えるような魔導師だったとしても意味がなかったはずなのだ。


 だが、まさか――外から監獄内に繋がるように転移を使い、仲間を送りこんでくるとは。


 確かに、逆ならば不可能ではないだろう。といっても、理論上の話であって、人外じみた能力を持つ魔導師が必要という問題は残るのだが。



「…………《千変万化》を、隔離するべきだったな。少なくとも、ここまで大事になる事はなかった」


「ッ…………クソッ」



 今更ながらヒューが最後に残した言葉を思い出す。

 配慮させてくれと、こちらから言い出す事になる、か。確かに、奴は監獄棟には入れずに外に軟禁するべきだったのかもしれない。


 だが、賽は投げられてしまった。

 今更《千変万化》を隔離したところで、ルーク・サイコルは消えない。



 最善を尽くすしかない。ルールに則り、ジン達にも今できる最善を。



「しかし……《千変万化》の目的はなんなんだ? 転移ゲートが開いたときに脱獄できたろうに」


「…………そうだな」



 あの男はどのタイミングでも逃げる事ができた。

 護送中も逃げようと思えば逃げられただろうし、転移ゲートならば蛇狐連合軍のターゲットにされたあの瞬間に脱出する事も可能だ。


 だが、《千変万化》はあの危機的状況に於いても、そうはしなかった。




 そもそもあの男は自白によってここに来ているのだ。



「奴は見学しにきたとかほざいていたが…………」


 あの時は何かの冗談だと思っていたが……もしそれが真実だったとしたら?



 マナ・マテリアルが抜けていくのを理解していないわけでもなかろうに、テンション最高潮で暴れている《千剣》を見ていると、嫌な予感がした。


 《千剣》はその暴れっぷりで誰からも相手にされなくなり、強敵に飢えていると聞く。



 まさかあの男…………《千剣》にエサをやるためにここに来たんじゃないだろうな。


 そんな余りにも酷い推測が頭を過ったその時、ジンにさらなる悪い知らせが飛び込んできた。






「ジン刑務官、監獄長――オルター侯爵から正式な命令だ。《千変万化》に十分配慮するように、と」




 …………ああああああああああああああああああああああ!




§ § §





 場を整え、力を蓄え、本来絶対に手を組まない相手と手を組んでまで手に入れた圧倒的優位な状況は一瞬でひっくり返され、イーストシール監獄島の内部は大混乱に陥っていた。



 遥か遠くから絶え間なく聞こえる金属音とびりびりと感じる戦意。

 一般人には理解できない事だろうが、マナ・マテリアルを十分に吸収した剣士の攻撃というのは魔法と何ら変わらない。


 状況確認を行っていた赤蛇の部下が息を切らせて報告する。



「だだ、駄目です。近づけません。アカの兄貴、本気ですよ。邪魔されたら完全に殺る気です」


「クソ…………あの野郎、完全に吹っ切れてやがる」



 元々、赤蛇は『八岐の大蛇』の中でも特に好戦的な派閥に属している。

 その行動方針は自分が楽しめるかどうかを重視しており、八つの組織が蛇として統合した直後は組織のルールを無視して揉める事すらあった。


 ある程度経験を積み、部下も増えた事でその性質も鳴りを潜めたと思っていたのだが、とんでもない大馬鹿の挑発に昔の自分が蘇ってしまったらしい。とんでもない話である。



 しかも、不都合な事に、この監獄島内にいる蛇のうちの三割は赤蛇の配下である。

 特に戦闘能力の高い連中の大半はそちらに属しており、そいつらは青蛇の命令も聞くには聞くが、赤蛇に牙を剥いたりはしない。


 蛇での内輪揉めはご法度だし、赤蛇自らルールを破ってはいるのだが――。



「ヒムロ」


「剣尾と赤蛇も巻き込むよ。細かい調整は無理だからね」


 出現した相手は《千剣》――剣士だ。

 奇襲ならばヒムロで倒せる可能性も十分あるが、混戦の状況では手は出せない。しかも、残りの自陣の二人が手出しを求めていない。



「自信家共め……有利不利もわかんねえのかッ!」


「不利だからって手を引っ込めたりしねえでしょう」



 赤蛇の事を良く知っている蛇のメンバーが諦めたように言う。


 赤蛇は強い。剣尾も強い。大抵の相手ならばマナ・マテリアルの差も超えられるだろう。


《千剣》は赤蛇よりは弱かった。

 数年前は、毒に蝕まれた状態で、ほぼ互角だったのだから。



 だが、今襲撃を仕掛けて来ているのは当時の《千剣》ではなく、赤蛇もまた当時の赤蛇ではない。


 勝てるわけがない。ここに赤蛇が収監されてもう二年、マナ・マテリアルも抜けているのだ。

 おまけに、剣尾と協力する事もなく、全員で斬り合っているときている。


 剣尾が収監された時期は赤蛇よりもずっと後だ。殺し合えば最初に落ちるのはきっと赤蛇だ。



 死に様は好きにすればいいが、組織に迷惑をかけるなよ。



 幸いなのは、イカれた《千剣》が剣を持ち込んだ事だろう。


 剣尾か赤蛇が生き残ればその武器で出入り口の守りは破壊できるはずだ。


 いや、生き残らなくても戦いの余波だけで隙ができるかもしれない。

 苛立ちを飲み込み、座ったまま黙りこくる空尾に声をかける。




「おい、どうする?」


「…………まさか……まさか、剣尾の性格の隙をついてくるとはな。《千変万化》……壊しにきたか。本当に、癇に障る男だッ……」


「ッ!?」




 その声は静かだったが、その表情には青蛇が息を呑む程の尋常でない感情が浮かんでいた。


 怒りか憎しみか、あの男に親でも殺されたのだろうか? 


 空尾が大きく深呼吸をして、押し殺したような声で言う。



「あの男を、消す。《千剣》は戦いに集中している、今ならば消せる。使える戦力を全て使って、な」


「……疑問だな。被害が大きくなる。精霊は潰した。《千変万化》は戦いに参加していない」



 青蛇の最終目的は脱獄である。《千変万化》は消すが、それは外で組織を再建した後でもいい。


 無論、簡単に消せるなら消したいが、そういうわけでもないだろう。《千変万化》のいる部屋は戦場の近くなのだ。

 多数の兵を送り込めば戦闘中の《千剣》達を刺激して、戦場がどう動くか予測がつかない。



 青蛇の言葉に、空尾が真剣な表情で言った。瞳孔が完全に開いている。



「わかっていない。青蛇、お前は、何もわかっていないのだ。ここで消しておかねば、いずれ後悔するだろう。私にも奥の手はあるが……青蛇、貴様は貴様の最善を尽くせ。狐傘下の者達を預ける」


「そこまでか…………」



 少し私怨が入りすぎている気もするが…………。


 空尾が足早に部屋を去っていく。どうせなら自らの手でケリをつければいいのに、《千変万化》という男が相当トラウマらしい。


 仕方ない。協力関係を申し出たのは狐だが、組んだのは青蛇の判断だ。

 ここに収監されてから二年間、青蛇達も遊んでいたわけではない。優秀な兵隊はまだいる。何しろ、奴らは高レベルクラスの犯罪者を率先してここに送り込んで来ているのだ。


 被害の大きささえ考慮に入れなければ、人数で押しつぶすのも、質で相手をするも自由自在だ。



 三つ巴の戦いの勝者が《千剣》になったとしても、赤蛇と剣尾を相手にすれば無事では済まないはず。青蛇は後始末をすればいいだけだ。


 青蛇はため息をつくと、立ち上がり部屋に集められた精鋭達を見回して言った。



「お前達、これ以上おかしな事にならない内に終わらせる。監獄島での最後の戦争だ」

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ルーク回です。よろしくお願いします!


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/槻影

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《始まりの足跡》宣伝課@GCノベルズ『嘆きの亡霊は引退したい』公式
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嘆きの亡霊は引退したい、アニメ公式サイト

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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
マナマテリアルを吸う存在といえばユグドラに神殿を吸収してなのが居たよね そのユグドラ案件はストグリと共闘して対処してたよね 敵派閥は敵の体力を削る為に存在していたね となると今回はマスターが神になる回…
馬鹿な剣士と戦うなら、こっちも馬鹿にならないといけない…って、どういうことだ?
《千剣》は赤蛇よりは弱かった。  数年前は、毒に蝕まれた状態で、ほぼ互角だったのだから。 なんか自分にルールをきめて戦ってたんだろうな。互角になるように。
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