489 最後の晩餐
他の刑務官達から呼び出され、監獄監視のための部屋に向かう。
そこには、現在イーストシール監獄島にいる十五人の刑務官全員が集まっていた。
壁一面に隙間無く設置された板には監獄内の様々な場所の光景がリアルタイムで鮮明に映し出されている。
普段そこに映し出される光景は大体、大人しくしている囚人達の姿だった。たまに喧嘩やちょっとした殺し合いをしている事もあったが、小規模なものがほとんどだった。
だが、今映し出されているのは――集団で通路内を駆ける囚人達の姿だ。
しかも、それが何組もいる。明らかに組織だった動きだ。
「これは、一体どういう事だ?」
ジンの問いに、刑務官の一人が困惑したような表情で答える。
「それが……あの狐と蛇が手を組んだようだ」
「!?」
それは、あり得ないはずの話だった。
だが、確かに監視システムで映し出された光景の一部には蛇と狐の戦闘員が一緒にいるのが映し出されている。
蛇と狐は犬猿の仲で、絶対に組む事はない。
それは大原則のはずだった。だからこそ、ゼブルディアはその二つの巨大組織をこの一つの監獄島に収監したのだから。
二つのいがみ合う巨大組織は囚人を表に出さない仕組みの一つだ。その大原則が崩れたとなると、この監獄島の信憑性も揺らぐ。
もちろん、結束したところで監獄の壁や門がすぐ破られる事はない。
即問題になる事はないだろうが――。
「帝国に連絡したか?」
「もちろん。万一のために増員を送ってくれるらしい。それまで何かあったら適宜対応しろ、だそうだ」
「…………仕方ないな。緊急事態だ、いつでも出動できるようにしておけ」
最悪のパターンだが、これも仕事だ。マナ・マテリアルをため込んだ凶悪な賊を収監しているのだからこういう事もある。
数的な優位は囚人側にあるが、それをカバーするために監獄の通路は基本的に狭くなっているのだ。
大きく深呼吸をして気を落ち着かせると、状況を確認する。
「それで、狐と蛇はどうして手を組んだ?」
「恐らく、なんだが……《千変万化》を殺すために結束したようだ」
「…………冗談だろ?」
一個人を殺すために巨大組織同士が手を組むなどあり得ない。その一人がその両組織にとって仇敵だったとしても、だ。
それは、監獄にたった一人だけ送り込まれたその男が、二大組織にとって手を組まねば相手にできない存在だったという事を示している。
レベル8ハンターというだけでは説明が付かない話だ。
だが、実際に監視システムには、《千変万化》とそれと同時に入れられた二人が囚人を蹴散らしながら進んでいる姿が映し出されていた。
あの男…………戦えたんだな。
刑務官の一人。元とある国の宮廷魔導師だったらしい仲間が、眉を顰めて言う。
「これは精霊召喚だな。だが、かなり弱っている。可哀想に……こんな場所に呼び出すなんて魔導師失格だ」
「ここで精霊召喚なんて不可能なはずだ。魔術を対策できなかったらこんな所に監獄を作る意味がないだろ」
「普通ならな。私でも、他の誰でも無理だ」
つまり……普通ではないという事か。これも報告対象だな。
その時、仲間の一人が叫ぶ。
「おい、こいつら――出入り口に向かっているぞ!」
「!?」
確かに……襲撃者を精霊で蹴散らし《千変万化》が向かう先にあるのは、彼らがこの監獄に入ってきた出入り口のゲートだ。
金属格子の扉が幾重もあるだけでなく、厚さ十数センチの隔壁が行く手を阻むそこは仮に精霊が使えても破るのが困難な場所である。
事実、この監獄島が稼働した当初は壁を破ろうとした者が続出したが、まともな傷はつけられなかったと聞いている。
だが、まさかこの躊躇いのない動き――この男、ゲートを破るつもりか!? 囚人達全員が自由になるリスクを犯すつもりなのか!?
《千変万化》一行が出入口のゲートの前に到着し、刑務官達全員に緊張が奔る。
そして、《千変万化》は、ジンの方をしっかり見て大声で叫んだ。
『ジンさああああああああああん、助けてえええええええええええええええええ!』
「ッ!? 誰が助けるかッ!」
意味不明過ぎる。他の刑務官達も驚いていた。
《千変万化》は重犯罪者で、ジンは刑務官。そしてここは監獄島だ。
たとえ囚人が監獄内で命を落としかけたとしても、ジン達がそれを助ける事はない。ここは罪人達をただ封じ込めるための場所なのだ。
オルター侯爵からの命令書があれば話が別だが、それもまだ届いていない。
タイミングを見計らったかのように、元宮廷魔導師の男が声をあげる。
「精霊が消えた。消滅まではしていないが限界のようだ」
「…………まさか、これが神算鬼謀と謳われた《千変万化》の策なのか? お粗末過ぎるぞ」
狐と蛇の尖兵も、そしてジャックとグランドも、《千変万化》の予想外の行動に固まっている。状況を確認した食堂にいる両組織のトップの表情も歪んでいた。どんな状況だ。
ジンも含め、全員を馬鹿にしているとしか思えない。
青蛇が指示を出し、送り出されていた刺客達が襲撃をやめる。
仲間が腕を組み、難しい表情で言った。
「精霊が消えたのを確認したからだ。消耗戦を仕掛けていたんだろう。精霊は厄介だからな」
グランド達が驚いたように《千変万化》の方を見ているのが哀愁を誘っていた。
《千変万化》当人は、精霊が消えたのがわかっているはずなのに、目を丸くして間の抜けた表情をしている。一体何を考えているのか……。
襲撃者がいなくなった事で、気を取り直したように再び《千変万化》がジンの名前を呼び始める。
やめろ……仲間だと思われるからやめろ。そんな事をされても、
俺は絶対に罪人に配慮したりはしない。
「ジン、どうする? 余りにもイレギュラーが起きている。ヒューが戻ってくる可能性もあるし、《千変万化》を一旦囚人達から切り離して外に隔離するという手も――」
「ないッ! この監獄のルールを、遵守するッ! それが俺達の仕事だッ!」
どうせうるさいのも今日だけだ。この監獄島の囚人達の間にも特有の社会が、秩序がある。
《千変万化》はその社会から弾き出されただけなのだ。
その責任は自分自身で取らねばならない。そもそも、表の世界のルールを破ったのは本人なのだから。
§ § §
ジャックは今、この人生で最悪の気分だった。
ペプリで突然外からやってきたハンターに敗北し、犯罪者として捕らえられた時もこんな気分にはならなかった。
出入り口で《千変万化》が始めた余りに無様で滑稽な行為に、それ以降、波が引くかのようになくなった追っ手。全てが悪夢でも見ているような気分だ。
最初にこの監獄に来た時には出入り口付近にあれほど沢山の囚人が集まっていたのに、今は全くいなかった。
戦いに巻き込まれる事を恐れて逃げ出したのだろう。可能ならば、ジャックも逃げ出したい気分だ。
とりあえず、出入り口付近の、できるだけ守りやすい部屋(と言っても、気休め程度だが)に入る。
余りにもデータが役立たない事態が続いたせいだろう、ここ数時間で精も根も尽きたような表情をしているグランドが言った。
「追っ手は引きましたが、これで諦めたとは思えません。僕のデータが正しければ……遠からず、相手は精鋭部隊を送ってくるでしょう」
「え?」
え? じゃない、え? じゃ。この程度で諦めるわけがないだろう。
相手には組織としてのメンツもあるのだ。
だが、つっこみを入れる元気もない。グランドもないようだ。
出入り口にたどり着いて突然刑務官に向かって助けを求め始めた時には頭痛すらした。こいつが神算鬼謀と呼ばれる理由が欠片もわからない。
確かに謎の魔法、『るしあ』は凄いが、このまま付き合っていても破滅しか見えない。
仮に敵の精鋭を撃退できたとしても、相手は何百人もいるのだ。もう詰んでいるとしか思えない。
§
かろうじて持ってきた不味い携帯食料で夕食を取る。
処刑台に向かって歩いている気分だった。グランドの顔も土気色で、多分自分も似たような顔色をしているだろう。
生気が残っているのは、携帯食料を口にして顔をしかめている《千変万化》くらいなものだ。
どうしてこの絶望的な状況で平気な顔をしているのかさっぱりわからなかった。
これまで修羅場をくぐり抜けてきたとしても、この事態で表情が動かないのは凄いを通り越して怪物の域だ。危機感が麻痺しているようにしか思えない。
もそもそと最後の晩餐を取りながら、投げやりな気分で《千変万化》に話しかける。
「《千変万化》さん……そう言えばあんた、どうしてこんな所に入れられたんですか? レベル8までなったのに」
「あー……それはね……その、うっかり、帝都ゼブルディアに幻影が現れるようにしちゃったんだよ。わざとじゃないんだけど」
「!?」
世界の敵じゃねえか。そりゃ捕まるわ。
うっかりとかわざとじゃないとか、そういうレベルじゃない。きっと帝都の探索者協会も相当焦った事だろう。
しかし、この男……そんな事をしでかしたのに刑務官に助けを求めていたのか。もはや馬鹿らしくて笑えてくる。
「ジャックは何をしでかしたの?」
「俺なんてあんたと比べたら大した事はしていませんよ。ペプリのハンター達からマナ・マテリアルを奪ったら敵認定されたんですわ」
トレジャーハンターには役割がある。ペプリは小国だったから、魔物を狩り宝物殿から富を持ち帰るトレジャーハンターの役割は割合的にかなり大きかった。
あの頃は調子に乗っていたが、今思い返せば、捕まって当然は当然だろう。
「運悪く外部からハンターが来て捕まってな……無名で変わったハンターだったが、強かった。指一本触れられずにぼこぼこにされたんですよ。新人らしかったが、あんな強いハンターがペプリなんて辺境に来るとはな……アドラーって奴なんですが、知ってます?」
誰も知らないハンターだった。ハンターになる前は何をしてたのかはわからないが、あれは相当な修羅場を潜っていたに違いない。
ため息をつくジャックに、《千変万化》が目を丸くして聞き返す。
「アドラーって、槍使いで魔物を連れているアドラー? 三人組の?」
「!? 知ってるんですか!?」
「………………まぁ、そうだね。そっか、アドラー、生きてたんだ。僕のデータだと死んでてもおかしくなかったのに」
しみじみと言う《千変万化》。まさか、ジャックを監獄にぶち込んだ因縁深いハンターを《千変万化》が知っているとは。
「仲間だったんですか?」
「いや……どっちかというと敵かなあ。まあ終わった事だからいいんだけど、ハンターになっていたんだね」
「!?」
いやいやいや…………この男、敵だらけじゃねえか。
しかも、あのアドラーと関わってこんなしみじみと思い出を語るかのような面をできるなんて、只者じゃない。
「今となっては良い思い出だよ。まだ二、三ヶ月しか経ってないけど」
「は?」
「今日という日も良い思い出になるといいね」
なるわけねえだろ、いい加減にしろッ!




