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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第十一部

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488 僕のデータ②

 監獄島は相当広い。通路は天井が高く入り組んでいて、地図もないため油断すると現在地がわからなくなる。細い通路と部屋数も多い事もあり、まるで迷宮か何かのようだ。



 ジャック達はそんな監獄の通路を人目を避けるように突き進んでいた。


 先導するのはグランドである。どうやらここ数日で監獄島を歩き回りデータを蓄えていたらしい。

 実際にグランドの案内する通路にはほとんど人がいなかったので、こういう事態を最初から想定していたように思える。



「ここが監獄島でなかったら、魔導師に一発で見つかっただろうがな。ここでは探査系の魔術が土地に吸われてほとんど効果がないようだ」


「グランド、お前魔術は使えるのか?」


「才能がなかった。使えたらとっくに使ってる」



 それなりに動けるようだが、あくまでそれなり止まり。グランドは戦力には数えない方がいいだろう。それよりも頭を使って貰った方がいい。


「ザックがいればな……あいつはどこに行っちまったんだ。五百人食らったあいつなら相手もびびったろうに」


「まぁまぁ、ザックにもきっと理由があるんだよ。むしろ居なくて良かったと思うよ」


「……そうですかい?」


 露払いには一切参加せずに後ろからついてきた《千変万化》が宥めるように言う。


 移動中に遭遇した相手との戦闘にも、《千変万化》は一切手を出さなかった。殺さないように注意してきたくらいだ。

 もっとも、言われるまでもなく、ジャックはなるべく殺しはしない方針だが――。


 天井に走るパイプを伝うようにして蛇の構成員が襲いかかってくる。

 数は五――猿のような動きで飛びかかってくる男達に、ジャックは強く踏み込んだ。


 振り下ろされた拳を右腕で受ける。骨が軋むみしりという音。鈍い痛み。


 強い。おまけに警戒している。全身をジャックの爪が通らない鎧で固めていたら、こちらを一撃で戦闘不能にできるような武器を持っていたら――もしもここが監獄でなかったら、間違いなく勝てない相手だ。


 爪を立てて振るうジャックの攻撃を、襲撃者が大げさな動きで回避する。

 緩急をつけての一撃も当たらない。傷を負わないように注意しているのだ。


 グランドが叫ぶ。


「騎士殺しのバーズ兄弟だッ! こいつら…………僕のデータが正しければ、お前の体力を消耗させるつもりだ」


「ッ…………だが、こっちには《千変万化》さんがいるんだぜ!?」


 圧倒的に有利な立場にありながら消耗戦を仕掛けるという嫌らしい戦法。

 追っ手のレベルが――上がっている。


「《千変万化》さん、お願いします!」


「!? え⋯⋯あ、はい。る⋯⋯るしああああああああああああッ!!」


 《千変万化》が手の平を向け、情けない声で叫ぶ。


 随分変わった呪文だな……。


 だが、ジャックの不安とは裏腹に、距離を取っていた五人の男は勢いよく吹き飛び壁に叩きつけられた。


 確かに……確かに、攻撃魔法のようだ。



「閣下、威力を抑えて――こいつらの目的は閣下の消耗です」


「あ、はい……」



 グランドの言葉に、《千変万化》が目を白黒させながら頷く。強いのは確かなのに何故か不安しか感じないのは、何故なのだろうか。


 壁に叩きつけられて昏倒している五人組をさっと傷つけ、マナ・マテリアルを奪う。ここまでも何人か遭遇して撃退したが、それよりも強いマナ・マテリアルが流れ込んでくる。

 だが、それでも労力には全然見合っていない。攻撃を受けた腕が鈍く痛む。じわじわといたぶるつもりなのだ。


 通路内を甲高い笛の音が響き渡る。グランドの表情が歪んだ。



「魔笛の狩人、エフだ。音の反響で居場所を突き止めるつもりだ!」



 さすがは監獄島、腕利き揃いだ。盗賊の中にはそういう希有な方法で周囲の状況を把握する者もいるという話は知っていたが――。



「このままじゃこちらの居場所が筒抜けだ。なんとかして潰さないと……」


「そんな事言ったって、かなり遠いぞ、これ!」


 ジャックの感覚では気配のつかめない距離だ。おまけに反響していて音がどこから来ているのかわからない。

 こうしている間も笛の音は鳴り響いている。このままでは際限なく追っ手が来てしまうだろう。


 そこで、《千変万化》が唱えた。


「るしあ」


 言葉と同時に、強い叩きつけるような風が通り抜けた。空気が爆発し、びりびりとした衝撃が通路を走り抜ける。

 ぴたりと笛の音が止まる。蒼白の表情でグランドが言った。


「さ、さすがです、閣下。ワンセンテンスの呪文で音の爆発を起こすとは――」


 完全にドン引きしていた。そもそも魔術というのはそんなに単純なものではないはずだ。


 これがレベル8の力なのか?


 ヒムロが、この一見ただのボンクラにしか見えない《千変万化》の力を相対もせずに見抜いたのだとしたら、蛇の上級戦闘員とジャックの間にはとてつもない隔絶した能力差があると判断せざるを得ない。



「この隙に距離を取り、姿を晦ましましょう。さすがに魔笛のような能力者は珍しいはずです」


「……チッ。仕方ねえな」



 途中でゲリラ的に反撃に転じる予定だったが、想像していたよりも相手の層が厚い。ジャックよりも格上の戦闘員を選んで送りこんできている印象だ。

 まさか小国とはいえ、レベル6認定を貰っていたジャックを超える強者がここまでいるとは、所詮自分は井の中の蛙だったという事か。


 額に汗を浮かべながら考え込むグランドに、《千変万化》が言った。



「ちょっと提案があるんだけど…………この監獄の入り口の近くに行かない?」



 なんでだよ!?



 監獄島の入り口付近は、セキュリティ上の問題なのだろう、この監獄島内部で最もシンプルな構造だ。しかも常時人がいるので、そんな所に行ったら一発で見つかる。


 全く想定していない言葉だったのだろう、硬直するグランドに、《千変万化》が続ける。


「ほら、もしかしたら刑務官の人が助けてくれるかもしれないし……」



 助けてくれるわけねえでしょう。馬鹿かこの人。もう《千変万化》じゃない、《千変馬鹿》だ!


 この監獄内部には、外から監視できる場所が何カ所かあるらしい。


 確かにあそこに行けば刑務官達から見えるだろうが、この監獄島は謂わば、重犯罪者の墓場のような場所なのだ。

 もし入口付近で抗争が勃発したとしても、囚人の収監に影響がないならば刑務官は何もしないだろう。むしろ嘲笑う可能性すらある。

 今、監獄にいる刑務官リーダーのジン・ベインは高名な賞金首狩りだったようだし。



「僕のデータだといい流れになるはずだよ」


「あんたのデータどうなってんですか!」



 こんな細い通路を逃げていても捕捉されているというのに、自ら囲まれにいって良い流れになるだなんて。

 そもそも、グランドに全て任せると言っていただろうが! グランド、どうにか言ってくれよ。


 視線で訴えるジャックに、グランドは苦虫でも噛みつぶしたかのような表情で言った。


「そうだな…………閣下の言うとおりにしますか」


「マジかよ!? 来た道を戻らないといけないんだぞ!?」


「…………どちらにせよ、この監獄内に逃げ場なんてないんだ」


 凄く提案に乗りたくなさそうな表情で言うグランド。誰かの下につくというのも相当大変だな。


 だが、逃げ場がないのは本当だ。元々戦力差は絶望的だったが、これは策などでどうにかなるレベルではない。

 グランドが眉を顰めたまま、はっきりと言った。


「ですが、入口付近に戻るには尖兵を倒さねばならない。閣下にご協力をお願いする事になりますが」


「あぁ、もちろんできる事はやるよ」


 なんの気負いもなく答える元レベル8。この態度も謎である。


 この監獄島にやってきて丸三日だ、いくらレベル8でもマナ・マテリアルが抜けてきているはずなのに、その表情から全く焦りが見られない。

 ジャックは数十人の血を浴びてマナ・マテリアルを奪ったが、それでもここに来る前と比較すれば、体感だが差し引きゼロくらいだ。どれだけマナ・マテリアルをため込めばここまで強くなれるのだろうか?



 蛇と狐の尖兵を一撃で昏倒させる高威力の魔法を謎の呪文で連発しているが、果たして後どれくらい使えるのだろうか……焦っていないのでまだまだ余裕はあるのだろうが――。




§ § §



 監獄島中心部。食料が送られてくる『共有鞄(ワンダーバッグ)』が設置されている四方数十メートルの部屋に今、蛇と狐の合同作戦本部が設立されていた。


 蛇と狐、そしてその傘下に当たる組織のメンバー達で、広々とした部屋は埋まっている。この監獄島で一カ所にこれだけの人数が集められた事はなかっただろう。



 中心に設置された机に陣取った『蛇』のトップ――青蛇が、報告を聞き腕を組む。



「さすがレベル8、手強いな……だが、全て順調だ」


「まだだ。あの男は何を仕掛けてくるかわからない。最後だ。最後にひっくり返してくる、油断するな」


 何もわかっていない青蛇に、空尾は釘を刺した。


 武帝祭の時もコードの時も、空尾は圧倒的に有利だったはずなのだ。それを、ひっくり返された。

 今回はコードの時の《夜宴祭殿》のような怪物はいないし、武帝祭のように《千変万化》について何も知らないわけではないが、逆にここまで心構えが出来ていても何をされるのかわからない恐怖があった。


 これまで数多の高レベルハンターと関わってきたが、こんな感覚、初めてだ。



「狐のトップとは思えない言葉ね。大丈夫、奴の精霊はかなり消耗してるよ。温存してないからね」


「精霊…………か」



 それもまた、違和感があった。

 精霊召喚は魔導師の奥義の一つだ、相性の良い精霊と契約し力を借りる事で魔導師の使える魔法は二ランク上がると言われている。


 レベル8の《千変万化》が魔導師ならば精霊と契約していても何らおかしくはないのだが、武帝祭の際もコードで会った時も、奴は精霊を引き連れていなかった。

 同じ魔導師である空尾がそこを見誤る事はありえない。


 コードは高度物理文明の(たまもの)で精霊とは相性が悪いので連れていなくても不思議ではないのだが、ここは更に相性が悪いのだ。



 何か理由があるのか……? 今精霊を使い、前回までは使っていない理由――ずっと考えているのだが、答えは出ない。


 ――そもそも、途中までは行方を知られないように逃げていたのに、突然逆走を始めた理由もわからないのだが。



 その時、蛇と組んだ瞬間からずっと退屈そうな表情になっている剣尾が言った。



「もしかしたら、より多くの敵と戦いたいのかもしれないわ」


「そんな事考えるのはお前だけだ、剣尾。《千変万化》は手を汚さないタイプだ」


「貴方と同類ってわけ?」


「……二度と、その言葉を吐くなよ、剣尾。同じ組織の一員とて、許せる事と許せない事がある」


 武帝祭で酷い目に遭って以降、奴の事を思い出さない日はなかった。だが、今回でようやく決別できるのだ。


 煮えたぎるような殺意をなんとか押しとどめ冷静さを保つ空尾に、剣尾が肩を竦めて言った。



「なら、私が始末してきてあげるわ。剣はないけど、弱った魔導師なんて敵じゃないし、戦う相手もいなくなっちゃったし」


 剣がなくても剣尾は未だ膨大なマナ・マテリアルを秘めている。純粋な戦闘能力ではこの監獄内部でもトップクラスだろう。

 逆に剣尾で始末できないのならば、作戦を考え直さねばならない。


 剣尾の言葉を聞き、青蛇の隣でふんぞり返っていた赤蛇が起き上がった。


「俺も行くぜぇ。誰かさんのせいで、戦う相手もいなくなっちまったからなあ」


 似たもの同士か。『八岐の大蛇』の赤蛇といったら裏社会では知らない者のいない戦士である。二人が組めばまず間違いはあるまい。



 更に万全を期すならば、マナ・マテリアルを二人に集めたいところだが――。

 青蛇がしかめっ面で言う。



「《千変万化》を片付ければジャックもこちらに下る。そうなれば、蠱毒の儀式も必要ない」


「蠱毒はたった一人しか生き残らないからな」



 身内で蠱毒の儀式を執り行うと、マナ・マテリアルはまとめられるが、数的優位が失われるし、組織の士気も下がる。

 元々怨念をまとめ強力な呪いを作り出すための仕組みなのだ。それは、その儀式が滅多に行われない理由だった。


 さすがにこの状況でも、念押しして傘下を虐殺しろとは言えない。


 まぁ、いい。誰でもいい。あの男を排除してくれるのならば……もはや空尾は、自ら手を下す気にもならない。





「精霊が消えたのを確認して襲撃を仕掛ける。決行は夜だ」


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― 新着の感想 ―
そういえばハイイロもここに居るのかな?
まさか精霊にまで千の試練が波及するなんて ますます強くなっちゃうね、ミレス
本当に消耗してる......?
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