487 僕のデータ
やばい、全然迎えに来ない。
監獄見学が始まって三日、僕は何の特徴もない無骨な部屋で一人ため息をついた。
部屋に何もない事とか、食事が質素だとかは普通に我慢できるのだが、周りが全員重犯罪者というのが精神的な負荷になっていた。
別に何かをされたわけじゃないんだけど、とにかく顔が恐くて目つきが鋭いからな……。
だが、もう監獄で二泊もしたのだ。その間、特に何かイベントがあったわけではないが、この監獄島については大体見学できたと言えよう。
まぁ、流石に今日こそ迎えに来てくれると思うけどね……三日ってけっこう区切りもいいと思うし。
床の上でごろごろ転がっていると(不思議な事に冷たくはない)、扉がノックされた。
「閣下、話があります」
「ああ、入って入って」
グランドとジャックが二人で入ってくる。
ここ数日で二人には少し慣れていた。人喰いのザックがほぼほぼ姿を見せないのは幸いだろう。
床に無様に転がる僕を見てグランドの表情が一瞬歪んだが、すぐに気を取り直したように咳払いをして言う。
「予想外な事に、狐と蛇が手を組みました。早晩、奴らは閣下の命を狙って追手を差し向けてくるでしょう。《絶氷》を撃退した一昨日の力があれば少しは耐えられるかもしれませんが、油断大敵かと」
「ふむふむ、なるほど」
ふむふむ、なるほど……?
何を言っているのかわからない。話の内容が全く頭に入ってこない。
狐と蛇が組んで? 何で僕の命を狙って追手が送られてくるわけ? そもそも何度も言うが、《絶氷》? を撃退した記憶がない。
本当に、何の話をしてるんだ、グランドは。
「《千変万化》さん、今回ばかりはガチで動いた方がいい。狐や蛇の兵隊は実力者揃いですぜ。正面から戦ったら多勢に無勢だ」
ジャックの声も深刻そうだが――。
僕は仰向けに横たわりながらグランドを見上げ、尋ねた。
「グランド、君はどうすればいいと思う?」
「それは…………僕に全て任せていただけるというのならば、最善は尽くしましょう。まずは拠点を変え、ジャックと共に力を集めながらゲリラ的に組織の戦力を削ります。相手は閣下の力を恐れています。フットワークの軽さはこちらが勝っているかと」
なるほどなるほど……なるほど? ゲリラ的に組織の戦力を削る、か。
僕は身を起こすと、ジャックに聞いた。
「ジャック、今何時?」
「え? へい……十八時くらいですね」
「十八時…………もうそんな時間か。まったく、この部屋には時計がなくて困るよ」
となると、今日も迎えはきそうにないな。
見学は丸三日で、明日の朝にお迎えに来る説が濃厚だろうか。
幸い、僕の要望通りに火や水を出してくれた事で、ルシアが僕の状況をキャッチして対応してくれてるのがわかっている。
二十四時間見張っているわけではないだろうが、ルシアは几帳面で細やかな気配りも出来ているので守りについては余り心配はないだろう。
となると、明日の朝まで時間稼ぎできればいい。
僕はぱちりと指を鳴らして言った。
「グランド、君の案で行こう」
「!? それは――」
「全て任せる。思うようにやってみるといい。君のデータを見せてくれ」
そもそも僕のデータによると――狐や蛇は僕を襲ったりはしないはずだ。
僕は彼らとは直接戦ったことはないわけだし、襲われる理由がない。ないと思う。よしんば何かあるとしても、何かされる前に監獄島から脱出できるはずだ。
《絶氷》を撃退とか、何か色々勘違いしているみたいだし流石にこれで襲われたら理不尽だって。
全てを投げっぱなしにする僕に、ジャックが素っ頓狂な声をあげる。
「!? おいおい、ここに至ってまだ動かないんですか?」
「違う。これは信頼だよ。グランド、これは僕のデータなんだけど――僕は、なんとかなるんだ。君達がなんとかなるかは君達次第だけど…………」
まぁでも、賊だからな……そう言えば、グランドが何をしてここに来たのか知らなかったな。
何にせよ、悪い事はしちゃいけないよ。
僕は指を立てて説教した。
「まぁ、ここに入れられる前のような事はしていたら駄目だよ」
「…………わかりました、閣下。最善は尽くしましょう」
真剣な表情を作るグランド。僕はごろごろ転がりながら言った。
「肩の力を抜いていこうよ。心配いらないって」
杞憂だよ。君の心配は杞憂だ。その証拠に、僕は昨日こちらに恨みを持っていたっぽい人(ばれる?)から無傷で解放されているのだ。
こんな監獄に収監されて皆多少は反省してるんじゃないかな。
「…………とりあえず、この場所に留まっているのはまずい。焼け石に水かもしれませんが、場所を変えましょう」
面倒だな……動きたくないんだけど、まあ全て任せると言ったわけだし、場所を変えるくらいならいいだろう。
僕は手を床につきようやく起き上がると、ハードボイルドな表情をした。
§ § §
《千変万化》は強敵だ。だが、無敵ではない。
ヒムロは近づいただけで、その姿を見る事もなく敗北を察したが、この地であれほどの精霊を使えば、長時間保つわけがないのだ。
純粋な力の塊である精霊はこの場所では強ければ強い程、消耗が激しいのだから。
恐らく、あの精霊が猛威を奮えるのは数時間から、長くても数日くらいだろう。
ヒムロの契約精霊であるフリージアならばこの場所では一日と持たないだろうから、これは圧倒的な時間だが、やはりこの地は魔導師にとって不利な土地だ。
精霊なしでも《千変万化》は強いだろうが、魔導師には魔導師の弱点がある。蛇と狐の戦力が結集すれば十分勝算があった。
精霊はこの地にいるだけで常時消耗している。プラスで力を借りようとすると、更に消耗は大きくなる。《千変万化》もそれをわかっていて、消耗を最小限にしようとするはずだ。
だが、そうはさせない。
まずは味方を潰す。どの陣営にも属さぬ者達にはもう手を打ったので、残りはジャックとグランドだけだ。
孤立させ、数で攻め、精霊を弱らせる。後は、精霊を使えなくなった後に精鋭部隊でたたみかければいい。
かねてより計画していた蠱毒の儀式の準備も出来ている。《千変万化》を始末すればその身に宿しているであろう膨大なマナ・マテリアルも手に入って監獄島脱出に近づく。一石二鳥だ。
「襲撃部隊の編成はどうだ?」
「問題なく進んでるよ。元々、蛇の傘下も狐の傘下もここで新たに発生した関係みたいなものだしね。生え抜きの連中は複雑みたいだが、鉄の掟に反したりはしないよ、大丈夫さ」
青蛇の問いに、肩を竦めて見せる。
狐も蛇も巨大な組織だが、監獄島にいる連中はその極一部でしかない。蛇は幹部クラスと上級戦闘員くらいしか捕らえられていないし、狐に至っては空尾と剣尾の二人だけだ。
両組織の仲が悪いのは昔からだが、ここで新たに傘下になった者達にとっては実感もないだろう。
「まさか、誰も考えすらしなかった協力関係が監獄島で結ばれるとはな」
「外での関係にも影響するかもしれないね。嫌がる者も多そうだけど」
蛇には八人の最高幹部がいるが、ここに収監されているのは赤蛇と青蛇だけだ。奪還目的の襲撃を警戒してか、蛇の幹部達は分散して収監されており、他の幹部クラスはここにはいないし、今どうなっているかの情報も入ってきていない。
だが、まだ組織は再建されていないらしいので、誰も脱獄に成功していないのだろう。この状況で脱獄し組織の再編に成功したら、狐と組んだ事に文句を言う者はいないはずだ。
その時、部屋の扉が勢いよく開き、ヒムロの部下が報告をあげてきた。
「オヤジ、姐さん。部隊の編成があらかた終わったんですが……《千変万化》の一味が消えました。見張りも殴り倒されたみたいで――」
「ふふん……そう動くしかないだろうね」
襲撃を待ち受けるだけじゃじり貧だ。狐と蛇の包囲網を打開するには攻めに入らないといけない。
だが、それは同時に、《千変万化》の能力にも限界があると告げているようなもの。
ここには見通しの悪い通路も多いし、部屋数もかなり多い。もちろん、蛇はこの監獄の内部を知り尽くしているが――。
「鬼ごっこか、それともかくれんぼかね。ジャックもグランドも、こちらにつくように警告したのに馬鹿な奴だ」
いや、《千変万化》の人心掌握術があっぱれと言うべきだろうか。他の囚人達の心は掴めなかったようだが――。
ヒムロはペロリと唇を舐めると、部屋の中にいる蛇の仲間達全員に聞こえるように宣言した。
「狩りの時間だ。じわじわと追い詰めてやろう」




