第48話 アムネイア・キールーン
前世、私は日本という国に住む『ごく一般的な』女子だった。今の世界と同じく以前の世界にも争いや貧困はあったけど、日本は豊かで、文化的に非常に恵まれていて、とても住みやすい場所だったと思う。
そんな住み心地のいい環境から私が離脱してしまったのは、記録的猛暑と言われたある夏のこと。
何万人もの応募の中から抽選に受かり、年に2回だけ開催される国内で一番の祭典に出店出来る権利を得た私は、毎日5本のカフェイン入りドリンク剤を飲みながら徹夜上等のハイパー修羅場モードで原稿を仕上げた。何とか印刷所の期限に間に合ったものの、荒ぶる魂と創作意欲がおさまりきらなかった私は、さらに命を削るようにしてコピー本と配布用のチラシを作り上げた。深夜に長時間コピー機占領しちゃったコンビニの店員さんごめんなさい。
そんなどこにでもいるごくごく普通の女子の生活をしていただけの私だけど、さすがに連日の徹夜はきつかったらしい。5年前なら楽勝だったというのに、寄る年波には勝てぬというやつか。いざ決戦という日、新橋でゆりかもめに乗り換えようとエスカレーターに乗った途端、意識が暗転した。
目を開けた時には、やたらと白いふわふわした場所にいた。目の前には古代ギリシャの彫刻のモデルみたいにひらひらずるずるした服を羽織った中性的な人。なぜか、顔の印象は残ってないんだけどね。
【安藤加奈、あなたに使命を与えます】
そんな風に偉そうに話しかけてきたけど、私はその姿を見て、まずこう言ってやった。
「いくらキャラへの愛があっても、家からコスプレしてくるのはマナー違反」
むしろキャラや作品への愛があるからこそ、マナーは守るべきだと思うの。ファンのひとりとして、自分の好きなもののイメージを落とすようなことはしてはいけないわ。・・・・・・失礼ながら、何のキャラなのかはよく分からないけど。
そんな風に懇々とお説教してやったら、そいつは困惑したような様子を見せたけど、とうとう【分かりました】と答えて、どうやったのか一瞬でネルシャツと短パンに早着替えしてきた。
【・・・・・・これで話を聞いていただけますか?】
「タックインがダサいけど、まあいいでしょう」
私がOKするとそいつはほっとした顔で、今度はとんでもないセリフを言い出した。
【あなたはもう死んでいます】
なにこれ、世紀末覇者ネタ?私、そっち方面詳しくないんだよね。
【死因はカフェインの過剰摂取と過労による心臓麻痺ですよ】
何言っちゃってんのこの人。確かに朝もカフェインドリンクは飲んできたけど。
【あなたには新たな生と、使命が与えられます。その使命を果たせるように、わたしから特別な能力を授けましょう。この能力は他の転生者たちに多いなる力を与えるでしょう。力を合わせ、困難に挑みなさい】
「はい?それって、一体何のセリ・・・・・・」
言い終わる前に、小さな太陽みたいな光の玉が目の前に浮かんで私の体の中に吸い込まれていく。それとともに、睡眠不足で動きの鈍い脳みそに私に与えられた力・・・・・・『妄想創造』に関する情報が刻み込まれる。なにこれ、どういう仕組み?
「で、結局あなたは一体誰?」
【わたしは『間の神』】
神様名乗っちゃったよ。まさか、コスプレじゃなくて新興宗教の人とか?
一瞬冗談なのかと思ったけど、さっき送り込まれた光の玉が内側から本当のことだと教えてくる・・・・・・。納得いかないんだけど、変な実感が湧いていて納得せざるを得ない。なんだか理不尽。
【これから、あなたの魂を別の世界に導きます】
「はい?別の世界?」
うーん、そうか。これはひょっとしてラノベで人気の異世界転生みたいなシチュエーションなのでは。
「行くなら、かっこいい刀剣がいる和風ファンタジーの世界がいいな」
【・・・・・・すみません、世界は選べません】
間の神が頭を下げる。ぬう、駄目なのか。ケチだ。
「まあ、行ってもいいんだけどコ○ケが終わってからじゃ駄目かしら。売り子やってくれる相方がそろそろ来てるはずなんですけど」
【元の体はもう心臓が止まっているので、生き返れません。申し訳ありません】
えーー!コ○ケいけないの?じゃあこの封筒の中に入ったウン万円の軍資金はどうしたらいいのよ。
「じゃあ、代わりに列に並んで大手の新刊買ってきてください」
【いや、そういうわけには・・・・・・】
「じゃあ異世界行かない。この世にとどまって、ビッ○サイトの地縛霊になる」
近くにあった電信柱にしがみつくと、神様はあれこれ説教くさいことを言って説得しようとしてきたけど、私の意志が固いことを確認するとため息をついて最後にはこう答えた。
【・・・・・・しかたありません、一冊だけですからね】
その後、神様は何やら使命についていろいろ説明していたようだけど、私は全く聞いていなかった。1冊だけとかケチくさいことを言われたので、どのサークルの本にするか選定に悩んでいたからだ。
そして私は、新しい世界に生まれおちた。
私の新しい名前はアムネイア・キールーン。ほりの深い美男美女が多いこの世界で、うちの両親はなぜかタヌキ顔だったけど、よくみれば愛嬌はあるほうだ。
父に言わせれば、キールーンの家は貴族につながる名家なのだそうだ。あくまで貴族につながるだけで、爵位の継承はない。ひいおじい様ぐらいが下っ端の貴族だったみたいだけど、せいぜいそのぐらい。うちの父だって次男だし。
そんなわけで、うちはものすごくお金持ちってわけではなかったんだけど、別段貧しくもなく、この世界では恵まれてる方だった。
両親は私を甘やかしてくれたので、最初はいい生活だと思った。アニメも漫画もゲームも同人もない世界なのが本当に残念だけど、ないものは自分で描けばいいのだと割り切ることにした。今までマイナージャンルにハマったときも、王道カップリングにはまれなかったときも、そうやって私は自分の道を切り開いてきたのだから。神様と約束した新刊本も、ちゃんとベッドの下に挟んであったしね!
そうやって地道に異世界に新しい文化をもたらしていた私だけど。
成長するにつれ、明らかにうちの家計が傾いているというのが目につくようになってきた。本当にワガママ放題の子供なら、何も知らずに過ごせたのかもしれないけどね。ヘタに前世の知識があって、知恵が付いていた分、気づかずにはいられなかったのよね。
うちの家計は、どうにもまずいことになっていた。
甘やかされて育った父と母は、働くということを知らない人で、家にあった遺産を食いつぶしながら生活していた。二人とも金銭感覚がなくて、おっとりして人はいいのだけれど、財布の中身を全然気にしないタイプで。
しかも、父は口のうまい商売人の「儲かりますよ」にのせられて、「掘り出し物」をホイホイ買い込んでしまう人だった。前の世界でやってたお宝鑑定の番組で、素人が嬉しそうに持ってきた自分の秘蔵のお宝が鑑定したら偽物確定で爆死って光景をよく見たけど、うちの父もそういうのをなんどもやらかした。
全ッ然物を見る目はないんだけど、自分では目利きができると思ってるのね。商人から買った品を素人が転売しても儲かるはずがないってちょっと考えたら分かりそうなものなのに。
父の購入した掘り出し物が言葉通り逸品であったことなんて一度もないんだけど、それでも毎回見事に騙されて、あっという間に我が家は借金まみれになっていた。使用人はほとんど逃げ出して、お金になりそうな家財も差し押さえられた。
残っているのは父のがらくただけ。でも、そんなの売り払ったって二束三文だ。なのに、父も母も働かない。生活を変えられない。
それでも貧乏生活だけならうるわしい親子愛で乗り切れたかもしれないんだけど、最悪なことに、借金の支払いを待ってもらう代償として、私自身も30歳以上年上のガマガエルみたいな借金取りの愛人にさせられることになっちゃった。10歳そこそこの子供に何をしようっての?淫行罪で捕まるわよ。
そんなこんなで、追い詰められた私は現状を打破すべく行動せざるをえなくなった。とはいっても、この年では働きに出ることも出来ない。両親も反対するし。
だから、私は神様に与えられた能力を使うことにした。
『妄想創造』の能力で、魔法効果を付与して家のガラクタを本物のお宝に変える。それを売却して、当面の返済にあてた。
元は『掘り出し物』として父が購入した品。そして、父に物を売り付けた詐欺骨董商は、ろくに鑑定の能力なんてないのは分かってる。掘り出し物として売りつけられた偽物のうちのいくつかが、本当に掘り出し物だったということにするだけ。ゼロから何かを作り出すよりは、疑われることも少ないんじゃないか。
それでも、過ぎたものを作り出せば人に疑われる。だから、あえて全力を出さず、低レベルな魔法の付与にとどめた。売る場合も怪しまれないようにまとめて売るのではなく、時間をかけて少しずつ売りさばいた。借金は全部は返せなかったけど、それで私自身が売り飛ばされるまでの猶予は稼ぐことができた。
しかし、何事もそううまくはいかないものだ。父にガラクタを売り付けた詐欺商人は、『ギルド』と呼ばれるこの街の裏組織とつながっていたらしい。
私のやっていることが『ギルド』にばれてしまった。工廠ギルドに所属していない者の魔道具作成は違法だ、と『ギルド』は私を脅してきた。仕方なく私は『ギルド』と取引し、味方につけることにした。
『ギルド』は私の本当の能力を知らない。ただ低位のマジックアイテムを作れる魔技師だと思っている。だけど、マジックアイテムを作り出せる者というのは非常にまれな存在なのだそうだ。だから、私から見ればくだらない効果しか付与されていないものであっても、販売ルートさえあれば高値で売ることができる。『ギルド』は私の制作品を相場よりずっと安く買い叩くけど、国にも工廠ギルドにも目をつけられない販売ルートを提供してくれる。
私が『ギルド』に要求したことはふたつ。製作者である私の名前を決して明かさないことと、私の目の前から「ヒキガエル」を消すこと。そして、要求は叶えられた。
「いつも」のお抱え商人から、お父様が「掘り出し物」を仕入れる。そして私が自分の開拓したお得意先に「掘り出し物」を転売する。うちの商売はそれで成り立っていることになっている。うちにはもう借金はなく、私が生まれる前よりもずっと多くの財産がある。
父と母は私を商才のある自慢の娘と褒め称え、これ以上ないぐらいに甘やかしてくれる。拾ってきた巨大なカエルをペットにしたり、破産して心中しようとしている一家からフィーレという一人娘を買い取ってアシスタントにしたりもしたけど、どんなに好き勝手したって反対されたことは一度もない。
「我が家が安泰なのは、アムネイアが商売上手なおかげだよ」
「いいえ、お父様の目利きが素晴らしいからですわ」
結局のところ、誰の手柄だって構わないのだ。私は自分の思う通り好き勝手に生きられれば、それで幸せなのだから。
・・・・・・ところで、どうして私はこの世界に送られたのだったかしらね。




