第47話 変異するもの
腕輪をシャルムにつけさせてみたところ、約3日程度で魔力がMAXになることが分かった。さすがは法術使い。半年かかると言われた俺とはえらい違いだ。
「これで遺跡からの帰還が楽になるな。家までひとっ飛びだぞ」
「あと1箇所は登録できるんだろう?帰還前に遺跡の中で登録すれば、また途中から進めるんじゃないかな」
確かに入口近くの階にはたいした宝はないから、スルーできるならそのほうがいいかもな。
「だけど、入るのに1回使ったらまたフル充填まで3日かかる。3日ぶっ続けで遺跡に入るとなると、結構な荷物の量になりそうだ」
「うちにもケロッパがいればいいですね。師匠に借りてきましょうか」
「いたとしてもあんなのは連れていかない」
カエルの胃袋に入れた食料やら水やらを口に入れたいか?俺は断固拒否する。
「そもそも、あの遺跡は何階層まであるのだろうね。外側からは大きいようには見えないけど」
「意外と深いよな。前にうちの親父が入った時は10日ぐらい潜りっぱなしだったみたいだけど、最後まで行かなかったって。でも親父はかなり方向音痴だから無駄に時間をくってるだけかもしれない」
底なしってことはないだろうから、戻らずに進んでいけばいずれは最終階層にたどり着くんだろうけど。最終階層にはなにがあるんだろうな。植物の塔みたいにやっかいなモノがいなけりゃいいんだが。
「10日も遺跡に入りっぱなしで、どうやって食料を確保してるんだろう」
「さあ、どうやってんだろ?あまりにも帰ってこなくて死んだんじゃないかと思うことがあるんだけど、放っておくとそのうち帰ってくるんだよな」
「ワイルドなお父さんなんだね・・・・・・」
そんな親父は最近はロマンを求めてちょっと遠くの遺跡にトライしているらしい。中でかち合わなくて済むから俺としては有り難い。
「ゲル子は元々あの遺跡にいたんだよね?奥のほうまで行ってみたことないの?」
花子の言葉にゲル子がプルプルと首を振る。
「以前行ってみたこともありましたが、途中に塩水が溢れているエリアや火が燃えているエリアがあって、先に進めませんでした。奥に行くことにそれほど興味があったわけではないのでだいたいは似たような場所をうろうろしてましたね」
「なるほど、そういう階層があるならいずれ対策が必要になるかもしれないね」
ゲル子と俺が出会ったのはわりと上層のほうだったな。あの時ゲル子が助けてくれなかったら、俺は死んでいたかもしれない。ゲル子は命の恩人だ。頭を撫でてやるとゲル子は一瞬不思議そうな顔をしたが、甘えるように俺にすり寄ってきた。
「ところで、充填が終わった転移の腕輪はどうする?今度遺跡から帰る時に使ってみるってことでいいのか?」
「ちゃんと使えるのか、一度ぐらい実験してみてもいいかもしれないよ」
確かにシャルムのいう通り、疲労困憊の状態でぶっつけ本番で使用してみて変なところに飛ばされたりすると困るな。なんせ作成者があのアムネイアだ。マトモに使えるかどうかはいまいち信用できない。
「はいはーい!あたし、師匠のところに行きたいです!」
「花子、それはいいアイデアですね」
「・・・・・・俺は行きたくない」
用もないのに、どうしてアムネイアのところに行かなきゃならんのだ。溜まるまで時間がかかるんだから、もっと有効に使おうぜ、有効に。
「シャルムだって、街に行くのは気が進まないだろ」
「いや、私はみんなと一緒ならかまわないよ。それに、街でやりたいこともあるからね」
「街に行けば服も買えます」
「じゃあ、満場一致ってことでいいよね」
「俺を無視するな」
勝手に話を進める花子を睨みつけたが、結局多対一では抵抗できず・・・・・・押し切られてまた街に行くことになってしまった。とほほ。
「で、すぐに出かけるのか?」
「あたし、畑に寄ってからにしたい。師匠にシャベルのお礼しなきゃ」
「じゃあ、わたしもひと狩り行ってきましょう」
花子が手に持った『ガチムチ君』を振ってみせると、ゲル子もそれに合わせてくにゅくにゅと腕をしならせる。そうして花子は畑へ収穫に、ゲル子は森へ狩猟に向かい。シャルムと俺は待っている間、一緒に部屋の片付けでもすることにした。
二人が出かけてしばらくして。俺たちが遺跡で拾得したものを整理していると、家の裏手の畑のほうから花子の騒ぐ声が聞こえた。
「クルクー、シャルムー、ちょっと来てーーー!!」
俺とシャルムは手を止めて顔を見合わせる。
「どうしたのかな?」
「おおかた、また大きすぎる野菜を作って運べなくなってるんだろ」
そう言いながら家を出た俺たちに、花子がパタパタと手を振り回しながら慌てた様子で走り寄る。
「あれ、あれ見てよ!」
「あれって何だよ・・・・・・ん、なんだありゃ」
花子のほっそりした指先は遺跡のある方向を指差しているが。
その先からゆっくり『何か』が近づいてくるのが見える。ゆらり、ゆらり。二足歩行のそれは、体を揺らしながらこちらに歩いてくる。
「フラフラしてるな。遺跡に潜ったやつが、足に怪我でもしたか?いや、それにしては・・・・・・」
それにしては体が小さい、と呟いた途端、その顔に木漏れ日が当たり、俺たちは『それ』が何なのかを理解した。
「あれは・・・・・・小鬼だね」
「何でこんなとこに?」
自分の言葉ではあるが、これは愚問だろうな。小鬼はいつもの遺跡にもごく普通に湧いてくる、一般的な魔物。まれに道具などを使い、物陰から奇襲するなどやや狡猾なところはあるが、通常ならたいして強いわけでもない存在だ。だが、ここに来ているということは、遺跡から出てきたということで。
「危険種・・・・・・なのか?」
「出てきているからには、変異していると見て間違いないだろうね」
俺は徐々に近づいてくる小鬼に目を向ける。手には斧のようなものを持っているようだ。顔は俯き気味で、表情はよく見えない。見えたとしても、魔物の表情なんて読み取れる自信はないが。
「さて、どうする?」
危険種・・・・・・すなわち遺跡を出て変異した魔物は、人里に災厄をもたらす存在として見つけ次第排除するのが鉄則だ。どんな子供だってそれは常識として知っている。だが、魔物はめったに変異することはなく、俺もゲル子と花子を除いてはそれらしき魔物を直接目にするのはこれが初めて。
己の欲望に従い人里を襲い、思うがままに破壊し貪り尽くす、そういった存在も確かに存在するだろう。その被害にあった例はいくつか話に聞いている。いやむしろ、そんな変異種のほうが多いからこそ、『危険種』などと呼ばれているのかもしれない。だが、こうやってゲル子や花子と接している身としては、魔物だから害悪だと決め付けて殺してしまうのは、なんだか違うような気もする・・・・・・。
「あたし、話しかけてみるね」
「あ、おい・・・・・・」
俺が逡巡しているうちに、花子は好奇心むきだしの顔でそのフラフラしている小鬼のほうに駆け寄った。慌てて俺とシャルムも後を追う。
下を向いたままフラついている小鬼に、警戒する様子もなく近寄る花子。話しかけようと口を開いた瞬間、俺の目の端にきらりと光るものが映り・・・・・・俺は反射的に花子の肩を引き寄せた。
ブォンッッ。
耳を震わせる風切り音とともに、金色の一房が切り取られ、花びらのように宙を舞う。足元を見れば地面に突き刺さるように打ち込まれた斧刃。動くのが一瞬遅ければ、花子の頭は潰れたトマの実のようにぐしゃぐしゃになっていたかもしれない。
「おい、てめえ、いきなり・・・・・・」
目の前の小鬼に抗議の声を上げかけたが、近くでその目を見た途端、俺は何もいえなくなってしまった。焦点が合わず黄色く濁ったその目には理性は感じられない。だが、遺跡にいる魔物たちの感情のない冷たい目とも違う。まるでそれは、薬漬けになった廃人のような。
なんだこいつ。明らかに異常だ。それとも危険種とは、本来こういうもんなのか?
少なくともいえるのは、目の前の存在とはどんなに好意を向けても対話はできそうにないということ。俺はダガーを構え、小鬼に切りかかった。肩口に切りつけたが、相手は全くひるむ様子もなく今度は俺に向けて斧を振りかざす。斧を振りぬくその腕はフラフラした足取りからは信じられないぐらいの軽やかさだ。
何度目かに振り下ろされた斧をシャルムが杖で受け止め、法力で生み出された衝撃で弾き飛ばしたが、小鬼はわずかに斧を宙に浮かせただけで、体勢も崩さず、シャルムに反撃の斧を振るった。
「かなり力が強い。遺跡の小鬼とは大違いだ」
金属に覆われた杖で斧の刃を受け止めながら、整った顔を歪ませるシャルム。斧は杖でがっちりと押さえ込まれているが、押されているのかじりじりとシャルムの腕は下がっている。シャルムが小鬼を押さえつける間、俺は何度もその体に切りかかる。ダガーの刃は何度も小鬼の体の上できらめくが、その体表を傷つけるのみで、肉に深く食い込むことはない。
花子も懸命に攻撃を放っているが、状態異常もあまり効果が出ているようには思えない。小鬼はシャルムを力で抑え込んだままで、何やらブツブツと言葉らしきものを口にする。それに呼応するように小鬼を囲むような形で無数の黒い礫が宙に浮かんだ。
「おい、まさか・・・・・・魔法か!」
叫ぶような小鬼の金切り声とともに、浮かんだ礫が一斉にシャルムに叩きつけられる。くぐもった呻き声を漏らして後ろに吹き飛ばされるシャルムと、そこに振り下ろされる斧。俺はとっさに小鬼のひじを蹴り、その軌道をわずかにそらすことに成功した。
「俺が前に出る!その間になんとかしてくれ!」
両手で地面の土砂をつかみ、小鬼に投げつける。小石は空中で斧に跳ね飛ばされたが、風圧で飛ばしきれなかった細かな砂が魔物の顔を打つ。小鬼は怒り狂ったように斧の連撃を放ってきたが、回避に専念した俺は難なくそれをかわした。
受け止めたらたぶん押し負けるよな。だけど、逃げ足だけは自信があるぜ。
ひとつ、ふたつ。斧が打ちおろされるたびに俺の足元の土が抉り取られる。しかしその刃はギリギリのところで俺の体を掠めることがない。
手ごたえのなさに苛立ったか、小鬼はまた何やらつぶやき、黒い礫を生み出す魔法の詠唱を始めたが・・・・・・
『裁雷!!!』
そこに詠唱を終えたシャルムの稲妻が炸裂する。目の眩むような光の攻撃を受けて、ブズブズと嫌な匂いの煙を噴き上げながら膝をつく小鬼。そこに止めとばかりにシャルムが杖を打ち込む。無防備になった首元に俺がダガーを突き刺すと、小鬼は力尽き、魔石に姿を変えた。
「ふー、危ないやつだったな・・・・・・やっぱりああいう変異種もいるのか」
「というより、ゲル子ちゃんや花子ちゃんのほうが特別なんじゃないかな」
気が抜けたのか、花子は服の裾が汚れるのもかまわず地面にぺったり尻餅をついている。体の構造上、尻餅というのか、花餅というのかは微妙だが。俺とシャルムはその近くの柔らかい草の上に並んで腰を下ろした。
「シャルムは変異種の魔物をみたことがあるのか?やっぱりさっきみたいなやつが普通?」
「うーん、仕事で退治もしたけど、いろいろだね。獣と変わらないものもいるし、狡猾なやつもいる。人を欺いたり、神を騙って小さな村にいけにえを要求したり。でも、友好的なのはいなかったかな。こちらも攻撃的だったからかもしれないけれど」
「そうか」
俺は小鬼の残した魔石を見る。変異種でも、死ねば魔石になるというのは変わらないんだな。普通の魔物よりは大きくて立派だが、色や質感は違いがないように見える。
「あたしたちと同じかと思ったんだけど、なんだかフクザツ」
「人間にもいいやつもわるいやつもいるからな。魔物だっていろいろいるんだろ」
俺はなんだか俯き気味の花子の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「ただいまですよー」
「ゲル子、無事だったか」
ゲル子が帰ってきたのは俺たちが小鬼を倒してから1ゼッカほど経った頃。お土産ということで張り切ったのだろう、背中に自分よりも大きいぐらいのライアーム鹿をかついでいた。窒息死させられたのだろうか、体にはあまり傷がない。
「これは・・・・・・内蔵抜いて血抜きが必要か」
「ずいぶん大物だねえ」
解体用の大振りのナイフを取り出し、頚動脈を切って放血する。内臓を傷つけないように皮膚を切り、あばらを開いて中身を出す。
「見事な手際だ」
「そりゃ、散々やらされてるからな。こんな大物はめったにないけど」
皮は傷がないからいい値で売れそうだな。剥いでおくか。
「内臓はどうしますか?」
「あまりうまいもんじゃないし、傷みやすいから捨ててもいいだろ」
「じゃあ、わたしがもらっておきますね」
そういって生のままの赤黒い塊を口の中に取り込むゲル子。獣の内臓をむさぼり食う血まみれ美少女・・・・・・邪神でも宿ってんじゃないのかと疑いそうになるようなホラーな姿だ。
「やめろ、なんかグロい」
「えー、栄養価はよさそうですよ?」
「なんだかシャルムに退治されそうな禍々しい光景になってるぞ。せめて口以外からこっそり入れろ」
俺たちに見えないように、背中からとかな。
「だって、人の姿の時に口以外から物を入れるとクルクさん嫌がるじゃないですか」
「そりゃまあ、不気味だからな・・・・・・」
スライム状の時は溶かそうが呑み込もうが全然気にならないんだが、人間と同じ見た目をしているものがやらかすとなんだかショックでかいんだよ。顔がかわいい分、余計に。
「ところで、花子のほうは野菜はできたんですか?」
「ああ、それなんだけど、実はね・・・・・・」
花子が先程見た変異種の魔物の話をゲル子にも説明する。花子の話はいつもちょっと「足りない」ので、俺とシャルムも補足説明を追加したが。
「なるほど、変異種の小鬼ですか。それで野菜を作る暇がなかったと」
話を聞き終えて、うんうんとうなずくゲル子。
「そこじゃないだろ!・・・・・・ってお前、ずいぶん落ち着いてるな。驚かないのか?」
元がスライムだから表情は作り物なわけだが、それでも以前よりもゲル子の感情が読めるようになってきた気がする俺。スライム状のときもなんとなく機嫌がいいとか落ち込んでるとか分かるし。
「えーと、実はわたしも前に変異種の魔物、見たんですよ」
「は?」
「ええ?!」
「ウソ?!!」
ゲル子の話によれば、一度遺跡の近くまで晩御飯を探しに行った時に、森の中をウロついている魔物と出くわしたらしい。その魔物は小鬼ではなかったそうだが。
「そいつ、どうしたんだ?」
「倒しましたよ。魔石はクルクさんのカバンに入れておきました」
「よく倒せたな・・・・・・さっきのはかなり強敵だったぞ」
「お食事中のようだったので、不意打ちで」
そういってシュシュっとパンチの真似をしてみせるゲル子だが、二の腕が振動に合わせてプルプルしていて強そうに見えない。元々筋肉があるわけじゃないから、たるんでるわけでもないんだけど。
「話しかけてみなかったの?」
「いやあ、見た目といい、お食事の内容といい、クルクさんとは仲良くできなさそうな方だったのでヤっちゃっていいかなって」
「さっきまで血まみれで内臓食ってたお前がそれを言うのか」
呆れる俺に「てへっ」と笑いかけるゲル子の口元を、シャルムが母親のような優しい手つきで布でぬぐってやっている。
「しかし、妙だね。魔物の変異というものはめったに起こらないはずなんだけれど。年を経るとより強く凶悪になることが多いから、ひとつひとつは大きな災害に繋がることもあるが、立て続けに発生したというのは聞いたことがない」
「でも、ひとつひとつはたまに起こることなんだろ?たまたま今回俺たちが立て続けに発見することになっただけなんじゃないか。昔、山ひとつ向こうの村が滅ぼされたことだってあった。珍しくたってそれなりには起こることだから、出会っちまうかどうかは運もあるだろ」
「そういわれれば、そうかもしれないね」
だが、この出来事が単なる「偶然」ではなかったということを、後ほど俺たちは知ることになるのだった。




