第41話 蓮は泥の中より生まれ出で
気がついたら、ゲル子と花子が不安そうに俺の顔を覗き込んでいた。しばらく辺りを見回して、何があったのかをゆっくり思い出す。
「・・・・・・シャルムは?」
俺の言葉に、花子がゆっくりと首を振る。俺は目の前の階段を上り、先程まで戦っていた最上階へ戻った。そこにあったのは飛び散った泥と焼け野原。柱の少女も燃え尽きたのか、何も残っていなかった。
「ちくしょう、ちくしょう」
助けられなかった。いや、俺の代わりに死なせてしまった。俺が足を滑らせなければ、シャルムは助かったのか?そもそも、一人で行くシャルムを強引に引き止めて、無理にでも一緒に行っていれば・・・・・・もっとうまくやる方法はいくらでもあったんじゃないか。
八つ当たりをするように、泥に拳を叩きつける。シャルムとはほんの短い間の付き合いで、それも、事件の調査のために半ば強引に雇われたようなもんで。でも、短い付き合いの間でも決して悪いやつじゃなかったと感じている。お互いの立場がなければ、もっと友人としての関係を続けられただろう。
俺はなんて無力なんだろう。友人一人を守る力も持たない。俺がもっと強ければ、シャルムは死なずにすんだかもしれない。俺が不甲斐ないばっかりに。
俺の視界が滲み、泥の上にぽたぽたと何かが落ちる。と、その時。
「アチッッ・・・・・・な、なんだ?」
俺の懐が急に火でもついたかのように熱くなった。中に手を入れてみると、何かが燃えんばかりに発熱している。これは、確か・・・・・・。
そうだ、アムネイアというお嬢様が俺に渡したものだ。使い道が分からず、ただ懐に突っ込んで置いたものだが。あの時は灰色だったが、今は黄白色の光を放って輝いている。
石は柔らかい光を放ちながら、目の前の泥の中に吸い込まれていった。石の光が消えるとともに、泥が再びぼこりぼこりと盛り上がり始める・・・・・・まさか、あいつまだ生きていたのか?
だが、泥は人のような大きさまで盛り上がった後、ずるりとまた地面に崩れ落ちた。そして、中から出てきたものは太陽のように濃い色に輝くクセのある金髪。
「まさか・・・・・・シャルム?いや、違う、ゴウプ族か」
その髪はまさしくシャルムのもの。顔立ちもどこかシャルムに似て美しい。だが、その側頭部には硬い角が巻かれ、傷ひとつないつやつやとした褐色の肌。全裸で横たわるその肢体は筋ひとつ浮かずしなやかに四肢が伸び、こぼれ落ちんばかりの豊かな胸が泥を押し上げていた。
「ど、どちら様でしょう・・・・・・ひょっとして、生贄になった人?」
あまりの驚きに、涙が引っ込んでしまった。泥まみれの手で頬をごしごしこすってから、再度そのゴウプの女を見る。女がうっすらと目を開けると、金色の虹彩の中にゴウプ特有の横長の瞳孔が光っているのが見えた。
「・・・・・・クルクくん?」
「え?」
「ここは、きっとあの世かなあ。でも、クルク君もこっちに来ちゃったんだな。せっかく助けられたと思ったのに」
待て。今なんつった、この女。
「つかぬ事をお伺いしますが、えーと、あんた、誰?」
「・・・・・・死んだショックで私を忘れてしまったのか?私はシャルムだよ。シャルマール・ルーラン」
・・・・・・おい、こりゃ、どういうことだ。
--- その石は持ち主が自分の行動に強く後悔したとき、その原因となった事実を改変する力があるの。1回限りの使い捨てだけど。ただし、どんなふうに改変されるかは決められない。ある程度持ち主の願望が反映されるらしいけどね ---
--- ある程度持ち主の願望が反映されるらしいけどね ---
--- ある程度持ち主の願望が・・・・・・
お嬢様の言葉が俺の頭の中でリフレインする。つまり、あれか。これは俺の後悔とちょっとした願望が入り混じった結果っていうことか。
「あー、うん、シャルム。ちょっとお前、自分の体をよく見てみろ」
「体?って、えええ?」
シャルム自信も自分の姿がおかしいということに気づいたらしい。体のあちこちを触りながら慌てふためいている。あ、そうやって動いてるとかなり胸が揺れるな。見事な大きさだからな。
「なんだか、私、女性に生まれ変わってしまったみたいなんだが」
ああ、うん。悪かった。たぶんそのおっぱいの辺りは俺の願望が原因だと思います。俺の好みにジャストフィットのはちきれんばかりの大きさだし。
「それだけじゃないぞ、お前、ゴウプ族になってるみたいだ」
「そうなのか?あ、本当だ」
シャルムが自分の角を触って確認する。シャルム自身はあまり差別的ではないみたいだけど、光の教団は、教義のせいもあってゴウプを嫌うからなあ・・・・・・別にそこは俺の願望のせいではないと思うんだけど、元の通りの姿で生き返らせてやれなかったことはなんだか申し訳なく思う。
「とりあえず、お前の服は燃えてしまったみたいだからさ。俺の服を貸してやるよ。そのまんまじゃ、目のやり場に困るし。杖は・・・・・・ええと、そこに落ちてるみたいだな。硬いから喰われなかったんだろ。拾っていけよ」
俺は上着を脱ぎ、鞄の中に入れておいた短い外套も出してやる。うまく腰に結べばスカート代わりになるだろ。なあに、元は男だったとしても今の姿なら、スカート履いてても変態には見えないぞ。
「とりあえず、どんな形でも生きててよかったよ」
「まあ、それはそうだな。完全に死んでしまったものと思っていたよ」
「シャルムはこれからどうするんだ?俺たちは一旦街に帰ろうと思ってるけど」
暗に一緒に行くか?と誘ってみるが、シャルムは首を振る。うーん、やっぱり俺が異端だってこと気にしてんのかな。自分が一回死んじまったせいか、もう俺を殺そうという気はないみたいだけど。
「私は教団に戻り、今回のことを報告する。見た目がこれだから、少し苦労するかもしれないけどね。まずはこっそり信じてくれそうな人に会いに行って、うまく処理してもらうことにするよ」
「そうか・・・・・・まあ、いろいろ頑張れよ」
「ああ、今まで本当にありがとう」
おい、これからもう会わないかのような言い方するなよ。不吉だろうが。
「俺は、しばらくは星のしずく亭に泊まってる。その後は、自分の拠点に帰る。あーー、念の為、俺の拠点を教えておく。もしまたなにか困ったら訪ねてきてもいい」
そう言うと俺は布切れに簡単に森の地図を描いてシャルムの手に握らせた。
「言っとくけど、他には教えてないんだからな。絶対、教団のやつらには教えるなよ」
「うん、分かってるよ。いろいろ処理が終わったら・・・・・・追加報酬を払いに行く。美味しいお土産でも持ってね」
「まあ、期待せず待っといてやる」
そうして俺たちは散々な思いをした塔から降り、それぞれの目指す方向に向けて歩き出したのだった。・・・・・・しばらくはもう、この塔には来たくないなあ。




