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第39話 決戦、そして

 だんだん濃くなる匂いの強さから想像はついていたが、最上階は赤い絨毯を敷き詰めたような見事な花畑だった。アルラウネの下半身の花を小さくしたような、毒々しいぐらい赤い花弁と透明感のある菱形の葉。甘ったるい匂いは空気に色がついてるんじゃないかと思うぐらい重いもので、花子の体液で耐性をつけている俺でもめまいがしそうになるぐらいだ。花の下は泥のようなじくじくした地面で、歩くごとに足がとられそうになる。


 その花畑の奥に、一人の男が立っていた。痩せ気味だが背の高い、初老の男だ。色は違うがシャルムのものに似た神官服を着込んでいるので、神殿関係の人間だろう。その前に赤い絨毯にうずもれるようにして膝をついている男が一人。ややクセ毛の濃い色の金髪にすらりとした背中。一目でシャルムであることが分かった。


「おいお前、お前が黒幕なのか?」


 俺が声をかけると、初老の男が眉をひそめながら爬虫類のような冷たい目を向ける。


「きみは確か、ルーラン光使が飼っているネズミくんだったね。なにやらぼくの部屋をこそこそ嗅ぎまわっていたと思ったら・・・・・・健気にも飼い主を追ってきたのかい」

「じゃあ、やっぱりお前がロータム光司ってやつか。お偉いさんだと聞いてたけど、思ったよりしょっぱい見た目だな」


 俺が鼻で笑うとロータム光司は不愉快そうに顔をゆがめる。


「まあいい、せっかくだから一緒に話を聞いていきたまえ。特別にいいものをお見せするよ。まあ、最後はルーラン光使とともに死んでもらうしかないのだがね」

 

 そう言って邪悪に嗤うロータム光司。


「クル・・・・・・!!・・・・・・どうして来たんだ。来たら殺すといっただろう!」

「そんな脅しに乗るかよ。俺は遺跡の盗掘屋だ。いつ遺跡に入ろうが俺の勝手だね」

「ばかなことを・・・・・・!」


 シャルムが俺を睨みつけるが、そんなうずくまった状態じゃ全然怖くないぞ。


「まあまあ、仲違いせず話を聞きたまえ。後でみんな仲良くあの世へ行くのだからね」


 ロータム光司はゆったりとうなずいて、講釈を垂れる神官のように腕を広げた。


「さてまず、ぼくがこの場所を知ったきっかけだったね。これはルーラン光使なら知っていると思うが、きっかけは3年前の調査さ。あの時は邪教徒の調査という話だった。残念ながらそちらはハズレだったが、実はここは古代の神殿のような場所でね。今は知られていない、尊い神が祀られていたのさ」


 シャルムは話は聞いているようだが、先程からうずくまったまま身動きもしない。ひょっとして、状態異常で体が動かなくなってるのか?


「当時のぼくはまだ光の神を信じていた。ここから出てきた碑文などを読んで、許されぬ神を祀る場所であると考え、最初はここを破壊しようとしたよ。今考えれば愚かなことだったがね」

「それでこの花を見つけて・・・・・・金になると踏んで、『赤い花』を製造したのかよ」


 ロータム光司は俺の言葉を鼻で笑い、首を振る。


「君は何も分かっちゃいないね。薬の製造はあくまで南の連中を操り、手駒を作るだけの手段さ。薄汚いやつらの餌にはちょうどいいからね。ぼくの目的はそんな陳腐なものではないよ」

「じゃあ、何が目的だってんだ」

「初めて最上階のこの場所に来たとき、そして偶然彼女が現われたとき・・・・・・あまりの感動に私の心は打ち震え、今までの愚かな考えが全て消し飛んでしまったよ。そう、光の神への信仰もね。ここには本当の女神がいるんだ」


 見てごらん、そういうとロータム光司はスタッフを掲げ、奥にある壁の柱のような膨らみをコンコンと叩いた。樹木の幹のようなその柱は刺激を受けて左右に割れ・・・・・・中にあるものを露出させる。


「あれは・・・・・・アルラウネ?」

「あたしに似てる・・・・・・」


 柱に埋もれるようにして入っていたのは、眠っているかのように目を閉じた金色の髪を持つ美しい少女。透けるような白い肌をしており、下半身は大きな花で覆われている。アルラウネのようだが、階下のアルラウネたちよりもその姿は幼く・・・・・・そう、花弁が赤色であることをのぞいては、その姿は花子に瓜二つだ。


「どうだい、美しいだろう。残念ながら、彼女はずっと眠ったままなのだよ。でも、供物を捧げるときだけはこの美しい唇がそっと私に微笑むのだ。ああ、その美しさときたら。見るだけで恍惚としてしまうよ。きっと古代の人間もこうして彼女に仕えてきたのだろう。わたしは現代で唯一の彼女のしもべだ」

「アルラウネが・・・・・・神様だってのか?」

「アルラウネというのは下の階にいる魔物どもだね。あれらはおそらく彼女の眷属として、彼女に似せて作られたものだろう。彼女はあのような不完全なものたちとは違う」


 彼女の微笑を君たちにも見せてあげよう、そう言うとロータム光司は神官衣の中から片手に余るほど大きな塊を取り出す。それは・・・・・・ゴウプ族の赤子だった。ぐったりしているのか死んでいるのか泣き叫ぶこともなく自分をつかむ手に大人しく身をゆだねている。


 よしよし、お母さんが先に待ってるからね。赤子にそう優しく囁きかけると、ロータム光司は右手でベルのようなものを取り出し、りぃんと鳴らした。


「これはね、彼女を目覚めさせる合図なのだよ」


 ベルの音が響くとともに、ロータム光司の足元の泥が生きているかのように蠢く。それは軟体動物のようにグネグネ動きながら盛り上がり、餌をねだるヒナの口のようにぱっくりと中央に穴をあけた。


「待て、何をするつもりだ・・・・・・!」


 シャルムが立ち上がり、光司につかみかかろうとするが、やはり体が十分に動かないんだろう。足をもつれさせてずるりと泥の中に倒れる。


 そして、ロータム光司は左手で立ち上がった泥の中に赤子を投げ入れ・・・・・・赤子は一瞬泣き声をあげたが、すぐに泥に飲み込まれた。しばらく咀嚼するかのように泥が蠢き、ブリュ、と粘着質な音がしたかと思うとわずかに肉の残った小さな頭蓋骨が泥の上に吐き出される。それとともに・・・・・・柱の中の少女が目を閉じたまま、花がほころぶように美しく微笑む。


「う・・・・・・」


 見ているだけで吐き気を催す。何だ、あれは。確かにあんなものはアルラウネじゃない。この部屋の泥のように見える地面全てが魔物なのか。俺たちは今魔物の口の上にいるのか。そう考えるとぞくりと背筋に冷たいものが走る。


 どうだい、美しいだろう。そう言いながらロータム光司は微笑を浮かべる柱の少女を蕩けるような表情で見守っていた。


「こんなこと、狂っている・・・・・・あなたは狂っている!」

「ぼくが狂っている?じゃあ聞くがね、ルーラン光使、ぼくのしていることと君のしてきたこと、何が違うのだい?神のために人の命を犠牲にする。それは変わらないだろう。ぼくの女神は、正義などという言葉で言い訳をしたりはしないがね」

「・・・・・・・・・」

「今も昔も、人の命は神への最高の供物なのだよ」


 ロータム光司の満足げな笑い声が響く。俺は立ち上がり、シャルムの元へ走る。だが泥に足をとられ、体が思うように動かない。なんとか近くまでたどり着き、シャルムに蜜の入った小瓶を渡す。今まで散々飲ませてやったんだ、それだけで意味は分かるだろう。シャルムは小瓶を受け取り、一瞬何か言いたげな表情を見せたが・・・・・・何も言わずにただうなずいた。


「さて、あの小さいものでは、前菜にしかならないだろう。ここからはメインディッシュといこうじゃないか」


 そういうとロータム光司はまたベルをりぃんと鳴らす。ベルの音に呼応してまた足元の泥が蠢き、盛り上がる。先程よりもずっと大きい。


「本当は、供物は美しい女性だけと決めているのさ。男が彼女に抱かれるというのは癪だからね。だけど、ああ、ルーラン光使。君の顔立ちはとても美しい。きっと君を肥料にすれば、彼女はもっと美しくなるに違いないよ」


 触手のように伸びてくる泥の手を、ビンの中身を飲み干したシャルムが間一髪でかわす。スタッフをふるい泥に打撃を打ち込むが、表面が飛び散るだけで効いている様子はない。


「シャルム、気をつけろ。普通の攻撃は効きそうにないぞ」

「そうだ、ネズミ君。後ろのお嬢さんたちもとてもよい供物になりそうだね。だが、君は彼女にはふさわしくないな。焼却処分だ」


 ロータム光司が俺にスタッフをかまえ、詠唱を始める。


≪万物の根源たる混沌の主よ その黒き息吹をもって仮初かりそめかげを焼きはらえ 黒炎ダークフレア


 詠唱とともに生き物のように黒い炎が立ち上がり、俺を焼き尽くそうと襲い掛かる。とっさにゲル子が俺を包み込み、炎を自分の体で受ける。


「ゲル子・・・・・・!!」


 ジュウジュウという音とともに髪の毛が焦げるような嫌なにおいが立ち昇る。見れば、ゲル子の体は約3分の一ほどが蒸発し、残った体もぼこぼこと沸騰したような泡を噴き上げていた。


「大丈夫、平気ですから」


 そう言いながら、健気にも俺の前に立ちはだかるゲル子。その隙にシャルムが≪裁雷パニッシュ≫の詠唱を始める。


「ほう、君は人間ではないのか?だからここで自由に動けるんだね。これではぼくも分が悪い」


 そう言うとロータム光司はさっと片手を上げ、何かの合図を送った。それを受けて花の中から、3体の魔物が立ち上がる。その姿は人にも猿にも似た・・・・・・


「あれは・・・・・・さっきの!」


 やっぱりあれは、こいつの手下だったのか。普通の魔物ではないと思ってたが。


「これはね、『赤い花』の実験でこうなったのさ。一度に多量の摂取をすると、こんな風に理性が飛んでしまってね。姿も獣のようになる。だが、薬さえ与えれば簡単な命令なら聞くので便利に使っているよ」


 さあ君たち、あのネズミ君を殺したまえ。ロータム光司の掛け声とともに、3体が同時に俺に襲い掛かってくる。しかし、一体にシャルムの≪裁雷パニッシュ≫が命中し、一体はゲル子に阻まれ殴り飛ばされた。残る一体を避け、俺は懐から催涙草の粉末を取り出しその顔面に投げつける。そのまま切りつけようとナイフを振りかぶったが・・・・・・再び放たれたロータム光司の≪黒炎ダークフレア≫に飲まれそうになって慌てて身を翻した。


「ふうむ、なかなかしぶといじゃないか」

「そんなに簡単に死んでたまるか!」


 その後も怒り心頭となった二体の魔物の攻撃を避け、どこから出てくるか分からない泥の触手を避け、ロータム光司の≪黒炎ダークフレア≫を避け続ける。足場が確かなら楽勝なんだが、泥の上というのが何ともやりづらいな。そのうち、蜜の効果が切れてきたのかまた頭がぼうっとしてくる。シャルムのほうも同じなんだろう、時折足をもつれさせている。そうしているうちに、二体の魔物の爪を避け損ね、腕に鋭い痛みが走った。ゲル子が反撃でなんとか一体を倒す。


「よく頑張ったがね、そろそろ諦めてはどうだろう」


 りぃん、ロータム光司がまたベルを鳴らす。ぼこりぼこりと俺たちの足元が持ち上がる。このフロアにいる限り、逃げ場はないってことか・・・・・・だが。


「おい、俺たちばっかりにかまってていいのか?」

「・・・・・・どういうことだ?」

「お前の大事な女神様が、今どういうことになっているのかってことだよ」


 そういうと、ロータム光司は慌てて柱の少女に目を向けた。そこにいるのは・・・・・・柱の少女とそっくりの、美しい金髪と桃色の花弁に包まれた少女。並ぶとまるで双子のように見える。桃色の花弁の少女---花子はそのほっそりとした小枝のような腕を振り上げた。その手に握られているのは、俺のダガーナイフ。


「やめろ・・・・・・ああ、やめろ!!」


 柱の少女に振り下ろされるきらめきに、ロータム光司が体を震わせる。


「ああ、やめてくれ・・・・・・ぼくの女神!!!」


 彼の願いも空しく、花子の腕は柱の少女の胸に向かって振り下ろされた。柱の少女は一度ビクンと体を震わせたが、その後はまた動かなくなった。


「やった・・・・・のか?だが・・・・・・」


 ロータム光司が泥の上にへたり込む。手に持っていたベルが落ち、りぃぃぃんといっそう大きく鳴り響いた。その時・・・・・・足元の泥がぼこりぼこりと持ち上がり始めた。


「な、なんだこれ、床全体が生き物みたいに・・・・・・!!」


 泥の塊はその場にいた魔物たちを飲み込み、大きくなってこちらに押し寄せてくる。

 

 柱の少女から離れた花子が、泥の塊を避けながら俺たちの元に走り戻ってきた。足の構造が違うからだろうか、泥の上でも速やかに動けるようだ。


「クルクさん!!」

「早く逃げようよ!」

「ああ、そうだな・・・・・・おい、シャルム!逃げるぞ!」


 シャルムの手をとり、引っ張る。だが、シャルムの足の動きは鈍い。状態異常のせいで動きづらくなっているのか?


「すまない・・・・・・少し法術を使いすぎたようで、力が入らないんだ。置いていってくれてもかまわない」

「馬鹿なこと言うな!お前、後で絶対追加報酬もらうからな!必死で走れよ」

「だが、やつのいう通り、私は今まで人を・・・・・・ずっと矛盾を抱えながら、人を。こんな私は、本当は生きる価値など・・・・・・」

「精神力が足りなくなって、ネガティブになってんのか?だが、残念ながらここには神はいねえ!懺悔なら街に帰ってからしやがれ!」


 泥の塊がさらに大きくなり、俺たちを逃すまいと覆い被さってくる。一人膝をついているロータム光司もまた、あっけなく泥の海に飲み込まれていく。


「ああ、女神様。今度はぼくをお召しになるのですか?あなたに抱かれて眠るのであれば、ぼくは本望で

す。どうか、あなたとひとつに・・・・・・」


 ブツブツと呟くロータム光司の声が泥の中に消えていく。


「ほらシャルム!飲まれたらああなるんだぞ!しっかり走れ!」

「ああ・・・・・・ああ。クルクくん、すまない。私は結局君を巻き込んで。こんな危ない目に・・・・・・」

「だから、それはちゃんと追加報酬もらうって言ってんだろ!」


 ついでとばかりに、鞄から火薬壷を取り出して火をつけ、花に投げつけてやった。花が燃え上がって小気味いいが・・・・・・しまった、匂いがいっそうきつくなって息苦しいぞ。ゲホゲホ。


 泥の塊は燃え上がった火にひるむ様子もなく、俺たちに迫る。ああ、あと少しで下の階への階段に届く。


 そう思った瞬間、ずるりと足が滑った。よろめいた途端に上から泥が覆い被さり、俺を飲み込もうと・・・・・・だが、俺の体は何者かに突き飛ばされ、下の階へと真っ逆さまに落ちていった。意識を失う瞬間、俺が最後に見たものは、泥に飲まれるシャルムのどこか寂しげな、だが満足そうな微笑だった・・・・・・。


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