第38話 赤い花を探して
「ええーー??あたしたちを置いて街を出るってどういうこと?」
「クルクさん、わたしたちを捨ててしまうのですか?そんなにあの金色頭がよかったのですか?」
「だーーかーーらーーー、違うって言ってるだろ!」
今度の遺跡の調査、ゲル子と花子に留守番してろと言ったら朝からこの調子だ。全く聞き分けがない。
「わたし、もっともっとお役に立てます。なんでもやります。だから、捨てないでぇぇぇぇ」
「この間だって助けてあげたのに信じられない!あたしたちがいないと弱っちいくせに!」
「いや、俺だってお前たちを連れて行きたいぞ?でも、他の人間の前で戦わせるわけにはいかないって」
こいつらが魔物だということは他の人間には秘密だ。ましてや、シャルムは異端審問官。魔物を仲間にしているなんて、バレた時点で異端者確定で追い詰められることになるぞ。
「とにかく、街中では割とうまく人間のふりができてたみたいだけど、戦闘となるとお前らいろいろバレるだろうが。今回ばかりは連れて行けない。その代わり、小遣いは十分にやるから二人で街で遊んでろよ」
それでもまだブーブー文句を言っている二人を置いて、宿を出た。
シャルムは最初会ったときのような白い神官服に金属に覆われた長い杖を持ってきていた。どうやら、これがシャルムの戦闘衣装のようだ。
「ここから塔まで行くには結構時間がかかると思う。昼用に宿で簡単な弁当を用意してもらった」
「移動のために騎獣を用意した。乗っていけば大幅に時間短縮できるだろう」
おお、騎獣か。噂には聞いたことがあるが、かなり高額らしいんで一般人の俺は乗るのは初めてだ。種類によっては馬車なんかよりスピードが出るって言うけど、本当だろうか。
シャルムの連れてきた騎獣はふかふかした毛並みの大型の獣だった。三角の耳と巻き尻尾がかわいいが、顔つきは精悍だ。馬並みに体格が大きく、二人乗れるとのことなのでシャルムの後ろに乗せてもらう。
「結構揺れるので、舌を噛まないように気をつけて」
言葉通り乗り心地はいいとは言えず、着いたころにはかなり尻が痛くなったが、昼前には目的の遺跡に到着することができた。騎獣は放しておくと自分で街に帰っていくらしい。いいな、あれ。金が溜まったら俺も買おうかな。いつになるか分からないけど。
「騎獣を返してしまったから帰りは歩きになってしまうけどね」
「まあ、誘拐されてる人を解放できたら、どうせ騎獣には乗り切れないだろ」
そう言いながら七つ道具を取り出して遺跡の入り口をあける。
「へえ、そうやってこじ開けて遺跡に入るのか」
「そういえば、教団が遺跡調査する時はどうやって開けるんだ?俺たちみたいなのがいるのか?」
「いやいや、きちんと申請をして『許可証』を借りるんだよ。『許可証』は遺跡の作られた時代の宝のひとつで、持っているとそれに対応した遺跡に入ることができるというものだ。『許可証』があると勝手に入り口が開いて入れるようになるんだよ」
「なるほどな」
遺跡は通常、国やその地域の権力者などが管理していて自由にはいることはできない。俺たちは勝手に入り込んでるわけだけど、正式に許可をとって調査しているやつらはそうやって中に入っているんだな。
塔の中の構造は以前とだいたい同じだった。もともと構造が単純なのか、それとも中の構造が変化するのはうちの近くの遺跡だけなのか。理由はよく分からない。出てくる魔物も、まあ、前と同じ。あの豆っぽいのとかな。アラクネさんとアルラウネさんは相変わらず立派なプロポーションだった。眼福眼福。
シャルムは法術使いなので後方支援の戦い方をするのかと思ったら、長い杖を振り回して敵と肉弾戦もできるようだ。俺があまり接近戦タイプじゃないから、仕方なく前衛してるのかもしれないけど。シャルムの杖は先がハンマーのように出っ張っていて、それだけでも当たればそれなりに威力はありそうなのだが、敵にぶつかるとその後どごぉんと重い音を出して敵が吹き飛んでいる。
「当たった後、法力を吸い上げて衝撃派を出すような仕掛けにしてあるんだよ」
マジックアイテムの一種か。おっかないな。戦闘ではあまり俺がお役に立てることはなさそうだ。
≪我が祈り 正しき神の慈悲となり 汝の命を照らさん 小治癒≫
俺が怪我をするとそのおっかない杖をこちらに向けて、今度は治癒の法術を使ってくれる。本人の話ではあまり治癒はうまくなくて、攻撃のほうが自信があるのだそうだ。
ゲル子がいなくて正直不安だったんだが、シャルムが強いおかげで問題なく進むことができそうだ。俺の罠解除も順調だし。状態異常のほうも、昨夜たっぷり搾り取っておいた花子の蜜を使ってなんとかしのいでいる。いつも通り採取方法がアレなので、俺の唾液も入ってしまっているかもしれないが。シャルムには「解毒ポーション」だと言ってあるけど、コレが本当は何なのか教えるわけにはいかないな・・・・・・。
そんなこんなであまり危なげなく上って今5階ぐらい。前回来たときはここまでは来てないな。下の階よりもずいぶん甘い匂いが強くなって、ちょっと頭がぼーっとしそうになる。
「思ったより早かったなあ。あと半分だから、頑張って進むぞ」
そんな俺の言葉にシャルムが杖を掲げてうなずいた・・・・・・その瞬間。俺の上に黒い影が覆い被さり、背中に焼けるような痛みが走った。
「ぐっ・・・・・・」
「クルクくん!」
シャルムが杖を振りかざし、俺を襲っている敵を引き剥がそうとする。俺はなんとかそいつの攻撃からのがれ、距離をとった。背中から熱いものがぽたぽた滴り落ちるのを感じる。
「なんだ、こいつ」
それは俺が今まで見たことのない魔物だった。人のような、猿のような。全身が黒い毛むくじゃらの獣だが、表情があるようにニタリと歯を見せて嗤っている。あるいはもともとそういう顔つきなのかもしれないが、なんとも人を不愉快にさせる笑顔だ。全身が毛むくじゃらではあるが、人だとすればその髪の毛に当たる部分は他の毛よりも一段と長く、夏に刈られず伸び放題の草のように四方に広がっている。
俺は目くらましにそいつの顔に手投げナイフを何本か放つと、ダガーナイフを構えてそいつに切りかかった。・・・・・・速い。一瞬投げナイフに気をとられたにもかかわらず、すぐに体勢を立て直して俺に反撃してきた。
今度は投げナイフを連続で放つ、が、瞬時に両腕で叩き落される。完全に見切られている。だが・・・・・・
「こっちもあるんだぜ」
ナイフとほぼ同時に、黒髪の女と戦った際にも使ったあのボウラも投げつけておいた。ボウラは魔物の手と足に絡みつき、威力こそないものの多少は相手を混乱させるのに役立ったらしい。敵の動きが止まったところに、シャルムの詠唱が完成した。
≪万物を見通す我らが主神 その御心のままに 邪なるものに裁きを与えよ 裁雷≫
その瞬間敵に向けて大きな稲妻が放たれる。目がくらむほどの強い光だ。打たれた魔物はビクンと大きく体を震わせて、床に崩れ落ちる。
「倒した・・・・・のか?」
それにしては、死体が消える様子がない。恐る恐る近づいて確認してみると・・・・・・
「おい、こいつ、人間だぞ!!」
「なんだって?!」
残っていたのは黒焦げになった人間の死体。だがさっきまでは確かに魔物だったはずだ。その恐ろしい光景に、俺はさらに血を失ったように感じて思わずよろめく。
とその時、俺の足元がずるりと滑る感覚があった。そのまま俺の体は空中に投げ出される。しまった、さっきの攻撃で足場が脆くなっていたか。少しでも衝撃に耐えられるよう空中で体勢を立て直そうとするが、血が足りないせいか意識が飛んでしまいそうだ。これは・・・・・・頭から落ちそうだな。首の骨が折れなきゃいいけど。
そんなことを考えていた俺だが、予想に反していつまでたっても床にはぶつからなかった。おかしいと思って足を見たら、何かピンク色のひもと蔦のようなものが俺の両足首を絡めとっている。俺の体はそれに支えられて、宙に逆さ吊りになっているらしい。
「・・・・・・おい、引っ張り上げるか下におろすかどっちかにしてくれ。頭に血がのぼりそうだ」
そう声をかけると、ピンク色のものと蔦のようなものはしゅるしゅると縮まって俺を元の階に引っ張り上げてくれた。
今度は安定した場所に腰を下ろした俺に、シャルムが駆け寄って治癒をかけてくれる。背中の傷を治癒で癒されながら、俺は失った体力を回復するために花子から採った蜜を取り出して口に含んだ。
治癒をかけ終えて安堵した顔のシャルムの横には、怒られると思っているのか縮こまっている赤毛と、開き直ってふてくされているさらさらの金髪。
「ついて来ちゃだめだっていっただろ」
「だって・・・・・・心配だったんですよ」
「やっぱり危なかったじゃん。あたしたちがいないとクルク死んじゃうよ」
助かったのは事実だが・・・・・・さて、どうしたものか。シャルムを見れば、ちらっと黒焦げの死体を見た後は、俺たちのほうに向き直り、眉間にしわを寄せて何かを考えるような表情をしている。はっきり見られてしまったか。これは、言い訳が難しいな。
「えーと、あの・・・・・・これはだな」
「・・・・・・彼女たちは、魔物なのだな?」
「うんまあ、それはそうなんだが。でも、人を襲ったりとか悪さをするわけではなくて」
どうしよう。このままだとゲル子たちが退治されてしまうぞ。あのおっかない雷の魔法でビビビっと。
「クルクくん、きみは魔物使いだったのか」
う、ものすごーく厳しい顔でこちらを睨んでいらっしゃる。これは異端認定でしょうか。俺も退治されてしまうんでしょうか。
「規則に従えば、私は異端審問官として君たちをここで処理しなければならない」
「な、なによ。あたしたちに何かしようとしたって、返り討ちなんだからね。主にゲル子が!」
「命に代えても、クルクさんだけはお守りします」
ファイティングポーズをとっている割に人任せなことを言い放つ花子と、俺を包み込むように体を伸ばすゲル子。
「だが、クルクくんにはここまで調査に付き合ってくれた恩がある。恩をあだで返すわけにはいかない。先程のことは見なかったことにしよう」
その言葉に俺はほっと胸を撫で下ろす。
「でも、一緒に行くのはここまでだ。異端者と分かれば、もう君と関わることはできない。君は彼女たちと一緒に帰りなさい」
「・・・・・・は?この先一人で行くっていうのか?そりゃ、シャルムは強いかもしれないけど。この先罠とかあったらどうするんだよ。捕まってる人を見つけたって、鍵開けできるのかよ」
「それでも・・・・・・」
シャルムは綺麗な顔をゆがめて、息を吐き出すように言葉を紡ぐ。
「それでもわたしは行かなくてはならない。この死体を見る限り、この先にいるのは間違いなく邪教徒だ。これは異端審問官に課せられた役目。何らかの事情で魔物の姿になってはいるが、『人間』を殺しに行く。別に今回だけの話じゃない、私は今までも何人もの『人間』を殺している」
「・・・・・・・・・・・・」
「君は私に金で雇われただけだ。契約はもう終わり。今すぐ街に帰って、二度と私に関わるな。もし次に会うことがあれば、君も殺さなくてはならない」
シャルムが懐から袋を取り出し、俺の目の前に投げ落とす。床に落ちた袋はジャラジャラと中身の詰まった音を立てた。
「報酬だ。それだけあれば十分だろう」
それだけ言うとシャルムはさよならも言わず、俺たちを置いてどこかに言ってしまった。
「・・・・・・クルクさん?」
しばらく床にへたり込んだままの俺の腕を、ゲル子がぐいぐいと引っ張る。
「・・・・・・ざっけんな」
俺の吐き出した言葉にゲル子が首をかしげ、花子がびくりと体を震わせる。
「俺だっていい加減腹が立ってんだよ。さんざん歩き回って、怪我もさせられたし、こんなもん見せられて胸糞悪い思いさせられて」
「よくわかりませんが、大変だったんですねえ」
ゲル子が同情したような声を出しながら、うんうんとうなずく。
「結局何がなんだかよく分からんのに、ここで帰れって言われても素直にうなずけるかってんだ。だいたい、俺は遺跡を荒らすのが本業だぞ。この先帰ろうが進もうが俺の勝手だろうが」
「確かに、他人に言われなくたっていつも遺跡には入ってるよね」
俺の言葉に花子が同意する。
「決めた。ここまで来たら俺は最上階にあるはずのすっごいお宝をゲットするぞ。別にシャルムを手伝うわけでもないし、悪いやつを倒すわけでもないからな。いつも通り遺跡の盗掘が目的だ!」
「さすがクルクさん、欲深いところがステキです」
ゲル子は褒めているのかけなしているのか分からない言葉で俺に相槌を打ってくる。
「ひょっとしたらその途中で捕まってるまぬけなやつがいたら謝礼目当てで助けるかもしれないし、俺の宝探しの邪魔をするような敵がいたらぶっ倒すかもしれないけどな」
「戦闘はわたしにおまかせあれ~~」
「あんたがそういうなら、あたしもついてってやらなくもないわよ。さっきあたしたちの存在の大切さを再認識したと思うしね」
「ああ、よろしく頼むよ」
俺はゲル子と花子を連れて上の階に上がった。遺跡の奥から湧き出してくる強い匂いに頭がくらくらしたけど、花子が俺に唾液をたっぷり込めたキスをするとすーっと楽になってしばらくはクリアな状態で進むことができた。今回は、花子さまさまだな。




