第37話 見えてきたこと
お嬢様の屋敷を後にして、俺たちは北エリアに向かった。他のエリアの捜査も思ったより進まず、この際、シャルムの知り合いである女性の失踪についても調べておいたほうがいいだろうと思ったから。
女性がよく通っていたという神殿近くの焼き菓子屋に立ち寄ると、店の前に金髪を刈り上げた大柄な男が立っていた。
「ダグワード!」
シャルムが男に呼びかけると、男はきつい眼差しでシャルムを睨みつけた。この男が失踪した女性の兄だとシャルムが教えてくれる。ダグワードはシャルムの神学校時代の同期で、この街の治安維持の責任者であるロータム光司の部下なのだそうだ。光司ってのは、光使よりも上の責任者クラスを指す言葉らしい。
「シャルマール、お前が悪いわけではないが、お前がもう少ししっかりしていれば妹は今もここにいるのではないかと考えてしまう」
「・・・・・・ダグワード、すまない」
「謝るな。ただの八つ当たりのようなものだ。それよりも妹を探してくれ」
ダグワードは今まで独自に妹の行方を追って捜査していたそうだが、明日から急に聖都の警護に配属になったとのこと。出世ではあるが、妹の捜査ができなくなったために悔しいと感じているらしい。今日は自分で捜査できる最後のチャンスと考えて妹との思い出のある場所を巡っているのだといった。
「同僚の神殿騎士たちは表向きは捜査しているが、妹が死んだものだと決め付けて、真面目に探していない。あいつらは全く信用がならないんだ。だがシャルマール、お前はもう少しましな人間だと思っている。俺がいなくなっても、どうか妹を探して欲しい」
「ダグワード・・・・・・」
「あいつらは、南エリアの悪徳商人どもとつるんで腐りきっている。そうだ、南エリアのやつらが妹をかどわかして売り飛ばしたんじゃないか?それを、神殿のやつらが隠しているんだ」
それはいくらなんでもとなだめるシャルムだが、それらしい人物が神殿を出入りしていた、一度捕まったものが、証拠不十分で不自然に釈放されていることもあるダグワードは主張した。関係があるかどうかは分からないが、念の為挙がっている名前は書きとめておくか・・・・・・。
夜は『ギルド』にもう一度情報収集に行った。
出回っている『薬』は『赤い花』と呼ばれているのだそうだ。血のような赤い粉末で、甘い匂いがするという。名前の由来は原料の植物によるものらしいが、具体的には何が原料になるのか不明。摂取すると気分が高揚して人によっては凶暴になる。それと、どうやら身体能力などが向上する効果もありそうだと。ダグワードの言っていた不自然に釈放された人間の名前を照会したところ、薬の売買に関わっていたのではないかとギルドが目をつけていた人物らしいと判明した。いなくなった南エリアの女の客には光の教団の関係者がいたらしいということも聞いた。
「なんだかきなくさいな」
メイドを刺したという女は簡単に憲兵に調べられた後、光の教団に渡されて尋問されることになっていたが、尋問中に隠し持っていた毒を飲んで自殺したとのことだ。
「自殺するぐらいなら殺してやるっていいそうなタイプだったけど」
話を総合すると、なんとなく今回の騒動には薬の売買が関わっているのではないかと思えてくる。奴隷がいなくなった理由は不明だが、どこかで薬を作る為に働かされているのかもしれない。そして、薬の売買には光の教団が関係しているのではないかと。
ダグワードの妹は、神殿で薬の売買にかかわる何かを見てしまったので誘拐された?神殿に出入りしていたというから、そういうこともあるかもしれない。
「薬の売買など下っ端では隠せるはずもない。一番可能性があるのはロータム光司様だが・・・・・・」
「この街の治安の責任者だったか?」
「売人たちを釈放するのであれば、ロータム光司様の権限が必要だろうな。ただ、苛烈なほど正義を愛する、まさに光の神のしもべといった感じの人物なので、薬売買の利益目当てで悪事を働くとは思えない」
「ともかくも、一度北エリアに行ってみようぜ」
「北エリアに?」
「そのロータム光司様とやらの執務室も、神殿のところにあるんだろ?忍び込むんだよ。何か見つかるかもしれないし」
光使や神殿騎士たちの執務室は神殿に隣接する建物にある。夜は宿舎のほうに帰るので、残っているものはほとんどいない。正直、楽勝だな。
シャルムは警備兵に忘れ物を取りに行くといって中に入ってもらい、俺はその間に裏からそっと忍び込む。
「ロータム光司様の執務室は一番奥だが・・・・・・本当に行くのか?」
「もちろん。そのために来たんだろうが」
「鍵がかかっているぞ」
「それぐらい、開けてやるよ」
俺が部屋の鍵を開け、手招きするとシャルムも中に入ってくる。これでわたしも犯罪者か・・・・・と悲しげにつぶやきながら。大丈夫、見つからなきゃ犯罪者にはならないから。
ざっと探してもさほど怪しい書類なんかは見つからなかったが・・・・・・
「この本、妙だな」
「何がだ?」
「神話の本らしいのだが・・・・・・見たことがないものだ」
「そりゃ、シャルムの見たことのない本だってあるだろ」
「いや、まったく心当たりのない本というのは、ないな。これでも神学の成績は常にトップだった」
ほうほう、そりゃご立派なことで。
「しかも、火・水・風・土、どの神の本でもないように思う。とすると・・・・・・」
「国に認められていない神ってことか?」
本を開いてみるが、読めない。文字は書いてあるんだが、俺の読める文字と程遠い文字が並んでいる。
たまにこれと似たような文字を遺跡の中で見るような気がするんだが。
「古代文字だな」
「読めるのか?」
「少しだけ。邪教徒の持つ魔道書に使われていることがある」
「何で知ってんだよ・・・・・・」
「本業は、異端審問官だからな」
「げ、そうなのか」
「心配するな、協力者は罰しない。それに今回に関しては既にわたしも共犯だ」
「そうか・・・・・・」
光の教団の異端審問官って、尋問中に拷問で人を殺すようなやつらだと聞くぞ。シャルムって優しそうに見えて、結構怖いヤツだったんだな。今回は味方でよかった。
ぱらぱらと中をめくるシャルム。
「ここに出てくる神は『花の女神』と呼ばれているらしい。泥の中に咲くレイシャラの花のように美しいそうだ」
「ほうほう」
「神の姿を見、神の力を得るためには神の塔に上る必要があるらしい。試練を経たものだけが神に愛され、祝福により無上の恍惚を得る」
「ふーん・・・・・・で、ロータム光司様は実はその女神を信仰してるってのか?」
「いや、そこまでは・・・・・・だが、光司たるものが他の神に関する書物を持っているというのはおかしいな」
シャルムがぱらぱらと本をめくっていると、見たこともない植物の葉がポロリと落ちてきた。菱形で、透明感のある綺麗な色合いの葉っぱだな。あれ?どこかでそんな話を聞いたような。
「なんだ、これ?」
「見たことのない植物だが・・・・・・もしかして、『赤い花』となにか関係があるのか」
「だとしたらギルドで聞けば何か分かるかもな。一応持っていこう」
執務室から出て、シャルムはそのまま門から、俺は来た道の逆をたどってこっそり脱出した。警備兵は全然気づいてないな。ちょろいちょろい。夜も遅いんで今日のところは一旦宿に帰り、明日の朝調査を再開することにした。
その晩。星のしずく亭の俺たちの部屋で、俺はベッドに腰掛けながら今日あったことを思い出していた。ゲル子と花子は仲良くもうひとつのベッドに寝転がって、ひとつの本を二人でながめている。
人を高揚させる薬『赤い花』。それを売っているという南エリアの売人とつながりがあるらしい光の教団。それと、ロータム光司の部屋から出てきた『花の神』の本と植物の葉っぱ。
「これが、いなくなった人たちと繋がるのか・・・・・・?」
そこはよく分からない。でも、夜の商売の女たちは薬に関わっていた可能性があるし、ダグワードさんの妹は光の教団の関係者だ。知ってはいけないことを知って殺されたか連れ去られたということはあるかもしれない。だが、連れ去られたのだとしたら、どこに?
薬の原料が植物だとすれば、それを栽培する場所は必要だろう。もしまだ生きているのであれば、彼女たちはそこに閉じ込められているのかもしれない。
「この葉っぱが、『赤い花』の原料なんだろうか・・・・・・」
俺はロータム光司の部屋で手に入れた植物の葉を取り出して眺めてみた。ギルドで確認するために借りてきたものだ。原料の詳細は知らないといっていたから、あまり期待はできない気がするが・・・・・・。
「あれ?それ・・・・・・」
ふいに花子がベッドから起き上がり、俺の手元を覗き込んできた。
「なんだ?花子」
「その葉っぱ、見覚えがあるんだけど」
え?本当か?
「ど、どこで見たんだよ。なあ」
花子の細い肩をつかんで揺さぶると、花子は目を白黒させたが、しばらく考えてからぽんと手を打って答えた。
「それ、塔の最上階にいっぱい生えてた」
「塔、ってお前が最初にいたあの植物の塔か?」
「そうそう、クルクと会う前はヒマだからあたし塔の中をいろいろ探検してたんだけど。最上階にだけ咲く赤い花があるんだよね。それの葉っぱでしょ、それ」
「最上階・・・・・・って、俺たちが会った場所よりもだいぶ上か?」
「あの塔、10階ぐらいはあるんじゃないかなあ。でも、人間たちが上がるのは頑張っても5階ぐらいまでだね。それ以上行くとあの花の出す甘い匂いにやられて、だいたいおかしくなっちゃうから」
そういえば、あの植物の塔はずっと甘い匂いがしていた気がする。確かに進めば進むほど匂いがきつくなったような。
「最上階に行った人間はいないのか?」
「5年以上前かな、ずっと前に一回行ってみてから、興味がなかったからよく分からない。行った人もいるかもね」
「ってことは上る方法があるのか?」
「うーん、状態異常に耐性があればいけるんじゃない?クルクなら、あ、あたしの体液を飲めば多少は大丈夫じゃないかな」
「そうか、ありがとう」
ちょっと頬を染めた花子の頭をぽんぽんと叩いてやる。これは、さっそく明日シャルムに報告だな。
次の日。シャルムは神殿の仕事で抜けられないとの伝言が来たので夕食時に合流することにして、ゲル子と花子を連れて買い物に出かけた。街に来てからというもの何か面白いことでもあるのか放っておいても文句は言わないが、たまには家族(?)サービスもしてやらないとな。家族サービスといえば・・・・・・アマナが家に来ようとしてるんだったな。あれはどうしたもんだろうか。
幸いにして俺の拠点については家族にも詳しく話してはいない。ということは、今の場所とは別に仮の家を作ってしまえばごまかせると思うんだが・・・・・・。もしくは、倉庫のようなものを建てて、アマナが来ている間だけ魔物たちとその荷物をそっちに退避させるかだ。
そんなことを考えて簡易テントの値段を調べてみたが、ある程度の大きさとなるとそこそこ金がかかるな。かといって自分で建物を建てられるほどの技術はないし。うーん。
とりあえずごまかしのために、お土産になりそうなものを買っていく。そういえば、指輪を買ってやると言ったんだったか。でも、値段が高い割にあまり似合いそうなデザインはないなあ。あ、あっちのペンダントのほうがかわいいんじゃないか?お値段も手ごろだ。
「彼女さんへのプレゼントですかー?こんなかわいい子たちにモテモテでうらやましいですね」
「いや、そういうわけじゃ・・・・・・」
「またまた照れちゃって。そうですね、赤い髪のお嬢さんには滴形のデザインがお似合いでは?こちらのお嬢さんにはこのお花のデザインが似合うかな。とってもかわいいですよ」
「え、いや、別にそいつらのを買おうってわけでは・・・・・」
慌てて否定したが、ゲル子も花子も期待したような眼差しでこちらを見ている。うう、仕方ないか。
「じゃあ、その滴型のと、花型のと、もうひとつ星型のやつをください」
「はい、ありがとうございました♪」
俺が財布から金を取り出すと、店員はとびっきりの営業スマイルでそれを受け取った。思わぬところで出費がかさんでしまった・・・・・・。
そして夜になり。俺はシャルムにあの葉っぱが植物の塔に生えている植物のものだということ、その花は赤色をしていて甘い匂いを出すということを話した。
「俺の仲間で、ちょっと植物に詳しいやつがいて。そいつが言うから確かだと思うんだよ」
まさかその塔に棲んでいたヤツだとは言えないけどな。俺の言葉にシャルムは腕組みをして唸る。
「そういえば、3年ぐらい前になるだろうか、ロータム光司様があの遺跡に行ったことがあったはずだ」
「なんだって?」
「当時ある邪教の集団が活動していたのだが、その拠点のひとつがそこではないかといわれていたのだ。本来なら私が行くはずだったが、私はちょうど別の大きな案件を抱えていてすぐに調査できなかった」
異端審問官の抱える大きな案件って何だろう・・・・・・知りたいようで知りたくない。
「その邪教の集団はこの街にも被害を出していたし、ロータム光司様は私と同じく光の法術に長けた人だ。若い頃に古代の宗教施設と言われる遺跡の調査をした経験などもあると聞いている。だから、あの時はロータム光司様が自ら遺跡の調査に向かったのだ。結果としてはあの塔には『何もなかった』と報告されていていて、問題の邪教徒たちは別の場所で捕らえられ、問題は解決したと聞いている」
「その時、ロータム光司は最上階まで上ったのか?」
「当時同行したものが既にこの地にいないので詳細は知らないが、邪教の施設の探索をするのであれば、当然隅々まで調べただろうな」
「少なくともロータム光司が塔に行くより前から、この植物は塔の最上階に生えていたはずだ。そして、甘い香りは状態異常を起こさせるらしい。その植物を見て、うまく利用できると考えたとしたら・・・・・・」
調査に行った先で儲け話を見つけてしまったわけだな。そして街の治安を取り締まるはずの者が、街の悪人どもとつるんで悪事を働く。
「金に目がくらむような人物とは考えがたいのだが」
「思った以上の利益におかしくなったのかもしれないぞ」
「うーむ、とにかくその遺跡を一度調査してみたほうがいいかもしれないな。今日のうちに準備を整えて、明日行ってみることにするよ」
「『明日行ってみることにする』ってそんな軽く・・・・・・まさか一人で行くつもりなのか?」
「敵は教団の内部にいるかもしれないんだ、迂闊に誰か連れて行って後ろから切られるのではたまらないだろう?」
「そりゃそうだけど・・・・・・遺跡には手ごわい魔物もいるし、甘い匂いで状態異常になるんだぞ」
「なあに、これでも攻撃の術はなかなかのものでね。解毒もあまり得意じゃないができないことはない」
そう言ってにっこり微笑むシャルムを前に、俺はため息をつく。
「はあ、しょうがないな。俺も行く」
「いや、一般人の君を遺跡に連れて行くわけにはいかないよ。危険だからね」
「いまさらとぼけんな。俺の正体分かってんだろ。遺跡には罠もあるんだ。法術使ったって、罠解除まではできないだろうが」
出発は明日の朝。そう約束してその日俺たちは別れた。




