第36話 メイド少女とお嬢様
近くの宿屋の人に事情を話し、捕まった女を傷害犯として預けてから、一旦シャルムのところに戻った。
そこには先ほど倒れていた少女が一緒にいた。顔色はまだ悪いが、シャルムに治癒をかけてもらったようで、上半身を起こしている。10代のみつあみの少女で、顔にそばかすがある。美人ではないが純朴な愛らしさがある顔立ちだ。少しほほを染めているのは、助けてくれたシャルムが王子様のような美形だからだろうか。
「危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」
「私の治癒は傷をふさいだだけだ。念の為治療院に行った方がいい」
「いえ、出血はたいしたことはありませんので。お嬢様のところに戻らなくては」
「だが……かなり深く刺されていたのではないか?」
腹のあたりを刃物で刺し破られた衣服を見るが、みつあみの少女は否定するように首を振る。
「持っていた紙束が盾になってくれたみたいです。切られてだいぶダメになってしまいましたけど」
「紙束?」
「最近グアンピという植物を原料にした紙が入ってきまして。扱っているお店は少ないですが、家畜の皮などより軽くて値段も安いんですよ。お嬢様に頼まれて遅くまで開いている南エリアのお店で買ってきたところだったんですが、まさかあんな・・・・・・」
先程のことを思い出したのか、ぶるりと身を震わせる。
「買い直さなければならないのなら、付き合おう」
「いえ、さすがにもうお店も閉まっている時間ですから。でも、安いとはいっても結構なお値段なんですよ。数枚で私のお給金なんかなくなっちゃうぐらい。それなのに・・・・・・はぁ」
「命が助かったんだからそれだけでもよかったと思ったほうがいい」
「それもそうですね」
その後、俺の手の傷にも治癒をかけてもらい、みつあみの少女を雇い主のお屋敷まで送って行った。少女の雇い主は使用人を助けてくれたお礼がしたいとのことだったが、遅い時間なのでそろそろ帰りたい。どうしてもと引き止められたので、明日あらためてお屋敷に顔を出すことを約束してしまった。
その後は疲れからぐっすり眠り、そして翌朝になった。
いつも通り迎えに来たシャルムが昨日捕まえた女の話を聞かせてくれる。女は早朝に意識を取り戻したらしいが、昨日とはうって変わって大人しくなっており尋問にも素直に答えたそうだ。
女は南エリアに住んでおり、勤め先の店の向かいの道具屋で働いている若い男を狙っていたようだ。年齢もだいぶ上だったため男は受け入れなかったが、あきらめずにしつこく付きまとっていた様子。うっぷんを晴らすために、どこからか手に入れた「薬」を服用するようになったが、元々病み気味だった精神がそれでエスカレート。たまたま夜に紙を買いに来たメイドの少女を見て、男と逢引していると思い込んで後をつけ、刺したらしいとのことだった。
「やっぱり、女性はトラブルの種なんだよ」
「シャルムも刺されたことがあるのか?」
「そういうわけではないのだが」
シャルムはシャルムなりになんだか思うところがあるらしい。
「あの女、獣みたいな身体能力だった」
「薬の効果なのだろうか。南エリアで聞いた『新しい薬』は『秘められた力を解放する』とか言っていたな。そんな危ないものが出回っているなら、光の教団が取り締まりに動いてもよさそうなものだ」
「動いていないのか?」
「そういう話は聞いていない。町の治安に関することは、私ではなくロータム光司様の管轄なので詳しくないのだが」
昨日約束してしまったので、まずは二人でみつあみ少女が勤めているお屋敷に向かった。半分はお見舞いのつもりなので、シャルムは途中の店で籠盛りの菓子を購入していた。
あらためて明るいところで見るとお屋敷は大きく立派で、なんだか俺がいるのは場違いに感じてしまう。入りづらくてなんとなく柵の向こうから庭を眺めていたら、一抱えもあるでっかいカエルが草の上にうずくまっているのに気づいた。
「でかっっ」
置物だろうか。だとしたらあまり趣味がよくないな。そんなことを考えてたら、カエルはぴょんと跳ねて植木の中に隠れてしまった。
「生きてんのか、アレ」
「どうしたんだ?」
「いや、なんでもない」
屋敷の入り口では昨日のみつあみ少女がメイド姿で出てきて、すぐに奥に案内してくれた。怪我はたいした事がないといっていたが、昨日刺されたばかりだというのにもう働いているのか。大丈夫なんだろうか。
みつあみメイドの雇い主の「アムネイアお嬢様」はなんというか美人という感じではないが、愛らしい感じの女性ではあった。茶色い髪を左右に分けてまとめ、ややふっくらした頬に丸くてぱっちりした目の愛嬌のある顔立ちだ。目の下にはうっすら隈ができているが、きっと襲われたメイドのことを心配してよく眠れなかったんだろうと思う。
「フーン、なかなかオイシイ組み合わせだわ」
「え?何か言いました?」
「いえいえ、なんでもありません」
お嬢様が愛嬌のある顔でにっこり笑う。
「昨日は使用人が危ないところを助けていただき、本当に感謝しております」
昨日の女のことを聞いてみたが、メイドの少女はやはり心当たりがないとのこと。やっぱり単なる勘違いによる襲撃だったんだろう。普段はだいたい西エリアの店におつかいをしているが、あの晩はお嬢様がどうしてもとワガママを言ったので遅くまで開いている南エリアの店に行ったらしい。帰る途中、誰かが追いかけてきているような気配を感じて振り返ったらすごい形相をした女がいて、刺されたと。そうした事情から、お嬢様もメイドの怪我には少しは責任を感じているようだ。
「本当は今日は休んでもらってもよかったんだけどね」
「わたしがいないと、お嬢様はまともに生活できませんから」
そういって笑うメイドの顔は昨日よりずっと血色がいい。これなら少しぐらいは動いていても大丈夫だろうか。
「フィーレには悪かったと思ってる。あの時は『神』が降臨してたのよ、だから我慢できなくて」
「『神』が・・・・・・降臨?」
「ええ、芸術の神がね。時たまわたしに『描け』と囁くの」
そんな神がいただろうかとシャルムが首をひねる。しいて言えば水の神なんかは音楽も好むというから、芸術の神と言えなくもないか?
「一応聞くけど、へんな薬とか使ってないよな?」
「薬ってなにかしら?」
いや、知らないなら別にいいんだけど。
「ともかく、まだ人が失踪する事件も解決はしていない。夜中に出歩かせるのは控えることだ」
「はい、気をつけます」
お嬢様からは金銭的なお礼の申し出もあったが、シャルムが辞退したので俺も断った。俺の場合は後でシャルムからまとめて報酬をもらえばいいしな。話が終わってシャルムと一緒にお屋敷から出る際、俺だけお嬢様に呼び止められた。
「あなたにわたしの大事なものを上げるわ」
「昨夜描いたものならいらないぞ」
どんなものかはよく分からないが、想像するとなぜかうすら寒い気持ちがするからな。
「残念だけど、ちょっと違うのよね。あげるのはコレ」
そう言ってお嬢様が出してきたのは何の変哲もなさそうな灰色の石。
「なんだこれ?石を収集する趣味なんて俺にはないぞ」
「これはね、『賢者・・・・・・の石』と言って、すごい力をもってるのよ」
「賢者の石?」
俺が聞き返すとお嬢様は満面の笑顔で左右に首を振る。
「賢者タイムの石、よ!」
「何だ、その名前・・・・・・」
なんだか悲しくなる名前だな。俺があきれていると、お嬢様は勝手に解説を始める。
「その石は持ち主が自分の行動に強く後悔したとき、その原因となった事実を改変する力があるの。1回限りの使い捨てだけど。ただし、どんなふうに改変されるかは決められない。ある程度持ち主の願望が反映されるらしいけどね」
「どういうことだ?」
「その石は最初3つあったんだけど。1つめが発動したのは、完成直前の原稿の上にうっかりお茶をぶちまけたときだったわね。あの時は一瞬頭が真っ白になったものだけど、その瞬間に石が輝いて、気がついたらお茶は全部後ろの壁のタペストリーにぶちまけられていたわ。お父様が大事にしていたものだけど、趣味が悪いデザインだったからちょうどよかった」
ひどい言い草だな。しかし、それって、マジックアイテムじゃないか?いまいち使い道がよく分からないが、起こった出来事を変えられるなんてシロモノ、聞いたこともないぞ。
「ちなみに、普通のアイテムじゃないから、売ろうとしても売れるもんじゃないわよ」
う、ひょっとしたらいい金になるかなって思ったのを見抜かれたか・・・・・・
「それ、誰でも使えるわけじゃないのよ。これを使えるのはある条件をもった人だけ。あなたはきっと使えるわ」
「・・・・・・はあ、なんで?」
俺、たいして強くないぞ。魔力もほとんどないし。
「私のひみつの『お友達』がね、教えてくれたの。あなたはわたしと似ているって」
「似ている??」
「いずれまた教えてあげるわ」
そう言うとお嬢様はフフ、と口元を隠しながら笑った。




