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第35話 危ない女

 そして朝が来た。案の定、俺が目を覚ました頃には既に二人は復活していたようだ。


「なぜか昨日の記憶がありません」

「うう、ひどい目にあったわ・・・・・・」


 何があったのか気になるが、なんとなく面倒な気もするから聞かなくてもいいか。


「俺は今日も調査で出かけるつもりなんだけど、お前たちは宿にいるか?」

「連れてってはもらえないでしょうから、花子と文字の勉強に行ってきますよ」

「そうか、また変な奴に絡まれないように気をつけてな」


 そういって昼食代を含めて少しお小遣いをやることにする。どこに行くのかは知らないが、最近仲がよさそうでなによりだな。



 今日の調査の場所は奴隷がいなくなったという農園だ。場所はシャルムが調べてきた。働いているゴウプ族を怯えさせるといけないから、シャルムは今日も平服だな。農園主には事前に身分を明かしていたこともあって、わりと協力的だった。シャルムに対してやたらペコペコしてたけど。なんか後ろ暗いことでもあるんだろうか。


「いなくなった奴隷について詳しく教えてくれないか?」

「ええと、最初にいなくなったのは女の奴隷でして。買ったのはしばらく前ですな。子連れだったのですが、通常ならバラバラに売られるところを何でもすると泣くので一緒に買ってやったのです」

「どんな女だった?」

「子連れでしたがまだ若かったですな。大人しくてよく言うことを聞きました。見た目も畜人のくせになかなかで。子供も娘ですから、あと数年すれば無駄にはならんでしょうな」


 農園主が思い出したようにニヤニヤ笑いをしたが、シャルムに睨まれてあわてて顔を引き締めた。


「いやあ、まあ、いくら畜人とはいえ親子が引き離されるのはかわいそうと一緒に購入してやったのです、はい」

「子供は一緒にいなくなったのか?」

「ええと、子供は二人おりまして。うち一人はまだ乳飲み子でしたが、一緒にいなくなりました。もう一人は少し大きいのですが、残っております」

「いなくなった状況は?」

「状況と申しましても・・・・・・奴隷どもは一緒の部屋で寝起きしておるのですが、朝起きたらその女がいなくなっていたのです。しかし、農園の周りはご覧の通り高い塀がありまして、奴隷には枷もついておりますからそうそう出ることはできません」

「自分で出ていったとしたら、子供を置いていくのはおかしい気がするな」

「脱走してもゴウプである限りよい扱いは受けられませんし、その女にはワタクシも目をかけておりまして、待遇も他よりも幾分かよくしておりました。虐待もしておりませんし、無意味に傷つけるようなこともない。ここから出て行くような理由もないかと」


 その「目をかけてる」のが嫌だった可能性はあるけどな…と思いながら農園主のでっぷり突き出た腹を眺める。


 それにしても、確かに子連れの奴隷が脱走して生活していくのは厳しいだろう。生計を立てようにもまっとうな仕事など見つからないし、発見されれば連れ戻されるか、また売られるかだ。


「この農園では他の奴隷もいなくなったんだったか?」

「ええ、その後3名ほどいなくなっております。近隣の農園でもいなくなったものがいたと聞いております。奴隷どもも、何を勘違いしたのか『この街には奴隷を解放する救世主がいるのだ』などと噂するものもおりまして。妙に反抗的になって困っております、はい」


 ついでに失踪した女の娘にも会わせてもらった。年はリリ・サリと同じぐらいだろうか。その子の話では、寝ているときに赤ん坊が夜泣きしたのでまわりに迷惑がかからないよう母親が抱いて外に出て行ったのだそうだ。外に出るとは言っても農園から出ることはできないのだが、赤ん坊ともども朝になっても戻ってこなかった。周りの奴隷たちの話でも、母親がいなくなった翌日に畑の一部に大型の獣が踏み荒らしたような跡があり、獣に襲われた可能性も考えられたが血痕などはなかったそうだ。


「みんなは、お母さんが『救世主様』に解放してもらったんだと言ってる。今は『楽園』にいるんだって。それじゃあ、わたしは?いらないから置いていかれたってことなのかな・・・・・・」


 そういうと少女は泣き出してしまった。シャルムが頭を撫で、ふところから出した菓子を口に入れてやりながら優しい言葉をかけた。




 夕食後は東エリアの酒場に行くことになった。というのも、追加情報を頼んでおいた『ギルド』から情報提供者の紹介があったからだ。東エリアの失踪者を知っているという人らしい。


 酒場にいたのは20代後半ぐらいの青年。失踪者は広場近くの花屋で働いていて、青年はその隣の店で働いていたとのこと。女性は早くに両親をなくして天涯孤独の身で、青年も早くに父親を亡くしていることから似たような境遇で親近感を感じていたようだ。


「彼女は植物が大好きで、いなくなる数日前、お使いの帰りに見たことのない植物の葉を拾ったと興奮していたんです。僕も見せてもらいましたが、菱形のような葉っぱで宝石のように透明感がありました。ほんのり甘いよい匂いがして。葉以外には落ちていなかったようですが、元の植物を探してみせるのだといって、休みの日は郊外の拾った場所の近くに出かけていたんですよ。それが、ある日急にお店に来なくなって・・・・・・浚われたとしたら、郊外に出かけた時だったのではないかと思います」


 甘い匂い、ってこの前も聞いたような。なにか関係あるのかね。


 青年に礼を言って酒場を後にする。情報が集まっているのかいないのか。あまり進展はないなあ。単に無差別の誘拐犯なんだろうか。そんなことを言いながらシャルムと二人でしばらく歩く。


「あれ?」

「どうした?」


 なんだか、短い悲鳴が聞こえたような気がする。たぶん通りの向こうのほうだ。シャルムに告げて二人で走り出す。通りを曲がったところで、人が揉み合っているのを見つけた。


「何してんだ!」


 小柄な女が地面に倒れ、その上に黒髪を振り乱した女が馬乗りになって押さえつけている。首でも絞められているのか、下敷きになった女の顔は青白い。馬乗り状態の女の肩に蹴りを入れると、女は獣のような唸り声を上げながらめちゃくちゃに手を振り回してきた。とっさに手で止めようとすると手のひらに鋭い痛みが走る。こいつ・・・・・・刃物持ってるのか!


 よく見れば下敷きになった女もどこかを刺されたらしい。服が黒く濡れ、地面に小さな水溜りのようなものができている。


 俺が攻めあぐねていると、黒髪の女はわけのわからない言葉を叫びながら逃走し始めた。


「シャルム、倒れてる人を頼んだ」


 俺は倒れた女をシャルムにまかせ、黒髪の女を追う。こいつはどこかイカレてる。野放しにしたら、他の人も襲われるかもしれない。そう考えて全速力で追いかけるが、逃げる女との距離が全然縮まらない。俺はこれでも身軽なほうだし、足の速さにも自信がある。その俺が追いつけないなんて、この女一体何もんだよ?


 しかも女は、この先は行き止まりというところで壁に手足をかけてよじ登り始めた。俺の目から見ても身軽な動きだ。このまま屋根づたいに移動されたら、取り逃がしてしまうかもしれない。


「ち、しゃーねえ、新兵器お披露目といくか」


 俺は鞄から広場の道具屋で買ったばかりの道具を取り出した。戦闘の役に立つだろうと思って買ったんだが、まさか人間相手に使う羽目になるとは思わなかった。


「そらっ」


 投げつけたのは先に錘のついたロープのようなもの。ボウラと呼ばれる補助武器だ。攻撃力は低いが、相手の行動を阻害する効果がある。


 ボウラは女の足に絡みつき、バランスを崩した女は足をもつれさせて屋根から落ちる。同時に、女が握っていたものもきらりと地面に落ちる。俺はすかさずその上にのしかかり、女を押さえつけた。だが・・・・・・


「どんだけ馬鹿力なんだよっっ」


 半分ロープで自由が奪われているにもかかわらず、女はすごい力で暴れる。俺は抑えきれず、女にはねのけられて近くの家の壁に向かって吹っ飛ばされた。


 壁に叩きつけられる・・・・・・衝撃に備えて体を縮めた瞬間、なぜか背中がぷにゅっと柔らかいものに受け止められる。


 女はといえば絡まったロープを力任せに引きちぎり逃げるところだったが、走っていくその前には子供のような背丈の人影。避けもせず勢いよく突進していく女を見て「危ない!」と叫ぶが、その子供(?)が軽く手で煽ぐようなしぐさをすると、急に体を硬直させてどっと地面に倒れ付した。


「クルクさん、大丈夫ですか!」

「・・・・・・あれ?ゲル子?と、花子」

「やっぱ、あたしたちがいないとダメね」


 ゲル子に助け起こしてもらい、花子の状態異常ブレスに目を回している女を身動きできないぐらいロープでぐるぐる巻きにする。また引きちぎられると怖いけど、何重にもしておけばタブン大丈夫だろう。


「二人ともどこかに遊びに行ってたんじゃないのか?おかげで助かったけど」

「あんたのピンチを察してさっそうと登場したのよ!」

「ほうほう。で、本当は?」

「あの金色頭の人間が私たちのクルクさんといい雰囲気になったら邪魔しようと思ってました」

「なるか、アホ」


 気色の悪いことを言うな。ゲル子には人間の性別が分かれている理由について今後ちゃんと教えておく必要があるだろう。


 ゲル子と花子はそれでも納得いかないのか、「違ったらしいですよ?」「でも師匠の本では・・・・・・」とかなんとかささやきあっていた。なんなんだ、お前らは。


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