第32話 いさかいとおねがい
広場の入り口たどりついてすぐ、日時計の向こう側で誰かが争っているのが見えた。
(おいおい、あれ、ひょっとして……)
そこにいたのは見覚えのあるフードで頭まで覆った小柄な二人と、白地の鎧を着た3人の男たち。フードの中には間違いなく目の覚めるような赤髪とサラサラの金髪が詰まっていることだろう。
鎧の男のうちの一人がその場で一番小柄な者---おそらく中身は花子だと思われるほうの服の裾をつかみ乱暴に引っ張った。よろけた花子の体をゲル子と思われるもう一人が支える。なんだ、結構仲良くやってるな・・・・・・なんて思ってる場合じゃない。花子は両手で服を押さえながら、鎧の男の横暴な振る舞いから逃れようとするが・・・・・・
(まずい、ちょっと見えてる)
幸か不幸か上から見下ろす形の男たちは気づいていないようだが、足元がちらっと見えてしまっている。足元というか、根元というのが適切なんだが。誰かが気づく前にとあわてて駆け寄った。
「ええと、そいつらが何かしましたかね?」
「何だお前は」
「二人とも、俺の連れなんです。何か失礼なことでもしましたか」
俺が声をかけると、鎧の男たちは一斉にこちらを向いた。その隙にゲル子が手を伸ばし、花子の服をつかんでいる男の腕に真上からチョップを食らわす。何をする!と吼えながらも服を手放す男。見た目より痛かったのか目の端にちょっぴり涙が滲んでいる。
「なんて女だ!俺たちを一体誰だと思ってるんだ?!」
「すみませんね、街なんて来たことのない田舎者なので」
・・・・・・こいつらの鎧についてる紋章、すごく見覚えがあるな。というか、さっき見たばかりだし。
「俺たちは光の神に仕える神殿騎士だぞ」
「神殿騎士様、大変失礼しました」
そう言って頭を下げる俺。きっとこいつらに謝らなきゃいけない理由はないと思うんだが、ともかくも宗教関係者とモメたくはない。いろいろめんどくさいし。
「本当に申し訳ありませんでした。今後、失礼のないようによく言って聞かせますので」
花子がフードの陰から何か言いたそうな視線を向けてくるが、黙ってろと目線で合図する。ゲル子の背を押して退散しようとする俺。しかし、くるりと背を向けた途端、ゲル子にチョップされた騎士に引き止められてしまった。
「ちょっと待て」
「・・・・・・・なんでしょう」
仕方なくまた男たちのほうを振り向く。さりげなく二人が背中に隠れるように位置取りながら。
「この街では今、誘拐と思われる事件が多発している。我々はそれを調査しているのだ」
「それはそれは、世のため人のため、尊い行いでございますね」
おだてると一瞬得意そうに鼻の穴を膨らませたが、すぐに真顔になって鋭い視線をこちらに向けてきた。
「我らが思うに、その二人はどうも怪しい。このような暑い中で全身を覆うような格好をしている」
うーん、さすがにこの時期にこんな暑苦しい格好は不自然だっただろうか。でも、街では人種も文化もそれなりに混ざってるから、これぐらいの格好じゃおかしいと思われるほどでもないと思うんだがな。
「何か隠さなければならないものでも持っているに違いない。身体検査を受けてもらおう」
「いやいや。まさかこのような昼日中によからぬ者がふらふらしてなどいないでしょう」
「それは確認すれば分かることだ」
困ったぞ。別に顔を見せたっていいし、持ち物を見てもらったって・・・・・・俺はちょっと困るけど、この二人は別に変な物を持ってるわけじゃないんだが。服をめくられたりするととっても困る。主に腰から下の辺りとかが。
「いやあ、それはちょっと」
「なに、やはり何か問題があるのか?」
「ええと、実はこの子たち、コタラの村の出身でして。体にひどい傷跡があるんですよ。それに、その時のトラウマで対人恐怖症でして。あまりアレコレするのはどうか許してもらえませんかね」
騎士の一人が小声で「コタラの村ってなんだ?」と同僚にたずねる。「昔そんな名前の村があったぞ、何年か前に魔物の襲撃で」「ああ、なるほどな」。
とっさに口をついて出ただけだが、それなりに信憑性はあったみたいだな。まあ、村の名前は嘘じゃないし。
「しかし、怪しいものを野放しにするわけにはいかんな。誘拐犯は邪教徒であるという可能性もあるのだ。我らは邪なるものの手から敬虔なる信者たちを守る使命がある」
「いやあ、俺たちは邪教徒なんかじゃ・・・・・・」
「ではどの神に信仰をささげているのか。お前たちの信仰の証を見せよ」
「証を見せるって、さすがにそれは」
一応俺は国教として認められている五大神の信者ではある。光の神ってわけではないんだけど。だが、聖職者でもなければ熱心な信者でもないからなあ。証明するものなんて当然ない。ゲル子と花子にいたっては遺跡に住んでた魔物なんだから当然信仰なんてないわけで。
「ない」っていったら難癖つけて邪教徒扱いしてくるかもしれないな。こいつらも半分引っ込みつかなくなってるみたいだし。特にゲル子にチョップされた騎士。女のチョップにひるんだのが屈辱だったのか、ずーっとこっちを睨んできてるぞ。
神殿騎士たちが俺たちを取り囲むように、にじり寄ってくる。後ろでは花子が俺の服の袖を握り締めている。
迫り来るいかつい顔に俺が半歩後ずさった瞬間、背中越しに柔らかく響く男の声が聞こえた。
「信仰は証明するものではない」
首だけで振り返れば、そこには日焼けした顔に穏やかな笑みを浮かべた金髪のイケメン。さっき会ったばかりの若い光使様だ。
「あなたは・・・・・・」
「信仰は己の心にあるもの。それを形にして人に見せようなどと考えるのは愚かなことだ。正しきこころ、それそのものが光の神への信仰ではないか。そうだろう、神殿騎士ベリザリオ」
諭すような低く柔らかい声だが、その響きには抗いがたい力が込められている。ベリザリオ、と呼ばれた一番年かさらしい男が気まずそうに言葉を詰まらせる。
「ぐっ、ルーラン光使・・・・・・」
おお、えらそうな神殿騎士がひるんでいるぞ。騎士やってるからには、こいつらも貴族のボンボンとかだと思うんだけど。この光使様、若いわりにそれなりの実力者なのか?
「正しきこころこそが光の神の教え。弱きものを追いたてるのは、神の御心にかなう行為ではなかろう」
いやあ、光の神の信奉者って結構昔から弱いものを虐げてきたと思うぞ。なんせ、「正義」と「発展」がモットーだから。戦いも発展を促すものとして否定してないんだよな。身分の低いものにも厳しいし。どっちかというと弱いものを守るのは農村に信者の多い大地神のイメージっていうか。せっかく助けようとしてくれてるみたいだから、口には出さないけど。
「し、しかし、そのようなことでは調査も進みませんぞ。いなくなった者には光の神の信者もおります。その者の安否のためにも、怪しいものは徹底的に調べねば」
「まだ誘拐されたと決まったわけではないだろう」
「でも、こいつら攻撃的で。この男も小悪党のように目つきが悪いですぞ」
余計なお世話だ。だいたい、ゲル子がチョップしたのはお前らが先に乱暴したからだろ。
「しかし・・・・・・そうだな、では私がこの者を調べようではないか」
そう言うと光使様はなにやらブツブツと唱え始める。そして先端が金属で覆われた杖が俺に向けられる。その先端に淡く輝く光が宿り、俺の体に吸い込まれていった。
・・・・・・ん、さっきの『観察』もだけど、これあんまり気持ちいいもんじゃないな。勝手に体を調べられてるみたいな。痛くもかゆくもないんだけど、なんだか落ち着かない。
しばらくして俺の体から光が出てくる。だが、先程と比べていくぶん青白い光だ。それを見るなり、ルーラン光使様が満足そうにうなずき、神殿騎士たちが苦々しい顔をする。
「見たであろう。この者に悪しき心はない」
「いや、でも・・・・・・」
「これは私の判断ではない。神の裁定である。お前たちはそれが間違っていると?」
やや強い口調で光使様が詰問すると騎士たちは目を泳がせ、何やらうなずきあってから、「東エリアを調査する」と言い出した。よく分からないが、俺たちに絡むのは諦めてくれたらしいな。
俺たちのほうを時々振り返りながらも、そそくさと立ち去る男たち。
おいおい、余所見をしながら歩いてるから、荷物を運んでいる人にぶつかったぞ。
よろめいた途端に、頭の上に乗せていたでっかい籠が落ちて中のアプーがごろごろ転がって……っておい、相手は奴隷じゃないか。これはまずいぞ。
「汚らわしい畜人風情が!」
剣を抜きやがった!止めに入るには間に合わないか。
奴隷の女の体が真っ二つにされてしまう。そう思った瞬間。
「やめよ!!!!!!見苦しい!!!!!!!!!!!!」
間近に落雷が落ちたのかと思うほどの激しい怒声。鼓膜がジンジンする。い、今の声誰だ?そっと光使様の顔をうかがえば、陽だまりのように穏やかないつもの表情とうって変わって、イケメンフェイスが荒れ狂う稲妻のようになっている。コエーー、こんな顔もできたんですか、あなた。
騎士たちもびっくりしたんだろう。剣は鞘に収め、それでも気持ちは収まらなかったのか、腹いせに奴隷の女に唾を吐きかけて広場を出て行った。
俺たちは散らばったアプーの実を拾い、籠に入れるのを手伝った。光使様も真っ白なハンカチを取り出し、騎士に吐きかけられた唾をぬぐってやってからアプーを集めていた。
奴隷の女は、まだ30にはならないぐらいの年だろうか。光使様がハンカチを取り出すのに目を丸くして、ぬぐわれている間も石になったように体をこわばらせていたが、俺たちがアプーを集めているのを見て自分も手足の枷を鳴らしながらアプーを拾い始めた。
癖の強い弾力のありそうな髪の毛。そして特徴的な横長の瞳孔を持つ金色の目。この国は原則として奴隷を作る制度がないが、まれに滅ぼされた少数民族や一部の種族が奴隷化されていることがある。この奴隷はゴウプ族という種族。ゴウプ族はその偶蹄目に似た不思議な瞳孔から「畜人」という蔑称を受けている。この蔑称は、この種族を「人ではなく家畜とみなす」という意味だ。
光の神の信奉者はこのゴウプ族を特に嫌う。一説によれば、ゴウプ族は光の神にそむいたとされるためだ。
光の神が地上に光臨されたとき、神は人間たちに「神の姿を見てはいけない」とおっしゃった。全ての人間はそれに従った。しかし、ゴウプ族だけは愚かにも神を見ようと目を開けたため、神の光により灼かれて失明してしまった。
その後、痛みに泣くゴウプ族を哀れに思った大地の神が、自分の眷属である草食の獣たちと同じ眼をゴウプ族に与えてやった。だから、ゴウプ族は今のような眼になったということだ。
この話は結構ポピュラーで、子供のころに枕元で親から聞かされることも多い。農村では、権力者には逆らってはいけませんよという教訓と大地の神の慈悲深さに感謝しなさいという教育をもってよく話される。光の神を信じる側からすると、また違った意味合いがあるだろうけど。
ともかくも、ゴウプ族は光の神の信奉者からすれば邪教の徒と同じく汚らわしいもの。そう考えれば、触れただけで激怒して切り捨てようとした神殿騎士たちの態度は別段珍しいものではないし、触れることを厭わないルーラン光使みたいなのはものすごいイレギュラーだってことだ。目の前のゴウプ族の女は緊張からガッチガチになっちゃって震えているが、気持ちは分からなくもない。
散らばったアプーの最後の1個を拾い上げ、籠の中に入れてやる。ゴウプ族の女は枷を鳴らしながら感謝をこめたジェスチャーをしきりと繰り返した。喉に傷があるところを見ると声帯を切られているんだろう。見ていていい気持ちはしないが、ゴウプが売られる際は別段珍しいことではない。
「あまり遅くなると主人にしかられるだろう。感謝は伝わった。もう行きなさい」
ルーラン光使がうながすと、奴隷の女はうなずいてまたアプーの籠を頭上に載せ、歩き出した。
「おかげさまで助かりました。ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。身内が無礼を働いたようですまない」
俺が感謝を伝えると、ルーラン光使様は苦笑を浮かべながら謝罪の言葉を述べた。さっきの怒りは残ってないみたいだな。よかった。
「あの神殿騎士たち、誘拐事件を調べているといっていましたけど」
「ああ、行方不明になった者に、我々の関係者がいてね。私もこうやって街中で情報収集をしていたところだった」
「だから、南エリアでお会いしたんですね」
「あのエリアでも行方不明者が出ているが、積極的に調査をしたがるものはいないからね」
そうだろうなあ。南エリアはゴミゴミしてて汚いし。さっきのようなやつらは鎧が汚れるといって嫌がるだろう。上流階級の来るような場所ではないよな。
「クルクくん、君もなにか噂を聞いたりしていないか?何でもいいのだが」
「いや、俺は何も知らないですね。この街に来たばかりですし」
念の為後ろの二人を振り返ってみるが、心当たりがないといったように横に首を振るばかり。
「そうだ」
いかにも名案が思いついたというように、ルーラン光使様がぱあっと輝くような笑顔を浮かべる。その明るさとは裏腹に・・・・・・不思議となんだか嫌な予感がするぞ。
「クルク君、私の調査を手伝ってくれないか」
「はい???」
何を言い出すんだ、この光使様は。
「先程見て分かるように、我々の仲間には少し癖があるものが多くてね。快く思わない街の人もいて、情報収集しても自然と偏ってしまうのだ。おかげで調査は遅々として進まず。ああ困った困った」
「はあ」
「クルク君のような明朗で快活な若者が手伝ってくれたら、我々には話してもらえないような情報もさぞかし集まるのではないかと思うんだ。どうだろうか、手伝ってくれるならもちろん報酬は弾むよ」
「・・・・・・・・はあ」
明朗で快活・・・・・・さっき目つきが悪いとか小悪党だとか言われてたんだけどな、俺。
「でも俺たち、この街に住んでるわけじゃないんですよ。買い物したらすぐに帰るつもりで」
「この街に住んでいないからこそ、逆に容疑者からは外れているともいえる。おまけに『悪意探知』で神の身元保証つきだ」
・・・・・・さっきの魔法、『悪意探知』かよ。俺も一応泥棒のはしくれなんだけど、神様、わりと判定ゆるいな。もしゲル子や花子にかけられてたらどうだったんだろ。魔物だからさすがに『悪』ってことになるんだろうか。
「どちらにしろ、結構時間を食ってしまっただろう。西エリアは結構広い。店が閉まる夕方までにこれから買い物をして回るというのは、少しせわしないのではないかな」
確かに、1日で買い物を済ませるのはちょっと厳しいかなーと思い始めていたわけだけど。
「調査を手伝ってくれるなら、その間は3人分の宿代も出そう。東エリアによい宿屋がある。貴族が泊まるような、とはいかないが、食事が美味しいと評判の人気宿だ。夕食は焼きたてパンに具沢山シチュー、季節の果物の盛り合わせ」
・・・・・・花子が後ろで「果物」に反応しやがった。胃袋小さいくせに。
「いやその・・・・・・破格の待遇だとは思うんですが、なんでまた俺たちを?『悪意探知』で信用されているのは分かりますが、もっと実力者を雇うこともできるでしょう」
「それはだな」
そう言うとルーラン光使様は、女性なら見ただけで腰砕けになるような最高の笑顔を浮かべた。
「私がクルク君を気に入ってるから、というのもとっても大きな理由ではある」
「は、はあ。それはどうも」
「それと、君は一般人では手に入れられない、『日の当たらない場所』の情報ルートも持っているようだからね」
「!!!!!!!!!!!!!!!!ッッ」
や、やっべええええええ!!
ギルド証、バレてたのかよ。反応なかったから、見られてなかったと思って油断してたのに。なんでよりによって光の神の聖職者の前で落としたんだよ、俺のバカバカ。
「手伝って、くれるよね?」
「ハイ・・・・・・」
こんなの、脅迫みたいなもんだろ。従うしかありません。アマナ、街でアクセサリー買ってやる約束だったけど、お兄ちゃんが帰るのはしばらく先になりそうです(泣)




