第31話 その頃の二人
話は少し前にさかのぼる。クルクと別れたゲル子と花子は二人で西エリアを歩き回っていた。
街で見かけるものは何もかもが珍しくて、花子は楽しくて仕方がない。屋台や商店を片っ端から覗き込んでは、あれこれと店員に質問していた。
「なあに、この花。音に反応してくねくね踊ってるみたい。変なの!」
「これは『ポップンフルーレ』っていう植物だよ。ここよりも温かい国の花だね」
「へえ、あたしもはじめて見るなあ・・・・・・」
「花子にソックリですねー。ばたばた動き回るところとか」
「ゲル子……あんたそんな風に思ってたわけ?」
西エリアの中には数多くの商店や工房があるが、きちんとした建物だけでなく移動屋台のような形態で営業している者もいる。中央広場に近い場所にはバザースペースもあり、いかにも地元のおじさんおばさんといった格好の人たちが筵の上にてんでばらばらの商品を並べている。
「このバザースペースは、お金を払うと1日単位で借りられるんだって。地元の人は家で採れた野菜や自作したお菓子を売ったり、物置にあった古道具を売ったりしてるみたいね」
「何か欲しいものがあるんですか?」
「そうね、服もありそうだから見ていこうかな」
素人のバザーでは見るからにハズレの品も多かったが、たまに掘り出し物もあったりする。花子はセレインの花の刺繍がついた古着のワンピースを購入した。ワンピースは姉妹の為に母親が作ったもののようで、サイズ違いの同じデザインのものが2つ売られていた。
「これよこれ!着るものには華やかさが必要よね」
「そういうものでしょうか」
「かわいくしたほうが、クルクだって喜ぶにきまってるでしょ」
「なるほど、それはとても大事なことですね」
花子の言葉にいかにも納得したというようにゲル子がうなずく。
「2着セットで買ったら安くしてくれたわ。とってもお得じゃない?」
「人間と違って花子は成長しないでしょう。大きいほうを着る機会はないかと」
「なにいってるの、それはゲル子の分よ」
花子が当然といった顔でゲル子の体にワンピースを押し当てる。ゲル子は押し当てられたワンピースを見て一瞬首を傾げてから……なぜか愉快な気持ちになって服の影でぷるりと体の奥を弾ませた。
「花子が服の前で悩んでいる間、わたしも買い物をしてみましたよ」
「何を買ったの?」
「本を買ってみました」
そういうゲル子の手にはひもで綴じただけの簡易な装丁の本が握られている。
「他にも本はあったのですが、高くて貨幣が足りませんでした。これは作者が趣味で作って自分で売っていると言っていましたね。値段も安かったです」
「服だけじゃなくて本まで自作して売ってる人がいたのね」
二人は知る由もないことだが、この世界の識字率はそれほど高くない。街は比較的読み書きのできるものが多いが、農村に行けばまったく文字の読めないものもいる。印刷技術もまだ普及しておらず、紙も高価であるため本は高級品であった。ゲル子の買った本の作者は、まだ若い娘であったが・・・・・・それなりに裕福な身の上ながら趣味で本を作製するというかなりの変わり者だったようだ。
「そういえばあんた、文字読めるの?」
「少しだけですが、知り合いの魔物に教えてもらいました」
「へえ、知識が豊富なやつもいるものね」
「そもそも言葉を教えてくれたのがその魔物でしたから」
花子は感心したように何度もうなずく。
「花子はどうやって言葉を覚えたのですか?あの遺跡にも他に話す魔物がいたのですか?」
「わたしは遺跡に来る人間を見て覚えたかなー」
「人間を?」
「物陰に隠れながらね。人間同士が話してるのがうらやましくて、いつか話しかけようと思ってた」
「で、話しかけたんですか?」
「ダメ。みんなごっつい武器を持って魔物に切りかかってるんだもん」
「じゃあ、相手もいないのにずっとひとりで『こんにちは』とか練習してたんですか?」
図星をつかれた花子がウッと呻いて身をよじる。
「いいじゃない、そのおかげで魔物と人間っていう変な組み合わせと出会えたんだから」
「そのわりには『あっち行け』って言ってましたけど」
「あんな姿、見られたくなかったに決まってるでしょ。もう忘れなさいよ」
花子は恥ずかしさで真っ赤になった頬を両手でごしごしこすった。
「ほ、ほら、なんかかわったお菓子があるわよ。飴がけのアプーだって」
「買うんですか?」
「高いから半分こね。おじさん、1本ちょうだい」
1本の飴がけアプーを交互にかじる二人。フードで顔は隠れているが、言葉でじゃれあいながら食べ物を分け合う姿は仲のよい姉妹のようにも見える。
「ちょっと、アプーの芯は食べるもんじゃないわよ」
「そうなんですか?」
「まったく、変なところで常識知らずなんだから」
飴屋の主人はそのほほえましい光景を目を細めて見守った。
バザーを一通り見歩いて満足した二人は、たわいもない話をしながら中央の広場に向かって歩いていた。クルクと一緒ではないにもかかわらずゲル子も不思議と機嫌が悪くなく、足取りは軽やかだ。たまにはこういうのも悪くはないかもしれないと、そんな気がしていた。
「さっきの話ですが。もし興味があるなら、わたしが文字を教えてもいいですよ」
「ホント?いいの?」
「わたしもまだ未熟ですから、買った本で少し練習しようと思っていました」
「ふーん、さっきの本で?」
「この本は挿絵がたくさん入っているようですから、比較的容易に読めるでしょう」
そういって本の中身を広げてみせるゲル子。そこには少しデフォルメされているがなかなかに精緻なイラストが描かれていた。
「状況がよく分からないけど、人間が絡まってるわね」
「これはですね、『おれ、おとこなのに、こんなところ・・・』と書いてあります」
「へえ、そうなのね。この小柄なほう、誰かに似てるわね」
「やっぱりそう思いますか?クルクさんにそっくりなんですよね」
ゲル子は本を買ったときのことを思い出す。作者と名乗った少女はじっと本に見入るゲル子の手を握って、「同好の士よ」と目を輝かせていた。
「次に作者に会うことがあったら、スライムも出してくださいってお願いしてみましょうか」
「アルラウネもね」
「いいですね。ふたりでお願いしましょう」
後日、頬を寄せ合っていかがわしい本を読む二人の姿にクルクは驚愕することになる。そして街で自作本を売る少女のレパートリーには、新たに『触手攻め』が追加されることになるのであった……。




