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第30話 光使シャルマール

 無事『ギルド』への登録を済ませ、『カカ・プラーマ』から出た俺。中にいたのはせいぜい1ゼッカ半ぐらいだろうか。待ち合わせの時間にはまだ余裕がある。周囲は怪しいお店でいっぱいで、夜に来ればそれはそれは楽しめそうなのだが、生憎と今は午前中。三度のメシより女性が好きな俺も、こんな朝っぱらからハッスルするほどツワモノじゃない。道を覚えるために、一風変わった店名ばかり刻まれた店の看板を流し読みしながら歩く。


(うわっ なんだあれ・・・・・・)


 とある店舗の前、道の端に長い黒髪の痩せぎすの女が立っている。何かを探すように視点を動かしているが近くの店に入る様子ではない。血のような赤い口紅を塗った唇が小刻みに動いているが何を言っているかは聞き取れない。目の下には隈。憎憎しげに歪んだ瞳の奥には異常な炎がともっているように感じる。


(治安が悪い場所だからなあ。中毒性のある薬でもやってるのかもしれない)


なるべく刺激しないように気をつけながら、なんでもないといった風に通り過ぎる。幸いにして絡まれることはなかったが、近づいたときに少しだけ呟いている言葉が聞き取れてしまって漏らしそうなぐらい怖い思いをした。


 ギルドと同じ南エリアにはファーラさんの店もある。先日会えなかったからと探して立ち寄ったんだが、実家で見かけた銀髪のスレンダー美女に門前払いをくらってしまった。なんでもまだ体調がすぐれないんだと。お見舞いに行きたいといったら、人を見下すような冷たい目で「迷惑です」などと言い放ちやがった。取り付く島もないといった様子には、すごすごその場を去るしかなく。




 南エリアでの用事が済んで中央の日時計を目指して歩いていると、南エリアをもうすぐ抜けるというところで子供の泣き声が聞こえてきた。こんなところに子供?と思ったが、このあたりにだって住んでいる人がいないわけじゃない。治安はよくないけどな。迷子だったら保護してやろうと声のするほうに歩いていく。


そこにいたのはまだ小さい女の子と、その前にかがみこんだ一人の男。まさか誘拐かなどと思ったが、男のほうはどうも泣きじゃくる女の子を扱いかねている様子だ。


「どうしたんだ?」


 声をかけてから、しまったと思った。


 少女の前に座り込んでいる男。光沢のある白い服の胸に縫い付けられた刺繍は太陽と目を組み合わせた形をしている。・・・・・・この男は光の神に仕える神官だ。


 この国には火・水・風・土・光の神がいる。農村は大地神の信者が多く、鍛冶をするものは火の神を信じている。光の神は正義と発展を掲げる神で、為政者や高位の軍人を中心に一定数の信者がいる。光の神に仕える神官を「光使こうし」といい、信者を「光子こうし」と呼ぶ。彼らの多くは光の神こそが全ての神の上に立つ存在だと信じ、「人を裁く」とも言われる光の神に従って、悪人や邪教の徒などの異端者に対して容赦をしない。そうしたものを狩り出し、断罪する「審問官」というものも存在するぐらいだ。


 この街ではこれといって悪いことはしていないが、国の許可のない遺跡探索は本来違法。それなりに後ろ暗いところのある身としてはあまり関わりたい相手ではない。できればすぐにでも、立ち去りたい。だが、声をかけてしまった以上、見なかったことにして立ち去ることもできない。


(しかし、なんで南エリアなんかに?)


 光の神に仕えるものは通常悪所のある南エリアを好まない。表立って異端として排除しないのは、駆逐するには厄介な存在であることと、彼らの多くは多額の献金をする「敬虔な」信者でもあるという複雑な事情からだが。それでも通常光の神の神官はこのようなところをウロウロしないし、かといって目の前の男は悪所で遊ぶような「なまぐさ」神官という風にも見えない。


「この子が私に『癒しの奇跡』を行ってほしいというのだが・・・・・・」


 光使こうし様が俺の問いに答える。よく見れば随分若い男だ。俺の4番目の兄貴ぐらいの年だろうか。金髪碧眼に少し日焼けした白い肌、やや太目のきりりとした眉と鼻筋の通った顔立ち。神官でなければ物語の王子様役で出てきそうな品のある正統派イケメンだ。女性にもさぞかしもてるだろう。チクショウ。


 だが、少しだけ状況が分かった。神官は『奇跡』と呼ばれる法術を使える。『癒しの奇跡』というのはその中でも一番ポピュラーで分かりやすい類のものだ。その威力は使うものの力量によって千差万別だが、多かれ少なかれ人の傷を癒すことができる。そして・・・・・・その『奇跡』を受けるためにはそれなりの喜捨とやらを行わなければならない。世の中、何かを求めるには大概金がいるものだ。


「なるほど、では俺が代わりに寄付をしましょうか」


 そう言って自分の懐に手を入れる。ギルドで大金を取られたばかりなのにまた少なからざる金が出て行くのかと思うと悲しくなるのだが、泣いている少女をそのままにするわけにはいかない。少年だったらどうしたか分からないが。


 この光使様に「冷たいやつ」と思われるのもよくなさそうだし、幸い今は魔石を売った金があるからさっさと『奇跡』でもなんでもやってもらってこの場を収めてもらうのがいいだろう。午後の買い物でちょっと節約すればたぶんなんとかなる。


「ああ、いや!そういうことではない」

 

 懐から金を取り出そうとした俺を光使こうし様が押しとどめる。急に腕に触れられたもんで、びっくりして『ギルドの証』を落としてしまった。慌てて手の中に『証』を隠す。光使こうし様は落ちたものには気づかなかったのか知らなかったのか、まったく気に留めた様子もなく泣きじゃくる少女の手をとってそこに握られたものを俺に見せた。


 ----------------小鳥。

 なんという鳥だっただろう、この辺りでは特に珍しくもないが鳴き声が美しい鳥だ。だが今はその自慢の歌声を聞かせることもなく、ただ冷たく硬いモノとなって少女の手に乗せられている。


「私の力では、もうどうすることもできない」


 少女は見たところリリ・サリよりもずっと幼い。その言葉を知ってはいてもはっきり理解することはできないのだろう。「お願い」というような意味のことを繰り返しながら泣きじゃくるばかりだ。光使様はその姿に困惑しながらも申し訳なさそうにしている。


「どうして治してくれないの?」

「それは・・・・・・」


 人間であれば「神の御許に行った」と言ってやれるんだろう。だが、光の神はもともと人のみを祝福する神。鳥獣の魂は死んでも祝福されず、消えてなくなるものという考え方をしていたはずだ。他の神ならまた考え方が違うんだが、神官の立場では自分ちの教義と違うことを言うわけにはいかないだろうな。


 ちょっと危ない気もするが・・・・・・助け舟を出してやるか。少女には聞こえないようにちょっとした『下準備』をしてから話しかける。


「なあ、おじょうちゃん。名前は?」

「・・・・・・ミーナ」

 

 少女がおずおずと名前を口にする。今は潤んでるが、くりっとした目のなかなかかわいい子だ。これはきっと将来美人になるはず。


「ミーナ、芋虫がちょうちょになるのを知ってるか?」


 俺の急な問いかけにミーナが泣くのをやめて一瞬きょとんとした顔をする。そしてゆっくり上下した頭に手をのせながら俺は話を続けた。


「生きてるものはずっと同じ形ではいられないんだよ。ミーナが持っている『それ』は飛び立った後の、残された『さなぎ』なんだ。鳥は怪我をして動けないわけじゃなくて、ちょうちょみたいにさなぎを残して姿を変えてしまったんだよ」

「じゃあ、どこにいっちゃったの?」

「透明になって目では見えなくなっちゃったのかもな。でも、ミーナのことが好きだったら、まだそばにいるかもしれないよ」

 

 何かを探すように宙に目をさまよわせるミーナ。その瞬間、やわらかい風が羽毛のようにふわりと彼女の前髪を撫でる。


「!!!」

「どうしたんだ?」

「さっき、なにかがフワって・・・・・」


 少女は目に溜まっていた涙をぬぐい、しばらく不思議そうに周囲を見回していた・・・・・・・。




「あの風はきみが起こしたのか?」

「ええまあ・・・・・詐欺だっていわないでくださいね」


 魔法はからっきしダメな俺にとっては、実はあれでも得意属性での全力だ。もともとスズメの涙ほどの魔力しかない俺が唯一使える魔法、『送風』。もちろん戦闘に役立ったことは一度もないし、日常生活でもこれといって役立ったことはない。頑張ればスカートぐらいめくれるんじゃないかと努力してみたこともあったが、結局微風すぎてほとんど揺れもしなかったので今は練習すら諦めている。他の兄弟はそれなりに魔法が使えるヤツもいるのに、なんで俺はこんなにセンスがないのか。今回はたまたま役に立ったけど。


「いやいや、時間差で発動させるなんてすごいな。おかげで助かった」


 時間差で発動させられるわけじゃなくて、いつも発動が遅くなるだけなんだけどな。せっかく褒めてくれてるんだから、それは黙っておこう。


「口先だけで丸め込んだようなもんだから、根本的な解決にはなってないですけどね。また思い出して寂しい気持ちになるのでしょうし」

「少なくとも小鳥は不幸になったわけじゃないと思うことができるだろう。もう少し大きくなればきちんと本当のことを理解できるようになるさ」


 光使様はそう言ってさわやかな笑みを浮かべる。本当にイケメンだな、この人。立ってみると背も高いし足も長い。光の神の神官は傲慢な人間も多いと聞いていたが、さっきの少女への態度を見ているとそんな風には感じられなかった。見た目がイケメンだと性格もイケメンなのか?


「じゃあ、俺はそろそろ行きますので」

「あ、待ってくれ」


 立ち去ろうとした俺を引き止める光使様。


「私はシャルマール・ルーラン。光の神に仕える者だ。よければ・・・・・・君の名前を聞いてもいいだろうか」


 うーん、どうするかな。偽名を使ってもいいんだが、バレるほうがやっかいだし。

 まあいいや、このさわやかな笑顔を信じるとしよう。


「俺はクルクといいます」

「あまり見かけないが、この街には最近来たばかりかな?」

「今日着いたばかりで。遠くに住んでいるので、ここに来るのも2年ぶりぐらいです」

「そうか、街に滞在するなら、困ったことがあれば北エリアにおいで。私は普段そちらにいる」


 にこにこしながらそんなことを言ってくれるが、俺はたぶん北エリアには行かないと思う・・・・・・。


「それと、最近この街で人がいなくなる事件が起こっている。夜出歩くなら気をつけて」

「誘拐ですか?それとも失踪?」

「おそらく誘拐ではないかと思うんだが、よく分かっていないんだ」

「なるほど、物騒ですね。気をつけます」


 とはいっても、俺みたいに幼くもない男を攫おうってモノ好きはそうそういないと思うんだけどな。いたとしても、ゲル子先生が返り討ちにしてくれるだろうが。そういや、そろそろ集合の時間かな。


 俺はシャルマール光使様と別れ、輝きを増した太陽に目を細めながら広場に向かった。

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