第29話 ギルドのおっさん
「グロウのやつに意地悪されたんだって?災難だったな」
カウンターの中から話しかけてきたのは無精ひげを生やした柔和な顔立ちの中年男だ。どうやらこの「ギルド」の受付係のようなものであるらしい。差し出してきた肉厚の手のひらの上に言われた通りの枚数の貨幣を落とす。跳ねてカウンターの上に飛び散るだろうと予想したが、器用にも5本の指でバランスを取ってまったくこぼすことはなかった。俺は軽くなってしまった財布をため息をつきながら懐に戻す。
「ここは、いつもこんなに入りにくいのか?」
「ああ見えてもグロウは結構親切な奴だぞ。相手がきれいなお嬢さんなら、階段の入り口まで『開けて』エスコートしてくれるさ。坊主は生意気そうな顔をしてるから、試されたんだろう」
「あれぐらい、痛くもかゆくもないからかまわないけどな、別に」
俺の強がりに朗らかに笑う男。こんな場所の「職員」の割にはずいぶん愛想がいいな。
「それよりも表の『店』の外観のほうがよっぽど恥ずかしいよ」
「ちゃんと『そっち』の用途にも使えるんだぜ。2階に行けばな」
「あのオバサンとか?冗談だろ。それともほかにかわいい子がいっぱいいるのか?」
「もちろん他の女もいるけどな。不思議とあれが一番売れっこさ。『ギルド』のことを知らないカタギの人間にも結構リピーターが多いみたいでな……おっと、そんな顔すんなよ。人気の秘密は、そうだな、思い切って買ってみりゃわかるかもしれないぞ」
「冗談」
そんな軽口をたたきながら、目の前の登録用紙に名前を書き込む。いろいろ項目が書かれているが、無理に全部埋める必要はないらしい。こういう場所に来るのはだいたい隠したいことのある人間ばかりだからな。用紙を渡すと男がチェーンのついた小さな鍵のようなものをくれた。鍵の上側が目のような形になったデザインだ。瞳孔の部分に緑色の玉が嵌まっている。
「それが登録証の代わりだ。『伝達』の魔法がかかっていて、呼び出しをされるときは玉の色が変わる」
「頻繁に呼び出されるものなのか?」
「基本は呼び出されることはないな。もしお前が何かを依頼しているなら、青く光って依頼の終了を知らせる。それ以外に緊急の呼び出しがあれば赤く光って知らせる。呼び出されたら出来る限り速やかに来い」
おっさんの言葉に素直にうなずいておく。とは言え、俺は街に住んでいないからすぐってわけにはいかないだろうけど。
「鍵の部分も魔法具になっていて、低ランクの『開錠』の力がある。この場所への『入り口』を開けるのにも使える。坊主は今回自分でこじ開けたみたいだが。普通は最初は誰か組合員の紹介で連れてきてもらうものさ」
(そんな話は聞いてないぞ、親父め・・・・・・。)
「ここで出来ることは大きく分けて3つ。『依頼』と『買い取り』と『商談』だな。『依頼』というのは誰かに仕事を頼んだり、仕事を引き受けたりすることだ。情報や物を手に入れるものから、特定の人物に関わる依頼もある。依頼人の名は基本的に明かされない。依頼を受ける際は本人の能力を考慮した上で俺がふさわしいものを出す。期限はあるものとないものとがある。言うまでもないことだが、依頼の失敗、キャンセル、それと情報漏洩やごまかしをしようとしたらそれなりのペナルティがあることをよく理解しておけ。依頼を出すときも、嘘の情報を出すことは許されない。依頼は何を出してもいいが、希望がかなえられるかどうかは運と金次第だ。」
ここに出されるような依頼は大概ワケアリだろう。場合によっては、誰かの襲撃とか暗殺とかもあるかもしれない。俺はそんな危なそうなものは受けないけどな。
「『買い取り』は仕事で手に入れた品物や魔石を『ギルド』が買い取ることだ。街の東エリアでは売りづらいものもあるだろう?未鑑定のものは手数料がかかるが、鑑定してから換金してやる。レアものは直接『商談』したほうがいいと思うがな」
盗品、盗掘品は売るだけで足がつくこともある。魔石も所持や売買は違法ではないが、主な入手場所となる遺跡の多くは国が所有していることになっており、俺のような立場の者が大量に売ると目をつけられる可能性もなきにあらず。
魔石は大きさと質で価値が変わってくる。基本となるレートを教えてもらったが、まずまずといったところか。実家で売るよりは手数料分ちょっといいかなというぐらい。それだけでわざわざ街に来ようと思うほどではないけどな。魔石以外の入手品は顔つなぎの意味でファーラさんに売るほうがいいかも。
「『商談』は人との関係を『ギルド』が仲介してやることだ。通常の『依頼』では解決できない場合利用するといい。同業者とモメた場合、仲裁してやることもできる。内容によってそれなりの手数料は頂くがな。ただし、基本的には話し合いの場をセッティングするだけで、最終的に商談が成立するかどうかは責任は持たないぜ」
今いる部屋は広いものではないが、奥には扉が見える。その先には『商談』に使うような個室があるのかもしれない。2階を使うなんてことは・・・・・・うーん、ないと思いたいんだけど。
「そのほか質問は・・・・・・ないな?よし、じゃあさっそく何かやりたいことはあるか?」
「簡単な依頼を見せてくれ。近隣で収集できる遺跡関連の物品で、期限のないものがいい。それと、魔石をいくつか換金したい」
言い終ると、中年男がじっと俺の目を見つめてきた。おっさんと見つめ合うとか気色悪い・・・・・・と考えた瞬間、体の内側で小さな虫が這いずるようなわずかな違和感を感じた。
(このおっさん、まさか『観察』持ちなのか?)
他人の能力を測ることの出来る魔法があるとは聞いている。物品の価値をはかることが出来る『鑑定眼』を持つ者はそれなりにいるが、人の能力を測る魔法はかなりレアなものだと聞いている。少なくとも俺は今まで使われたこともなければ使えるやつを見たこともなかった。『本人の能力を考慮した上で』依頼を出すというのはこのことか。見た目は普通のおっさんだが、ここで受付をやっているのもそれなりの実力があってのことなんだろうな。
提案された依頼を見る。花子がいた遺跡で採れる植物の収集があったので、受けることにした。一度行ったことがある場所だし、たぶん花子がいれば植物の見分けもつくだろう。魔石もそれなりの金額になったから、先程軽くなってしまったふところもほぼ元通りだ。
「初の『依頼』だな。難易度もルーキーには妥当なところだろう。まあ頑張りな」
「最後に追加でちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ラジムって名前のやつを知らないか?俺の身内なんだ。赤っぽい髪をした若い男」
「・・・・・・探しているなら、『依頼』として受けるが」
「いや、そこまでしなくていい。もしここに来ることがあったら、『たまには家に帰れ』って伝えてくれ」
「そいつがここに来ることがあって、俺が覚えていたらそうしてやるよ」
「それで十分だ。ありがとう」
絶対兄貴を探さなきゃいけないわけでもないから、これでいいだろう。
帰り際、上の階で威圧してきたおっさんが『お詫び』と称してサービス券を渡してきた。2階に1泊するとドリンクが1杯無料でついてくるらしい。サービスされるドリンクは店の名物『プラーマエール』。甘ったるい匂いがエールの苦みとミスマッチ・・・・・・って明らかに不味そう。全然お詫びになってないぞ。どっちにしろ、俺がこの店の2階を利用する日は来ないと思うけどな・・・・・・。




