第28話 アナトーの街にて
それから準備と二人の教育に数日。俺たちは今、最寄りの街を訪れている。街の名前はアナトーと言う。中心部の広場に日時計がある以外は、これといって特徴もない街だ。
ここまでの道のりは順調で、これといって目に付くものもなかった。俺としては何回か来たことがある場所なので、いつも通りの風景を見ながら歩いてきただけ。街とはいえそれほど大きな街でもないので門番のチェックも緩かった。一般人には身分を証明するものがないのが普通だから、せいぜい出身や仕事を聞くぐらいだ。別段ゲル子や花子が怪しまれることもなくてほっとした。
「ねえねえ、町では植物の種も売ってるのかな?あたしもあんなの作りたい!」
約一名、街に入る前から興奮状態のやつがいるが。街の周りには食料を供給するための農地が広がっているんだが、どうやら整然と植えられていたパン用麦の畑にいたく興味をそそられたらしい。自分も家の周りで植物を栽培すると言い出した。
「花子、畑を作るのは大変だぞ。その辺に種を植えておけばいいってもんじゃないぞ」
「分かってるわよ。あ、なんか家の前に野菜が吊るしてある!あれはなーに?」
「保存のために干し野菜を作ってんだよ」
「あたしも畑で野菜が取れたら、作ってみようかなあ」
すっかり畑を作る気でゴキゲンになっているが、大丈夫だろうか。俺たちは一日のほとんどを遺跡で過ごしているから、頻繁に畑の様子を見に行くことは難しい。少し天候が偏ったら、すぐに枯らしてしまうんじゃないかな。
「それより花子、俺の教えたことはちゃんと覚えているだろうな?」
「もちろんよ。街での振舞い方も、お金の使い方もばっちり」
魔物であることがばれるとまずいので、二人には頭から足まで覆うタイプのだぶっとした服を着せてある。ゲル子は一応全身人間そっくりになっているし、花子は上半身までは完全に人間と同じだから顔ぐらいは出ていても困らないんだが、二人ともその辺にはそうそういないような美少女なので別の意味で目立ってしまう。変な輩に絡まれるかもしれないから隠しておくにこしたことはないだろう。
「言っておいたとおり、俺はしばらくは別行動する。こづかいを渡しておくから、二人で買い食いでもしてろ。なるべく変なことはしないように」
「やったー、お買い物たくさんするんだーー」
「仕方ないので花子と一緒に待ってます」
いつもフリーダムなゲル子にはやや不安が残るが、花子は意外と人間の常識が理解できているのでたぶん大丈夫だろう。ゲル子が変な言動をしないようにしっかり見ておいてくれと釘を刺す。
だいたいの集合時間を決め、街の中央にある大きな日時計を集合場所にして、二人と別れた。ここからは俺だけでの行動だ。ゲル子の手を引っ張って屋台を見に行く花子の姿を見送ってから、街の南側に向けて歩き出す。
この街は広場を中心にして、東西南北で大まかにエリアが分かれている。北は教会などの宗教施設が多い。東は商工業の発達したエリア。工房や店舗が多い。西は住宅街。南は歓楽街だ。
裏路地をいくつか抜けると、漂う空気が変わったのを感じた。太陽はほとんど真上に昇っているにもかかわらず、どこかじめっとした湿気のようなものが肌にまとわりついてくるのを感じる。立ち並ぶ建物は狭くごみごみしている。この辺りのエリアは夕方から開店することも多く、朝は閉まっている店も多かった。
俺の目当ての店はすぐに見つかったが、開店しているのかどうかはあやしい。元はけばけばしい色合いだったであろう、今は少し色あせた看板を確認する。書かれている店名は「カカ・プラーマ」。
店名だけ聞くとどこの八百屋だという気になるが、カカはその形状から女性の豊かな胸部とよく比較される果実。プラーマは二つに割れた形状から、臀部に例えられることのある果実だ。そして文字の横に肌色で書かれたちょっと下品で決してうまくはないイラスト。つまりは、そういう店だ。
(本当にココなのか?)
イメージより随分小さくて安っぽい感じだ。店の壁もところどころ傷んで薄汚れている。いかにも流行ってなさそうな印象。近くにもっと大きくて豪華な店もあるんだが、そっちだと言われたほうがよっぽど「らしい」んじゃないかという気がする。
周囲に人目がないのを確認して、こそこそ店に入る。薄暗い店内から、愛想笑いを浮かべたいかついおっさんと胸のはだけたドレスを着た女が出てくる。女は俺に胸を押しつけるようにして誘ってくるが……いや、ないな。これはない。年上も商売女もダメとは言わないけど、ずいぶんだらしない体型だし。うちの母さんのほうが若いぐらいだろ。2階からちらちらこちらを見ている他の女たちも、化粧こそ派手だが質は似たり寄ったりだ。
強引に2階に引っ張って行こうとする女の手を振り払って、「奥」に案内してくれとおっさんに伝える。
その瞬間、おっさんの顔からすっと笑みが消え、空気が重くなったように感じた。これは……威圧されているのか。
(このおっさん、強いな。)
少なくとも俺ではかなわないぐらい強いだろう。本能的な恐怖で足がすくみそうになる。だが・・・・・・敵意はあるかもしれないが、殺意は感じない。「脅し」をかけられているだけだ。ならば進んでもかまわないだろう。
重苦しい空気を突き破るようにしておっさんの横を通り抜ける。おっさんは止めようとするそぶりもなく全く動かない。ただ、奥に進むにつれて心臓と肺が押しつぶされるようにどんどん重くなる。
完全におっさんの後ろに通り抜けた瞬間、露骨に空気が軽くなった。目の前にはうっすら割れ目の見える床。薄暗い室内のせいで、注意力を向けないと分からないぐらいのものだ。「七つ道具」で無理やりこじ開けると、地面の下に続く階段があらわれた。




