第26話 おるすばんゲル子
「・・・・・・クルクさん、まだでしょうか」
「さっき出かけたばかりでしょ」
クルクが実家で家族と過ごしていた頃。置いていかれたゲル子と花子はなんとなく一緒に時間を潰していた。とはいえ、もともと魔物である二人はこれといってやりたいこともなく、有り余る時間を持て余していた。
そんなわけで、
「もう、どのぐらい時間経ちましたかね」
「さっきからぜんぜん経ってないわよ」
「そうですよね」
と言うようなやり取りを数ブーガに1回ぐらい繰り返しているのであった。
(クルクさん、早ければ5、6ゼッカぐらいで帰ってくるといってましたよね・・・・・・)
ゲル子は昔『亀の魔物』に教えてもらった人間の単位を思い出す。太陽が上って沈んで、また上るまでが一日。一日を20に分けたものが、1ゼッカ。1ゼッカを50に分けたものが1ブーガ。1ブーガは大体、100を数えるぐらいだと聞いたように思う。
では、2万5千数えれば5ゼッカになるのだろう。それは無限と感じられるほどの数ではないが、ただ待つには少し多すぎて、なんだか体の奥がじりじりしてしまう。ふう、と人間のように息を吐き出すまねをして、輪郭をだらしなく崩してみる。
「ちょっと、外出てくるね」
花子がそう言って立ち上がりドアを出て行くが、ゲル子にとっては興味がないことだ。花子を嫌っているわけではないし、むしろ『自我のある魔物』という自分と同格の存在として認めてはいる。だが、ゲル子にとってはクルクのだけが自分の心-------クルクに会って初めて自分にもそんなものがあるのだと自覚したのだが-------を刺激する特別な存在なのであり、花子についてはそのおまけぐらいの価値しか感じていないのだ。クルクが手に入れて、家に飾っている花瓶の花。花子の価値はそれとさほど変わらない。
朝まで入っていた布団に這いより、体をもたせ掛ける。そこに入っていたときはクルクがたくさんかわいがってくれたことを思い出して、体が柔らかくなるような気持ちになるが、それとともにクルクが今いないということを余計に寂しく感じる。嗅覚があればクルクの匂いが残っているのかもしれないが、生憎スライムであるゲル子にはそうした余韻を味わうための能力はないのだ。
(こんなに長い時間離れていたら、クルクさんはわたしのことを忘れてしまうのではないでしょうか)
そんなはずはないと思っていても、少し不安になる。人間は普通、人間と一緒にいるものなのだから。他の人間と過ごすうちに、魔物と一緒に暮らすことが嫌になって、もうここには帰ってこないのではないかと思えてしまう。
(遺跡の中ではずっと独りでいても平気だったのに、不思議ですね)
遺跡で暮らしていた頃は、何もすることがなくても、時間を長いと感じたことはなかった。亀の魔物が自分の前に現れたときは少し興味を抱いたけれども、亀の魔物が消滅してしまった後も少し残念だと思ったぐらいで、今のような強い喪失感や不安を感じたわけではなかった。
最初にクルクと会ったとき。あの時は強い感情を呼び起こされたけれど、あの時クルクに拒まれ、遺跡に置いていかれたとしても今のような不安定な気持ちにはならなかったのではないかと思う。遺跡を離れれば、魔物は魔力の供給がされなくなるだけでなく、こんな頼りなく不安定な精神状態になってしまうものなのかもしれない。
(2万5千を数えれば、帰ってくるでしょうか)
それは疲れをしらぬゲル子にとっても、多すぎると感じられる数字。でも、決して無限ではない。それを数え終えればこの空しい時間が終わるというのであれば・・・・・・・・
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10・・・・・・・・・」
ゲル子は出来る限り早口で、はっきりした人間の言葉で数字を数える。早く数え終えれば、それだけ自分の大事な人が早く帰ってくるのだと信じて。
1ブーガが1分40秒、1ゼッカが1時間半弱ぐらいですが、計算がめんどくさいなーって場合は1ゼッカが1時間、1ブーガが1分ぐらいで考えていただければと思います。




