第25話 家族団欒
その日の夕食は、珍しく家族が集合していた。俺と親父、母さん、じいさん、リリ&サリ、それとアマナ。アマナは顔にあばたが残ることもなく見事に完治したようだ。つやつやのお肌を見ながら、心の中で花子に感謝する。
夕食は根菜と肉を煮込んだシチューとたっぷりゆでた葉野菜、それと穀物のパン。お客さんの分も作っていたようで少し量が多めだったが、親父がぺろりと全部食べてしまった。
「もう、余った分はお兄ちゃんにって思ってたのに」
「悪い悪い、久々の温かいメシがうまくってな」
「親父は仕事でしばらくまともな物食ってなかったんだろ。俺は一応、家で料理してるし」
「お肉を焼くだけじゃ、栄養が偏るんだからね」
はは、耳が痛いな。
食い足りないのか、底を舐めまわさんばかりに見つめている親父の皿を母さんが取り上げる。代わりに朱色にほどよく膨らんだラングの実を渡す。大きな手が不器用に動いて、引きちぎられるようにしてラングの実の皮が剥けていく。口いっぱいに果物を頬張る親父にため息をつきながら、母さんはリリとサリの口元を交互に拭いてやっていた。・・・・・・まるで子供が3人いるみたいだな。
「クルク、あんたもう街には行ったのかい?」
「街に?いや、まだだけど」
「この辺で『商売』するんだから、一度『ギルド』に顔を出しておいたほうがいいだろ」
「ん、そうか・・・・・・『ギルド』か」
ギルドというのは、通常は職人の組合みたいなものを指す。熟練の職人が若手を指導したり、過当競争にならないように市場に流す商品のだいたいの相場を決めたり、そんなところだ。俺は職人じゃないから詳しくはよく知らないけど。
俺たちみたいな表沙汰にできない商売を営む者には、もちろんそんな正式な組合があるわけじゃない。商売によっては自分の技術なんて他人に教えりゃ命取りだし。でも、不要な争いを避けるためにも情報交換や取引をする為の場所はあったほうがいい。そんなわけで大きな町には酒場の裏手やスラムの一角なんかに、こっそりそういう場所が作られていて、それを表のギルドにならって、便宜的に「ギルド」と呼んでいるわけだ。
街に住んで「商売」をしていれば同業者との遭遇もあるだろうし、「ギルド」に厄介になることもあるだろうが、俺のように離れた場所に住んでいれば別に「ギルド」に縛られる必要はない。だけど、今後活動範囲が広がることだってあるだろうし、簡単には売れないお宝を手に入れることだってあるだろう。そうした意味では、同業者の集まりには早めに挨拶しておいたほうがいいかもしれない。挨拶するだけじゃなくて、行けば入会料やら上納金やらの名目で何かと金も取られるのが悩みどころだけど。今のところ若干ふところは暖かいから、「入会金」を払っておくなら今のうちか。
「わかった、そのうち行っておく」
「もしラジムに会うようなら、よろしくな」
親父が何年か前に家を出た3番目の兄貴の名前を出す。長らく姿を見ていないが、そういえば出て行く際に「俺は都会に住む」なんていってた覚えがある。今はずいぶん大人になってるだろうし、人の多い街中ではすれ違っても分からないかもしれないな。
食べ終わった親父が俺の顔にひげ面をこすりつけながら「久しぶりだから部屋でパパと冒険話でも話そうぜ!」とか何とか言ってきたが、顎にパンチを入れて追い払ったらしょんぼりしながら部屋に戻っていった。いつまでも子ども扱いしやがって、いい加減、子離れして欲しいもんだ。
だいたい、親父の遺跡の話は鍵があかなかったから殴って壊したとか、串刺しの罠にかかったけど全部たたき折ったとか、そんなのばっかりなんだ。
せっかく手に入れたお宝もうっかり壊したりするもんで、魔石以外の稼ぎはいまひとつ。じいさん曰く、「ガルド(親父の名前だ)は一番出来の悪い息子」。盗賊としての才能は枯渇しきっているが、それでも体力だけで乗り切っているのだからある意味たいしたもんだと思うけど、今の商売続けるより、傭兵でもやったほうがもっと儲かるかもしれないよな・・・・・・。
食後の片づけを手伝ってから、椅子に座って少し食休み。アマナが香草茶を入れて出してくれる。安らぐ香りのお茶をすすりながらゆったりと背もたれに体を預けていると、頭の後ろからむにゅっと柔らかいものが俺を包んだ。
「な、なんだ?アマナ?」
俺の頬をくすぐっている栗色の毛先からほんのりいい香りがして、ちょっとどきどきする。
「お兄ちゃん、薬ありがとうね」
「お、おう」
後頭部に押しつけられた弾力を内心楽しみつつ、にやけた顔を理性でなんとか押さえ込む。
「でも、無理はしないでね。お兄ちゃんが怪我しないかってわたし、いつも心配で」
「いや、あんなのたいしたことないって。余裕余裕」
強がりじゃなく、あれぐらいなら本当にたいしたことないんだよな。なんせ、ゲル子が強いから。ってアマナの前ではゲル子たちのことは言えないけど。
・・・・・・それより、耳元で囁かれるほうがなんかこう、たいしたことあるというか。ファーラさんほどじゃないけど、なかなかたいしたものが当たっているというか。ふわふわのもちもちのぷるんぷるん。
「今夜は泊まっていくの?」
「いや、そろそろ帰ろうと思ってるよ」
「外は暗いよ?危ないんじゃない?」
「慣れてるから大丈夫」
ファーラさんがいたら泊って行ってもいいなと思っていたが、来なかったのだから滞在する理由もないんだよね。遅く帰れば留守番の二人が不機嫌になりかねないし、泊って親父の「俺の冒険の話」に一晩中付き合わされるのも面倒だ。
「あのね、お礼があるの」
「なんだ?ほっぺにちゅーでもしてくれるのか?」
からかい半分で答えると、アマナは俺の肩を軽くこづいてから、戸棚から小さいバスケットを取り出して押しつけるように渡してきた。
「これ、よかったら食べて。わたしのオリジナル」
軽食かお菓子だろうか。そう思ってバスケットを受け取ると、中からひんやりした空気が漏れ出ているのを感じた。どうやら、「冷気」の魔法で冷やしてあるらしい。
「冷たいほうがおいしいから。早めに食べてね」
「ああ、ありがとう。アマナの作るものはどれもうまいから、楽しみだ」
俺の言葉を聞いてアマナが顔をほころばせる。その愛らしさに、俺もついつい顔がゆるむ。
「家が恋しくなったら、いつでも帰ってきていいんだからね」
「別に、ホームシックになったりはしないけど」
「ちょくちょく家に帰ってるから、寂しいんだと思ってた」
別に寂しくて帰ってるわけじゃないが、実家から離れていざ暮らしてみるといろいろ準備不足が発覚したりして。言われてみれば、独り立ちしたのに親を頼りすぎなのかもしれない。今後はもう少し遠慮するか。
「わたしは安心できるから、そのほうが嬉しいんだけどね」
「別にホームシックにはならないが、アマナの作るメシはたまに食べたくなるんだよな」
「ホント?」
「ああ、自分で作ると同じようなものばかりで、すぐ飽きるんだよな」
そっかぁ、とつぶやいてにんまり笑うアマナ。料理の腕前を褒められて得意げだ。
しかし、その直後、とんでもない発言が俺を惑わせることになる。
「じゃあ、わたしもお兄ちゃん家に行ってもいい?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
うちに・・・くる?アマナが?
「そうだな、そのうち、な」
「ううん。そのうちじゃなくて、いまから」
「え?い、いまから?」
まずい。
まずいまずい。
まずいまずいまずい。
何がまずいって、うちにはゲル子と花子がいるわけだよ。魔物と一緒に暮らしてるなんて、常識的に考えてそうそう他の人間に理解されるわけがない。魔物ってのは遺跡の中で人を殺すか、遺跡から出て人を殺すかのどちらかしかないと思われてるんだから。
俺の場合はたまたま死にそうなところをゲル子に救われたから話し合うきっかけができたわけだけど、良心も倫理もないと思われてる魔物を信用するやつはそうそういない。俺が「これはいい魔物なんです」って訴えたところで、精神支配の魔法で操られてるとでも思われるのがオチだよ。
危険種が出たなんて話が伝わったら、二人とも親父に退治されちまうかも。いや、花子はともかくゲル子なら親父と互角に戦えるのかもしれないけど、身内同士の戦いなんて見たくないぞ、俺は。
「えーと、また今度じゃダメかな?」
「なんで?今からだっていいでしょ?」
「いやー、準備が足りないというか。家の中散らかってるし」
「どうせそんなことだろうと思った。大丈夫、わたしが掃除してあげるからね」
いかん。アマナはすっかりうちに遊びに来るつもりだ。せめて時間が稼げれば二人を隠すことも出来るし、人間のふりをさせてごまかすことも出来るかもしれない。とにかく、今日来られることだけは阻止しなければ。
「えーと、また今度にして欲しいんだよ。俺の都合なんだけどさ」
「えー?なんで?」
いぶかしげな顔で食い下がるアマナ。普段は穏やかな性格なんだけど、思いついたら即実行したがるほうなんだよな。そういうところ、変に親父と似てるっていうか。長年一緒に住んでると性格もうつるもんなのかな。
とりあえず、何とか日程をずらして時間を稼がねば。
うーんうーん。
少ない脳みそをフル回転させて、言い訳をひねり出す。
「ええと、俺、もうすぐ街に行くから。その後ぐらいがいいんだけど」
「んー?ギルドに行くのと関係あるの?」
「いやあ、そうじゃないけど。アマナがせっかく遊びに来てくれるなら、もう少し内装に手を入れて、かわいい食器とかも街で買って来ようかな、なんて思ってて」
「え?かわいい食器?それって、お兄ちゃんとわたしとお揃いってことだよね!」
「ん?ああ、そ、そうだな。お揃いにしよう。せっかくだからな」
そんな出費をする予定はなかったんだが・・・・・・この際やむを得ない。アマナは顔を隠すように手で頬を覆っているが、そんなに悪い反応ではないようだ。下まぶたが嬉しそうにぴくぴくしてるし。この方向で押すか。
「せっかくだから、いろいろお揃いのもの買おうか」
「それってなんか・・・・・・『わたしたちの』新居みたいだよね!」
「そうだな、準備が出来たら絶対呼ぶから、アマナの家だと思ってくつろいでくれてもいいんだぞ」
そういうと、アマナはうひゃー、と言いながら自分の顔をゴシゴシ擦った。よしよし、いい方向に話がずれたな。このまま畳み掛けるか。
「そうだ、これ、アマナにプレゼントするよ」
そう言って懐にしまっておいた小さいイヤリングを取り出す。ファーラさんにあげようと思っていたが、この際仕方あるまい。
「こ、これを、わたしに?」
「まだ、たいしたお宝は手に入れられてないんだけどさ。初めて手に入れたお宝らしいお宝だから」
「そんなの・・・・・もらっていいの?」
俺がうなずくと、アマナは恭しく俺からイヤリングを受け取り、形のよい耳につける。白く穢れのない海の宝石がやわらかな光を帯びて、アマナの健やかな美のイメージによく合っている。
「こういうの初めてなんだけど、似合うかな?」
「よく似合ってる。最高にかわいいよ」
そう言ってやると、顔を真っ赤にしてはうーーんと言葉にならない言葉を発し始めた。
いやほんと、俺の妹はかわいいよなー。ほんとはアマナのために持ってきたわけじゃなかったんだけど、イヤリングのデザインはファーラさんよりもアマナ向きだと思うし、上げてよかったかもしれん。
「他にもカワイイの手に入ったら、アマナに上げるからな。指輪とか、髪飾りとか」
「ゆ・・・・・・・・指輪!指輪って・・・・・・?」
「よしよし、じゃあ、俺はもう行くよ。また会いにくるからなー」
「は、はうううーーーーーーーーーーーーーーーーうん」
なぜかアマナが壊れて悶え死にそうになってるが、帰るなら今のうちだな。親父やじいさんに絡まれるのも面倒だし、とっとと消えるに限る。
しっかし、こうやってはぐらかしても、そのうちまたウチに来たがるんだろうなあ。一体どうしたものか。一度、帰ってからゲル子たちと話し合っておかないといけないな・・・・・・。




