第20話 名もなき花
こそっと再開。
俺はゲル子とアルラウネを先に帰らせ、実家に蜜を届けた。アマナは口に蜜を含ませるとすぐ顔色がよくなって、目を開けたとのことだ。母さんにはこれほど早く蜜を手に入れてきたことや、蜜の効果が通常より強く感じられることを不思議がられたが、本当のことを話すわけにはいかないので適当にごまかした。アマナは念のため一日安静にさせるとのことだったから、俺は邪魔にならないように日が落ちる前に自分の家に戻ることにした。
帰る際に母さんが蜜の報酬をくれるというから、家にあった野菜を分けてもらうことにした。簡単な野菜スープのレシピも教えてもらった。頑張ったからとおまけで自家製の酢漬け野菜もつけてくれた。これで食事のレパートリーが少し増えると思うとうれしい。
野菜を抱えて自宅に戻ると、ゲル子とアルラウネが並んで待っていた。俺が帰ってくるまで二人で話をしていたようだ。
「今日は疲れたから、少し早めにメシにするか」
備蓄しておいた肉を出し、薄く切って火で炙る。肉の表面が香ばしく焦げ、脂がにじみ出てくる。さっと塩を振ってから母さん特製の酢漬け野菜を肉で巻く。少し味見してみたが、酸味がいいアクセントになって食欲をそそる。ゲル子の分も同じように薄く切って焼くが、そっちは塩や野菜は入れない。
アルラウネはといえば、俺が実家からもらってきた野菜をしばらく物色した後、トマの実をひとつ選んで齧りだした。
「根っこがあるんだから、土から栄養摂れるんじゃないのか」
「根をしっかり張ればできるだろうけど、時間がかかるわね」
時間をかければできるってことなのか。さすが半分植物だ。
「土に根を張るのも、根を抜くのもどちらもそれなりの時間がかかる。1日じゃ無理かな。その間は自由に移動できないからすっごく不便」
「大変なんだな」
「まあ、今までは別にそんなことをする必要もなかったんだけどね」
口の周りをトマの汁で染めながら、うなずくアルラウネ。
「あー、食べ物は木の実とかでいいのか?ゲル子…そこのスライムは肉のほうが好きなんだが」
「栄養効率がいいですからね」
「そうね……実は物をちゃんと食べるのって初めてなんだけど」
そう言うとアルラウネは俺の皿から肉を一切れ取って口に入れ、飲み込んだ。
「味は悪くないけど、脂が多いと胸焼けしそうね。やっぱりこっちでいいかな」
「味が分かるのか?」
「好奇心でいろいろ口に入れてみたことはあるのよね。といっても植物ばかりだけど」
「そうか……でも、ウチの食事は肉が基本だぞ。野菜を手に入れる手段に乏しいからな」
ゲル子のおかげで毎日肉だけはたっぷりあるんだが。
「森の中なんだから、野草とか木の実とかあるんじゃないの」
「どれが食べられるのかよく分からない」
「今度教えてあげるわよ」
「知ってるのか?」
アルラウネはふふんと鼻で笑うと、偉そうに薄い胸を張る。
「こう見えても、植物だらけの場所に住んでたんだからね。人間が採取してるのもこっそり見てたから、よく使うようなものはだいたい知ってる」
「何気にすごいんだな、お前」
褒めると調子に乗ったのか倒れんばかりに胸をそらした。いくら張ったって薄いものは薄いぞ。
「ところで、アルラウネさんの名前は何にしましょうか」
「名前?」
「ああ、呼び名に困るからな。つけておいたほうがいいかもな」
「ふーん。ま、そういうのも悪くはないわね」
口では気のないような返事をするが、頬や目尻のあたりがぴくぴくしている。
「何か希望はあるか?」
「そうねえ……ないこともないんだけど」
なんだかもったいぶったような言い回しだな。
「こだわりがないなら適当に決めるか。花だから花子でどうだ?」
「シンプルでかわいらしい名前ですね」
いつもながら、ゲル子は俺のネーミングセンスに全面的に同意してくれるが。アルラウネは不服だったのか、待って待ってと手をばたばたさせた。
「じ、実は、前々から誰かに呼ばれる日が来るかもと思って名前を考えておいたのよね」
「呼んでくれる相手もいないのに?寂しいやつだな」
「う……別にいいでしょ、そんなの」
あたしの考えた名前はね……そこまでいってほっそりとした指を天に向かって伸ばすアルラウネ。
「『フロウラ』よ!ロマンチックで素敵な名前じゃない?」
「わー、お姫様みたいで素敵ですね」
「そうでしょうそうでしょう。あなた、なかなか分かってるわね」
ぱちぱちと拍手するゲル子に得意げな顔を見せるアルラウネ。
「俺は、花子のほうがしっくり来ると思うけど」
「どこがしっくりくるのよ!ネーミングセンス悪すぎじゃないの?!」
俺はぴったりだと思うんだが、本人はまったくお気に召さないらしい。ほっそりした腕を平たい胸の前で組んで、ぷいっと顔を背けてしまう。
「ほー、じゃあ、多数決とってみるか?」
「望むところよ!」
よっぽど自分のセンスに自信があるんだろう。小さなこぶしを振り上げて、鼻の穴からむっふーと息を吐き出している。
「じゃあ、多数決採るぞ。手を上げていいのはどっちかだけだからな」
と、言っておかないと、ゲル子は両方挙げちゃいそうだからな。3人しかいないから、ゲル子の1票が勝負の分かれ目だ。
「『フロウラ』がいいと思う人?」
俺が言い終わるか言い終わらないかのうちに、花子はシュバっと勢いよく上空に手刀を突き上げた。そして、ゆっくりゲル子のほうに首を回して、その後俺を見て、もう一度ゲル子に目を向ける。
「勝負あったな」
俺がそういうと、アルラウネは信じられないという表情をする。
「ま、まだ決まってないでしょ」
「3人しかいないんだから、結果は見えてるだろうが」
そういうと眉間にしわをつくってうぬぬと呻き、
「こ……これならどう?!」
そういいながらもう片方の腕を上げ、下半身の花の下から生えているツタのような触手も4本、くねっと上に持ち上げた。どうやらその4本だけが他の触手より長く、色も違うようだ。
「何本上げたって1人1票だぞ」
「そんなの、最初に聞いてないもんね」
ぷいっと顔をそむけるアルラウネ。自分ルールで押し切ろうという腹らしい。まあ、いいけどな。
「『花子』がいいと思う人?」
俺が右手を上げながらそういうと、俺に従うようにゲル子も右手を上げる。そして、遅れて左も。アルラウネはそれを見てふふんと鼻で笑うが……
「……嘘でしょ?なんでそうなるの!」
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。ゲル子は合計10本の腕を肩から生やしていた。それが、全部空に向かって高々と掲げられている。
「ははは、ばかめ、ゲル子はいつも俺の味方だ」
「そんなの、反則よ!」
「じゃあやっぱりひとり1票にするか?」
アルラウネはぐぬぬと呻くとふたたび両手と4本の触手を持ち上げ、体を支えている残りの根っこのような部分も持ち上げようとして……バランスを崩してこけた。どうやら根っこのような部分はあまり器用ではないらしい。
「じゃあ、花子で決まりだな」
「呼んだって返事しないんだから!」
「返事しないなら呼んでやらない」
反抗的にそっぽを向く花子(仮)に、冷静なトーンで切り返す。
「うっ……」
それでも花子(仮)はしばらく意地をはってそっぽを向いていたが、俺たちが無視して「ゲル子~」「クルクさーーん」と呼び合うのを目の前で3時間ほど続けたら最終的に折れた。
こうして、アルラウネは「花子」になった。




