第19話 新しい仲間
うまい具合にアルラウネの蜜を手に入れた俺たちは、さっさと遺跡から脱出することにした。どうせここを探索しても他の薬草の見分けはつかないし、手に入るお宝なんてなさそうだからな。それよりも早く実家に戻ってアマナの体力を回復させてやるほうがいいだろう。
途中で何度かアラクネや豆野郎に襲われたが、難なく撃退して遺跡は脱出できた。あとは家に帰るだけ……なんだが。
「なんか視線を感じないか?」
「ついて来ちゃってますね」
近くに立っている枯れ木の後ろから、ちらちらとはみ出ている金髪。気配丸出しだが、あれで隠れているつもりなんだろうか。本当に、魔物として残念なやつだな。
「ひょっとして友達になりたいんでしょうか?」
「まさか。たぶん怒ってるんだろ」
相手が魔物だとはいえ、無抵抗の相手に対してさすがにやりすぎだったかもしれないな。蜜を採りすぎたせいか、ぐったりしていたし。
「どうします?」
どうしようかな。
できればほうっておきたいところだが、さすがに実家まで連れて行くわけには行かない。俺は金髪のはみ出ている枯れ木に向かって声をかけた。
「おい、そこにいるんだろ」
枯れ木からはみ出た金髪はしばらく迷っているようにもぞもぞ動いていたが、やがて観念したのか全身を現した。釣り上がった大きな目のふちと頬は赤く染まり、小さくかわいらしい口はへの字に固く結ばれている。両手はぎゅっと握りこぶしを作って、わき腹の辺りに構えている。
「なんか文句でもあるのか」
俺が近づくと小柄なアルラウネは一瞬びくりと体を震わせたが、すぐにグリーンの瞳を細めてこちらを睨みつけた。
「……あるに決まってるでしょ」
そう言って頬をぷくっと膨らますアルラウネ。
「相手の弱みに付け込んで狼藉するなんて、ひどいじゃない」
「『狼藉』といわれると聞こえが悪いな。まるで俺が乱暴をしたみたいじゃないか」
ちょっと蜜を採らせてもらっただけで、決して殴ったり怪我させたりしたわけじゃないぞ。口はふさいだけど、手を噛まれたのは俺のほうだし。
「アラクネの糸に引っかかってた間抜けな誰かさんを助けてやったじゃないか」
「それは、一応感謝してるけど……」
「蜜を採ったのはほら、前払いでお礼をもらったということで。ギブアンドテイクじゃないか」
そういうとアルラウネは小さい頭を少しかしげて、「ぎぶあんどていく…?」と呟いた。
「そうだぞ。ギブアンドテイクだろ。なあ?」
俺が念押しすると、まったくその通りだというように力強くうなずくゲル子。本当に意味が分かって同意しているのかどうかは疑問だが。その様子を見てアルラウネの眉間からしわが消え、代わりに戸惑っているような表情が浮かび始める。
「で、でも、動けない相手を放置していくのはひどくない?」
「時間がなかったから、仕方がない」
「時間がないって、いったいどんな用事があるっていうのよ」
「妹が病気なもんでな」
そういうとアルラウネは急に勢いをそがれたように下を向いた。小声で「あ、そう……それじゃ仕方ないかな?」とかつぶやいているのが聞こえる。意外に素直なやつだな、こいつ。
「分かってくれたなら、もう行っていいかな」
「あ……ちょっとまって」
その言葉とともに俺の顔に突き出される小さなこぶし。とっさに身構えたが、それは予想よりすこし手前で止まり、俺の顔面に届くことはなかった。小さな花が開くようにゆっくり開かれる手のひら。その上には小さな赤い実がのせられていた。
「手、噛んじゃったから。傷に効く木の実」
そう言うとアルラウネは俺から目をそらし、うなずいた。
「あんなのかすり傷だけで、たいしたことないぞ」
「なら、いいけど。一応恩人と言えなくもないから、怪我させてたら悪かったかなって」
「意外と律儀だな」
俺から目をそらしたままで、ばつが悪そうにうつむくアルラウネ。触手の先っぽで土をいじくりまわしている。
「ありがとな。もらっておくよ」
そう言って俺はひらひらと手を振り、アルラウネに別れを告げた……はずだったんだが。
塔を離れたあとも、小さな影はなぜか俺たちの後をついてくるのをやめなかった。
「……なんでついてくるんだ?」
「だって、妹さんの病気とか気になるから」
「気になるったって……」
「あたし、結構薬草とか詳しいんだから。どんな病気か分からないけど、絶対役に立つよ」
気持ちは嬉しいが、正直ついてこられても困る。
俺はゲル子のおかげでずいぶん魔物慣れしてるけど、普通の人間にとっては魔物は恐ろしい存在だ。遺跡にあっては人を襲い、遺跡を出るものはいっそう凶暴化して人や家畜を食い殺す。
目の前のアルラウネはとても凶暴な存在であるようには見えないが、それは俺に予備知識があるからそう見えるだけ。魔物は恐ろしいものだと思い込んでいる人間にとっては、彼女の愛らしい花弁もグロテスクなバケモノの一部にしか見えないだろう。
「悪いが、普通の人間は魔物に好意的じゃないからな。特に妹は魔物を見たら卒倒するぐらい嫌ってる」
「……」
「気持ちは嬉しいが、妹には会わせられない。わかったら塔に帰れよ」
わざと冷たく聞こえるように声のトーンを下げる。人に化けられるゲル子と違い、アルラウネは一目で魔物だとわかる。今この瞬間にも運悪く武器を持った人間に見つかれば、即座に斬られる可能性もある。
このアルラウネはあまり強そうには見えない。早めに塔に帰らせたほうが彼女にとっても安全だろう。
「会えなくてもいいから、あたしもついていく」
「ついてきてどうするんだ?」
「どうって……」
「人間に見つかったら殺されるかもしれないぞ」
俺の言葉にびくりと肩をすくませるアルラウネ。澄んだグリーンの瞳から涙がにじみ出て、丸い雫となって地面に落ちる。
「でも…せっかく……のに……」
聞こえないような声で呟きながら、蔦で地面を穿り返している。
「クルクさん、クルクさん」
ゲル子が指(の形をした部分)の先で俺のわき腹をつついてくる。
「この子、やっぱり友達になりたいんじゃないですかね」
「友達?」
「友達になりたくて、ついてくるんじゃないでしょうか」
---------友達か。
俺はゲル子に聞いた亀の話を思い出した。語り合える仲間を求めて、遺跡を出て旅をした亀。突然変異の魔物は自我を持ち、孤独を知る。その感情が自我を持たない通常の魔物に理解されることはない。
このアルラウネも突然変異として生まれ、周囲に理解されないまま今まで一人で過ごしてきたんだろうか。そう考えれば、せっかく出会った同質の存在------ゲル子と引き離すのはかわいそうな気もする。
アルラウネは白い肩を震わせてうつむいている。閉じられたまぶたの先、まつげが濡れて光っているように見える。乾いた土の上にぽとりぽとりと黒点が滲んでは消える。
(まるで俺がいじめてるみたいだな)
俺は大きくため息をついてから、絹糸のような金髪に指を差し込んで小さな頭をくしゃりとつかんでやった。
「……迷惑をかけないならついてきてもいいぞ」
「本当?!」
「ああ、実家はダメだけどな」
喜ぶと頬がピンク色に染まり、光が差したようにぱぁっと明るい表情になる。元が人形のように整った顔だからちょっときつく見えるけど、こういう表情をするとかなりかわいいな。
「えへへ」
俺の腕に腕を絡め、俺の胸の辺りに頭を摺り寄せてくるアルラウネ。ふわりと風にあおられた髪からは花のような柔らかい香りがする。
こうして我が家には魔物が一人増え、うちの食卓には今後甘味料が追加されることが決定したのであった。




