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第18話 囚われの乙女(?)

……気づいたら地面に突っ伏していた。


「クルクさーん!しっかりしてくださーい!」


ゲル子が冷たい手でぺちぺちと頬を叩いてくる。俺は指先に徐々に力を入れて、腕で支えるようにして上半身を起こした。うん、動く。まだ少し頭がくらくらするが、大丈夫だ。


「すまん、油断した」

「あの息、人間の神経がおかしくなるような物質が含まれているようですね」


甘い匂いがしたと思ったら急に体が動かなくなった。ああいう攻撃もしてくる魔物なんだな。


「さっき捕まえたアルラウネ、つい倒してしまいました……ごめんなさい」


くんにゃりと萎れるゲル子。失敗したのは俺なんだから謝らなくていい。そういいながら頭をぽんぽんしてやる。


しかし、状態異常をかけてくるとは侮れない。今度捕まえるときはあの息に注意しないとな。





それから何匹かアラクネは見つけたが、アルラウネのほうはなかなか見つけることが出来なかった。もう少し上の階に行けばもっと出るのだろうか。そんなことを考えながら歩いていたら……ある部屋で奇妙な光景に出くわしてしまった。


「なあ……魔物の子供っているのか?」

「いえ、そもそも通常の姿で生まれてくるものなので、子供というのはいないです」


絹糸のようなサラサラの金髪。釣り目がちだが宝石のような緑色の大きな瞳。ミルク色の滑らかな肌はどこまでも平らだ。本来は禍々しいぐらいの真っ赤であるはずの花弁部分はかわいらしいピンク色。その下に見える葉や蔦も若葉のような新鮮なグリーンだ。


「この子はたぶん、突然変異だと思いますよ」

「突然変異というより、失敗作って感じだな」


そういって剥き出しになっている上半身をまじまじと見つめる。本来そこにあるべき美しい霊峰はなく、広々とした平野が広がっている。いや、よくよく見ればごくなだらかな曲線があるような気も----しないではない。


「なに見てんのよ!失礼ね!」


乙女というよりも少女といったほうがいいぐらいに見えるその魔物は、人形のような整った顔で頬をぷっと膨らまして俺たちを睨みつけてくる。


「あっち行きなさいよ!ばかばか!」


そういって俺たちを蹴るような仕草で、根っこの辺りをじたばたと動かす。しかし自分はその場から立ち去ろうとはしない……というより、できないのだ。なんせ、小枝のように細い彼女の両手は、どこかのアラクネが吐き出した糸に絡まって空中に固定されてしまっているのだから。他の魔物のトラップに引っかかるなんて、なんとも間抜けな魔物もいたもんだ。


「糸があるってことは、近くにアラクネもいるってことだよな。姿は見えないけど」

「本来の獲物ではないので、放置して別のところに行ってしまったようですね」

「帰ってくると厄介だから、退散するか」


そう言って立ち去ろうとする俺たちだが。


「ちょっとちょっと!待ちなさいよ!」


小さなアルラウネが根っこをじたばたさせながら、俺たちを呼び止める。


「目の前で困っている人がいるのに、放っておいていいわけ?」

「お前さっき、『あっち行け』って言わなかったか?」

「言ったけど……助けてからあっち行ってよ」

「ずいぶん勝手なやつだな」


身勝手な言い分に呆れていると、ゲル子が俺の腕をつんつん突いてきた。


「この子も一応アルラウネですよ。せっかくだから蜜もらっちゃったらどうですかね」


言われてみればそうだな。わざわざ生け捕りにしなくてもこうやって自分で捕まってくれちゃってるわけだし。他のアルラウネを探して捕まえるよりもここでこいつから搾り取ったほうが楽かもしれない。


「突然変異だと薬効がないとかいうことはないかな」

「可能性はありますが、と毒がなさそうなら実際に舐めて調べてみてもいいのでは。疲労回復なんかはわりと即効性があるようですから」


なるほど、それもそうか。


俺は突然変異のアルラウネにゆっくり近づいた。あの甘い息を吹きかけられないように十分注意しながら。


「なによ……助けてくれるの?」

「助けてやってもいいが、交換条件があるぞ」


蹴り飛ばされないように、ゲル子に足を押さえろと指示する。同時に、アルラウネの口に手の指を突っ込む。もちろん状態異常のブレス対策だ。


「ヒャッッなにす……む、むぐーーーー!!!!」


アルラウネが苦しそうにじたばたするが、手も足も固定されているので抵抗は出来ない。口に突っ込んだ指が噛まれたが、つけていた皮手袋に阻まれて痛いというほどではない。顎の力はたいしたことないようだ。牙なんかもないからな。


「蜜は、体液なんだよな?」


体液というからには血なんかを採ればいいんだろうが、いくらなんでもナイフで切りつけるのはかわいそうだ。目の端に滲んだ涙に口をつけてみる。塩気のある味を予想したが、意外にも果汁のような甘酸っぱさだった。次は強引に開きっぱなしにされている口の端から小さな唇をつたって零れ落ちている涎。唇を舌でぬぐうように舐めてみた。ほんのり甘く、柑橘のようなさわやかな香りがする。


「体液って、唾でもいいのか?」

「ダメではないと思いますけど、蜜腺から採るのがいいと思います」


ゲル子のアドバイスにしたがって、蜜腺を探す。アルラウネの蜜腺は上半身の付け根----要するに花弁の中に隠されているらしい。細い体にまとわりついたピンク色の花弁をかきわけると中から濃密な花の芳香が漏れ出してきた。アルラウネはムームー言いながら抗議しているが、無視して探索を続ける。


「どれが蜜腺だ?」

「中心部にそれらしきところがあると思うんですが。わたしも実物は見たことがないので」

「どれどれ……これかな?」


花弁の生えているその奥、花の中央部から子房のような盛り上がりがあり、その上に花柱のように上半身が生えているわけだが、その子房の周りによく見れば小さな肉の芽のようなものがあるのが分かる。そこを指でつつくと、アルラウネの背がぶるりと震え、芽の周りからじわじわと粘液が滲み出してくるのが分かった。


滲み出してきた粘液はべとべととして唾液よりも濃い。指ですくって口に入れてみると、蜂蜜のような強い甘みと清清しい花の香りが口の中に広がり、飲み込んだ腹の奥からじんわりと力が湧き出してくるような感覚があった。


うん、うまい。


もともと俺は甘いものは嫌いじゃないんだが、その蜜は今まで味わったどんな蜜や菓子よりも力強く、上品な甘さだった。濃厚なのにすがすがしく、快い甘さ。それが喉を通り体内に取り込まれると、体の節々に溜まっていた疲れがするすると抜け、かわりに腹の中から活力が湧き水のようにあふれだしてくるのを感じた。


甘露という言葉は、これを指すのだろうか。


俺は突起を指でいじりまわし、溢れ出てきた蜜を指に絡めて夢中で舐めた。樹液を吸う昆虫のように、しばらくは蜜を口にすることしか頭になかった。気がつけばアルラウネがぐったりとしていたので、もう抵抗することもないだろうと口から指を抜いた。体勢が自由になったのでその後は花弁の中に頭を突っ込んで蜜腺に直接口をつけ、すすり上げるようにして蜜をむさぼった。


「どうですか?」


ゲル子の声で我に返る。反射的に「なにが」、と言いそうになったが、当初の目的を思い出して言葉を飲み込んだ。


「うん、効果はあるような気がする。毒もなさそうだし、うまいよ」


効果は疲労回復に精力増強だったか。確かに無駄に暴れまわりたいぐらい元気が溢れている気がする。遺跡の中だってのに下腹部が熱を持っていて、どうにもおさまりが悪い。


俺はトロトロと溢れ出ている蜜をすくって実家から持ってきたビンに入れた。魔物の怪しい液体ではあるが、飲めばアマナの体力も回復するだろう。


「ありがとな。約束通り、糸はとってやるよ」


聞こえているのかいないのか、アルラウネはぐったりとして返事も出来ないようだ。先程のような憎まれ口を叩く余裕などなく、白い肌を熱で蒸されたように薔薇色に上気させて荒く息を吐き出している。唇からは相変わらず甘い唾液がとろとろとこぼれているが、それをぬぐう気力すらないようだ。


俺はアルラウネの腕に絡まった糸を、腕を傷つけないように慎重にナイフで取り除いた。最後の糸を切り終えてナイフをしまうとぐったりしているアルラウネの体を壁にもたせかけ、その場を後にした。無防備な状態だが、アラクネが彼女を襲うことはないようだし、このままほうっておいても大丈夫だろう。

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