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第17話 アラクネとアルラウネ

遺跡の1階層を探索するうちに、ある部屋で魔物に出くわした。緑色の丸い体、目鼻はないが下部に半月状のぱっくりとした割れ目のようなものがある。ちょうど豆の種子が大きくなったような見た目だ。その割れ目から根が這い出るように細くくねった手足が生えている。


微妙に気持ち悪いな。


ゲル子は勢いよく体の一部を伸ばして豆を殴りつけた。吹っ飛ばされた豆は壁にぶつかり、透明な汁を出して動かなくなる。そのまま隣の豆に巻きつき、根っこを引きちぎるゲル子。俺もナイフを投げたが、確かに動きも鈍いし体ももろい。正面から投げてもさくさく刺さる。


見た目はアレだが、弱いな。


「アルラウネもこういうやつだと楽なんだが」

『そうですねえ』




豆の魔物は10匹ぐらいいたが、全部倒すのにたいした時間はかからなかった。豆のいる部屋をさらに奥に進む。


『……これ、なんでしょう?』


奥の部屋にあったのは天井から垂れ下がっている紐のようなもの。白くキラキラしたきれいな糸がよりあわさって出来ている。天井には一人が何とか通れそうなぐらいの穴が開いている。


「ここから上にいけるってことか?」


軽く紐を引っ張ってみたが、それなりに丈夫な素材のようだ。


ゲル子が帯状になり、白い紐を伝って蛇のようにするすると登っていく。俺は靴を脱いでカバンに入れ、素足を紐に引っ掛けながらのぼることにした。手足の指に体重がかかり、紐がぎしぎし揺れるが切れそうな様子はない。


「ゲル子、先はどうなってる?」

『なんか、糸がいっぱいあります』


その声を聞きながら階上に頭を出す。先ほどから感じていた甘い匂いが少しだけ強くなったような気がする。


「なんだこりゃ」


部屋の中は1階と同じく植物で壁が作られていたが、壁のいたるところからキラキラ光る白い糸が覆うように張り巡らされていた。どこか幻想的に見える美しさだが、同時に不気味なものも感じる。


糸に触ろうとした瞬間、ゲル子が急に体当たりしてきた。部屋の隅までふっとばされ、体に糸がまとわりつく。と同時に、今まで俺がいた場所------ゲル子の上に天井からどさりと落下してきたものがあった。


波打つように美しくくねる黒髪。暗く無機質な瞳。その顔立ちは妖艶で、赤い唇はてらてらと光っている。白いのど元から続く鎖骨のしたには、豊かな果実が揺れている。吸い付きたくなるようなそのボリュームに一瞬目を奪われそうになるが、下半身は黄色と黒の斑に毛の生えた節足動物のものだ。


その美しさと醜さのギャップ。


恐怖を覚えて距離をとろうと立ち上がる……が、足が思うように動かない。見ると、べたべたした白い糸が絡み付いて雁字搦めになっていた。


魔物はゲル子を足で踏みつけ、そのまま糸で巻き取ろうとした。ゲル子は体を縮めて拘束から抜け出し、逆に魔物の背中に這い上がって上から美しい女の顔を包み込む。魔物はグゲエエエと潰れたような声で叫びながら、人と同じ形の両腕で顔にへばりついたゲル子を引き剥がそうとするが、流体であるスライムの体は液体をつかむようなもの。全身を激しく振ってもがいても、離れることはない。


ゲル子に包み込まれた頭部がジュウジュウと音を出し、不快な匂いがあたりに漂う。魔物は白い背中をびくびくと痙攣させ、しばらくして崩れ落ちるように倒れた。ゲル子の下から一瞬無残に焼け爛れた頭部が見えたが、すぐに床に飲み込まれるようにして消えてしまった。同時に、部屋に張り巡らされた糸も俺の足を縛っている糸も宙に溶けるように消えてしまう。


「ゲル子、大丈夫か」


たぶん大丈夫だろうとは思いながらも、一応声をかけてみる。


『いきなりだったからびっくりしました』


うん、やっぱり大丈夫そうだな。さすがゲル子だ。


「あの魔物、半分人間みたいだったな。半分は虫みたいな感じだったけど」

『あれは、たぶんアラクネってやつですね』

「アラクネ?アルラウネじゃなくて?」

『名前は少し似てますけど、まったく違うものです。アルラウネは植物型なので』


半分人間ってところは似ている気がするんだけど。別物だったか。


「なかなかいいおっぱいだったな。魔物にしておくのは惜しい」

「あれぐらいがいいなら、わたしももう少し大きくしますよ」


そう言いながら人の形を取るゲル子の胸は、手のひらから少しはみ出るぐらいのサイズだ。より大きくというのは魅力的な提案だが、ゲル子は基本の姿が小柄だからな。大きくしすぎるとバランスが悪いんじゃないだろうか。


「ゲル子は今のままで十分魅力的だよ」

「ありがとうございます」


そう言って長めの前髪(に見える部分)をかき上げ、にっこり笑うゲル子。ぱっと見は人間そのものだ。戦ってるときはドロドロのウネウネだったけど。


「さっきの魔物は半裸だったけど、アラクネってみんなそうなのか?」

「服を着る習慣はないと思いますよ」


そうか、今後も遭うたびにおっぱい見放題だな。ちょっと怖いのと、羞恥心がなさそうなのが残念なところだ。しかし、みんなあんな感じで美人のお姉さんならいいが、ムキムキのおっさんみたいなやつが出てきたらどうしよう。立派な胸板は別に見たくない。


「アラクネって、オスもいるのか?」

「魔物はオスとかメスとかないですよ。生殖で増えたりしないので」

「どう見てもさっきのは女だぞ」

「人間型の魔物は、人間を惑わすためにそういう形をしているだけなので。多少は個体差もあるかもしれませんが、同じ種のものはほとんど見分けがつかないぐらい同じような姿をしていますよ」


本当に女の子ってわけじゃなくって、女の子の姿をしているだけ。スライムのゲル子が人間の女の子に化けているのと似たようなものか。あのおっぱいは見た目だけのニセモノおっぱい。それでも十分美しいものではあるのだが。


「じゃあ、他のアラクネもさっきのお姉さんと同じような胸してる?」

「胸だけじゃなくて、顔もほとんど見分けがつかないぐらいだと思います」


それは嬉しいような、寂しいような……。


「そういえば、さっき魔物にオスとかメスはないって言ったよな」

「遺跡が作ったものであって、厳密には生物ではないですから、生殖では増えませんね」

「オークが人間の女をさらってアレコレ……って話を聞くんだけど、あれって都市伝説?」


実際に身近で見たわけじゃないんだけど、たまに噂は聞くんだよな。半獣人みたいな魔物に村の女がさらわれるって話。単に、女が一人で出歩いちゃいけませんっていう口実なのかもしれないけど。最初に聞いたときはちょっといかがわしいことを想像したりして興奮したりもしたもんだ。


「それが突然変異の魔物なら、ありうるかもしれません。遺跡から離れると他の生物と同じく飲食をするようになるわけですから、生殖をする魔物もいるかも。突然変異は精神構造だけでなく体の構造も通常の魔物と多少違いますから、そうした者がいても不思議ではありませんね」


突然変異の魔物は単に遺跡を出て活動するというだけでなく、本来の姿よりも大きく成長したり、知能が高まったり、本来持たない毒や魔法などのスキルを持ったりすることがある。それゆえに俗に危険種と呼ばれることもあるわけだが。本来持たないはずの生殖機能を持つ魔物も存在するかもしれないということか。まあ、日常生活でそうそう突然変異に出会うこともないだろうし、どうだっていいことだが。





他の部屋も探ってみたが、2階層目にはアラクネしかいないようだった。糸は厄介だがあまり群れる魔物ではないようで、1匹ずつしか出遭わなかった。俺の攻撃は効いたり効かなかったりだが、ゲル子が巻きついてしっかり動きを止めたので危なげなく戦うことが出来た。


部屋のひとつに上の階層にいけそうな場所を発見した。今度はアラクネの糸が垂れているわけではなくて、壁に生えている植物が横に伸びてスロープのようになっていた。スロープというには結構角度が急なのでよじのぼるのは少し苦労した。


3階層には先ほどと同じくアラクネが数匹。それと、新しい魔物が出てきた。


「お、ひょっとしてあれって……」


真っ直ぐに腰まで伸びた金髪に緑色の瞳。血の気のない真っ白な肌。細身の体に似つかわしくない重たげな膨らみ。骨が浮き出そうなほどくびれた腰から下は真っ赤な花弁に包まれており、まるで巨大な花の中に乙女が佇んでいるように見える。ただし、花の下は蔓だか根っこだかがミミズのようにグロテスクにウネウネ動きながら移動しているのだが。


「あれがたぶん、アルラウネですね」


やはりアタリらしい。アラクネとはまた違ったタイプだが、こちらもなかなか美人だ。妖艶な魅力のアラクネに対して、こちらは貴族の令嬢のような気品ある顔立ちだ。


「甲乙つけがたいな」

「何がですか?」

「いや、なんでもない」


ここの魔物はみんな半裸なのだろうか。そうだとしたらここはパラダイスだ。全種類確認するまで毎日通いつめてしまいそうな気がする。


『じゃあ、早速生け捕りにしましょう』

「ああ、そうだな」


ゲル子がアルラウネの下半身に巻きつき、蔦を伸ばせないように押さえ込む。下半身さえ押さえてしまえば、上半身は女の体だ。油断は出来ないが、力があまりあるようには見えない。


俺は近づき、アルラウネが暴れないように腕を抑えた。どさくさでちょっとぐらい揉んでもいいんじゃないかと思ったが、ぐっとこらえて目的を果たすことにする。


「蜜はどこから採るんだ?」

『蜜は、アルラウネの体液で……』


その瞬間、アルラウネが口付けするかのように俺に向かって唇を突き出した。フッと風を切るような音がして、呼気と共に目に見えないものが吐き出される。鼻腔の奥まで充満する濃密な甘い香りを感じたと思ったら、地面がぐらぐらと揺れ始めた。


そして、床と壁が入れ替わる。植物の地下茎と根が絡みついた気味の悪い床が俺の頬に強く押し当てられる。離れようとするが、強烈な引力が働いているかのように俺の首も腕も微動だにしない。


『クルクさん!』


後頭部のあたりからゲル子の叫び声が聞こえる。どうしたんだ、俺。目がちかちかする……

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